ダブルTS自分ヒロイン物   作:双葉

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第六話 宿屋

 

 借りた部屋はベッドとテーブルだけの殺風景だったが、掃除は行き届いており悪くはない。

 やや軋む階段を登った奥の部屋だ。細い鉄の棒を曲げて作ったような鍵を捻ってドアを開け、我が子を抱えるような慎重さで食事のトレイを運んでいるノヴァと一緒に、わいわいと感想を言い合いながら中に入った。

 薄暗いが窓を開けている時間さえ惜しい。立ち上る湯気と食べ物の香りで空きっ腹がきゅうきゅうと催促している。椅子とベッドを利用して小さなテーブルをいそいそと囲む。

 

 

「それじゃ、いただきます!」

 

「うん。いただきます」

 

 

 目の前の食事から立ち上る湯気のありがたさ。素朴だが美味しそうな香り。

 メニューは白パンの塊とチーズらしき欠片が一つに、ジャガイモがゴロゴロと浮かぶ野菜スープ、それに薄っすらと泡が浮かんでいるエールが1杯である。

 素朴な内容だが今の自分にはご馳走だ。部屋に充満する香りがたまらない。

 

 

「異世界らしいメニューだな! 腹ペコだから美味いけどさ!」

 

「ま、こんなもんでしょ。最初からドラゴンステーキなんて無理だよ」

 

「口ではそう言いながら、思い切りがっつくエルフであった」

 

 

 パンを千切って口に突っ込む。頬を膨らませているとノヴァに笑われた。

 身体が小さくなったせいで調整が難しい。普段の調子で食べるとつい頬が膨らんでしまう。ハルは頬袋に餌を溜めたリスのように口をモゴモゴと動かして咀嚼する。

 

 

「ノヴァだってがっつき放題じゃん。……給食を思い出す味かな? ちょっと塩っぱいが」

 

 

 なんとか口の中を整理すると、失われた水分を補給すべくスープに手を伸ばした。

 異世界らしく土器を思わせる素焼きのお皿だ。ざらざらした独特の感触を唇に覚えながら塩気の強いスープを口に含む。木製のスプーンを手に取って具材も放り込む。

 キャベツとニンジンに似た野菜が彩りとして添えられ、何より角切りのジャガイモがボリュームを添えており食べ応えがあった。味付けは塩と野菜から出たエキスぐらいの物であるが、空腹という最高の調味料のお陰で美味しく食べられる。強めの塩味もパンと一緒に食べるなら調度良い。

 

 

「エールって、ファンタジーではお約束だけど……」

 

 

 ハルにとってエールは苦いだけだったが、ノヴァからすると 「悪くない」 そうだ。

 黄金色の液体はぬるいし苦いしで、これの何処が美味しいのやら。チビチビと舐めるように口へ含んでいたハルだが、何度味わっても舌に苦いばかりである。

 そう言うと子供舌なんだよと笑われてしまった。 「くそう、飲兵衛め」 言いながらコップを交換してもらう。早々に飲み干されていたノヴァのそれと入れ替え、水は魔法を使って自前で用意する。蛇口を撚るように虚空から水を放出した。

 

 

「おー、何時見ても面白いな、それ。何も無い場所から水が出るなんて、不思議だよホントに」

 

 

 調整したのだが少し量が多かったようだ。器から溢れそうになってしまい、慌てて飲んだので少し咽てしまう。ゴホゴホと顔を赤くしたハルはノヴァに背中を叩いて貰い落ち着いた。

 その際に可愛いだのと聞こえたのは聞かなかった事にしておく。 「この野菜ってキャベツとニンジンに見えるけど、本当にそうなのか? 実は変な野菜だったりしてな」 などの雑談も楽しみながら久しぶりの食事に舌鼓を打った。

 

 

「ふー、満腹だ……。ごちそうさま」

 

 

 食べるだけ食べたハルは満足して後ろにひっくり返る。この際だからお行儀は言いっこ無し。

 硬いベッドだが地面よりはずっと良い。限界まで詰め込んだお腹を撫でて幸せな気分に浸る。

 

 

「ハル、もういいのか? パンが余ってるなら貰いたいんだが」

 

「あ、もう大丈夫。意外と食べられないんだ、エルフだからかな?」

 

 

 大きな白パンの塊を完食できず、ハルは1/3ほど残してしまった。

 食べ始めた時は2倍でも3倍でも食べられる気分だったのに。口が小さくなったと思ったら、この身体に合わせ胃も相応のサイズになってしまったらしい。

 首を持ち上げてテーブルを眺める。ノヴァは素焼きのコップを片手にモシャモシャと食べていく。その姿に 「ダークエルフって健啖だなあ」 と食事で膨らんだお腹を撫でながら思った。

