ダブルTS自分ヒロイン物   作:双葉

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第八話 お使いクエストも楽じゃない 前編

 誰も居なくなった寝室。取り残されたハルたちは顔を見合わせた。

 一連の事件に酷く狼狽していたテリーも自分の頬を殴りつけて歯を食いしばると、ただハルたちに縋るのではなく 「自分に出来る事を探してくる」 と言い残して部屋を出ている。

 もう買い物どころではなくなってしまった。ハルは苦い顔をしながらコップの中で僅かに残っていた液体を飲み干す。喉を通過した液体が妙に苦く感じた。

 

 

「ノヴァも……知らないみたいね。こっちは薬草についてなら、ある程度は浮かぶんだけど」

 

 

 額に杖を当てながら問題の病気、ワタハキなる病名について記憶を掘り起こそうと試みる。

 だが生憎と空振りだ。脳内のデータベースにはインプットされていないようで、いくら首をひねってもワタハキのワの字さえ出てこなかった。

 隣に立つ相方にも話題を振ったが肩を竦められ。ハルは額に手を当てながら溜息を漏らす。

 

 

「こちとら前衛だからな。包帯とかを使った応急治療ならともかく、本格的なのはサッパリ。その割に動けなかったのはスマン。動転してたわ」

 

 

 ドーンワールドでの情報も話し合う。しかし時間が過ぎるばかりで成果は上がらない。

 運営歴8年を超える古株だ。行われた全てのイベントを記憶しているほどの廃人ではなかったし、仮にストーリーの概要を覚えていても……。小道具だろう治療薬のレシピまでは怪しかった。

 そもそもワタハキなる病気さえ初耳、ドーンワールドでも日本でも聞いた事がない。二人にとっては完全に未知の病である。

 

 

「助けになりたいのは山々だけど、準備も足りないし、実力もね」

 

 

 聞いた感じ特効薬はあるらしい。だが高い効力を持つ薬草類ほど採取は難しいのが現実だ。

 ゲーム的な都合だけでなく土地に含まれる魔力の問題とか、安全な場所に生えていたら先に発見した誰かが根刮ぎ持って行ってしまうとか。色々な事情で安定供給は難しい。

 大抵はダンジョンの奥などでひっそりと繁っている。だからこそ高額になり飯の種にもなる。

 

 また薬草にしても素材として使う場合、ポーションに加工する必要があるかもしれない。

 知識を掘り返せば病気に効くレシピも幾つか浮かぶ。適切な手順や注意点も理解できる。だから思ったとおりに体が動けば、中級ぐらいのポーションなら作れるだろうが……。

 実際に調合するとなると無理だろう。ハルは自分の細い指を眺めると皮肉げに唇を持ち上げた。

 機材も、経験も、熟練も。今の自分には知識ばかりで実力が伴っていない。昨日狼に襲われた時だって大パニックを起こしたではないか。せっかくの素材を無駄にするのがオチである。

 

 

「魔法も効かない病気なんてあるのか? ドーンワールドでは治ってたじゃん。病気系のデバフだって」

 

「治せる病気もあるよ? 風邪とか肺炎とか、傷口の消毒による破傷風の予防とか。

 でも、治らない病気もあるみたいで……。魔法だって完璧じゃないんだ」

 

 

 首を傾げるノヴァに対し、ハルは確認するかのように言葉を紡いだ。

 魔法は便利だが万能ではない。回復系の魔法では自己治癒力の強化に主眼が置かれ、体内に巣食う病魔そのものを根絶するような魔法は、大抵の魔法系統でも上級クラスの技術に分類される。

 特に精霊魔法はそれが顕著だ。定番とも言える 『死者蘇生の呪文』 も存在しない。

 死者の復活はルール違反に近いという考えである。そういった理由から一定の法則に縛られているため、ガンの類や一部の寄生虫など、本来持っている免疫が通じにくい病魔には手を出しあぐねる。

 

 

