@白妙ミコト
今日の24時から、読み聞かせ配信をします。
眠れない人へ向けて、静かな物語を読みます。
大きな声は出しません。
途中で眠くなったら、そのまま寝てください。
最後まで起きていなくても怒りません。
#ミコト観察中
↪︎深夜の読み聞かせ!?
↪︎ミコトの声で眠れるの助かる
↪︎歌声も落ち着くから絶対合う
↪︎寝落ちする準備して待ってる
↪︎イヤホンで聴く
↪︎最後まで起きていられる自信ない
↪︎ミコトも途中で寝ないでね
↪︎猫の姿で読むの?
↪︎@白妙ミコト
人の姿で読みます。
僕は読み手なので寝ません。
寝落ちした人は、明日起きてからアーカイブへ挨拶しに来てください。
↪︎出席確認あるんだ
↪︎寝ていいのか駄目なのか分からない
↪︎おやすみを言うまで起きていたい
↪︎@白妙ミコト
無理に起きていなくていいです。
眠るための配信なので、僕の声が聞こえなくなったら成功です。
午前0時。
画面には、夜の部屋をイメージした背景が映っていた。
窓の外には星空が広がり、机の上では小さなランプが淡く光っている。
制服ではなく、ゆったりとした白いパーカーを着た白妙ミコトが、背もたれの大きな椅子に座っていた。
「……こんばんは。聞こえてる?」
▶聞こえてる
▶こんばんは
▶声がいつもより小さい
▶もう眠くなりそう
▶パーカーかわいい
「今日は読み聞かせだから、最初から静かに話します。かわいいは拾いません。そこへ反応すると声が大きくなるから」
▶珍しく我慢した
▶格好いいです
「……それでいい」
ミコトの声は普段より少し低く、息を多く含んでいた。
「もうベッドに入ってる人は、画面を見なくて大丈夫です。スマートフォンの明るさも落としてください。コメントもしなくていいから、眠る準備をしてください」
▶もう布団の中
▶電気消した
▶イヤホン付けた
▶おやすみなさい
「まだ始まったばかりだけど……おやすみ。途中で起きてても、僕からは分からないからね」
▶監視されないんだ
▶飼い主を寝かせる猫
「今日はそれも拾いません」
▶完全に睡眠配信モードだ
「最初に少しだけ説明します。今日は、森で暮らす白い猫と、星を集める子供の話を読みます。僕が用意してもらった、この配信だけの物語です」
ミコトは机の上に置かれていた本を手に取る。
濃紺の表紙には、銀色の星と白猫が描かれていた。
「タイトルは『星を拾う夜』。長い話ではないけど、ゆっくり読むので、1時間くらいになると思います」
▶タイトルから眠れそう
▶白い猫はミコト?
▶声が落ち着く
「僕ではありません。どこにでもいる、普通の白い猫です」
▶尻尾は二本?
