「今日は、これから大本営に連絡業務で戻りは明日になります。」
「あ、そう」
リエゾンの大淀は、どちらかというと煙たい存在なのでチャラ男提督の機嫌は良かった。
「こちらお願いします」
差し出された書類に次々に署名し判子を押す。提督とはいえ、無断外出は厳罰で届は出さなければならない。日付や時間が空白なのは朝帰りになる時の対処で、そうでないと鎮守府は捜索隊を繰り出さなければならなくなるし、提督は夜を楽しみたい。提督の夜遊びの尻ぬぐいに付き合いたくない艦娘と提督の欲望の妥協の産物である。お互い面倒を避けるため、十日に一度、まとめて届出書を作っておくのが慣例となっていた。
「では、私はこれで」
大淀はそそくさとデスクに引き上げると外勤に出てしまったが、提督は気にすることもなかった。目付役もいないし今日はオールナイトでウフフだな、と業務後のことで頭が一杯であったからである。そしてそんなことも忘れた翌週、上機嫌で朝帰りしたら鎮守府正面入口で止められて心底立腹した。
「関係者以外の立ち入りは禁止されております。」
「はあ?俺は提督だぞ!おれが関係者じゃなかったら誰が関係者だ!」
衛兵は、これ見よがしに面倒くさそうに電話をとりあげた。
「こちら正面詰所、ケン=ペイです。地方人のチャラ男が騒いでおりまして。ああ、はい、それはありがたくあります。」
詰所からの電話を切ると大淀は満面の笑みを浮かべ、それから鏡に向かい表情を打ち消した。大きな封筒を手にとって詰所に向かう。
「あら、チャラ男さん。こんにちは」
衛兵から地方人、大淀には役職ではなく名前で呼ばれたことにようやく気づく。何やら嫌な予感がした。
「丁度良かった。これを送ろうとしていたんです。」と、大淀、封筒を差し出す。
「何だこれは」
「退職辞令、給与と退職金の所得税源泉徴収票、健康保険の資格喪失証明書。公務員ですから雇用保険の被保険者証はありません。」
「なにっ」
「先週で依願退職されたのにどうされたんですか、今日は」といって一枚の書類をチャラ男の前でヒラヒラさせる。
「誰がいつ退職した!」と怒鳴ると書類をむしり取る。憲兵が止めようとしたが、コピーですから構わないですよ、と涼しい顔。先日書かせた外泊届の下に何枚か白地を混ぜておいたのだが、チャラ男は気付きもしなかった。
「依願退職に後任の推薦なんて、さすが少壮気鋭の提督。出処進退もお見事です。」
「文書偽造だぞ!こんなことして」
「ヤッホーオークション。出品者 Reinhart。商品 ナガナガのブルマー。中古品。落札額80万」チャラ男が凍りついた。
「商品 カカオのガードル&パンティストッキング。中古品。落札額120万。
ところで昨日の夜、巡検したらおかしなものが色々出てきまして、写真とか、廃棄したはずの被服とか艤装とか。」
全部を聞く前に走り去るチャラ男。忘れ物ですよー、と、落としていった退職願のコピーを拾い上げる。
「なるほど、そういうことでしたか。我々も奴の羽振りの良すぎるのに内偵していたんですが。しかしよろしかったのでありますか、拘束しなくても」
「娑婆の人間を軍法会議にかけるわけにはいきませんから」
「ふむ。それはどういうことか尋ねてよろしくありますか」
艦これ世界では、鎮守府の衛兵司令をなぜか陸軍の憲兵がやっているので遠慮がない。
「大本営の覚えもめでたい少壮気鋭の提督さんが軍法会議で厳罰に処せられます?」いたずらっぽい顔をして大淀は微笑んだ。
「龍袍ってすごくお高いんですね。中古でも500万もするんです。旧型スクール水着の中古なのに70万もするものもあって。私、びっくりしました。」
「それはびっくりでありますな。」
「落札者の入金を確認してから商品発送、というのがオークションの決まりです。さて、手元に現物が用意できないのに落札してお金振り込まれたらどうしましょう。」
「返金するしかないでありますな。」
「そうですよね。もし間違って使い込みしたら、最悪退職金で弁償しなくてはならないですよね。
ところで最近、個人情報を盗み出して勝手に口座振り込みするウィルスソフトがあるそうですよ。怖い、怖い。」
「全くでありますな。」憲兵の表情がニヤニヤしたものに変わっている。事情が呑み込めてきたらしい。
「話は変わりますが、予算がつきましたので我が鎮守府は鳳翔さんをお迎えして居酒屋を開くことになりました。開店祝いは全額鎮守府持ちですので、ケン=ペイさんたちもぜひお越しください。」
「それはそれは。喜んでお祝いさせていただきます。」
* * *
「なるほど。陸サンも眠りこけていたわけではなかったんだな。しかし、まあ、女衒のような奴とは聞いていたが、本当に下着の果てまで売り飛ばしていたのか。」
吹雪から手渡された”中古衣料”出品一覧に新提督は首を振っていた。
「振袖や龍袍がとんでもない値段するのはわからんではないが、一番安いので靴一足20万って、なんだ。注文で新品作ってもそんなにしないだろう。」
「ボクの靴だね。」楽しそうに響。「ずいぶん安売りしてしまったよ。初めてで値段の付け方がよくわからなくてね。その点、暁姉さんはさすがだったな。」
提督はリストを見た。”小さなレディの戦闘帽 中古品 50万”とある。おいおい、大礼服の飾り帽じゃないんだぞ。
「『レディの持ち物にこんな端金しか出せないの。ふざけないでよ!』って。それでみんな自信もって高値で煽ったんだけれど、姉さんの言うとおりだったよ。」
「その結果がこちらです。」と吹雪、預金通帳を差し出す。
「驚いたな。魚雷が何本か買えそうだ。しかし、どうやって奴に振り込ませた」
