朝
@白妙ミコト
おはようございます。
昨夜の読み聞かせ配信は、途中からコメントがほとんど流れなくなりました。
本当に眠れたならよかったです。
アーカイブは残してあります。
眠れない夜に使ってください。
↪︎おはよう!
↪︎開始10分で寝ました
↪︎気づいたら朝だった
↪︎最後まで聴くつもりだったのに無理だった
↪︎人生で一番寝付き良かったかもしれない
↪︎今日も使います
↪︎最後のおやすみまで辿り着けない
↪︎@白妙ミコト
最後まで聴けなかったなら成功です。
睡眠用なので、無理して起きていないでください。
↪︎でも物語の結末知りたい
↪︎白猫が子供に会う前に寝る
↪︎3回挑戦して3回同じところで寝た
↪︎@白妙ミコト
昼に聴いてください。
↪︎天才
↪︎昼なら寝ないとは限らない
↪︎ミコトの声が流れたら昼でも寝そう
「……そんなに?」
投稿した直後、ミコトは自分の配信アーカイブを開いた。
昨夜、配信を終了した時点では特別おかしな数字ではなかった。普段のゲーム配信と比べれば少し多い程度で、深夜配信として考えれば十分なくらいだった。
しかし、朝になった今。
「……え?」
再生回数の数字を見て、何度か瞬きをする。
「これ……合ってる?」
ページを更新する。
数字は変わらない。
もう一度更新する。
変わらないどころか、少し増えていた。
「なんで?」
読み聞かせ配信のアーカイブが、普段の配信では見たことのない勢いで伸びていた。
しかも、コメント欄まで異様なことになっている。
▶本当に寝れる
▶睡眠薬代わりに来ました
▶友達から送られてきた
▶普段V見ないけど声が良すぎる
▶寝付き悪い人一回試してほしい
▶8分で記憶なくなった
▶20分以降一度も聴けてない
▶寝落ち率高すぎる
▶声量と話す速度がちょうどいい
▶環境音も邪魔にならない
▶昨日寝れなかったから試したら朝だった
▶これ無料でいいの?
▶白妙ミコト睡眠導入部
「……待って」
ミコトはコメント欄を少し下へ動かす。
昨日まで見たことがなかった名前の人たちが大量にいる。
「僕のこと知らない人も来てない?」
さらにSNSを開く。
そこでようやく状況を理解した。
『寝付きが悪い人、騙されたと思ってこれ流してみて』
昨夜の読み聞かせ配信のリンクとともに投稿された短い文章が、数万単位で拡散されている。
その投稿から別の投稿が生まれ、さらに広がっていた。
『白妙ミコトとかいう猫又、睡眠導入力どうなってんの』
『睡眠用BGM探してたらおすすめされたけど、本当に途中から記憶ない』
『最後まで物語を聴こうと5回挑戦してるのに毎回寝る』
『声が良すぎる。歌ってる時は泣かせて、喋ったら寝かせてくるの何?』
『読み聞かせ配信なのに視聴者が途中で全員寝てコメント止まるのおもろい』
『眠れない人に白妙ミコトを処方したい』
「処方しないで」
思わず画面へ向かって呟く。
さらにスクロールする。
『不眠気味の友達に送ったら本当に寝た』
『この猫又、ゲームはレジェンドで歌えば泣かせて読み聞かせで寝かせるの意味分からない』
『本人は最後まで聴けなくていいって言ってるの強い』
『アーカイブの最大の欠点:内容を最後まで知ることができない』
『白猫が星を見つけるところまで到達できません』
「昼に聴いてって言ってるでしょ」
ミコトは誰もいない部屋で何度も突っ込む。
トレンド欄を見る。
そこには信じられない文字が並んでいた。
『白妙ミコト』
『睡眠BGM』
『読み聞かせ配信』
「……なんでトレンド入ってるの?」
自分の名前が入っている。
しかも、新衣装でも大型企画でもない。
深夜に静かに本を読んだだけだった。
通知が鳴る。
マネージャーからメッセージが届いていた。
マネージャー
『おはようございます。昨夜の配信ですが、かなり大きな反響が出ています。』
白妙ミコト
『今見ています。』
『どうしてこんなことになっているんですか?』
マネージャー
『睡眠導入として非常に良かったという口コミが広がったようです。』
『普段VTuberを視聴しない層にも届いています。』
白妙ミコト
『僕は本を読んだだけです。』
マネージャー
『それがよかったのだと思います。』
「……本当に?」
信じられないまま、もう一度アーカイブを更新する。
また再生数が増えた。
「寝る時間じゃないよね、今」
朝である。
それなのに再生回数が止まらない。
昼。
さらに状況は加速していた。
アーカイブのコメント欄には、いつの間にか独自の文化まで生まれ始めている。
▶挑戦1日目 18分で脱落
▶挑戦2日目 12分
▶記録悪くなってて草
▶本日7分で寝ました
▶RTAじゃないんだぞ
▶今日は昼なので最後までいけるはず
▶昼寝しました
▶失敗してる
▶物語の結末を知るために来ました
▶おやすみ
「だから、昼でも眠かったら寝るでしょ」
ミコトは自分の配信アーカイブを見ながら頬杖をつく。
切り抜き動画も急激に増えていた。
【睡眠導入】開始15分でコメント欄を壊滅させる白妙ミコト
▶壊滅の意味が平和すぎる
▶みんな寝ただけ
▶同接ほぼ変わってないのにコメントだけ消えていくの面白い
▶本人が途中で不安になってるのかわいい
▶「まだ起きてる人いる?」で起きた
▶そこからまた寝た
【眠れない人へ】白妙ミコトの「今日は僕でもいいよ」
▶ここ聞いた記憶ない
▶初見です
▶毎晩寝てるからこの場面初めて見た
▶こんなこと言ってたの?
