ダブルTS自分ヒロイン物 作:双葉
「……ああ、不安だ」
硬い木箱のようなベッドから身を起こしたハルは、窓から漏れる朝日を見ながら呟いた。
まだ日の出を迎えた直後である。たっぷりと睡眠をとった筈だが緊張のせいでイマイチ熟睡できなかった。お尻を動かすと欠伸を噛み殺しながらブーツに足を入れる。
閉じていた窓を開いて少しだけ顔を出した。地平線の向こうに顔を出した太陽が覗え、夏に向けて強くなっていく日差しを浴びながら目を擦る。エルフの身体は目脂も出ないのでこれは半ば無意味な行動だけれど、瞼越しにでも朝日の暖かさを感じるのは悪くなかった。
「あー、ハル。おはよ」
もう一つのベッドで寝ていたノヴァも目を覚ます。そして憂鬱そうに肩を落としている。
女将の好意で宿代は据え置きのまま部屋が変わっていた。単純にベッドと椅子が増えて2つになったのと、それを含めても余剰スペースが一回りほど大きくなっている。
金が無い冒険者の場合はこの部屋に4-5人で詰め掛ける事もあるらしい。贅沢だがそれだけ期待されているという事で、果たして自分たちにその価値が有るのか、なんて考えてしまう。
胸を持ち上げて肉の隙間を掻くノヴァの姿を見ても眼福な気分になれない。ハルは自分の長い金髪に手櫛を通しながら、たまに指が引っ掛かるエルフ耳の先端を手の平でこね回していた。
「うん、おはよう。朝ごはん食べて、軽く身繕いして、それで出発だよね」
ハルは自分の長耳から手を離し、窓から吹き込む食べ物の匂いでお腹を鳴らす。
こんな時でも、いや、こんな時だからこそ、食事はしっかりと摂取しなければ動けない。無理にでも胃に詰め込んでから出発する心意気である。最悪なら食べ歩きだ。
サンドイッチ、と呼べるほど上等なものではないが。なんとかなるだろう。
横を切って開いたパンにスープなどの具材を拾って詰め込む、などの加工をした行軍食は一般的だし、プラスチックみたいに硬いし塩の塊みたいにしょっぱいが干し肉などもある。味見したところ露骨に顔を顰めるレベルで不味かったが背に腹は代えられない。
「だな。あー、秘境か……。できればもっと後にしたかった、正直すっげー怖いわ」
ブーツの紐を結んでいるノヴァを眺めつつ、ハルの方も準備を整える。
依頼を受けたからと言って即座に出発する訳ではない。幼子であるアンナを連れているので依頼主たちの到着は早くても3日後、今日の時点でも2日近い猶予があるのだ。昨日は準備に費やした。
どう言い繕っても薬草摘みであるから、あまり大袈裟な事は出来なかったけれども。
不味い行軍食を少しでも美味しくしてくれるよう女将さんに頼んだり、元冒険者だという客から秘境の話を聞いたり、報酬の前払いとして幾らかの装備や道具を受け取っていたり。出来る範囲での行動は起こしている。
その結果としては上手く行く公算の方がずっと高い。良くて今日の夕暮れ、悪くて明日の昼前には戻って来て 「心配しすぎだった」 と笑い話になっている予定である。
「まあ大丈夫だとは思うよ。森の中ならプラス補正がかかるしね、エルフには。
それに植物の力が強い場所では 【プラント・アラート/警戒網根】 の効力も上がるから、薬草の採取中に 『おおっと!』 なんて事も……無い、と良いなあ」
「洒落にならねーよ、そのネタ。リスとか毒アゲハとか。嫌だぞそんなの」
ハルはベッドに腰を下ろして毛先を指に巻きつける。どうにも落ち着けずソワソワした。新しく増えた腰の装備を爪で引っ掻いたりと子供のように忙しない動きをしてしまう。
細い腰に巻かれているのは茶色いベルトだ。無骨な感じの革で作られた幅広の一品で、中古品らしく使い込まれた感じの印象を受けた。
「はは、おニューの装備も増えたのにね、一応」
一部には小物を入れるためのポーチが幾つか連結されている他、水袋などを引っ掛けるための金具、そして汎用のナイフを収納するための鞘もついている。
