猫又のにじさんじ日和   作:ひよこ大福

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第9話 声が出ない

『Pokémon Champions』の配信を終えた翌日、白妙ミコトは昨夜の対戦を見直していた。

 

配信中の自分は、相手の選出を予想しながら迷いなく話している。技を選んだ理由を説明し、コメントへ言い返し、勝利した時には大きな声で喜んでいた。

 

画面の中にいる自分を見ていると、普段の自分とは別人のように思える。

 

動画を止めて対戦内容をメモしていると、机の上に置いていたスマートフォンが震えた。

 

マネージャーからの着信だった。

 

「…っ」

 

普段の連絡はメッセージで済ませることが多い。必要があって通話する時も、先に話す内容を伝えてもらっている。

 

今日は何も聞いていなかった。

 

着信音が続く。

 

このまま出なければ、あとで折り返さなければならない。それなら、今出た方がいい。

 

そう考えているのに、指が動かない。

 

何度も深呼吸を繰り返し、着信が切れる直前になってようやく通話へ出た。

 

「…あ…もし、もし…」

 

「お疲れさまです。白妙さん、今お時間大丈夫ですか?」

 

「は…はい…。だい、じょうぶ…です」

 

「突然すみません。少しご相談したいことがありまして」

 

「…はい」

 

マネージャーとは、デビュー前から何度も話している。初対面の相手ではない。それでも通話になると、言葉が喉の奥で止まってしまう。

 

相手の言葉を聞き逃さないようにしながら、次に何を返すべきかを考える。それだけで頭の中がいっぱいになる。

 

「昨日の配信、お疲れさまでした。対戦中の解説が分かりやすいと好評でしたよ」

 

「あ…ありが、とう…ございます」

 

「同時接続者数も伸びていましたし、初めてミコトさんの配信を見た方も多かったようです」

 

「…はい」

 

「それで今回、ミコトさんにコラボのお誘いが来ています」

 

聞こえてきた言葉を理解した瞬間、呼吸が止まりそうになった。

 

「…コラ、ボ…?」

 

「はい。三枝明那さんが、ミコトさんと一緒にゲーム配信をしてみたいそうです」

 

「さ…三枝、先輩…」

 

「普段からミコトさんの配信を見ていて、コメントでのやり取りも面白いので、一度直接話してみたいとのことでした」

 

直接話す。

 

その言葉だけで、指先が冷たくなる。

 

配信のコメント欄なら話せる。

 

流れてきた文字を読み、数秒考えてから言葉にすることができる。返事が少し遅れても、ゲームを操作していれば不自然には思われない。

 

しかし、通話では違う。

 

相手が自分の返事を待っている。何かを言われたら、すぐに返さなければならない。黙れば相手を困らせ、話している途中で言葉に詰まれば、余計な気を遣わせてしまう。

 

「内容や日時は、ミコトさんの希望を聞いてから決められます。いかがでしょうか?」

 

「…あ…」

 

答えなければならない。

 

断るなら、今しかない。

 

「あの…ぼ、僕は…」

 

「はい。ゆっくりで大丈夫ですよ」

 

「む…無理、です…」

 

「コラボが、ですか?」

 

小さく頷いてから、通話では見えないことに気づく。

 

「…はい」

 

「三枝さんが苦手なのでしょうか?」

 

「ち…違い、ます…!」

 

否定する言葉だけは、先ほどよりも大きく出た。

 

「嫌、とか…じゃ、なくて…。配信、見て…ますし…。僕の配信に、来てくれるのも…う、嬉しい…です」

 

「では、コラボ自体が不安ですか?」

 

「…人と、話せない…ので」

 

「配信では、かなりお話しできていますよね?」

 

「配信は…1人、だから…。コメントは、文字だから…。でも、誰かいると…何を、言えばいいか…分からなく、なって…」

 

自分のことを説明しようとすると、余計に言葉が出なくなった。

 

「三枝先輩が、話しても…。僕、たぶん…はい、とか…。それしか、言えない…です」

 

