ダブルTS自分ヒロイン物 作:双葉
狼の解体を終え、鞘を被せたハルバードに引っ掛けて歩くこと、2時間。
ノヴァの背中と狼の背中を追う作業にも辟易した頃。ついに街道らしい物を発見したハルは歓喜のあまり杖を投げ捨てた。同じくハルバードを放り捨てたノヴァと熱い抱擁を交わした。
この世界には人間が居たのだ。それだけで涙が出るぐらい嬉しく、感動的だった。
街道の存在に活力を得て歩行ペースも上がる。簡単に整備されているだけでも歩きやすい。
そして発見から更に1時間ほど歩いた頃、丘の向こうに防壁を持つ欧州風の趣がある街と、そこから立ち上る幾筋もの煙をついに視界に収めた。待ちに待った人間の都市だった。
煙が上がっているのを見た時は 「火事か! 魔物の襲撃か?!」 と驚いたけれど。慌てた様子もなく商人らしき一団が門を出たのを見て勘違いに気付いた。あれは単に飯時の煙だろう。
「大きい、って言って良いのかねえ? でっかい箱庭みたいな感じだな、あれは」
丘の上に街が陣取っている。煉瓦なのか石垣なのか。角ばった形の城壁で囲われている。
ノヴァの背後から覗けば欧州世界の典型的な城郭都市のような、石と煉瓦で構成された異質な都市の風景が広がっていた。ハルとノヴァは頻りに 「おー」 とか 「へー」 とか呟く。
風化や汚れなどのリアリティがあり過ぎる事を除けば、映画の風景か欧州の観光地のようにも見える。ビルだらけの日本では有り得ない世界観だった。
これは後で知った事だが、都市の防壁はペンタゴンのような五角形になっているらしい。
角の部分には見張り塔と対空砲火を兼ねた弓兵の詰め所があり、それ以外にも細かい工夫や構造が散らばっていて、大規模なモンスターの襲撃への備えは万全であるようだった。
実際に万全なのかは別だが、ドーンワールドではモンスターの襲撃イベントとかも存在している。備えがあるのは良い事だと思う。
「イメージよりは……ちょっと小さいかな?」
その威容はファンタジーらしく非常に立派、なのだが想像よりは規模が小さかった。
防壁の具合も画面の中で最後に見た時とは違って心許ない感じ。ああいう都市はバームクーヘンのように厚みを増していくと聞いたが、丘全体のキャパシティからすると、まだまだ発展の余地があるのが伺える様子だった。
ただ、これはドーンワールドの設定の都合もあるので、仕方ないと言えば仕方がない。
この世界の名前である 『ドーン』 の部分とは夜明け。プレイヤーという英雄たちによって照らされ始めたばかりで、まだ朝日を迎えて間もない未熟な世界、という意味が込められていた。
これから大きくなっていくのだろう。改めて都市の周辺を観察すれば、建設予定地のような場所も幾つか見受けられた。
「スラム街ってのは、こういうファンタジーじゃお約束だけどさ、うーむ。
こっちはまだしも……ハルがちょっと心配だ。見た目ちっちゃいし可愛いし、変なのに絡まれそうで」
どちらかと言うとマイナスのイメージが強いのは、防壁の周囲に広がる家々が原因である。
風属性の魔法 【ミラー・オブ・ホーク/遠見鏡】 で風景の一部を拡大したところ、中性的ファンタジー世界には似つかわしくない、竪穴式住居に似た物が所狭しと並んでいた。
中には猟師小屋ぐらいに建物らしい建物も含まれていたけれど。その数は決して多くない。
彼らはモンスターの被害による難民だろうか? ハルは浮かれていた心中にスッと現実という刃を差し込まれたような気分になった。
「可愛い、とか言わると背中がゾワゾワするよ……。けど、確かに絡まれそうだ。
幻術とかは風魔法にあるけど、まだ使えそうにないし、人払いの結界とかは無いからなあ」
見た目以上の怪力を誇るノヴァを羨ましく思う。見下ろした細腕はあまりに頼りなく感じる。
今のハルは現代人だった頃と比べ物にならないほど鍛えられている。少なくともこの長旅の途中でぶっ倒れたりしなかったので、リアルの自分よりはずっと体力があるのだろう。
ただ冒険とはバリバリの肉体派なのだ。一般人と比べたら強くてもプロのアスリートと比べなければ意味が無いし、そして少なくともノヴァよりは確実に劣っている。
「まあ、チンピラの扱いは此方に任せとけ。ハルの魔法には助かってるしな」
ノヴァは軽い調子で自分の胸を叩く。その言葉は嬉しいがお荷物なようで情けない。
