――――貴族連合旗艦、《パンタグリュエル》。
ユミルを強襲してきたその艦と、多数の手練れによってリィン達は実質的に敗北―――リィンは“招待”を受けてヴァリマールと単身パンタグリュエル内へと招かれていた。
(ラマール州を収めるカイエン公爵―――帝国西部を支配する大貴族にてして貴族連合の実質的なリーダー…。直接顔を合わせるのはレグラムでの実習以来だけど……)
「リィン・シュバルツァー君。率直に言って、これ以上事を荒立てたくはないのだよ」
「え」
「元々、我々が事を起こしたのは“宰相閣下”のやり方があまりに理不尽だったからだ。陛下からの信任をいいことに伝統と慣習を軽んじ、帝国の全てを意のままに造り変えんとする傲慢さ―――君たちも感じていたのではないかね?」
「それは……」
それは各地を巡る上でも感じていたことだった。
あまりにも剛腕かつ強引、敵を作っても顧みないやり方が帝国解放戦線のようなテロ活動にも結び付いた。
思わずクロウに視線を向けると、「ものは言い様だな」とばかりに肩を竦められたが。
「だが、諸悪の根源は消えた。時計の針を少し戻すだけでエレボニアは古き善き伝統を取り戻すことができる。後は残った者同士がわだかまりを捨てて手を取り合うだけ――――そうは思わないかね?」
「……とても思えません。あれだけの事をしておいてこれだけで済むとでも……!? 帝都占領に、皇族の方々の幽閉―――市民全員を人質に取っているも同然だ。その上、ガレリア要塞を消滅させた“敵国”と背後で密約を結んでいる……少なくとも、残った帝国正規軍が黙っているはずがないでしょう…!」
「フフ、皇族の方々は丁重に“保護”しているだけなのだが。しかし――――だからこそ“君”にも力を貸してもらいたいのだよ」
「え……」
「《蒼の騎神》に《灰の騎神》この2機が揃えば貴族連合は機甲兵部隊と合わせて正規軍の機甲師団を圧倒できよう。このまま徒に戦を長引かせるより余程いいとは思わないかね?」
「そ、そんな単純に行くわけ―――」
と、そこで口を開いたのは横で佇んでいたルーファスさんで。
「いや―――“機甲兵”という存在が戦場に登場した意味は絶大だ。火力と装甲は主力戦車に劣るものの、それを補えるだけの機動力と汎用性……そして、それ以上に重要なのは人々に与える心理的な衝撃だろう」
「それは――――」
畳みかけるように、今度はクロウの横に立っていたクロチルダさんが口を開く。
「フフ、我々が人である以上、人型の巨大な“何か”には惹かれ―――あるいは畏れずにはいられない。ならばその機甲兵の元になった“伝説の存在”なら……クロウの《蒼の騎神》や君の《灰の騎神》なら尚更でしょうね」
「ま、否定はしないぜ」
「今一度言おう――――
「あ、貴方たちは……」
「……殿下の安全は保証しよう。たとえ君がどんな選択をしても。閣下、それに関してだけはこの場で確約をいただきます」
脅迫とも取れるカイエン公の言葉に、助け舟を出してきたのはルーファスさん。
「フフ、もちろんだとも」
「ルーファスさん……」
「―――経緯はどうあれ、未だ私は士官学院の理事でもある。その立場から言わせてもらうが、今は冷静に状況を見極めることだ。そして答えを出してみたまえ。この先“何のため”に君が剣と力を振るうのかを」
「どうぞこちらへ、リィン・シュバルツァー殿。客室へご案内します」
………
……
…
案内された客室は豪華なもので。
昨夜の夕食も豪華な宮廷風のものと《灰の騎神》の使い手として大いにもてなされているのは間違いない。それでも考えるのは、“理由”の方だった。
(貴族派が一線を越えた結果、内線が勃発したのは確かだ……だが、これ以上内戦が長引いて苦しむ人が増えてもいいのか……? クロウとも和解できるし、殿下を解放できるなら……―――そんな単純な話じゃない! 考えるんだ、リィン・シュバルツァー。何とかみんなとは再会できたけど、殿下は捕まったままだ……。この状況で、俺に何ができる? いや―――“俺たち”はどうしたいと思っているんだ?)