「沈黙してしまうことが心配なんですね」

 

「…はい」

 

「三枝さんは、そのことをご存じですか?」

 

「知らない…と、思います。配信では…普通に、返してるから…」

 

配信中のミコトしか知らない三枝明那は、直接話しても同じように言い返してくると思っているかもしれない。

 

しかし、実際に通話したら、挨拶すらまともにできない。

 

がっかりされる光景が簡単に想像できた。

 

「…迷惑、かけるので…。断って、ください」

 

「分かりました。コラボはミコトさんが楽しめることが一番ですから、無理に受ける必要はありません」

 

「すみ、ません…」

 

「謝らなくて大丈夫ですよ。三枝さんには、今回は難しいとお伝えします」

 

「…はい」

 

「もし今後、コラボへ挑戦してみたいと思ったら教えてください。いきなり配信するのではなく、顔合わせの時間を作ることもできますから」

 

「はい…。ありが、とう…ございます」

 

通話が終わる。

 

スマートフォンを机へ置いた途端、張り詰めていた力が一気に抜けた。

 

「…疲れた」

 

話していた時間は、それほど長くない。

 

配信なら数時間話しても平気なのに、1対1の通話をしただけで、長時間配信を終えた時よりも疲れていた。

 

断ってよかったのだと思う。

 

三枝明那とコラボできることは嬉しい。けれど、配信が始まった途端に何も言えなくなり、先輩へすべてを任せることになる。

 

リスナーも、普段のミコトとの違いに戸惑うはずだ。

 

“あんなにコメントへ言い返していたのに、どうして直接だと話さないんだろう”

 

そう思われるのが怖かった。

 

「…無理だから」

 

自分へ言い聞かせ、止めていた対戦動画を再生する。

 

しかし、画面の中で楽しそうに話している自分の声を聞くのが苦しくなり、すぐに停止した。

 

それから1時間ほど経った頃、パソコンの画面に通知が現れた。

 

通話アプリへ、新しいダイレクトメッセージが届いている。

 

送り主の名前は、三枝明那だった。

 

三枝明那

『お疲れさま!』

『急に連絡してごめん!』

 

名前を見た途端、ミコトは椅子の上で背筋を伸ばした。

 

文字で届いただけなのに、まるで本人が目の前に現れたように緊張する。

 

すぐに返事をしなければ失礼だと思ったものの、何を書けばいいのか決められない。

 

入力欄へ『お疲れさまです』と書き、消す。

 

もう一度同じ文章を書き、今度は送信した。

 

白妙ミコト

『お疲れさまです。』

 

既読はすぐに付いた。

 

三枝明那

『マネージャーさんから、今回はコラボ難しいって聞きました!』

『無理に誘うつもりはないんやけど』

『もしかして俺のこと苦手やった?』

 

白妙ミコト

『違います。』

『三枝先輩が嫌だから断ったわけではありません。』

 

三枝明那

『よかったー!』

『配信で絡みすぎて、普通に嫌われたかと思った!』

 

白妙ミコト

『コメントはうるさいと思っています。』

『でも、嫌ではありません。』

 

三枝明那

『うるさいとは思われてるんや』

 

白妙ミコト

『僕が負けるのを期待したり、猫の姿になれと言ったりするからです。』

 

三枝明那

『でも毎回ちゃんと返してくれるやん!』

『あのやり取りが面白いからコラボしてみたかったんよ』

 

文字であれば、普通に返せる。

 

送信する前に何度でも読み直せるし、言葉が思い浮かばなければ時間を空けてもいい。

 

白妙ミコト

『配信のコメントなら返せます。』

『通話になると話せません。』

『三枝先輩に気を遣わせると思ったので断りました。』

 

先ほどより、既読が付いてから返事が来るまでの時間が長かった。

 

三枝明那

『そういうことやったんやね』

『教えてくれてありがとう』

『じゃあ、配信じゃなくて1回だけ通話してみるのも無理そう?』

 

画面に表示された『通話』という文字を見て、ミコトの手が止まった。

 