狼の死体だって本当は交代で持つ予定だったのだ。けれどハルは膂力も体力も足りず、実際には任せっぱなしになってしまっていた。
あのハルバードだけでも見た目以上に重い。ハルの細腕では扱いに困ってしまった。
更に狼の死体などぶら下げようものなら拷問である。硬い槍の柄が肩に喰いついて抉るような激痛が走った。それでも気合で歩こうとはしたが、痛すぎてたったの10歩さえ歩けなかった。
ノヴァの鎧にはこういう時のための細工がしてある。右肩を覆っている金属パーツの一部が槍置きにするために凹んでいるなどの加工が成されているようだが、それを抜きにしても根本的な身体能力がまず違っていた。
「それはそうなんだけど、同じ自分なのに、なんか悔しいんだって」
一応、ハルが何もしていない訳ではない。見えない部分では活躍している。
内蔵を抜いたとはいえ子供並みの重量は残っているから、負荷を軽減すべく【ウィンド・ポーター/重量軽減】 の魔法を現在も使っているし、ノヴァの鎧や武器に血の匂いが移らないよう何度も水で洗って浄化したのもハルである。
だから無力ではない。適材適所という言葉も理解している。
けれど自分から口に出すのはダメだ。言い訳になる気がして落ち着かず、こう尻の収まりが悪いような気分になってしまう。言葉にするならば 「それを言ったらお終いよ」 である。
いくら自分が相手でも人付き合いは人付き合い。お互いを尊重できない関係は長続きしない運命だ。ドーンワールドでは一方的に貢がれる姫キャラのせいでギルドが崩壊した事もあった。
「それよりもさ、街についたら口調も直さないと、不味いと思うんだよ。
ただでさえダークエルフとエルフで目立つんだから、女っぽい演技……いやロールプレイでも良いから、最低限の口調は直しておかないと。
チンピラとかに絡まれたとして、こっちは殴ってやればいいけど、ハルは無理だろ?」
ハルが俯いて唸っていると、いつの間にか隣に来たノヴァは大袈裟に肩を竦めた。
それよりも前向きな話をしようぜ、と。悪巧みをしているような笑顔を浮かべながら切り出した。
「むぅ、とりあえず置いておくけど、それは確かになあ……」
お互いが目立つのは同意せざるを得ない。なにせダークエルフとエルフのコンビ、普通なら反発して当然の組み合わせである上に、そもそも人間以外の種族が珍しい可能性もあった。
メタな話だとクローズドβテスト期間中は人間種族しか選択できなかったのだ。加えるならMAPにあった街は人間の物ばかりで、エルフやダークエルフの街は隠れ里のような場所しか無いし、先ほど都市の外周部などを見た限りでは人間しか居なかった。
「だろ? 俺たちゲームしか知らない、極度の世間知らずだしさ。
その辺も誤魔化せるような、便利で融通の利く設定を作っておくとして、言葉遣いも重要じゃん? こっちはともかく、ハルってエルフだし。フランクな喋りは似合わないって。
下手に疑われたり、それで襲われたら洒落にならない。ただでさえ目立つ種族なんだから」
ドーンワールドでは大昔に起きた戦争が影響して、ダークエルフとエルフは対立関係にある。
モンスターの異常発生などの脅威があるから表立った行為は避けられているだけで、普通ならば好き好んで近寄ったりしない。顔を合わせるのも避ける。そういう設定があった筈。
ストーリーの流れを言うと魔物の発生の裏には、地獄からの軍勢と呼ばれる異世界からの侵略者の暗躍があり、それらが引き起こす様々な問題を攻略していく事で歩み寄っていく、というメインストリームがあった。
「まあ分かるよ、うん。でも何でそんな乗り気なんだ、ノヴァ?」
現状では大規模な魔物の影は見えないので、まだ本格的な和解は成立していないだろう。
そんな状況なのにコンビを組み、しかも男言葉を連発しながら隙だらけの身振りをしている……なんて役満じゃないか。変な目で見られる自分を想像したハルは顔を顰める。
想像したら下手なアイドルより目立ち過ぎだ。悪目立ちしたら絡まれる機会も増えるだろう。
自分からチンピラを引き寄せ、それを武力などで返り討ちにして威張るなんて。絵に描いたようなバカではないか。そんな傲慢な存在にはなりたくなかった。
「いやいや、純粋に心配からだって。ほらロールプレイ頼むよーロールプレイ!