▶そりゃバズるわ
▶声が優しすぎる
「……ここ切り抜かれてるんだ」
自分で言った言葉なのに、改めて聞くと恥ずかしい。
ミコトは動画を閉じた。
別の切り抜きを開く。
【二本……一本です】読み聞かせ中に自分と白猫が混ざる白妙ミコト
「そっちは切り抜かなくていい!」
すぐに閉じる。
夕方。
登録者数まで急激に増え始めた。
10万人を突破したばかりだったはずなのに、数字が目に見えて伸びている。
「……怖い」
ミコトは何度目か分からない更新をする。
「これ、読み聞かせを聴いた人が登録してるの?」
コメントを確認する。
▶読み聞かせから来ました
▶昨日初めて知った
▶声が好きで登録した
▶歌ってみた聴いたら泣いた
▶ゲーム配信見たら別人で笑った
▶読み聞かせの人とスト6レジェンドが同一人物なのバグだろ
▶普段こんなに喋るんだ
▶むしろ普段うるさくて安心した
「うるさくない」
誰もいないのに即座に反論する。
▶睡眠配信から通常配信見たらリスナーと喧嘩してて笑った
▶この人あんな声で「格好いいって言って!」とか言うの?
▶読み聞かせしか知らなかったからイメージ崩壊した
▶こっちが本体ですか?
▶どっちも本体です
「喧嘩してない。訂正してるだけ」
今夜の配信予定はなかった。
しかし、このまま何も言わないのも変な気がした。
ミコトはしばらく悩んだあと、配信を立てる。
@白妙ミコト
今日の22時から少しだけ雑談します。
昨日の読み聞かせ配信が、僕の知らないところですごいことになっているので確認します。
眠るための配信ではありません。
普通に喋ります。
#ミコト観察中
↪︎本人困惑してる
↪︎緊急反省会
↪︎睡眠BGM本人登場
↪︎普通に喋る宣言で笑う
↪︎今日も寝かせて
↪︎寝落ちしに行きます
↪︎@白妙ミコト
今日は寝ないでください。
普通の雑談です。
午後10時。
「聞こえてる?」
▶聞こえてる!
▶待ってた!
▶睡眠BGMさんこんばんは
▶今日も寝に来ました
▶読み聞かせから初めて生配信来た
「最初に言います。今日は寝る配信じゃありません」
▶声聞いたら眠くなってきた
「早いよ!」
▶びっくりした
▶声大きい
▶昨日と全然違う
▶本当に同じ人?
「同じです!」
▶昨日の優しい白猫どこ?
▶返して
「僕です!」
普段通りの声へ戻ったミコトは、開始数分ですでに少し疲れていた。
「昨日の配信を初めて見た人も結構いるみたいなので、改めて言います。白妙ミコトです。普段はゲーム配信をしています。読み聞かせ専門ではありません」
▶睡眠系VTuberじゃないの?
▶ゲームするの?
▶プロフィール見たらスト6レジェンドって書いてあって混乱した
▶ポケモンもやってるんだ
▶歌ってみたもすごかった
「ゲームがメインです。むしろ読み聞かせは昨日が初めてです」
▶初回でバズったの?
▶才能ある
「才能っていうか……本を読んだだけだよ?」
▶声がいい
▶話す速度がいい
▶間の取り方がちょうどいい
▶安心する声
「……ありがとうございます」
▶素直
▶かわいい
「格好いい」
▶聞いてた話と違う
▶読み聞かせの人こんな感じなの?
「いつもこんな感じです」
▶かわいいって言われたら怒るの?
▶猫なのに?
「猫又です。あと怒ってない。訂正してるだけ」
▶本当に普段の方が騒がしい
▶安心して眠れない
「だから今日は寝るなって言ってるでしょ!」
しばらく普段通りに話したあと、ミコトは昨日のアーカイブを画面へ表示した。
「まずこれ。再生数がおかしいです」
▶おめでとう!