魔物の爪に千切られた物を無理やり仕立て直したが、成人男性の冒険者が使うには長さが足りず売り払われ、そのまま店の奥で埃を被っていた物であるらしい。ベルトの一部には補修の跡としてその痕跡は残っていた。
ただ革製品はある程度の使い込みを行った方が良く、元の状態も悪くないので新品にも劣らない。短くなったとはいえ使えればよいのだ。ハルの華奢な腰回りで使うには十分な余裕があった。
「魔物と遭遇せず、薬草だけ回収できれば良いんだがな。森の中じゃ探索系技能も落ちるんだ」
「こっちも補正があるとはいえ、元が高くないからなあ……。気休めだね」
真剣な顔で防具を装着しているノヴァの姿を背景に、ハルは白いナイフを手の中で持て余す。
このナイフは粉末状に加工した魔物の骨で作られている。スライムから抽出した成分を加えるなどをしてから成形した物であるらしく、元が骨だけに軽くて扱いやすい。
使い勝手はまあ普通だ。日本で日常的に使っていたセラミック包丁のような感じだった。
研いだばかりの刃はかなり鋭いため、使う人が使えば立派な武器になるだろう。ただハルにはちょっと難しいと自分でも思う。リーチの無さを考えると杖で殴る方がマシかもしれない。
こんな事なら短剣術を、戦える術を習得しておけばよかった、と後悔している最中である。
咄嗟に引き抜けるよう工夫して、角度などを考えてベルトに鞘を固定して貰ったが……。パニックになった時に自分の手を切ってしまいそうだ。正直に言うとお守りに近い。
振り回せば牽制ぐらいにはなってくれるだろうか。出来れば出番がないまま終わってくれよ、というのが偽らざる本音であった。
「可能なら穏便に済ませたいが、場所が場所だからな、覚悟はしておかないと。
でも、遠からずモンスターを狙う事になるんだから、そういう意味では良かったのかもな」
勇ましい事を言うノヴァだったが明らかに視線が泳いでいる。そして小手が左右逆である。
指摘すると俯いて顔を赤くしてしまい、思わず吹き出すと 「こやつめ、ロリのくせに!」 と言いながら覆い被さってきた。鎧を着る前なら嬉しかっただろうが硬い革が額にゴリゴリして痛いばかりだ。 「やめれー! 痛いって!」 空元気で大騒ぎした。
「はは、朝から威勢がいいじゃないか! そうこなくっちゃね!」
しばらく騒いでいるとドアがノックされ、女将が手ずから食事を運び入れてくれる。
感謝と激励の言葉を一緒にして朝食ごと受け取った。奮発したらしくパンとスープの他に厚切りなベーコンの皿があり、立ち上る湯気には香辛料の香りが混じっている。チーズの欠片も一回りは大きくなっていたし、パンも焼きたてに近いらしく見るからにふんわりしていた。
この世界の基準ではかなり良好な食事だろう。緊張で薄れていた食欲が呼び起こされる。
「頼んだよ、アンナちゃんの命……。あんたらに、預けるからさ」
まるで戦の準備のように。二人は荒々しく朝食を胃に詰め込む。
日帰りだろうとも一日中ずっと動き続けるのだ。食べなければバテてしまう。
ハルはやはり食べ切れなかったが残りはノヴァに任せ、水とエールを飲んで一服。頃合いを見て2回分の保存食を入れた革袋をベルトにぶら下げた。
しっかり金具へ固定できているかをお互いに確認し、軽く引っ張ったり動いたりして万全を整えた。なかなか様になっているじゃないか。見た目だけは立派な冒険者の装いだった。
「それじゃ……」
「出発、だね」
頬を張って気合を入れると武器を取る。お互いに視線を合わせて頷いた。
砥石で磨き直したハルバードが朝日を反射して輝く。ハルが握る杖も丁寧に拭ってあり、先端のクリスタルには魔力を充填しておいたのでぼんやりと光を放っている。防具に緩みもないしブーツの紐も固く結ばれていた。準備は完了だ。
早くも心臓が高鳴るのを感じながら階段を降り、女将や客たちに見送られながら店を出る。祈るように両手を合わせている皆の姿が印象的であった。