そこで控えめなノックが響く。
全く気配を感じ取れなかった自分に恥じ入りつつ、返事をして振り返ると――――。
「―――悩んでいるみたいですね」
彼女の母親にそっくりな金髪と、蒼穹のような瞳の少女が上品なワンピースを身に纏って。ちょっと困ったような笑顔でそこにいた。
「―――――ライナ!」
「ぇっ、ちょっ、リィンさ―――」
抱きしめた感触から、温もりが伝わってくる。
あんな形で別れることになってしまって、ようやく再会できた安堵や心配やその他諸々の想いが溢れ出しそうなのを堪えて言葉にする。
「本当に良かった。無事だったんだな」
「えっと、その……わたし一応裏切った側といいますか……」
「ユミルの郷を守って、被害を最小限にしてくれたんだろう。……ユミルに殿下を守れるだけの戦力も備えも無かった。ライナがいなかったら、猟兵たちが何をしていたか―――」
ユミルにはエリゼも、両親もいる。幼いころからの顔見知りの領民達もいる。
そんな場所で猟兵が暴れたらどうなるか。
「それはその、私がやりたかったので勝手にやっただけと言いますか……」
「だからこそだ。本当にありがとう、ライナ」
「フフン。楽しそうだなお二人さん?」
と、開きっぱなしのドアから入ってきたのはクロウで。
「………何の用だ……?」
「そんな顔をするなって。お前のことだから、クソ真面目にあれこれ考えてるかと思ったが……お楽しみの最中だったとはな。邪魔して悪かったよ」
「余計なお世話だ。…こんなところで油を売っていていいのか? 貴族連合軍の《蒼の騎士》……ずいぶん活躍してるそうじゃないか」
「ま、人気者は辛いってやつだ。お前が仲間になってくれりゃあそのあたりの負担も半分にできる。というわけで、迷ってないでとっとと決めちまえよ。今ならライナも付いてくるぜ」
「つきませんっ!」
「そんな簡単に決められるわけないだろう…! そもそも、誰のせいでこんなに悩んでいると―――なんだ、それ」
と、クロウが持っていたのは手持ちのバスケットで。
「メシだよ、メシ。ちょっとばかり早いが、早めのランチとしようぜ」
――――――――――――――――――――
なんかリィン君距離近くない!?
クロウが持ってきた食事を食べようとソファに座る時も自然に隣にエスコートされるし。どこで習ったそんな技術。シュバルツァー男爵家か。
ちょっと困惑してる私を見てニヤニヤしているクロウは後でグランドクロスする。
そんなわけでクロウの持ってきた(用意がいいことに3人前あった)フィッシュバーガー……ジュライ市国のソウルフードを食べて、リィン君が50ミラの利子代わりにクロウに何があったのか教えて欲しいと頼んで。語られたのはこれまでのこと。
ジュライに帝国の鉄道を通すという話――――そこから線路の爆破事件、マッチポンプとしか思えないような帝国資本の引き上げの話、乗り込んできたギリアス・オズボーンによるジュライ併合――――糾弾されたジュライ市長、クロウのお爺さん。
「―――さっきも言ったが、早くに両親を亡くしたオレにとって肉親と言えるのは祖父さんだけだった。ダチや知り合いは多かったが……全部捨てて13でジュライを去った。各地を流れ、色々と手を染める中――――カイエンのおっさんと出会った。まあ、スポンサーってやつだ。そうして、同じようにはみ出しちまった連中を集めて――――16の時に帝国解放戦線を作った」
「そんな中、カイエンの所に出入りしていたヴィータに導かれて……海都オルディスの地下に眠っていた蒼の騎神―――《オルディーネ》と邂逅した。お前とは違って、たった一人で似たような試練を潜り抜けて……そして蒼の起動者として認められた。それが3年前のことだ。そして――――全ての準備を終えてから自分の経歴を完璧に偽装して……オレは帝都に程近い、“大帝ゆかりの士官学院”に入学した。全ては計画のために――――“鉄血”の首を獲るために」
「おいおい、立場が逆だろ。どうしてお前がそこまで凹んでやがるんだよ」
「そう、だな……」
「別に鉄血の野郎が“悪”だと言うつもりはねぇ」
「え」
「ただまあ、祖父さんがヤツに“してやられた”のは確かだ。そうすると“弟子”としては師匠の仇を討ちたくなるってモンだろ?」
「クロウ……」
「だがジュライが今平穏であることを考えると、内戦を終了させて帝国に平穏を取り戻す必要もあるだろう。だから――――そこまでがオレの“勝負”ってヤツだ」
「で、実際のところライナはどうなんだよ。お前さん、別にいつでも好きに鞍替えできるだろ?」
む。それ聞いちゃう?