「……一本です。質問はここまで。目を閉じてください」
ミコトは本を開き、一度だけ息を整えた。
「それでは、始めます」
普段の配信で聞かせる声よりも、さらに柔らかな声が響く。
「深い森の奥に、夜になると目を覚ます、小さな白い猫が住んでいました」
コメントの流れが少しずつ遅くなる。
「白い猫には、名前がありませんでした。誰かに飼われたこともなく、自分以外の猫に会ったこともありません。それでも寂しいと思ったことはありませんでした。森には木々の声があり、風の音があり、空には毎晩、数え切れないほどの星があったからです」
▶声優しい
▶もう眠い
▶続き気になる
ミコトはコメントを読まず、一定の速さで物語を読み続ける。
「猫は毎晩、一番高い丘へ登り、空を眺めました。星は手を伸ばしても届かないほど遠い場所にあります。それなのに猫は、いつか一つくらい、自分のところへ落ちてくるのではないかと思っていました」
ページをめくる音が、静かな部屋に小さく響いた。
「ある夜、猫が丘へ向かっていると、森の中から泣き声が聞こえました。細い木の根元に、小さな子供が座っていたのです」
ミコトは登場人物ごとに大きく声を変えなかった。
子供の言葉を読む時だけ、少しだけ幼く、頼りない響きが混ざる。
「『どうして泣いているの』と、猫は聞きました」
「子供は驚きました。猫が話すとは思っていなかったからです」
「けれど、あまりにも悲しかったので、驚くことよりも先に答えました」
「『帰る道が分からなくなったんだ』」
配信開始から10分ほどで、コメントの数は半分以下になっていた。
▶声が心地いい
▶目閉じたら本当に森が見える
▶寝そう
▶もう返事できないかも
「白い猫は、子供の周りを一度だけ歩きました。森の匂いではない、遠い町の匂いがします。猫は町へ行ったことがなかったので、子供の家がどこにあるのか分かりませんでした」
「『僕も道は知らないよ』」
「正直にそう答えると、子供はさらに大きな涙をこぼしました」
「猫は困りました。森で一人で暮らしてきた猫には、泣いている相手へどんな言葉をかければいいのか分からなかったのです」
ミコトの二本の尻尾が、椅子の横でゆっくりと揺れていた。
「猫はしばらく考えてから、子供の隣へ座りました」
「『道は知らないけど、君が泣き止むまでここにいるよ』」
読み終えたあと、ミコトはすぐに次の文章へ進まなかった。
物語の中にある静かな間まで届けるように、数秒だけ黙る。
▶優しい
▶その言葉好き
▶ミコトみたい
▶眠る前に泣きそう
ミコトはコメントへ反応しなかった。
「子供は袖で涙を拭きました」
「『君は一人で怖くないの』」
「『怖くないよ。ずっと一人だったから』」
「『寂しくないの』」
「白い猫は、すぐには答えませんでした。寂しいという気持ちが、猫にはよく分からなかったからです」
再びページをめくる。
「その時、木々の間へ小さな光が落ちました」
「猫と子供が顔を上げると、夜空から一つの星が、ゆっくりと森へ落ちてきたのです」
▶星落ちてきた
▶猫の願い叶った
▶声が本当に眠くなる
▶おやすみ
「落ちた星は、子供の手のひらよりも小さな光になり、草の上で静かに明滅していました」
「猫は長い間、その光を見つめました。毎晩待ち続けていた星が、ようやく自分のところへ落ちてきたのです」
「けれど、猫は星を拾いませんでした」
「代わりに子供へ言いました」
「『これを持っていけばいい』」
ミコトの声が、先ほどよりもわずかに優しくなる。
「『星は空にあるから、どこからでも見える。君の家から見える星と同じなら、この光も家までの道を知っているかもしれない』」
「子供は光を両手で包みました。星は温かく、寒さで震えていた指を優しく照らしました」
「『君は欲しくないの』」
「『ずっと欲しかったよ』」
「『なら、どうして僕にくれるの』」
「猫は少し考えました」
「『今は君の方が必要だから』」
配信のコメント欄には、長い空白が生まれていた。
流れてくるのは、数十秒に一度の短い言葉だけだった。
▶……
▶泣きながら寝そう
▶優しい話
▶声と物語が合いすぎる
「子供は星を抱え、猫と一緒に森を歩き始めました」
「星の光は、正しい道へ近づくほど強くなりました。道を間違えると少し暗くなり、正しい方角を向くと、猫の白い毛まで輝かせるほど明るくなります」
「猫は先を歩き、何度も後ろを振り返りました。子供が転ばないように。自分を見失わないように」