「全部をパパっと治すのは無理って事か……。まあそりゃそうか、そういうNPCも居たしな。

 何にせよ俺らに出来る事は少ないし、もし感染症なら……? って、それだとヤバくね!? 最悪、この都市の危機じゃねーか!」

 

 

 治療薬も治療法も無い難病が蔓延する、凄まじい悪夢だ、想像して背筋が凍った。

 ワタハキなる病気が強い感染力を持つか否か。それだけでも確かめておく方がいい。場合によっては老人の家族どころか街さえ見捨てて逃げ出す事になる。

 

 

「……」

 

 

 ハルが絶句していると軽く背中を叩かれた。アイコンタクトを交わして頷き合う。

 無責任かもしれないが……自分たちは勇者でも何でもない。自己犠牲の精神も人並だった。

 会ったばかりの相手のために、ハルの場合はノヴァを、ノヴァの場合はハルを。他ならぬ自分を犠牲にできるほど自分勝手ではない。手が届く範囲での手伝いが精一杯である。

 

 

「出来る事をやろう、テリーもそう言ってたしな。……ハル、それでいいだろ?」

 

「そうだね、うん。その通り……。出来る事をやって、出来ないなら仕方ない。他人に任せよう」

 

 

 最初から決めつけるよりは100倍マシではないか。空中で軽く拳をぶつけあった。

 握りっぱなしだった素焼きのコップに水を出して喉に流し込む。荒々しく口を拭うと気合を入れる。二人並んで深呼吸を繰り返す。

 まずは情報が無ければ話にならない。足早に宿屋へ戻ると女将に話を聞く事にした。

 

 

「……あぁ、あんたら。すまないね、迷惑を掛けたらしいのに、こんな様子で」

 

 

 昼前の時間帯だけに酒場の部分は閑散としていた。見渡す限り客の姿はない。

 今朝の騒々しさを覚えている二人からすると驚きである。火が消えたように静かな店内で、女将は呆然とカウンターに座っていた。

 普段は威勢のいい声と見事な恰幅で仕切っているのに。雰囲気が暗いせいで店の中が実際以上に薄暗く感じる。テリーの母親だと納得できたイタリア人っぽい陽気さが見る影もなかった。

 

 

「ピーター爺さんには色々とお世話になったんだ。助けてやりたいんだが……。

 ああ、いけない。どうも湿っぽくなっちまって、私も歳かね」

 

 

 手招きされて手近な椅子に腰を下ろす。うっかり持ち帰ってきたコップにエールが注がれる。

 断ろうとしたら 「迷惑料さ」 と言われ、とても返せるような空気ではない。女将自身も適当な器にエールを注いで煽り、飲み干すと肘をついて額を手で覆った。

 大福様のような丸顔が荒れた掌の下で歪んでいる。その頬には光る物が伝っているのが見えてしまう。

 

 

「……ワタハキ、ですか」

 

 

 気付いていない演技をしながら。ノヴァがそれとなくワタハキについて尋ねる。

 お世辞にも上手いとは言えない話術だが女将は頷いてくれた。彼女も苦悩を一人で抱えたくはなかったのだろう。深い溜息とともに語り始める。

 

 

「そうさ、ワタハキ! 恐ろしい病気だよ。呪いとさえ言われてる、本当に怖い病気さ。

 胸の中身を吐き出して、吐き出して。最後には空っぽになって死ぬ、なんて聞いたよ! ぞっとするような話じゃあないか! 感染るって話を聞かないのだけが救いさね」

 

 

 胸の内というと肺なのだろうか。凄惨な光景を想像した二人は眉を顰めた。

 伝染病ではない。その事実は朗報ではあるけれど……。年端も行かない少女が奇病に侵され、その家族や知り合い達も苦しんでいる、という現実を前にしては苦虫を噛むばかりである。

 

 病気について分かっていれば、もっと自由に動けるのに……。

 なまじ薬草の知識が頭にあるハルだからこそ。現状が余計にもどかしく感じた。

 