「ちょっとした細工をして、チャラ男が返金したのを横取りしました。」
時代を飛び越えてやってきた新提督にフィッシングプログラムのことを説明してもわかるまい。「チャラ男は初めは返金した、と言い張っていましたが、何件も苦情が入るとオークションの登録を抹消して逃亡しました。」
「詐欺だな。」
「詐欺です。しかし、軍の横流し物資の売買ですからどこにも訴えようがありません。そして私たちの服をスーハーする手合いを探し出して罰を与えるのも面倒です。」
「罰金刑か。」
提督は、意味を考えた。女が出歯亀に会いに行くのも厭だろう。競売では煽って高値をつけさせたというから、そこで気持ちの整理はついているのかもしれない。
「女の服を欲しがる馬鹿共はそれでいいとして、女衒の罰にはなっていないな。」
「それなんだけれどね。前の提督、今頃修羅場になっているんじゃないかな。」
「修羅場?」
「付き合っている女の子全員にね『かかってきなさい、相手になってあげる』って挑戦状送ったからね。写真と一緒に。」
「写真?」
「提督が他の日に連れて歩いていた他の女の子の。足柄さんも愛はつかみ取るものだって言ってたし、引き下がれないよね。」
「ブラボー」
提督がつぶやく。子供のように見えてやることがえげつないな、この駆逐艦は。憶えておこう。
「スパシーバ。」
「で、この金だが。どういう扱いになるのか。」
「会計処理上、雑収入となります。」と、大淀。
「旧来、余剰物資は国庫返納、希望部署に払出で管理していました。しかし戦時下の現在、今週の出撃に弾薬が心もとない、燃料は余っている、という時にいちいち大本営通してはいられません。下士官が把握する簿外物資の融通、というには量も種類も多すぎます。一方、鎮守府では独自に資源調達、艦娘建造兵装製造しており、常時物資の不足と余剰が発生しています。
そこで軍が管理する戦時物資交換所で取引。他の艤装兵装、資源、又は現金で決済することが会計規則で定められました。現金決済の場合は、予算執行に目的制限のない雑収入とすると定められております。」 言葉を一旦切って付け加えた。
「さすが大本営も認めるイケメン提督。余剰装備をこんな高値で売ってくれるなんて、大淀、感激です。」
「なるほど。 それにしても退職金をくれてやったのは業腹だな。」
「仕方ありません。大本営の面子を守るためには。実際憲兵も内偵していましたし、これで陸軍に先を越されていたら大きな借りを作るところでした。
それに不名誉除隊者の推薦では提督も着任できないのでは。」
「奴の評判様様だな。」提督は苦い顔をした。「しかしいくら人材不足とはいえ、たった1週間で人事異動とはいったい何をした?」
「リエゾンオフィサー俸給分の仕事を」
さらりと流す大淀を見て提督は余計な詮索をすべきでない、と結論した。大本営にも評判の良かった前任者を更迭する手腕の持ち主に言うべきことはただ一つ。
「ご苦労だった。今後も鎮守府のために力を貸してくれ。」
「はい、提督。」
* * *
「私の夢、ですか? そうですね・・・いつか二人で、小さなお店でも開きたいですね」
普通はフラグなのだが空母の母の場合は事情が異なる。お母さんの夢なら今すぐ叶えたい、という艦娘の願い。鳳翔の手料理食べるのに終戦なんか待ってられるか、という需要その他が相まってほとんどの鎮守府に居酒屋が併設されているのだ。そして資金不足を理由に店のなかった881鎮守府にもようやく開店する日がやって来た。
「祝い事をまとめてやってしまおう、というのはわかるんだが」提督はずらりと並ぶ花輪を指さした。
祝 開店 スーパー北上
祝 開店 イタリア大使館
祝 伊勢 日向 最上 三隈 着任 瑞雲普及協会
祝 第11駆逐隊 編成 しばふ村
祝 第22駆逐隊 編成 文月教団
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「海軍に関係ないところからずいぶん来ているんだが、なんだね、これは」
「うふふふ」自分と同じ世代の提督が受け入れるのにはかなり時間がかかるだろう。鳳翔は、取り敢えず目の前のことに集中することにした。
「それはおいおいご説明しますね。こちらへどうぞ。主賓がいらっしゃらないと始められません。」
先に立って歩き出した。鎮守府のほとんどが参加のため全く店の中に収まらず、居酒屋鳳翔、オープンテラスで開店である。
「あー、test test test。只今マイクチェック中。
お待たせしました、居酒屋鳳翔、本日開店です。
では早速提督からお祝いのお言葉をいただきたいと思います。」と、霧島。マイクを提督に差し出す。
「私が881鎮守府提督 角田勝三であるっ!他の誰かと間違えないように」
「角田提督、バンザーイ!」
大合唱が上がる。対外的に色々面倒くさいので別人の名前を名乗ることにしたのだが、もちろん艦娘は皆わかっていた。
「ここで諸君らがすることは3つ。
大いに食らい、呑み、楽しめ。この店はそのためにある。
できない奴は、そうだな・・・。罰として3食乾パン3日の刑だ」
ヒエーッ ヒドイノデス フコウダワ
「十分に英気を養うように。この私が来たからには、存分に働いてもらうからな。では」左右を見回して確認するとグラスを掲げる「乾杯!」」
「カンパーイ」
明日の業務に支障が出る、と古鷹が21時でお開きにしたため、開店早々隼鷹その他の飲兵衛ズが午前様になることは回避された。今日は、妹を引き取りに来なくて済むクマ、と姉妹艦たちにも好評だったとか。