特別実習を終えた私たちを待っていたのは、忙しい学院生活だった。
武術訓練に加えて高等教育の一般授業も本格化。そして、男女別の授業なども始まっていた――――たとえば、貴族クラスと合同の調理訓練とか。
(気まずい……)
さして仲の良くない女子グループほど気まずいものはないと思う今日この頃。
いやでもアリサ、ラウラ、エマ、フィーだからマキアス(初期のすがた)のいる男子組みたいにギスらないし安心と言えば安心か。
しゃかしゃかと無言で卵白を泡立てているフィーがちょっと羨ましい。私に交代してくれないだろうか。無心でできる作業があるって素晴らしいと思う。
「ラウラ様、どうしてあんなクラスに行ってしまわれたのかしら。せっかくご一緒できると楽しみにしておりましたのに」
「でもあの眼鏡の子、入学試験で主席ですって?」
「ええ、辺境出身の平民とは聞いていますけれど」
「しかし、あの金髪の子は……本当に平民ですの? 気品ある顔立ちに、隙のない立ち居振る舞い……まるで高位の貴族のようですけれど」
それは母様の教育の成果としか……。
礼儀作法には厳しく躾けられたからね。身を護るという意味で、武術も礼儀作法も同じらしい。
「―――皆さん。そのくらいにしておきなさい。わたくし達は誇り高きⅠ組。料理ごときとはいえ、あのような寄せ集めのクラスに負けるわけにはいきませんわよ?」
――――――料理ごとき、だと……。
私の脳裏を過るのは、まともな手料理を求めて<結社>でなんとか料理をつくろうとした記憶。
マクバーンを説得して火を借りたり。
カンパネルラを説得して素材を買ってきてもらったり。
ヴィータに相談して味付けを考えたり。
母様に相談して包丁の扱いを教わったり。
レーヴェに魔獣の素材を持ってきてもらったり。
ヨルグのおじいちゃんに調理器具を作って貰ったり。
ようやく完成したはじめての一品は、とても褒められた出来じゃなくて。それでも皆文句の一つも言わず完食してくれた思い出――――母様の笑顔。
「料理ごとき…? ふふ、ふふふ………」
「えっと、ライナ?」
「急に迫力が」
「(ゼノやレオよりすごいかも…?)」
スッ、と母様にギリ怒られないくらいのラインで鋭く手を挙げ、叫ぶ。
「デュバリィ――――ッ!」
「はっ! ここに!」
「「「ええっ!?」」」
<転移>で現れたデュバリィに目を剥く人々だが、そんなことはどうでもいいのである。
「泡立て器を、ここに」
「お持ちしておりますわ!」
スチャ、と手渡されるのはヨルグのおじいちゃん謹製の泡立て器。
そうそうこれこれ。これがないとあるとでは出来栄えが違うのである。
「流石です。ありがとう、デュバリィ」
「~~~っ! いえ! では失礼いたしますわ!」
シュバッ、と消えるデュバリィ。
「フィー、その泡立て代わってくれる?」
「え、うん。いいよ」
「いやそれより前に――――」
「今の一体誰よライナ!?」
「そ、そうですよ! 学院内に無断で人が立ち入るなんて」
え。いや、だってデュバリィだし……神速ならぬ神出鬼没だし……。
「メイドさんみたいなものです」
「………くっ、そう言われると私は何も返せない……」
「アリサさん!?」
そうだねシャロンも多分呼べば現れるからね。
生地のふくらみは泡立ちが生命線――――泡立て器と私自身のパワーを最大限発揮すれば、あのマクバーンに「いいじゃねぇか」と言わせるくらいワケないのである――――!
この後めちゃくちゃ圧勝した。
でもまあ貴族に料理が不要なのはその通りなので。なんでトールズ士官学院のカリキュラムに組み込まれているのかは割と謎である。あれか、ドライケルス大帝も放浪生活で美味しいものが食べたくなったのだろうか。
―――――――――――――――――――――――――
そんなわけで、あっという間に実技テストの日。
先月の特別実習の班分けごとに戦術殻を相手するというシンプルな内容――――私だけソロでやらされたけど。
一撃で粉砕してやった。正直むしゃくしゃしてやった。反省はしている。
リィンたちは「ライナの相手をするより圧倒的に楽」とのことで、戦術殻になにもさせずに圧倒していた。なんとなく腑に落ちないけどまあ順調に成長しているのなら何より。
で、サラ教官の班分けに異議申し立てをしたマキアスとユーシス、そして何故か巻き込まれた哀れなリィン君は実力で分からせてみろと挑発したサラ教官の手によって死屍累々。
「くっ、はぁ……はぁ……」
「ぐうううっ……」
「馬鹿な……」
剣と導力銃という異色の二刀流でありながら、凄まじい戦闘速度と判断力。練り込まれた戦闘技能と功夫を感じる。
「だ、大丈夫!?」
「と、とんでもないわね」
「あれでも一応手加減したみたいだな」
「ふむ、どんな流派か皆目見当もつかないが……」
「フフン。あたしの勝ちね。それじゃ、A班B班ともに、週末は頑張って――――」
「はい、サラ教官。私も異議があります! A班の方が心配なのでそっちに行かせてください」
異議あり!