▶めっちゃ伸びてる
▶まだ増えてる
「朝からずっと増えてるの。何でみんな朝とか昼に睡眠BGMを聴いてるの?」
▶夜勤明け
▶昼寝
▶在宅作業用
▶勉強BGM
▶声が落ち着くから流してるだけ
「寝る以外にも使ってるんだ」
▶作業中に流したら寝た
▶仕事中は危険
「仕事中に使わないで!」
▶危険物扱い
▶強制睡眠
「強制じゃない!」
ミコトはアーカイブのコメント欄を開く。
「あと、これ」
▶挑戦5回目 今日こそ最後まで聴きます
「何を挑戦してるの?」
▶結末まで行けるかチャレンジ
▶睡眠耐久
「寝るための配信で耐久しないでよ」
▶最後のおやすみを聞きたい
「そこまで起きてたら意味ないでしょ」
▶最後まで聞いたらめっちゃ良かったよ
▶「今日は僕でもいいよ」が最強だった
ミコトが固まる。
「……そこ、そんなに広まってる?」
▶切り抜き100万再生いきそう
▶バズってるよ
「聞いてない」
▶本人が言ったんだよ
「そうだけど……深夜だったから」
▶深夜テンション?
▶恥ずかしい?
「……少し」
▶かわいい
「もういい!」
二本の尻尾が大きく揺れる。
▶睡眠BGMの面影ゼロ
▶元気だな
▶昨日この人の声で寝たと思えない
「僕だって昼間からずっと小声で生きてるわけじゃないからね?」
▶次の読み聞かせいつ?
▶第2回待ってる
▶毎週やって
「毎週?」
ミコトは少し考える。
「読み聞かせ自体は楽しかったよ。コメントを拾わなくてもいいから、普通の配信より落ち着いてできたし」
▶またやってほしい
▶眠れない日に助かる
▶アーカイブ増えたら嬉しい
「でも、毎週は約束できない。ゲームもしたいし、歌もあるし。深夜に僕がまだ起きてて、次の日に余裕がある時なら……たまにやってもいいかな」
▶やった!
▶第2回確定
▶睡眠BGMシリーズ化!
「シリーズ化とは言ってない!」
▶もう再生リスト作ろう
「1本しかないのに?」
▶これから増える
「勝手に予定を決めないで」
それでも、ミコトの二本の尻尾は嬉しそうに揺れていた。
「でも……昨日の配信で、本当に眠れたって言ってくれる人が多かったのは嬉しいです」
コメントの流れが少しだけ落ち着く。
「僕は眠れないことがあまりないから、ずっと眠れないのがどれくらい大変なのかは全部は分かりません。でも、眠りたいのに眠れない時間って、たぶんすごく長く感じるでしょ」
▶長い
▶色々考えちゃう
▶夜になると不安になる
「そういう時に僕の声を流して、少しでも楽に眠れるなら……アーカイブは好きに使ってください」
▶ありがとう
▶毎晩使う
▶もうお気に入りに入れた
「ただし」
ミコトが少しだけ声を強くする。
「イヤホンを付けたまま寝て、朝に首へ絡まってたとかは僕の責任じゃないからね。音量も小さくしてください。あとスマートフォンを顔の上に置いて寝ない。落ちてきたら痛いから」
▶お母さん?
▶注意事項が細かい
▶優しい
「普通の注意です」
▶飼い主を寝かしつける猫又
▶保護者猫
「僕が飼われる側だったはずなのに、いつの間に逆になったの?」
▶ミコトが世話してくれるから
▶昨日も寝かせてくれた
「……まあ、寝るくらいなら手伝ってもいいけど」
▶認めた
▶優しい猫
「猫又」
雑談配信の終盤。
「昨日の読み聞かせから来てくれた人は、普段の僕を見て驚いたかもしれません。でも、ゲームしてる時も、歌ってる時も、読み聞かせしてる時も全部僕です」
▶全部好き
▶ゲーム配信も見てみる
▶歌ってみたも聴く
▶これからよろしく!
「うん。よろしくお願いします」
▶次のゲーム何?
▶読み聞かせじゃないの?
「次は普通にゲーム!」
▶寝れないじゃん
「僕の配信は睡眠施設じゃない!」
▶でも読み聞かせまたやってね
「……そのうちね」
▶約束?
「約束はしない。でも、眠れない夜がまたあったらやります」
▶待ってる
▶眠れない日も怖くないね
ミコトは一瞬だけ黙った。
「……そう思ってもらえるなら、やってよかった」
▶優しい
▶昨日の声になった
「なってない」
▶急に眠くなった
「寝ないで!」
▶おやすみ
「まだ配信終わってない!」
▶おやすみミコト
▶今日もいい夢見れそう
「だから今日は睡眠配信じゃないって!」
結局、最後までリスナーへ言い返し続けたまま雑談配信は終了した。
そして翌日。
読み聞かせ配信のアーカイブはさらに伸び続け、白妙ミコトを知らなかった人たちにまで届いていた。
ゲームが上手い猫又。
歌えば自然に涙を誘う猫又。
コラボでは声すらまともに出せなくなる猫又。
そして。
眠れない夜に、その声だけで多くの人を眠らせる猫又。
白妙ミコトの名前は、本人が思ってもいなかった形で大きく広がり始めていた。