「なあ、ハル。薬草の種類は分かってるんだよな?」
「うん。あまり特徴的な薬草じゃないけど、見ればわかる……と、思う」
都市を出て北へ向かう街道を歩きがてら。砂利を踏みしめながらノヴァは問いかけた。
ピーター爺さんに乞われて薬草を売っている店にも行ったが、一般的な薬草ならば見れば分かったし、その効用なども頭に浮かんだから大丈夫だろう。
今回必要になるのはやや特殊なもの、マロドアという名前の薬草だ。
見た目はタバコの葉に近く外見的にはさほど特徴がない。代わりに葉の表面からは僅かな悪臭を漂わせている。
トリカブトのように根っこ部分に薬効が集中しており、軽く乾燥させた根を燃やすと大量の煙を発し、それが極めて効果の高い虫下しになる。ただし副作用として頭痛や吐き気を誘発し、あまり煙を吸いすぎると大人でも昏倒しかねない危険な草だった。
効果が強烈すぎる上に成分が変質しやすく長持ちしない。用途が限定的なため一般には 「毒草」 としか認識されないらしく、薬師の主人も名前しか知らなかったマイナーな薬草である。
「しかし、病気は病気でも寄生虫が原因とはな……」
虫下しが特効薬というだけあり、肺に巣食う微細な虫がワタハキの正体と予測された。
恐らく本来は人間に寄生する種類ではないのだろう。中間宿主を違えたのが原因でワタハキという病気になってしまっただけで。
病魔退散の魔法が効かないのも自然な話だ。虫除けスプレーで人間を殺害しようとするようなもの。相手を間違えているのだから無効化されるのも納得である。
「完璧に決まった訳じゃないけどね。薬草の名前がそれで、高位の魔法も効かない理由が正しければ、っていう仮定を積み重ねたような話だもの」
「けど、まさか待ってる訳にも行かないしな。効かないなら完全にお手上げなんだから」
臓腑の中で虫が暴れている状況なのだ。相手が幼子であれば余計に時間がなかった。
推測だから間違っている可能性は否定できないが、仮に否定したところで死を待つだけ。それなら正しい可能性に賭ける。ピーター爺さんはそう覚悟して依頼を出した。
ならばハルたちが成すべきは、一刻も早くマロドアを持ち帰って、アンナを救ってやる事である。
「そうだね。まあ貴重な薬草って訳じゃないから、秘境ならほぼ確実に見つかると思うよ」
幸いな事に存在自体は珍しくもない。入念に探し回れば都市周辺の草原でも見つかるだろう。
ただし名前を知っている人間さえ少なすぎるし、たった一株や二株では力不足。偶然に頼るやり方では間に合わない。
発症してしばらく経過したワタハキを完全に駆除しなければならないのだ。それには量か質かのどちらかの条件を満たす事が必要で、確実なのは秘境から採取した薬効の高い物を用意する方である。
「両親にも吸わせて予防させるのと、副作用の軽減のため何度かに分けて吸わせるのに、全部で大きめの花束1つ分ぐらいあればいいんだよな? そのマドロワだかってのが」
「マドロワじゃなくて、マロドア、だよ」
「そうそう。マロドワね」
「マーロードーア!」
「分かった分かった……っと、ハル。ちょっとストップ」
名前の言い間違いで問答していると、前から数人の行列が接近している事に気づいた。
今のようにあまり人気の少ない街道で他者とすれ違う場合、槍などを持っている側は武器を逆に持って先端の方を地面に向ける、などで敵意が無い事を表すのがマナーであるらしい。ノヴァに習ってハルも杖を下向きに持ち替えた。
その動きで相手方も自分たちを認識したようだ。先頭を歩いている男が後ろに向けて声を掛け、やや広がっていた隊列を一列に並べると、握っていた弓から弦を外すのが遠目に見える。
「……」
向こうの一団は似たような革鎧に身を包んだ、恐らくは若い男が中心の5人組だった。