私もA班の原作PTがいいです!
「人数比ってもんを考えて頂戴……」
「ですが実技テストの結果からするとA班の方が圧倒的に劣っているのは明白――――人数よりも、そちらの結果を重視してもいいのでは?」
「ああもう! アンタ完全に「そっち」狙いじゃない!」
「正直なところ、サラ教官の強さ――――この程度だとは思っていませんので」
ふふふ、ゲームだとバランスの都合でまあ強いよねくらいの範疇にされているが、サラ教官は『紫電のバレスタイン』の異名を持つゲーム内でも屈指……かもしれない強者――――。
ランスを取り出し、覇気を込めて地面に突き立てる。
「―――――サラ教官。一手御指南をお願いします」
「ああもう! やってやろうじゃない! こっちもアンタの評価に困ってたところだし――――ちょっと本気で行かせてもらうわ!」
瞬間、気を解放して一直線に駆ける。
シュトルムランツァー――――完全に初見殺し、並の使い手なら対処すらできずに一撃で沈めるだけの自信がある一撃だったのだが。
サラ教官は下手に打ち合うのを避け、剣で最低限受け流しつつ横っ飛びで回避。
しかしそこはまだこちらの射程圏である。
「――――アルティウムセイバーッ!」
「鳴神ッ!」
――――――――――――――――――――――――
突如として始まったライナとサラ教官の戦闘。
それをはっきりと目で追えているのは、リィンとラウラくらいのもので。
バチバチと不吉な音を立てて校庭を駆け抜ける紫電に、白銀の雷を纏った槍が追い縋り、薙ぎ払う。
ライナの凄まじいパワーに真正面からの打ち合いは不利と判断したサラ教官が、絶妙な距離を取りながらの引き撃ちを基本にしつつ、不意をうつように近接戦を仕掛けるという息もつかせぬ超高速の攻防戦となっていた。
「なんて速度だ」
「あ、あれでも全然本気じゃなかったなんて……」
「サラ教官、何者なのよ……」
「うむ。それにライナも全く見劣りしない……これほど差があるとは」
「―――――ほんと、学生離れした実力ね!」
「サラ教官こそ、いち学院の戦術教官とは思えませんが」
まだ余裕の表情を崩さないライナに対して、教官として負けられないサラはやや苦しい表情。が、大人げないなどと言っている場合でもないと判断し雷神功を発動。跳ね上がった速度と火力に、今度はライナが後手に回り始める。
「流石にまだ負けてあげるわけにはいかないわね!」
「速いだけなら、私も負けるわけにはいきません、ねっ!」
取り回しに難のある身の丈ほどもあるランスで、更に速度で不利となれば打つ手なしか――――そう考えたリィンたちの予想を裏切るように、軽々とランスを振り回すライナは更にギアを上げてきたサラ教官に食らいついていく。
「ハアアアアッ――――!」
「やあああっ――――!」
そこで授業終了の時間を知らせるチャイムが鳴り響き。
示し合わせたように互いに武器を止めた二人、どこか疲れた表情のサラ教官と満足気なライナはそのまま武器を収めた。
「はぁ。分かったわよ。ライナ、アンタもA班ね」
「ありがとうございます、サラ教官」
(時間切れ……いや、あの感じは……)
まだ何か奥の手を隠し持っていそうな予感――――。
ライナの底知れなさに、リィンが感じたのはどちらかというと安堵の方で。ライナがいれば『万が一』のことがあってもなんとかなる――――そんな気持ちの余裕が、少しだけ気分を上向きにさせてくれた。
……いや、マキアスとユーシスの問題は依然としてそのままなのだが。
そういう意味でも話しやすいライナがいてくれるのは助かる。
委員長もいてくれるし、ユーシスも話が通じる方だ。フィーはまだ何を考えているのかよく分からないし、マキアスはあんな感じだが、前途は明るい……と思いたい。