 

 ハルとノヴァでは体格に大きな違いがあるから、これは仕方がないのかもしれない。

 でもこの世界での娯楽なんて、きっと日々の食事ぐらいしかないだろう。胃が小さいのはちょっと以上に勿体無い話だと思う。小食なエルフの身体が恨めしい。

 

 

「くはー、満腹だ。もう寝ちまうか? こっちは眠いぞ」

 

 

 窓からの光は赤みを帯び始めていた。照らされるノヴァの頬が赤く染まって見える。

 風を感じると思ったら窓にはガラスが入っていない。素通しの窓から顔を出して周囲を見回したノヴァによると、この宿だけではなく周囲の建物も同じようだった。

 ガラスは割れるしコストが高いのだろう。何かの小説でそんな記述があったのを思い出す。

 季節的にはそう寒い時期でもないし、寒ければ防風結界を張ればいいので、ハルたちにはあまり関係のない話題である。

 

 

「そうだね。でも、体を拭くぐらいは……。お風呂とは言わないからさ」

 

 

 今朝は土の上で寝ていたのだ。このままだとベッドが汚れちゃうよ、と主張する。

 見た感じ木製の台座の上に薄い布地を敷いただけの、ベッドとも言えないような寝床だけれど、最低限の取り繕いは成されている。何より服の中がジャリジャリして不愉快だった。特に襟元の辺りとか砂埃が付着しているらしく、肌に擦れて嫌な感じである。

 

 

「食器を返してくるから、何か無いか聞いてくるわ。パンも貰ったしな」

 

 

 ハルが自分の金髪に手串を通すと砂粒などが引っ掛かる感触があったし、同じように己の銀髪に手櫛を通したノヴァも髪を引っ張られる痛みで顔をしかめた。

 それで自分の汚れに気付いたのだろう。手早く食器を纏めるとドアの向こうに姿を消す。やがて階段を軽快に登って来る音が部屋まで聞こえ、笑顔と一緒に大きな何かを携えたノヴァが戻って来た。

 

 

「おう! タライと布とかを借りて来たぜ! ハルは水の準備頼む」

 

 

 この宿では井戸から汲む形式になっており、自力で水を確保するならば無料らしい。

 ノヴァの話によると宿の裏にある井戸は覆いが付いただけの穴で、木製のバケツみたいなのを投げ込んでロープで引っ張り上げるという形式なんだとか。

 

 

「おお、タライだ。初めて見たよ、こんな木製のやつ」

 

 

 借りてきたタライも昔ながらの雰囲気で、洗濯板で洗い物をするイメージの物だった。

 実際にそういう用途で使われているのだろう。一抱えもあるからこれを水で満たそうと思ったら大変だ。非力なハルでは途中で零してしまう可能性も高かった。

 どこぞテレビのようにこれを頭上から落としたら、怪我するかもしれないし物凄く痛いと思う。金具で補強されている側面を撫でると樽のような堅牢さである。

 

 

「水入れて来るのはダルいからな。ハルに任せた」

 

「うん、任された。……では【クリエイト・ウォーター/水生成】!」

 

 

 虚空から生まれた水がタライを満たす。その光景を見ていると魔法の便利さがわかる。

 なみなみと満ちた清水は澄んでおり、顔を突っ込めばさぞ気持ち良いだろう。現代の水道水とは塩素などの関係で味が違う。ミネラルウォーターか湧き水のような風味だったと想い出す。

 そう考えると贅沢な行為かもしれない。水面を一瞥すると臭い消しの木の実を摘み上げて手に載せる。

 

 

「この木の実を潰して、汁を布に塗るの? なんか白い汁って変な感じだな」

 

「謎の白い液体をエルフにぶっかけ、か。エロいな」

 

「ノヴァ、おっさん臭い」

 

「お代官様。中身は同じでござりまする」

 

 

 小指の先ぐらいの大きさの白い実を潰して、滲んできた中の汁を布に馴染ませる。

 便利な事にこれだけで強い消臭と殺菌の効力があるらしく、この都市が人口密度の割に清潔なのはこれのお陰であるらしい。単なる野草の実かと思ったら重要なアイテムだったようだ。

 手のひらの上で転がしていると 「そういえば、あの解体屋の周りにも……」 と思い出した。雑草に混じって幾つも実を着けていた記憶がある。

 

 流石にあの臭いの全てを消し去るのは不可能だったようだが、アレでも消臭されてマシになっていたのかもしれない。記憶に残るほど生えていたのは皆が使ったのが理由だろう。

 身を潰した際に中にある小さな種が付着して広がる。その性質からこの木の実は"旅人の鈴"と呼ばれているのだとか。ロマンチックで可愛らしいネーミングである。

 