 インターネットどころか郵便制度さえ満足に整備されていない世界だ。個人では限度がある。

 情報を集めようにも図書館などの施設は整備されておらず、この街でさえ日頃の伝手や酒場での噂話がメイン。瓦版のような物はあるがそう頻繁に発行される物でもないとの事だった。

 ノヴァの後ろで大人しくしていたハルは、それを聞いて不承不承といった感じで納得する。

 自分たちのような余所者より地元民の方が都合がいいだろう。今頃はピーター爺さんが街中を駆けずり回っている筈であるし、それを待つべきか。

 

 

「あんたらとは見ず知らずなのに、ありがたいねえ……本当に、ありがたいよ。

 アンナちゃんは私の料理を食べて、美味しい、美味しいって、いつも言ってくれてねえ……」

 

 

 ハルは手元に注がれたエールをビチビチと飲みながら、女将の独白を聞いていた。

 アンナの両親は大恋愛の末に一緒になったとかで、その微笑ましい様子から街でも評判の夫婦であったらしい。最初は難色を示していたピーター爺さんも説得の末に折れたと話してくれる。

 美しい女性だったが母親としては身体が弱く、アンナを出産した時には相当な難産だった。

 もうこれ以上の妊娠は望めない。一粒種の愛娘は愛されながら大輪の花を咲かせている。それなのに病魔が今、幸せな夫婦の未来をぶち壊そうとしているのだ。

 

 

「ああ、もうすぐお昼じゃあないか! よし、こうしちゃいられない!

 二人とも変な話を聞かせちゃって、悪かったね! 代わりに今日の飯はサービスするよ! 期待しといてちょうだいね!」

 

 

 手が必要ならば声を掛けてくれ。ノヴァを通して女将へと伝える。

 すると感極まったらしい女将は荒れた手で顔を覆った。日々の仕事でボロになった袖口で目元を拭い、コップに残っていたエールをグッと喉の奥へと流し込む。宿の外まで響きそうな声を上げる。空元気であろうが普段の明るい調子を取り戻した感じだった。

 慌ただしく準備を始めた女将の姿を背景に、暫くはカウンターでエールの残りを頂いていたが、やがて難しい顔をしたノヴァに脇腹をつつかれて階段へと向かう。重い足音を響かせながら借りている部屋に入った。

 

 

「ノヴァ、どうした? なんか深刻そうだけど」

 

「いやさ。こっちには治療に向いた技能があんまり無いから、こうトントン拍子に手伝う方向で話が進んじゃうと、なんか取り残されてるみたいで不安でな……」

 

 

 情けない表情を浮かべる相棒を見て気付く。確かに少しばかり急性だったかもしれない。

 自分たちは棚ぼたで知識を得ただけで、中身は専門家と言える程でもないし。プロが居るならそちらに任せた方が良いだろう。

 ハルはベッドに腰掛けるとバツが悪い感じで頬を掻いた。自分の知識が役立つのは嬉しいが、それだけに天狗になっていたかもしれない。自分の行動に責任を持たねばと自戒する。

 

 ここまで関わったのに、もし失敗してしまったら。それを考えると確かに怖い。

 ストレスで胃がムカムカするのを感じたハルは思わず溜息を漏らす。自分の小さな手を持ち上げてその非力さに嘆き、華奢な自分を見下ろすとローブ越しにお腹を撫でた。

 なまじ関わったからこそ責任が重く感じる。少女の命を軽く背負えるほど傲慢でもない。実力以上の物を求められて戸惑うのは自然な話である。

 

 

「あー、そうか。なんかごめん。こっちに薬草とか調合の技能があるから、ちょっと先走ってたかも」

 

「ハルが謝るような事じゃないって。こっちだって人助けで悪い気はしないんだ。

 ただ、秘境だっけ? 準備もろくにできてないのに。勢いに飲まれて突入する事になったら……と思うと怖くてさ」

 

 