白妙ミコト

『無理だと思います。』

 

三枝明那

『5分だけでも難しい?』

『全然話せなくても大丈夫』

『嫌になったら途中で切っていいから!』

 

断る文章を考える。

 

しかし、相手はすでに一度断られている。それでも怒ることなく、自分が嫌われたのではないかと心配しながら連絡をくれた。

 

三枝明那が嫌なわけではない。

 

それだけは、直接伝えた方がいいかもしれない。

 

白妙ミコト

『本当に話せません。』

 

三枝明那

『うん』

『それでも大丈夫』

『俺が勝手に話すから、聞いてるだけでもいいよ』

 

白妙ミコト

『5分だけなら。』

 

三枝明那

『ありがとう!』

『今からかけても大丈夫?』

 

白妙ミコト

『少し待ってください。』

 

三枝明那

『分かった!』

『準備できたら教えて!』

 

待ってもらったところで、できる準備は何もない。

 

マイクは接続されている。飲み物も机の上にある。部屋にほかの人がいるわけでもない。

 

それでも、ミコトは何度も深呼吸を繰り返した。

 

話せなくてもいいと言われた。

 

5分だけ。

 

途中で切ってもいい。

 

同じ言葉を何度も頭の中で繰り返し、10分近く経ってからメッセージを送る。

 

白妙ミコト

『大丈夫です。』

 

すぐに着信音が鳴った。

 

「…っ」

 

分かっていたはずなのに、体が硬直する。

 

通話ボタンへ手を伸ばしても、直前で指が止まった。

 

着信音が何度も鳴る。

 

出なければ。

 

待たせている。

 

それでも、通話ボタンを押すまでに20秒以上かかった。

 

「…あ…」

 

『もしもし! お疲れさまです、三枝明那です!』

 

「…っ、あ…」

 

『あ、ごめん! 声大きかった?』

 

「…はい」

 

『ほんまにごめん! もう少し静かに話すわ』

 

「…すみ、ません…」

 

『ミコトくんが謝ることないって! 今、俺の声は聞こえてる?』

 

「…はい」

 

『よかった。通話出てくれてありがとう』

 

「…いえ」

 

それだけで、会話が途切れた。

 

何か言わなければと思う。

 

連絡をくれたことへのお礼。コラボを断ったことへの謝罪。嫌いではないという説明。

 

頭の中には言いたいことがある。

 

しかし、声にしようとした瞬間、すべてが喉の奥で止まる。

 

『…めっちゃ緊張してる?』

 

「…はい」

 

『そっか。じゃあ、本当に返事だけでええよ。無理に話そうとせんで大丈夫』

 

「…はい」

 

『俺から質問するな。昨日のポケモン配信、楽しかった?』

 

「はい…」

 

『クチートが好きなんやっけ?』

 

「…はい」

 

『いつ頃から好きなん?』

 

「…え…あ…」

 

答えようとする。

 

昔から好きだと伝えればいい。それだけなのに、いつからと言われた途端、正確に答えなければならないような気がした。

 

「えっと…。その…む、昔…から…」

 

『うん。昔から好きなんやね』

 

「…はい」

 

『見た目が好き? それとも対戦で強いから?』

 

「どっちも…です」

 

『あのパーティーも、自分で考えたん?』

 

「…はい」

 

『すごいやん。トリックルーム使ってたよな』

 

「はい…」

 

また会話が止まる。

 

配信中であれば、トリックルームを使う理由も、メガクチートとの相性も、相手によって選出を変える必要性も説明できる。

 

今は、そのどれも言葉にならない。

 

三枝明那が返事を待っていると思うだけで、余計に焦ってしまう。

 

「…あ、あの…」

 

『うん』

 

「…すみません」

 

『何で謝るん?』

 

「話せ、なくて…」

 

『最初から話せないって聞いてるから、気にせんでええよ』

 

「でも…」

 

『通話に出てくれただけで十分やって。俺のこと嫌で黙ってるわけじゃないんやろ?』

 