「やがて、森の木々の向こうに、小さな町の明かりが見えました」
「『家だ』」
「子供は笑いました。それは、猫が初めて見る子供の笑顔でした」
「猫はその顔を見て、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じました。星を手に入れた時よりも、ずっと温かな気持ちでした」
ミコトは一度言葉を止め、ゆっくりと息を吸った。
「町の入り口で、子供は立ち止まりました」
「『一緒に来ないの』」
「猫は森を振り返りました。猫が知っているのは、木々と風と、夜の空だけでした。町には、知らない音や匂いがたくさんあります」
「『僕は森へ帰るよ』」
「『また会える?』」
「『君が森へ来れば』」
「『森は広いから、会えないかもしれない』」
「猫はしばらく考え、子供が抱えている星を前足で指しました」
「『なら、その星を空へ返して』」
「『どうやって?』」
「『君がもう一度、僕に会いたいと思った夜に、空へ向かって願えばいい。星が森へ戻ってきたら、僕はその光を見つけるから』」
コメント欄は、ほとんど動かなくなっていた。
配信を見ている人数は変わっていない。
ただ、言葉を書き込む人がいなくなっていた。
「子供は星を大切に抱え、何度も猫へ手を振りながら町へ帰っていきました」
「白い猫も、姿が見えなくなるまでその場から動きませんでした」
「森へ戻る道で、猫は初めて夜空が少し寂しく見えることに気づきました」
「星が一つ減ったからではありません」
「隣を歩いていた足音が、もう聞こえなくなったからです」
ミコトの声が、わずかに小さくなる。
「猫は、その夜初めて、寂しいという気持ちを知りました」
「けれど、同時に知ったこともありました」
「寂しさは、誰かと出会った証拠なのだということです」
「猫は丘の上へ座り、いつものように夜空を見上げました」
「星はまだ、数え切れないほど輝いています」
「その中の一つが、ほかの星より少しだけ強く光った気がしました」
「猫は二本……」
ミコトの声が止まる。
数秒の沈黙。
「……一本の尻尾を、ゆっくりと揺らしました」
▶今二本って言いかけた?
▶ミコト混ざった
▶まだ起きてた
▶かわいい
「……寝てください」
普段よりも静かな声で注意し、ミコトは何事もなかったように続きを読み始める。
「それから白い猫は、毎晩、星を待つようになりました」
「今度は自分のためではありません」
「森へ戻ってくる誰かを、見つけるために」
「おしまい」
本が静かに閉じられる。
配信開始から、50分ほどが経っていた。
ミコトはすぐに話し始めず、椅子へ深く腰掛けたまま、しばらく黙っていた。
小さなランプの明かりと、静かな夜の音だけが配信に流れる。
「……まだ起きてる人、いる?」
▶起きてる
▶ぎりぎり
▶寝てた
▶終わりだけ聞こえた
▶声気持ちよすぎる
▶途中から記憶ない
「寝てた人は返事できないから、起きてる人しかコメントしないよね」
▶正論
▶みんな寝落ちした
▶コメント欄が途中で止まってた
「僕も、途中からみんながいなくなったのかと思って、少し心配になりました。でも、見てる人数は減ってなかったから……本当に寝てたんだね」
▶最高の睡眠BGM
▶毎晩やってほしい
▶声が優しくて安心した
▶アーカイブで毎日寝る
「毎日は無理。僕が先に眠くなるから」
▶今日も眠そう
▶あくびした?
「してない」
▶今声が少し震えた
▶あくび我慢したでしょ
「読み続けて口が疲れただけです」
ミコトは机の上に本を置き、温かい飲み物を一口だけ飲む。
「話はどうだった?」
▶優しかった
▶白猫がミコトに見えた
▶子供に星を渡すところ好き
▶寂しさは出会った証拠ってところで泣いた
▶眠るために聴いたのに泣いた
「泣かせるために読んだわけじゃないんだけど……歌っても読んでも泣くね、みんな」
▶ミコトの声が悪い
▶感情が伝わるから
▶安心すると涙出る
「褒められてると思って受け取ります」
▶素直
▶深夜だから優しい
「大きな声を出したら、寝た人を起こすでしょ。今日は最後まで静かにします」
▶白猫が二本の尻尾って言いかけたよね
「聞き間違いです」
▶一本に言い直してた
▶自分と重ねてた?
「白い猫って何度も読んでたから、少し混ざっただけ。僕の話ではありません」
▶昔のミコトみたい
▶誰かを待ってるの?
「……今日は、物語の答え合わせをする配信じゃないから」
▶秘密?
▶いつか教えてくれる?
