ダブルTS自分ヒロイン物   作:双葉

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第三話 命を奪うこと

 

 

 泥狼、あるいはマッドウルフは、この世界では極めて一般的な魔物である。

 多くの場合はオスのリーダーを頂点とした10匹前後の群れを作って行動する。だが極めて繁殖力が高いため縄張りのキャパシティの限界まで飽和してしまっている事が多く、その場合は主に若いオスが群れを追い出されてハグレとなる。

 ハグレとなった泥狼は特定の縄張りを持たず各地を放浪し、飢えるが故に凶暴かつ糸を引くような粘っこい本性を剥き出しにする。一度狙われれば追い返すのは容易ではない。

 この性質ゆえにヒトの臭いにつられて街道での待ち伏せを行うケースが多く、護衛を伴っていたとしても夜間の奇襲などは非常に危険なため、旅人にとっては最も警戒すべき相手だった。

 

 ハルたちの背中を狙っていたのは理由がある。弱るのを待って捕食する気だったのだろう。

 それが予想外の回復をされた上に発見までされてしまい、反撃への警戒と極限の飢餓で激高し襲いかかってきた、という流れか。

 

 

「ま、ま、、【マイナー・ウォーター・シールド/下位水属性防御】!】

 

 

 ハルは舌を噛みそうになりながらも魔法を飛ばす。ノヴァの身体を薄い水の膜が包む。

 ほぼ透明に近い極薄の水が第二の皮膚のように鎧などを覆った。本来は炎などを防ぐ魔法だが最低限の物理防御能力も有する。

 気休めい程度だが無いよりはあった方がマシだろうし、何よりこれ以外の魔法が思いつかなかったのだ。

 

 

「くそ、くそくそっ! 当たれよ、当たってくれよ!」

 

 

 余裕の欠片もないノヴァの声が響き、すぐにマッドウルフの唸り声で塗り潰される。

 もう唸り声が届くほどの距離になっていた。知恵を利かせているのか回り込もうとしているようで、猪のような直進ではなくまるで大きく弧を描くような軌道に変化していた。

 

 犬とは違う狼の太い脚部が大地を切り裂き、草を巻き上げながら荒野を疾走する。

 野生の獣だけあって怖いほどに疾い。目で追いきれているのが不思議なぐらいだ。

 

 日本で見慣れた犬とは完全に別物。一歩毎に大地を炸裂させ背後へと蹴り上げている。礫のように飛ぶ土の破片を見たハルはオオカミの力強さに恐怖した。

 しかもイヌ科のモンスターだけに高い知能を有しているのだ。脅威度は更に上昇する。

 今もノヴァが握っているハルバードを警戒し、ほんの数メートルという手が届きそうな距離まで来ると動きを更に変えていた。武器を自由に動かせる右側ではなく盾があって制限される左側へと入り込もうとしている。

 

 

「あ、あぶっ!」

 

 

 その様子にただ固唾を呑んでいると、回り込む途中で不意に飛び掛って来た。本当に一瞬の出来事だ。粘りのある靭やかな身体が方向を一瞬で変えていた。

 土色の毛皮の下で筋肉が躍動するのがわかる。頭の向きが変わってから 「危ないっ!」 と言葉の続きを言う間もない一瞬の出来事で、ハルは涎をまき散らす狼の口が自分を飲み込むような錯覚に囚われた。

 

 

「……っ!」

 

 

 半ば無意識の物だろう。ノヴァの身体が動き、ハルバードが大気を抉った。

 腕だけではなく全身を連動させた鋭い突きだ。決して軽くはない金属の塊が疾風となり、呆気無いほど容易く皮を裂き骨を砕く。血飛沫が上がり硬い物が砕ける不吉な音が響いた。

 マッドウルフの額が斜めに割れて頭蓋骨がズレる。その瞬間がハルの目にも見えたし、ハルバードを洗うように吹き上がる鮮血の音さえ聞こえるようだった。

 

 オオカミの巨体は空中に縫い止められ、そして残っていた慣性に押されて身体を丸める。

 体感では何分も過ぎたように感じていたが、実際は数秒の出来事だろう。槍から剥がれ落ちるようにして地面に転がった。数十キロの物体がドサリと音を立てて大地に伏す。身体の周囲から土埃が立ち上る。割れた頭蓋から真っ赤な液体が滲み出る。

 現実化の薄い光景に意識が追いつかない。その様子をハルはただ呆然としながら眺めていた。

 

 

「た、倒した、のか?」

 

 

 一瞬だけ振り返ったノヴァは泣きそうな顔をしていた。ハルも確認のために近寄る。

 終わったのか、終わっていないのか。倒したのか、死んだ演技なのか。

 見ただけでは分からずに口をパクパクさせながら見守っていると、砕けた頭蓋骨の隙間から赤黒い塊が漏れ始めており、それを見て狼の死を確信する。ハルはやったとばかりに諸手を上げた。

 

 

「や、やった! 凄えな巨乳! おっぱいは伊達じゃないな!」

 

 