秘境帰りなのかパンパンに膨らんだ背嚢を背負っている。後ろの方に居る3人は棍棒と思われる物をベルトからぶら下げており、前の方に居る2人は鈍い金属の光を放つ山刀を携帯していた。
トラブルを避けるため口を閉じておく。向こうも無言ではないがトーンを下げて話している。
「……いい女だなぁ」
「すげぇ」
若い男の集団だ。多少色目で見られるのは……まあ仕方がない。呟きは聞き流す事にした。
視線を感じて居心地悪そうなノヴァの後ろに続き、心持ちペースを上げて足を動かす。すれ違った後でも視線は追ってくる。
ハルは自分のお尻の辺りに注目を受けている事を自覚してしまい、何とも言えずケツが痒い気分になった。敵意は感じないので怖さは薄れたが……。ちょっとだけ気持ち悪い。
気になって肩越しに視線を向けてみると、男たちが頻繁に振り返っているのが見えた。
しかし褒められた行為ではないらしく、リーダーらしい弓手が腕を上げて号令をかけ、最も顕著だった最後尾の一人を張り倒していた。後頭部を抱えている様子からは 「痛いっすよー」 なんて声が聞こえてきそうな調子である。風に乗って笑い声も聞こえた。
思ったよりは野蛮な感じではないらしい。冒険者という存在に対し勝手に抱いていた印象を改め、少しコミカルな方へと修正しておく。
「ふう……。ちょっと緊張したよ」
「こっちもだ。我ながら美貌が憎いぜ、なんてな」
十分な距離を取ったので武器を持ち直す。ハルバードの柄が肩口に触れて高い音を発する。
ハルも同じように杖を肩に預けて 「ふぅ」 と息を吐いた。そのまま杖を肩叩きとして利用してみるが、細い割に硬い杖だと華奢な我が身には痛いだけである。緊張の残り香を散らすために腕を回して筋肉を解す。
エルフ耳の先っぽが肩に擦れるのを感じながら首周りの筋肉を動かせば、己の長い金髪がチラチラと視界に入る。後ろへ流すために手で纏める様は我ながら絵になると思う。ただエルフらしく華奢すぎて強そうな感じはまるでない。荒くれ者が集まる冒険者というイメージからは遠かった。
「自分たちだけじゃないんだね、冒険者って。都市の中じゃあんまり見かけなかったのに」
「こっちが見れば判別できるんだがな、体格とかで。ハルには分からん?
まあ町中じゃあ武装とかはしないしな……。秘境の辺りには前線キャンプみたいなのがあるらしい、そっちに集中してるんじゃね?」
彼らは筋骨隆々のマッチョマンで、現代で言うとプロレスラーみたいな体格である。
普通以上の体格を持っていた人間でさえ細く見えてしまうほどだった。中でも弓持ちのリーダー格らしい男は雰囲気が違った気がする。皮鎧から見えた首などは大木のようであり、アレは自分の太腿ぐらいあったかもしれないな……とハルは一人頷いた。
アーチャーとはいえゲームみたいに、弓兵だから単純に後衛だ、という訳ではないらしい。
肉体は凄いのに装備があまり充実していないのは不思議であるけれども。戦士でしか理解できない理由でもあるのだろうか? 魔法使いは杖さえあれば困らないので分からない。
疑問を抱いたハルは歩調を速めてノヴァの隣に並ぶと、接近系の専門家である相棒へとぶつけてみることにした。
「なあノヴァ。さっきの人たちって、戦士としてはどう?」
「んー? ああ、えっとなー……さほど強くはない、かな? 感覚的に言うと、だけど」
さほど強くはない。そう言い切れるノヴァの実力に目を見開く。
リアルだったら相手が逆立ちしていても蹴り一発でOKされそうな体格だった。自分が思っているよりも凄いようだ。 「マジで!?」 ハルは声を上げ、思わずノヴァの腕を凝視する。
鎧の隙間から見えるのは筋肉が作る複雑な凹凸だ。よく鍛え込まれているが意図的に絞り込まれたスマートな感じで、これであの丸太のような腕に勝てるかと言われると首を捻ってしまう。
「単純な力比べでも……。分からんが、勝てないとは言い切れないぞ?