エルフが嫌なら、囚われのお姫様とかでもいいからさ。勇者が助けに行ってやるから」
「お姫様て……。ガラじゃないよ、そんなの!」
男に迫られる自分を想像してしまう。ハルは細身の体を抱えながらブルリと震えを走らせた。
ある意味ではモンスターとの戦闘より恐ろしいかもしれない。相手が魔物ならば武力でぶっ飛ばせればそれで終わりだけれども、人間であれば面倒な事になるだろうから。
「そろそろ考えを読まれそうだから言うけど、単純に目の保養がしたいんだよ
ハルの方だって外見だけは完璧だからな。精神的にも疲れたし、不安も誤魔化せそうだしで一石二鳥だろ?」
ノヴァは何を想像したのか、見て分かるぐらいニヤニヤと笑っている。
気後れを感じていたので吝かではないが、いきなりロールプレイと言われても……とハルは口籠ってしまう。丁寧語にするぐらいしか浮かばなかった。
ネトゲならばその程度でもネカマだと思われた事はある。ならば問題ないか。少し癪ではあるけれど、街で暮らすなら必要な事だ、と自分を納得させて頷いた。
「了解です、これでいいですか? ノヴァ……って、何を笑ってんだよ」
一応は真面目にやったのに。肩を震わせ始めたノヴァを見て唇を尖らせる。
槍からぶら下げられている狼越しに様子を窺うと、金属の装甲が貼り付けてある肩がブルブルと上下し、堪え切れないという感じで口元を抑えていた。
なんて失礼なやつだ。中身が自分だと分かっていても憮然としてしまう。
「ごめん、ごめん。なんか妙にエルフっぽいのに、中身が俺だと思ったら、笑っちまったわ。
見た目さえ良ければ即興の演技でも、こう意外とハマるっつか、何とかなるんだな」
「そうなの? 自分だと分からないな……。鏡とかも見てないし。いまいち実感が無い。
あと、いい加減に笑うなっての。それにノヴァだって、女にしては口調がガサツ過ぎるから注意してよ? 今のままだと流石に浮いてるから」
そんな事を言い合いながら街道を歩く。深く刻まれた轍の先を見据える。
街道は弧を描くようにして都市と繋がっているらしい。太陽の位置から考えると南北に接続部があるようで、スラム街は壁しかないであろう部分に密集しているのが少し不思議だった。
やがて高い防壁に生えているツル植物の具合が見える頃になり、二人は視線を交わして行動の確認を取る。
「よし、基本的に交渉はこっちがやるから、ハルは待機でお願いする」
「了解。自分みたいなちっこいのが口を出すと不味いだろうし。基本は黙ってるよ」
街道から続いている大門へと接近すると、見張りらしい兵士が驚いた顔を向けて来た。
果たしてダークエルフとエルフが並んでいるからか、それともハルバードにぶら下げたオオカミの死体が原因か。兵士の男性は右手の槍で石畳を打ち鳴らすと 「止まれっ!」 鋭い声が飛ぶ。
「なあ、なんか不味い事やったのかな?」
「分からねえ……。ハルは後ろにいてくれ」
ノヴァの背後から表情を伺うが、兵士の表情は録に読み取れない。
金属製らしい輝きのある白っぽい色合いの兜に遮られている。頭全体を包む砲弾型の兜であり、顔の部分に丁字の隙間はあるがそれだけだ。眼と鼻と口の一部が見えるぐらいだった。
まだ会話も始めていないのに何か失敗したのか。ノヴァがの緊張が背中を通して伝わる。ハルも不安から胸の内がざわめくのを感じた。
「お前たちは渡りの冒険者か? 獲物のまま持ち込むのは止めろ。この都市では禁止だ。
そのオオカミは内蔵を抜いてあるようだが、形のある状態では許可できんぞ。向こうにある店で売り払うか、場を借りて解体してから来い。分かったか?」
ノヴァの視線が背後の狼に移る。呼び止められた原因は此方だったらしい。
兵士も口調こそ強いが怒りを感じている風ではなく、落ち着いて聞けば物を知らない相手に言い聞かせるような声色だと気付いた。
「ああ、すまないな。人間の常識には、ちと疎いのだ。……他に注意はあるかい?」
ダークエルフっぽい演技をしたノヴァが言葉を返す。それで人間種族ではない事に気付いたのだろう。兵士の男がこちらの顔とノヴァの顔とでその視線を往復させるのが分かった。
兜越しにも驚いたような気配を感じ、ちょっと間を置いてヒューと小さく口笛の音が聞こえる。相変わらず表情は読めないが 「珍しいものを見た」 と兜に書いてあるようだった。
「お前らは、ダークエルフと……エルフ? 妙な組み合わせだが、実力はありそうだな。
この街のギルドに登録がない場合、ここの通行料は銀貨1枚だ。そのオオカミを売れば十分すぎるぐらいの額になるだろう。手持ちの金が無いならそうして作れ。野外での安全は保証しない。