 戦いの恐怖から開放されて緊張の糸が切れる。ハルは感極まってノヴァの背中を叩いた。

 槍を突き出したまま固まっているノヴァの腰に抱きついて、子供がやるように全身を擦り付けながら、硬い革鎧の感触を頬で確かめる。頑丈すぎて痛いのだが今だけは気にならない。ハルは外見通りの幼子のように無事を喜んだ。

 

 

「あ、ああ。怪我はない……よな? うん」

 

 

 喜びを露わにしていたハルがふと顔を上げると、力ない声と青褪めたノヴァの視線に気付く。

 ノヴァが見ているのは血染めになったハルバードだ。真っ赤に染まった表面には茶色に毛が束になって付着していた。鋭い刃からはポタポタと血の真珠が滴っていた。

 突き出された時は完全に静止していた筈の先端が大きく揺れ始める。それはノヴァの動揺の大きさを示している。

 

 自衛のためとはいえ命を奪った。そのショックは決して小さくないのだろう。

 だから自分がサポートしなければいけない。ハルは鮮血を纏った武器に恐怖を覚えながらも行動を起こす事にした。

 

 

「ノヴァ、自分が相手だけど、きちんと言っておくぞ……。ありがとう!

 おかげで助かったよ、ノヴァが倒してくれなかったら、非力なこっちは絶対に襲われてたし」

 

 

 魔法で水を生み出して穂先を包み込む。【ピューリファイ/浄化】の魔法で汚れを落とす。

 こんな状況と対象でなければ 「流石は魔法だな」 と感動を覚えただろう。槍から浮き上がった血潮が瞬く間に解けて消えて行く。ものの数秒でハルバードは本来の輝きを取り戻した。

 

 残りの水はオオカミの全身にぶっかけて、再び浄化の魔法で綺麗にする。

 汚物と見なしていたからか大地に広がっていた脳味噌の破片も消えた。一瞬だけ濡れた犬の臭いが鼻を打ったが、それも浄化されたらしく消えてしまった。既に立ち上っていた分の血臭も風に吹かれたのか薄れている。普通に呼吸できるぐらいにはマシになった。

 

 本来は泥水などから浄水を作る魔法だが、ちょいと無理すればこういう活用もできるらしい。

 ドーンワールドでは無理だった活用法だな……と自画自賛する事で、ハルは気絶しそうな意識を逸らす。脳味噌の破片と思われるものをモロに見てしまった。魔法の疲労と合わせてダブルパンチだ。

 

 

「うう、悪い。コイツを切り裂く時の、重い手応えが、ズンと身体に響いてさ……。

 返り血が吹き出すのが見えたんだけど、どうだ? 顔とか汚れてるか?」

 

 

 言われてノヴァの方に振り返る。だが鎧が赤く染まったりはしていない。

 どうやら鎧を包んでいた魔法が、ウォーター・シールドの膜が返り血を流してくれたようだ。見た目にはほとんど変化がないのだがまだ存在している。日差しの屈折で水の膜が光っていた。

 不思議な事に触っても濡れたりはしない。術者であるハルも対象になったノヴァも驚いて、本当に魔法って不思議だなぁと頷き合う。

 

 

「……あ、そうだ。ノヴァ、このオオカミってどうする? 解体しないと。

 そりゃ俺だって嫌だけどさ、現状だと無一文じゃん? このままだと宿にも泊まれねえぞ」

 

 

 なるべく見ないようにしていた物に目を向ける。ハルは現実が自分の肩に乗ったのを感じた。

 道具も何も無いから調理したりするのは無理だろう。だが内蔵を取り出すぐらいならハルバードの穂先で間に合うし、あと2時間か3時間も歩けば、そこには街が存在する筈なのだ。

 そして街で通用するのはお金、すなわちマネーである。

 身体を売れば別にしてお金が無ければ立ち行かない。街で野宿なんて荒野での野宿よりも危険だろう、なにせ今の自分達は美女と美少女、身を守るためにも資金は必要だった。

 

 

「マッドウルフなら、肉も食えるはずだし、骨も素材になるよな……。確かに金が無いと」

 

 

 及び腰になっていたノヴァも仕方なしに頷いた。額を革の小手で軽く叩いて音を出す。

 ドーンワールドでは街へ自由に出入り出来ていたがこの世界では不明である。入り口で税金とか通行料を徴収されるのはファンタジーの物語などでよくある話ではないか。

 

 

「ああ、くそう! 重いし、怖いし、気持ち悪い!」

 

 

 非常に嫌だがやるしかない。ぐっと奥歯を噛みしめて死体を跨いだ。

 先人を切ったハルが濡れたオオカミの右前足を掴んで、腹を割くために仰向けに引きずり起こす、まだ温かい肉と毛皮の手応えが指に伝わる。妙な脱力をしているので重い上に気持ちが悪い。

 

 続いて頭側へと回ると前足を広げさせ、足の間にある砕けた頭を見下ろした。

 狼の口からは灰色の舌がダラリと垂れている。その不気味な様子を見て 「うげっ」 と声を漏らし、怖くなってしまい顔を背けるついでに杖を手繰り寄せた。

 ハルバードを握ったノヴァが深呼吸している。彼女の唇の隙間から風の音が響き、やがて覚悟を決めたのか奥歯が軋む音が聞こえた。数秒ほどの時間を置いてハルバードが動いて、鈍く光る先端が土色の毛皮に吸い込まれる。心臓がまだ動いているのか傷口からは血が滲んだ。