確かにそうなんだけど、こっちとしても色々事情があるし……。
「………底抜けのお人好しを助けるのに、“力”が必要なので。それに結社の一員として《幻焔計画》についても義理は果たしておきたいですし」
「誰の事だ…? トワ会長……じゃないよな?」みたいな顔してるけどお前だよリィン君。
「こりゃ処置なしだな。……ま、ルーファスの旦那も言ってたが何のために剣と力を振るうのかちゃんと考えておくんだな。何よりもお前自身のために」
「さてと、長居しちまったな。一応お前は“客人”扱いだ。お偉方も帝都に戻る頃合だし、せいぜい好きに過ごすといいだろう」
「ま、わざわざ見張りは付けねぇから脱出したけりゃ勝手にするといい。ただし―――オレはもちろんだが結社に西風の連中、ヴァルカンにスカーレットまでいる。全員を振り切れればの話だがな……結社の連中、ちゃんと仕事してくれるよな?」
そんな微妙な顔でこっちを見られても。
ここにいるメンバーってブルブラン、マクバーン、デュバリィか……。デュバリィは私に忖度しちゃうだろうし、無理そうでは?
そんなわけでリィン君と二人で艦内を回ることになったのだが。
「――――で、なんだ。俺に聞きたいコトってのは」
リィン君平然とマクバーンに質問ぶつけるとか勇気あるよね!?
私とか最初は怖くてちょっと近づけなかったぞ……実はめちゃ面倒見がいいし今では普通に可愛がってもらってるけど。
「以前、あんたは言ったな。俺が“混じってる”と」
「ああ、アレか」
「あの時は問い質す暇もなかったけど……あれは、どういう意味だ?」
「つってもな……」
「“混じる”ってのはあくまで感覚的なもんだ。俺とお前じゃ“中身”も“強度”も違うだろうし……言葉で説明できるモンじゃねぇんだけどな」
「意味が判らない。誤魔化しているわけじゃないのは分かるんだが……」
「ったく……」
マクバーンが指をかざすと、そこに“焔”が現れる。
「タネも仕掛けも駆動も詠唱もしてねえぞ? アーティファクトに頼ってるわけでもねぇ。ただ俺は、念じれば焔を出せる――――それだけだ」
「“異能”……」
「ま、そうだな。一切の原因もプロセスもなしに結果だけを引き出す能力……お前も持ってるんだろう?」
「それができるヤツは大抵“混じっている”もんだ。教会の《聖痕》とも違う、異質な何かが肉体そのものに―――お前はごく一部みたいだが」
「ま、それが何でいつどこで混じったのかはあ俺の知ったこっちゃない。これ以上は答えられねぇぞ」
「いや、十分だ。ありがとう――――自分のことが少しだけ理解できた気分だ」
「ハン……そりゃよかったなと言うべきか。そんじゃ、もう良いな?」
「そういえばあんたは……どれだけ“混じってる”んだ」
「ああ――――