もし相手から喧嘩を売られても、絶対に殺すな、まず騒ぎを起こすな。都市の中でも外でもな。分かったか?」
あそこが解体所だ、と男が指差した方向に目を向ける。数百メートルほど先にある荒野の一部が開かれて最低限の整地が成されており、その中心に平屋と似た建物が立っていた。
都市の中に持ち込むには本格的に解体を済ませておく必要があるそうだ。あの場所が解体や取引につかう専用の建物であり、解体ないし売却を済ませる必要があると兵士は言う。
「そうか、解体は外でやるのか……。確かに血の処理とか大変だしね」
なるほど、そういう仕組みになっているのか、とハルは頷いた。
確かに門の横幅からして余裕がある訳ではない。オオカミぐらいならともかくボスクラスのモンスター、例えばドラゴンとかになると、翼を畳まなければ門をぶっ壊すハメになる。
まあドラゴンまで行くと、確実に例外的な事象になってしまうだろうが……。
序盤の難敵として有名なグリズリーぐらいでも十分に大きい。怪物並みに巨大である。
ハルの知識と合致するならば兵士が握っている槍を軽く見下ろせるような体格なのだ。横幅だって人間の何倍もあり、体重も相撲取り顔負けである何百キロとかの世界で、大型の馬車に乗せなければ運搬はほぼ不可能である。
見た感じ門の向こう続いている大通りも広くはない。内部へ運び込もうとしたら厳しいだろう。モンスターの解体を外で済ませるのは理に適っている。
解体作業を経験した身から言わせて貰うと、魔法がなければ血とかの処理も大変だろうし。
ハルはノヴァの背後に隠れながら 「よく考えられてる」 としたり顔で頷いた。
「ああ、分かった。教えてくれてありがとう、助かるよ」
「……おお? ま、まあな。これが仕事だ、うむ」
美女からお礼を言われるのは満更ではないのか、兵士は鼻先を赤くしていた。
量産品っぽい兜や鎧などの装備のせいで年齢は読み取れないのだが、もしかしたら想像していたよりも若いのかもしれない。厳つい都市の番人というイメージは薄れていた。
少しだけ上擦って聞こえる 「ではな。終わったらまた来い」 というセリフを最後にして、ハルとノヴァの一行は門から遠ざかる。
「助かったな、ハル。これで今日は、野宿じゃなくベッドで寝れるぞ!」
「ほんと助かったよ。もう狼の尻尾は見飽きてたし、都市に入れて本当に良かった」
このお荷物ともついにお別れだ。笑顔を浮かべながら解体・取引所に足を向けた。
現代の感覚だと結構な距離ではあるが、既に何キロも歩いてきた現状なら近いとさえ思った。心持ちウキウキした軽い足取りで建物へと歩を進める。
背後から感じる風も涼しくて良い塩梅だ。長い行軍で疲れた身体には熱冷ましになった。
「さっきの兵士さん辺りにチップを渡して、オススメの宿とか、聞いた方が良いと思うんだよね。
意外と好感度だったしさ。ここの地理とかサッパリだから、変な宿に入ったら怖いよ」
宿の評判を調べずに旅行する人は少数派だろう。異世界なら海外よりも注意が必要だと思う。
ハルはネトゲでも事前にwikiを読んでおくタイプで、ゲームを買った時も説明書の最低限は読む。だから今も同じように、失敗しないためにはチップも致し方なし、と主張する。
「そうだな。ただチップって、どのぐらい渡せばいいんだ?
北野武の映画でチップを渡しすぎて~みたいなのあったよな。かといって少な過ぎると嫌味になりそう。菓子も買えないような金を渡されも逆に怒られるだろうな~……って、うぐッ!」
やがて解体所へ接近して。10メートルほど手前で同時に足を止めた。
ムワッと顔を包み込むような臭気に口元を抑える。その際にノヴァの方は小手で唇を打ってしまったらしく涙目になっていた。ハルの目からも涙が出そうになる。
鼻を抑えながら口で息を吸ってもまだ臭い。まるで見えない手が舌の上に臭いの元を塗りたくっているような。空気そのものが悪臭と化している感じだった。
「臭い……すげえ臭い!」
「……なにこれ。はなが、もげそう」
今までは風上に居たから気付かなかったのだろう。言葉では言い表せない猛臭である。
きっと腐った血や肉、それと臓物などの複合的な臭さだ。よく見ると周囲の地面も不気味な赤黒さに変色し、目の前の解体場へと続く道を塗り上げているようだった。
涙を擦りながら建物を観察する。分厚い木の看板に掘られた 【ドーラム 解体・交易場】 の文字が恐ろしいお化け屋敷の入り口のように見える。扉の前でハルとノヴァの二人は震え上がった。
今から、ここに入るのか……。
荒野で解体しておけばよかった! 後悔先に立たずとはこの事だ。
しばし立ち尽くしていたが入らなければ始まらない。ハルが先行して扉を掴み、恐る恐る地獄への入り口を開いていく。