 

「臭いは……。ほのかにミントっぽい感じかな?」

 

「そんな感じだね。こっちは鎧と鎧下を脱がないとだから、先にハルがやっててくれ。こっちは後ろ向いてるから」

 

 

 珍しく紳士的なノヴァと背中を合わせ、ハルはまずローブを身体から引っこ抜く事にした。

 腰にあるベルト部分を解いてから足首まである裾を手繰って脱ぎ捨てる。色気のない白い肌着を見下ろしながらローブの襟元を覗き込むと、細かい砂粒が生地の間に挟まっているのが見え、たった2日でも随分と汚れているのが分かった。

 続いてズボンを脱ぐためにブーツの紐を解く。アウトドアよりハードな冒険者用のブーツらしく頑丈で紐の結びも硬い。細い指先と薄い爪で苦労して解き、2日ぶりに足を引っ張りだした。

 

 

「おお、さすがエルフ。足が臭くないわ」

 

 

 エルフらしくつま先まで繊細そうな形をしている。それに殆ど蒸れていない。

 流石に鼻先をブーツの中に突っ込んだら、革の匂いなどで顔を顰めるだろうけれど。エルフって凄いんだなー。ハルはそんな事を呟きながらベッドの上で足をぷらぷらさせた。

 さてローブやズボンを……と腕を持ち上げ、ふと視線を横に向けたハルは、興味深げに此方を見ているノヴァと目が合う。バッチリ見ていたらしい。

 

 

「いやさ、気になるだろ? それに裸じゃないし。良いじゃん」

 

 

 開き直ったノヴァの尻を足裏で押しやる。妙に柔らかい感触にドギマギしそうになった。

 軽く呼吸して仕切り直し、まずはローブと同じく茶色いズボンを下ろす。裾の中に手を突っ込んでいるので白い太ももが目に眩しい。努めて目を逸らしながら軽く埃を払う。

 先ほど感じた柔らかさを忘れるように足裏を床に擦りつけながら立ち上がると、一気にローブと肌着を引っこ抜いて、白いかぼちゃパンツに似たドロワーズ一枚きりになった。

 

 

「ひゃっ、水、冷たい……」

 

 

 旅人の鈴を割った布を湿らせる。気になっていた首周りを濡れた布で撫でていく。

 殺菌効果らしいアルコールに似たサッパリ感があった。そのせいで普通に水で拭うより体感温度が低く、滴った水が胸に落ちてしまい小さく声を上げてしまう。

 白い胸はコーティングでもあるみたいに水を弾くので、水の雫はお腹の方にまで落ちていく。なのでヘソに入った水気は布に吸わせた。

 

 背後ではノヴァが身動ぎする気配があるが、まあ背中ならいいかな、と割り切る事にする。

 なにせノヴァが拭いている間はこっちが見てしまうだろうから。ダークエルフの生着替えなんて魅力的すぎるではないか。見ないでいられる自信がこれっぽっちも無かった。

 見られていると思うと余計に恥ずかしいけれど、どうせ自分だどうせ自分だ、と念仏を唱える。

 

 

「うあー、意外と汚れてるよ。水は捨てて出し直そうか?

 

「いや、浄化魔法だけでいい。重いから捨てるの面倒だし、おっさんの出し汁ならともかく、エルフのヤツだからな。気分的には悪い感じがしないぞ。気合入れれば飲めるね」

 

「浄化しちゃうから同じだっての。我ながらキモい思考してるな」

 

 

 冗談を言い合いながら身体を拭いていく。何度かタライの中で洗って絞り直す。

 垢は全くと言って良いほど出ず、布に付着するのは土汚れだけ。指で肩周りなどを擦ってみても風呂上がりのような美肌である。人間とは違う種族なんだなーとカルチャーショックを受けた。

 

 

「流石エルフだね。外部からの汚ればっかりだよ」

 

 

 エルフやダークエルフは精霊に近い存在だ、ファンタジーは伊達ではないという事か。

 その中でもプレイヤーキャラクターになるのは特に才能に溢れた感じの、言わばハイエルフやハイダークエルフとでも言うべき、より精霊に近い存在だったはずである。

 代謝などが人間と違うのはそのせいだろう。ドーンワールドでの設定を物凄く身近なところで体感した。なにはともかく身綺麗でいられるのは嬉しい。

 

 

「はー、サッパリした。後は洗って……【ピューリファイ/浄化】」

 

 