「秘密にするようなことはないです。ただの言い間違い」
ミコトの猫耳が少しだけ伏せられる。
「それより、眠い人はもうコメントをやめてください。配信を閉じなくてもいいから、スマートフォンを伏せて、目を閉じて」
▶まだ寝たくない
▶ミコトのおやすみ聞く
▶もう少し話して
「じゃあ、あと少しだけ話します。本を読み終わったあとの声で驚かせたくないから、眠れるくらいの小さな声で」
コメントを読む必要がなくなり、ミコトは窓の外を眺めるように顔を横へ向けた。
「今日、眠れなかった理由は人それぞれだと思います。明日のことを考えてた人もいるだろうし、嫌なことを思い出した人もいるかもしれない。ただ、何となく眠くならなかった人もいると思う」
「今すぐ全部忘れようとしなくていいです。忘れようとすると、逆にずっと考えちゃうから」
「明日やらないといけないことは、明日の自分に任せてください。今の自分は、眠ることだけ考えればいいです」
▶声優しい
▶眠れそう
▶ありがとう
「返事しなくていいよ」
ミコトの声は、読み聞かせをしていた時よりもさらに小さくなる。
「息をゆっくり吸って……吐いて。僕に合わせなくていいから、自分が楽な速さで呼吸してください」
「目を閉じても、まだ頭の中がうるさかったら、今日読んだ森を思い浮かべてください」
「暗いけど、怖い場所じゃありません。木々の間から星が見えて、足元には白い猫がいます」
「猫は何も話しません。ただ、眠るまで隣にいます」
▶ミコト?
▶隣にいて
「……今日は、僕でもいいよ」
コメント欄が一気に流れかけたが、ミコトが人差し指を口元へ当てた。
「コメントしないで。起きちゃうでしょ」
流れはすぐに止まった。
「僕はここにいるから、大丈夫です」
「アーカイブで聴いている人にも、今、この声は届いています」
「眠るまで全部聴かなくてもいいし、途中で何度も戻ってこなくてもいいです」
「眠くなったら、声を追いかけるのをやめてください」
「聞こえなくなっても、僕は怒らないから」
ミコトは数秒間黙り、マイクへ近づく。
「おやすみなさい」
柔らかな声が、静かな夜へ溶ける。
「明日、起きた時に少しでも楽になっていますように」
「いい夢を見てね」
それから数分間、配信には音量を落とした環境音だけが流れた。
ミコトは一言も話さなかった。
コメント欄もほとんど動かない。
やがて白妙ミコトは、眠っている人を起こさないように、配信終了のボタンを静かに押した。
翌朝。
@白妙ミコト
おはようございます。
昨夜の読み聞かせ配信は、途中からコメントがほとんど流れなくなりました。
本当に眠れたならよかったです。
アーカイブは残してあります。
眠れない夜に使ってください。
↪︎おはよう
↪︎途中から記憶ない
↪︎気づいたら朝だった
↪︎人生で一番すぐ眠れた
↪︎アーカイブを睡眠BGMにします
↪︎イヤホン付けたまま寝てた
↪︎最後のおやすみ聞けなかった
↪︎今日もう一回聴く
↪︎@白妙ミコト
最後まで聴けなかったなら、配信は成功です。
おやすみを聞くために最後まで起きているのはやめてください。
↪︎最後のおやすみが聞きたい
↪︎でも毎回途中で寝る
↪︎一生たどり着けない
↪︎@白妙ミコト
眠れない時のための配信なので、それでいいです。
その日のうちに、読み聞かせ配信のアーカイブには、数え切れないほどの感想が書き込まれた。
▶開始15分で寝ました
▶毎晩使います
▶夜中に目が覚めても、声を聞いたらまた眠れました
▶物語の続きが気になるのに最後まで起きていられない
▶何度聴いても白猫が子供と出会う前に寝る
▶深夜の声が優しすぎる
▶最後の言葉まで初めて聴けた
▶眠れない夜に隣にいてくれる配信
そして、アーカイブにはいつしか、リスナーたちから新しい呼び名が付けられていた。
『白妙ミコトの睡眠BGM』
本人がそれを知るのは、次の配信が始まってからだった。