なにせ魔法とかが実在しているファンタジーな世界なんだ。技能の中には身体能力の向上とかもあるしな、このハルバードだってそうだぜ? リアルじゃあ両手武器の扱いだろ」
ハルから見るとどうなんだよ。逆に問われて考え込む。
肉体では明らかに向こうの方が上だ。エルフの女の子という非力さは常々思っている事でもあり、そこは否定出来ない。
ただ魔法使いの本分たる魔力では圧勝である。その部分だけは自信を持って断言できた。
「うーん、ドーンワールドだとさ、魔力に比例して魔法防御が上がるシステムでしょ?
それって自然に漏れ出た魔力が身体を包むように留まって、天然の障壁として役割を果たすから……っていうのもあるんだけれど。
自分の身体の周りにある量と比べたら、向こうは明らかに少なかったかなあ」
細かい数値は出せないけれど。彼らが1ならノヴァが3か4ぐらい、自分は最低でも10はある。
攻撃魔法は苦手だから単純な強さで言えば難しいものの、水の生成や浄化など魔法による利便性は身をもって体験済みだった。
それらの総合力でならノヴァにだって負けない、いや、負けたくないと拳を固める。
「どうも予想より凄いらしいな、俺らって……。ちょっと驚いた」
「凄い見られてるもんね、ノヴァは。エロい視線も同じぐらい集めてるけど」
それからも2,3組の冒険者とすれ違ったが、どれも似たり寄ったりな装備と構成であった。
リーダーは弓か槍などの武器を持ち、多少はマシな皮鎧を身に纏う。それ以外は使い古しに見える皮鎧やブーツなどで固め、腰や肩に巻いたベルトには山刀や棍棒などをぶら下げていた。
どうも革装備の戦士を4-6人ほど集めたパーティー、というのが定番の組み合わせらしい。
ソロの冒険者は居ないのかなと疑問を抱いたハルだが 「満足な武器も防具も無いのに、ソロじゃ無理だろう。慣れれば徒党を組んだ方がより安全だろうし」 との言葉を聞いて納得する。警戒から何から一人でやるのは大変だ。よほど熟練がなければ不可能なのも道理である。
「魔法使いって珍しいんだねえ……。なんとなく分かってたけどさ。
まだドーンワールドの基準を引きずっちゃってるな。もっと多いと思ってた」
1人ぐらいは魔法使いらしい人間も居たけれど。優れているとは言えないレベルに見えた。
ハルが把握している限り中年の男性で、水晶による増強もない単なる木製の杖を握る、若手が多い中では珍しく歳が行った男。彼の魔力は先程の基準で言うと4~6ぐらいか。おおよそ自分の半分だった。
魔法使いである事は間違いない。ノヴァからも戦士の体格ではないとお墨付きを頂いた。また感覚的に自分と同じ精霊魔法ではなく古代語魔法の使い手だろうとも察せた。
精霊に親しんだ者に共通の匂いとも言うべき物を感じなかったのである。自分でも恥ずかしい言い方だが脳内の知識がそう感じたのだ。そういう風にしか表現できない。
杖を持つ者である割に魔力が控えめである事には驚いたし、凝視しないよう控えめな視線を送っていた此方とは違って、羨望を通り越し嫉妬が滴るほどの目つきで睨まれたのも覚えている。
「依頼を出された時は、何で俺らなんかに……、って思ったけど。
こうやって情報が集まってくると、自惚れになっちゃいそうだが、その理由も分かるな」
噛み締めるようなノヴァの言葉に同意を返す。ハルも同じ事を考えていた。
言われてみればもっともな話ではあるが、ドーンワールドのキャラクターはLV1の時点でも英雄の候補なのだ。ゲームの通りとは言えないまでもある程度の熟練は受け継がれている。
才能の面から見ても圧倒的だろう。多くのNPCを圧倒する実力を身につけるのだから、此方も当然と言えば当然の話で、プレイヤーキャラクターがその他大勢である訳がない。能力に対し中身が伴わない状態なのが申し訳ないとさえ思う程だった。
「……」
ただ優越感がある事は否定できず、ハルは少しばかり自己嫌悪を覚える。