「ち、違い…ます」

 

『なら大丈夫』

 

本当に気にしていないような、明るい声だった。

 

それでもミコトは、何か返さなければならないと思ってしまう。

 

「その…。三枝、先輩の…配信…」

 

『うん』

 

「見て…ます」

 

『ほんまに?』

 

「…はい」

 

『ありがとう! どの配信見てくれたん?』

 

「え…」

 

具体的に尋ねられた途端、再び言葉が止まった。

 

いくつか配信を見たことはある。しかし、ここでタイトルを間違えたらどうしようと考えてしまう。どの場面が印象に残ったのかまで聞かれたら、上手く説明できない。

 

長い沈黙が続いた。

 

「…ごめん、なさい」

 

『質問変えるわ! ゲーム配信と歌配信なら、どっちをよく見る?』

 

「ゲーム…です」

 

『ゲーム好きやもんな。俺とやるなら、ゲームコラボの方がよさそう?』

 

「…はい」

 

『対戦と協力、どっちがいい?』

 

「協力…」

 

『じゃあ、2人で協力するゲームを探そっか』

 

「…え?」

 

『コラボするならの話やけどな。まだ断っても大丈夫やで』

 

コラボするなら。

 

本来なら、ここで断るための通話だったはずだ。

 

実際に話してみても、やはりほとんど言葉が出なかった。三枝明那が質問し、ミコトが短く答えているだけだ。

 

これを配信で続ければ、相手にすべてを任せることになる。

 

「僕…話せ、ないので…」

 

『うん』

 

「配信に、ならない…です」

 

『そんなことないと思うけどな』

 

「ずっと、先輩が…。話さないと、いけなく…なるから…」

 

『俺、普通に1人でもずっと話すで』

 

「でも…」

 

『ミコトくんは無理に話さんでええよ。ゲームで何かあった時だけ、必要なことを言ってくれたらいい。今みたいに、はいだけでも返事してくれたら、聞いてるのは分かるし』

 

「…コメントも、読めない…かも」

 

『俺が読む』

 

「進行も…」

 

『俺がやる』

 

「それだと…先輩に…全部…」

 

『最初はそれでええやん』

 

迷いのない返事だった。

 

『ミコトくん、初めてのコラボなんやろ? 最初から半分ずつやろうとせんでもええって。俺が多めに話して、ミコトくんはゲームに集中する。慣れてきたら、少しずつ話してくれたらいい』

 

「慣れない…かも、しれません」

 

『最後まで慣れなくてもええよ』

 

「…え?」

 

『緊張したまま終わっても、それが初コラボやったってことでええやん。上手くいかなかったら、あとで反省会しよ』

 

「次も…するんですか?」

 

『今の、ちょっと長く話せたやん』

 

「…っ」

 

『ごめん、からかったわけじゃない!』

 

また何も言えなくなる。

 

自分の返事を意識した途端、次の言葉が出なくなった。

 

『…ミコトくん』

 

「…はい」

 

『コラボの返事、今決めなくていいよ』

 

「…」

 

『今日通話して、やっぱり無理やと思ったなら断って大丈夫。俺は、ミコトくんが配信で俺に言い返してくれるのが面白くて誘ったけど、無理に同じことをしてほしいわけじゃないから』

 

「…はい」

 

『もう5分も過ぎたし、今日は切ろっか』

 

時計を見ると、通話を始めてから15分以上が経っていた。

 

ほとんど三枝明那しか話していなかった。それでも、約束していた5分を大きく過ぎている。

 

「…すみません」

 

『謝らんでええって。通話してくれてありがとう』

 

「…あの…」

 

『うん』

 

何かを伝えたかった。

 

三枝明那が嫌なのではないこと。

 

声をかけてもらえたことは嬉しかったこと。

 

話せない自分へ、急かさずに付き合ってくれたこと。

 

しかし、何度口を開いても声にならない。

 

「…何でも、ない…です」

 

『分かった。じゃあ、また配信見に行くな』

 

「…はい」

 