 

 

「ああくそ、妙な手応えだよ、まったく!」

 

 

 喉元から下へ向かって切り裂いて行く。内臓を避けて毛皮と筋肉を縦に割る。

 ハルバードの切れ味は想像している以上に高いらしい。硬い布を裂くような音と共に傷口が開いて行き、人間で言うヘソの辺りまで切ると一度手を止める、クルッと手首を捻って皮を横に割って貰った。

 

 日本じゃ魚すら満足に捌いたことがないのに。様々な感情がグルグルと胸を打つ。

 腹の中に見える腹膜や内臓の輝きが本当に不気味だった。腹を割いたハルバードは本当に真っ赤に染まっている。まるで赤ペンキを塗りたくったような紅々しさ、感情が飽和してしまい楽しくもないのに笑いすら出てしまいそうだった。

 ペンキではない証拠に血の匂いが凄い。内蔵が大気に触れたからか生臭さも混じっており、ハルは自分の舌を噛み千切る勢いで歯を食いしばる。そうしないと本当に胃液が逆流してしまいそうだった。

 

 

「赤ずきんに狼の腹を切るシーンってあったけど、あれもこんな感じなのかね」

 

 

 冗談でも言わないとやっていられない。ハルは蒼くなった顔で強がりを言う。

 できるだけ傷口は見たくないが、さりとて失敗しないように注意しながら魔法を使う。魔法で生み出した水球を操るとオオカミの腹の中に水を注ぎ込む。

 シュールな光景かも知れないが本気である。やがて傷口から溢れるほど満ちたのを確認すると水を止め、目を閉じて魔法の行使だけに意識を集中させた。使うのは浄化の魔法だ。血液を水と混ぜて諸共浄化してしまおうという作戦である。

 

 

「よし、いい感じ……!」

 

 

 それが功を奏したのか魔法は的確に発動し、目がおかしくなりそうな紅色と鼻が曲がりそうな鉄錆と生臭さは瞬く間に薄くなる。激しい鉄錆の香りも消えていった。

 これは血抜きの意味もあるが、どちらかというと作業の効率化に比重を置いている。

 考えたくないが素手で内蔵を引きずり出すという作業も待っているのだ、素人の自分たちでは血塗れのままでは絶対にできないだろう。こうやって少しでも緩和してやる必要があった。

 

 

「日本じゃ魚の一匹すら捌けなかったのに。今は獣の解体が出来るって、変な気分だ。

 持ってるのは包丁なんてチャチな物じゃなく、近衛兵みたいなハルバードだしさ」

 

 

 ノヴァの呟きに同意する。魔法と同じく解体の手順が不思議と理解できていた。

 実際の手付きは辿々しい部分ばかりで完璧とはとても言い難い。だが見た事もない獣の構造が3Dモデルでも見ているように分かるのは妙な感じであった。

 聞いた感じだと戦士系の技能があるノヴァの方が、自分より詳細に分かるらしい。

 単純な解体ではなく戦闘中の活用法も、刃を叩き込むべき位置とか角度とかも付随するようで、けれど先程の一撃には活かせなかったと自嘲していた。

 

 

「解体はそうだけど、これを食べる気にはならないわ、絶対に。

 そもそもエルフって肉食えるんだっけ? ポテトチップスとかカップラーメンが恋しいや」

 

 

 次の手順は腹の水抜きだ。言葉少なに確認し合い、ハルは杖を置いて狼の足を掴む。

 仰向けに寝かせていたのをひっくり返す。すると腹の傷口から透明に近い水がざぱっと溢れて大地に広がった。血や臓物の臭いは殆ど感じられず、ここまでは良い具合だと胸板を撫で下ろす。

 元へ戻す際にチラリと中を窺ったが大丈夫そうだった。生々しい血の赤は浄化により随分と薄れていた。

 

 

「こっちはもう料理さえしたくないよ。皮を切る感触が……うぇ、トラウマ確定だぜ。

 あとは腹を完全に切り裂いてから、内臓を取り出して肋骨を外して、破らないよう慎重に膀胱と腸を引っ張りだして、肛門ごと切り取って! くそう、想像したくないのに様子が浮かぶ!」

 

 

 再び仰向けに戻った狼を前に、ノヴァは舌打ちしながらハルバードを手にする。

 本格的な解体は行わない。腐りやすい部分だけ排除して路銀を確保する。たったそれだけの行為がここまで大変だとは。震える手で解体作業の続きに入った。

 

 ノヴァが槍を動かしやすいように狼の腹を手で抑える。その補助を行うハルは手の下で皮膚などが引っ張られる感覚に意識を飛ばしそうになる。

 街に到着したらこの狼を売り払って、腹いっぱい飯を食ってやるぞ、と心中で気炎を上げた。

 

 

 

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