 髪の毛から爪先まで一通りを拭い終わり、タライに沈めた布ごと浄化する。

 さらなるダメ押しとして浄化した水の中で布をしっかりと洗う。布を擦り合わせても汚れが出ない事を確かめ、最後に顔をじゃぶじゃぶと洗ってから追加で浄化した。

 服も軽く拭ったり叩いたりして綺麗にする。終わったら手早くズボンやローブなどに袖を通し、どうせもう眠るのでブーツは床に放置だ。ベッドに腰掛けて素足の開放感を楽しんだ。

 

 

「ノヴァ、終わったよー。浄化もバッチリ」

 

「おう、サンキュ」

 

 

 ベッドの上でお尻を動かして場所を変わる。すれ違いざまにチラリと見たダークエルフの裸体の素晴らしさに 「うほっ」 とエルフらしからぬ声を漏らした。

 自分とはベクトルが真逆だが肌の素晴らしさは負けていない。健康的な小麦色のそれはエルフに負けず劣らず滑らかで、鎧などの拘束から脱した胸は気持よそうに揺れている。その桜色の頂点まで見えてしまい思わず頬が熱くなった。

 

 ああいう巨乳だと胸が痛いと聞いたが、ダークエルフの身体は常識では測れないらしい。

 クーパー靭帯などが人間より柔軟なのだろうか? 身体を拭きがてら揺らして遊べるぐらいには余裕のようで 「おー」 「揺れとる揺れとる」 なんて声が聞こえた。

 後ろ姿を見ただけでもノヴァのニヤついた顔が想像できる。その威厳とか色々と台無しな様子に、やっぱり自分は自分だなあと思う。巨乳エルフだったらハルだって同じ事をやっていた。

 

 

「寝るにしてもさ。ベッド、どっちが使う? ……床と大差ないけど」

 

 

 ハルは自分のお尻の下にある木板を指で叩いた。コンコンと硬いノックの音が部屋に響く。

 寝具というか台座に近い。布は敷いてあるがスプリングの効いたマットレスなんて上等な物は用意されていないため、地面よりはマシでも床となら大差ない寝心地だろう。

 

 

「一緒に寝るか? でも元が俺なら寝相悪いだろうなあ。2人で入ったら落ちちゃいそうだ」

 

 

 身体を拭い終わったノヴァが戻ってくる。同じようにベッドに触れて眉を顰めた。

 あまり快適だとは思えないのだろう。肩を落とした拍子に胸が揺れる。固そうな革鎧を脱いでいるのでボディラインが非常によく分かった。

 見惚れているとムチっとした肉体が迫ってきて、驚いたハルは大慌てでお尻を横にどけた。入れ替わるようにベッドに乗って、そのまま寝転がったノヴァが 「うわ、硬え! ……つか、ケツ打った」 なんて情けない顔を浮かべるので吹き出してしまう。

 

 

「お金はあるとはいえ、準備も必要だし。ジャンケンして交代、でいいんじゃない?」

 

 

 縮んでしまったハルからすれば広いベッドだと感じるのだが、むしろ背が高くなったノヴァにとっては小さいだろう。事実としてノヴァが寝ると余分なスペースは殆ど無かった。

 仮に抱きマクラにされているような状態でなら、ハルもベッドに入れるだろうけれど……と、そこまで考えて首を振る。

 あのボイン領域に格納されるには心の準備が足りない。胸で窒息するのはロマンでも、まだ死にたくないし。

 

 

「あー、自分の方が床でいいかも。ローブあるしさ、ノヴァはその格好になるんだし」

 

 

 鎧がないと見た目には薄手なノヴァの格好を観察して、ハルは床を買って出る事にした。

 上半身はTシャツと手首までのアームガード、下半身は足首近くまであるレギンスになっているが、二の腕辺りに隙間があるなど完璧ではない。ゴムっぽい質感だから床に寝たら冷たそうだった。

 それならローブとズボンのある自分の方がマシだろう、という判断である。

 

 

「いやいや、ここはジャンケンだろ……」

 

 

 遠慮するノヴァを押し切って窓を閉める。ハルは小さな鉄製のカンヌキで鍵を掛けた。

 隙間から差し込む西日が常夜灯ぐらいの明るさを提供してくれる。確かに床は砂っぽい感じだが地面よりはずっとマシだ。 「おやすみー!」 と宣言して目を閉じる。溜まっていた疲労がズンと全身に伸し掛かるのを感じた。こうなると起きる方が辛い。

 そう言うと納得したらしく 「明日は交代だからな!」 と強がって身体をベッドに横たえる。

 

 身体から力を抜いて目を閉じる。ノヴァの呼吸と自分の呼吸が混ざるのを感じた。

 やはり疲労の影響なのか眠気は早急に訪れ、ハルの意識はスッと闇の中に落ちていく。

 

 

 

 

 

 

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