 テリーたちから聞いた話によれば、北にある大森林が薬草などの産地として有名らしい。

 小高い山ですら飲み込んでしまう大自然の産物である。窓を押し開けて顔を出せばよく分かる、空の領域を侵食している緑色の突起物がそれだ。

 見た限り標高はさほどでもないが、規模に比べ随分と広大な裾野を持っている。

 

 あの山こそが 【秘境】 と呼ばれる領域の中心であるらしい。

 真剣に眺めると美しい新緑も何処か不気味に感じた。エルフとしての感性だろうか耳の裏がゾワッとする。粘着くような雰囲気が確かにあった。

 

 

「確かに。薬草採取なんて言っても、簡単じゃないよね、明らかに」

 

 

 活火山からマグマが溢れるように。地脈などの関係で魔力が溢れる土地。

 ドーンワールドで言えばフィールドダンジョンだろうか。あの広大な土地の全てがモンスターの支配下にあって、裾野では日々命懸けの戦いが繰り広げられているという。

 それが冒険者の仕事だ、そう言われれば確かに、その言葉は正しいのだけれど……。

 自分が命を投じる仕事になるのだから他人事では居られない。漫画や小説で読んでいたのとは違った印象を受けた。

 

 

「知識だけなら分かってるんだけどな。山歩きなんてこう、ピクニックとかのイメージが強くて」

 

 

 あの森の奥地はモンスターの楽園である。溢れるほど潤沢な魔力がそれを支えている。

 この都市が作られた頃は外壁の目前まで森が迫っていたようで、それを百年近い年月をかけて少しずつ伐採を繰り返し、血で塗り潰すようにしながら人間の支配域を増やしてきた……という歴史があるのだとか。

 生存権を自らの手で切り開いたという自負があるのだろう。西部劇で有名なアメリカンスピリットみたいに。朝食を食べていた時に周囲から自慢されるような感じで耳にしている。

 

 

「森の環境はともかく、モンスターの巣窟でしょ? あの狼みたいな」

 

 

 ハルたちが倒したマッドウルフも、元はと言えば森から出てきたのかもしれない。

 つまりああいうモンスターがひしめいている場所なのだ。涎の滴る狼の牙を思い出して背筋が寒くなった。背後にオバケがいるような気分でドアの方を振り返ってしまう。

 その行動に首を傾げられたので伝えると、ノヴァにも秘境についての実感が湧いたらしい。大きな胸と一緒にぶるりと身体を震わせた。

 

 

「……ま、まあ、こっちに依頼が来るって、決まった訳じゃないしな」

 

「そ、そうだよね、うん。なんせ自分たちは駆け出しなんだから、難しい依頼なんて……」

 

 

 そんな風に話していると、見覚えのある顔が人混みから飛び出してくるのが眼下に見える。

 注意して様子を伺えば白髪の老人だった。間違いなくピーター爺さんだ。

 

 

「うわ、マジか」

 

「嫌な……いや、悪くはないけど、もしかして」

 

 

 驚いたハルがノヴァの肩を揺すって知らせる。二人の間には何とも言えない緊張が漂った。

 果たして床の下から興奮した声が響き、誰かが大急ぎな様子でドタドタと階段を駆け上ってくる。そして扉の前で足音が急停止した。直後に扉を叩く音と老人の声が再び響く。

 

 

「すまぬ! アンナの件で、至急!お話したい事が!」

 

 

 本格的に首を突っ込む事になるらしい。二人は強張った顔のまま空中で視線を交差させた。

 後から知った話であるが……。自分たちは立派な武器防具を持つ優秀そうなダークエルフの戦士と、魔法を使いこなし薬草の知識まで携えた博識そうなエルフのコンビとして、かなりの注目を浴びていたらしかった。

 

 その実際はとんだ誤解であるが、この時点では他人の評価など知りもしない。

 這いつくばって依頼を託す老人の姿を見ていられず、呆然と首を縦に振る素人二人組が居るだけだった。

 

 

 

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