『お疲れさま!』

 

「お、お疲れ…さま、です…」

 

通話が終了する。

 

静かになった部屋で、ミコトは机へ突っ伏した。

 

やはり、ほとんど話せなかった。

 

三枝明那が何度も話題を出してくれたのに、一言か二言で返すことしかできなかった。質問へ答えられず、長い間待たせた場面もある。

 

コラボを受けなくて正解だった。

 

そう思うはずなのに、胸の奥には別の感情が残っていた。

 

三枝明那は、一度も苛立った声を出さなかった。

 

返事が遅くても待ち、言葉に詰まれば質問を変え、何も話せない自分を責めなかった。

 

通話アプリに、新しいメッセージが届く。

 

三枝明那

『今日は急に通話誘ってごめん!』

『やっぱり無理させてもうたよな』

『コラボのことは気にせんで大丈夫!』

『また配信にコメントしに行きます!』

 

その文章を読んだ瞬間、ミコトはキーボードへ手を伸ばした。

 

白妙ミコト

『違います。』

『三枝先輩と話すのが嫌だったわけではありません。』

『本当に話すことが苦手なだけです。』

 

三枝明那

『うん』

『通話して分かった』

『ミコトくん、俺が思ってたより100倍緊張してた』

 

白妙ミコト

『すみません。』

 

三枝明那

『謝らない!』

『俺は話せて嬉しかったよ』

 

文字でなら、伝えられる。

 

話している間に言えなかったことを、ミコトは時間をかけて文章にした。

 

白妙ミコト

『コラボに誘ってもらえたことは嬉しかったです。』

『配信で話せなくなることが怖くて断りました。』

『でも、先ほど先輩が言ってくれた形なら、やってみたいです。』

 

送信する前に、何度も読み返す。

 

一度送れば、本当にコラボをすることになる。

 

怖い。

 

それでも、三枝明那が1人で話しても大丈夫だと言ってくれた。最後まで慣れなくてもいいとも言っていた。

 

ミコトは目を閉じ、送信ボタンを押した。

 

すぐに既読が付く。

 

三枝明那

『ほんまに!?』

『無理してない!?』

 

白妙ミコト

『無理はしています。』

『でも、少しやってみたいです。』

 

三枝明那

『正直すぎる!』

『ありがとう!』

『絶対に無理させんようにする!』

『ゲームもミコトくんがやりやすいのを一緒に探そ!』

 

白妙ミコト

『お願いします。』

『通話は、できるだけ少なくしてください。』

 

三枝明那

『本番前に1回だけ確認するのは許して!』

『その時も俺がほとんど話すから!』

 

白妙ミコト

『…分かりました。』

 

文字で省略記号を送ったところで、三枝明那から笑っている猫のスタンプが届いた。

 

その直後、マネージャーからもメッセージが入る。

 

マネージャー

『三枝さんから、コラボを受けてもらえたと連絡がありました。お気持ちが変わったのでしょうか?』

 

白妙ミコト

『通話ではほとんど話せませんでした。』

『それでも大丈夫と言ってくれたので、やってみます。』

 

マネージャー

『分かりました。ミコトさんの負担が少なくなるように、三枝さんとも相談して準備します。難しいと思った時は、直前でも構いませんので教えてください。』

 

白妙ミコト

『ありがとうございます。』

 

連絡を終えたあと、ミコトは配信予定が並んだカレンダーを開いた。

 

そこへ、まだ日時の決まっていない予定を書き加える。

 

『初コラボ』

 

たった4文字を入力しただけで、心臓が激しく鳴り始めた。

 

配信で何も言えなかったらどうしよう。

 

三枝明那の言葉へ返事ができなかったら。

 

コメント欄で、普段と違うと思われたら。

 

不安はいくらでも浮かんでくる。

 

「…無理、かも…」

 

誰もいない部屋では、その言葉だけが簡単に出た。

 

それでも、予定を消すことはしなかった。

 

一度は断った初めてのコラボ配信が、少しずつ現実へ近づいていた。

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