余裕が出来たらちゃんと修行して血肉にしよう。頑張ろう。そうやって頷いていると同じペースで顎を上下させているノヴァの姿に気付き、どちらともなく笑いながら拳を合わせた。
「にしても、遠いね、結構……。もう2時間は歩いたのに。
ノヴァは水とか大丈夫? 飲みたければ出すよ、こっちもついでに飲むし」
ハルは大きく息を吐きながらローブの胸元を摘んだ。額にも汗が浮き始めていた。
野宿の時は頼もしかったが熱気が篭もるのも困り物である。青い空は雨の心配が無く良好、けれども降り注ぐ日差しは強い。涼しい午前中でも熱気が身体に纏わり付く。
新しく増えたベルトに圧迫されている腰回りなど特にそうだ。先ほどの冒険者たちと比べれば呆れるほどの軽荷だろうが、1時間、2時間と歩いている間に、じわりじわりと重みを増していた。
これで水袋をぶら下げていたら結構な負荷になっただろう。荷物は軽い方がいい。
必要であれば 【ウィンド・ポーター/重量軽減】 の魔法で軽くする事は可能なのだが、これは見えない手が荷物を支えるようなイメージの術である。激しく振り回す武器などに掛けても簡単に振り解かれてしまうし、効率を考えるとリュックなど動きが小さい物が対象になった。
小旅行に使う程度の水袋ならば大丈夫だろうが……、それなら現地で水を出す方が楽じゃないか。ノヴァからそう指摘され、ごもっとも、と肩を竦める結果に終わっている。
「いや、もうちょいで到着……の筈だから、その時でいいかな。どうせ休憩挟む予定だし」
「りょーかい。距離感は分かるけど焦れったいね……って、うわお!」
小さな丘を超えると世界が変わった。まるで海のように緑色が広がっている。
もしヘリコプターなりドラゴンなりを飛ばして航空写真を撮影したら、細い茶色の川が緑色の大海原に流れ込んでいるように見えるだろう。地平線の右から左まで全てが緑色だなんて。樹海という表現に納得してしまう光景だった。
ハルは思わず息を呑む。まるで熱風のような魔力が顔を撫でていくように感じる。
視界の先にある森の特異性が分かる、これはエルフとしての感覚なのだろうか。平然としているノヴァを尊敬してしまうぐらい圧倒された。
「凄い……。秘境って呼ばれるだけはあるよ、あの森」
よく注意すれば己の足元からして、既に秘境の影響が及んでいる事に気付いた。
乾いた土と小石の隙間をこじ開けるように植物の芽が顔を出している。大半は踏み潰されているが生き残っている個体も多い。どうやら植物の力がかなり強くなってきているらしい。
ただ知識で判別する限り新芽の大半は毒草である。街道の維持のため除草剤などの毒でも撒いているのだろう。そのせいで土の精霊力なども弱まっているような感じが伝わった。
「そんな凄い森なのか? たしかに大きいとは思うが……」
「大きいだけじゃないよ! 密度って言ったらいいのかな。あの領域へ強引に押し込んでる感じがする」
単なる余波だけでもこの影響力だ。秘境の内部を想像したハルの背に軽い震えが走る。
漂ってくる魔力のせいで森が何倍にも膨れ上がり、我が身を飲み込まんと迫って来るような錯覚を受けた。まるで津波を前にしているように怖くなる。
振り向いたノヴァが途端に焦った様子になり 「ちょ……ハル、大丈夫か?!」 勢い良く肩を掴まれ、ハルは自分の呼吸が荒くなっている事にやっと気付いた。ゆっくりと深呼吸しながら己を抱き締める。
「どうする? 村に着いたら、しばらく休むか?」
「大丈夫。ちょっとビビっただけで……。そんな奥に行く訳じゃないし」
口中に溜まった唾を飲み下す。ハルは強張った表情を無理やり笑顔へと作り替える。
本音を言えば非常に怖いのだが、それは自分の様子から察したらしいノヴァも同じなのだ。気遣ってくれる優しさに甘えてしまうのは良くない。首を振って視線を前へと向ける。
目指すのは大自然の岸辺にへばり付くようにして存在する少拠点の内の一つ、その名も 【ノースドーラム】 と呼ばれる最前線である。