【チラ裏】ムルタ・アズラエルは刻の涙を見る 作:d_chan
ムルタ・アズラエルと初めて会ったのは、グラナダの精錬施設だった。
十二歳で十億ドルを築いた神童。当時、彼について世間が知っていたのは、その程度だった。だが、私は少し違うものを見ていた。
彼が保有する企業。投資時期。買収後の人事。資金が流れ込んだ研究分野。一見すると無関係な投資が、数年後には一つの事業網を形作っている。
水、食料、医療、保険、輸送、住宅、教育。人間が生きる限り、需要が消えない分野ばかりだった。偶然ではない。誰かが全体を設計している。
そして、新興企業モルゲンレーテ。表面上は複数の投資会社と経営陣が所有する企業だったが、資金移動と人事を追えば、中心に同じ人物の影が見える。
ムルタ・アズラエル
彼は投資顧問という立場から、企業を支配していた。
当時のモルゲンレーテは、軍需産業への投資を意図的に避けていた。宇宙建設、精密機械、生命維持、輸送設備。軍事転用可能な技術は多いが、兵器そのものへは近づかない。
それも興味深かった。
巨大企業を目指すなら、軍需は避けて通れない。それにもかかわらず、彼は意識的に距離を取っている。
軍事嫌いなのか。あるいは、軍需産業が持つ政治的な危険を理解しているのか。どちらにしても、十二歳の判断ではなかった。
私は精錬会社の買収を検討するため、現地を視察していた。
そこで彼が、工場長へ設備を止めろと命じる場面を見た。
「違約金は僕が負担します」
実に甘い。金を払えば納期遅延の問題が消えると考えている。
違約金は補填できる。だが信用は別だ。工場長は地球の御曹司が去った後も、取引先と顔を合わせ続けなければならない。
私は思わず口を挟んだ。
「少年の判断としては正しい。経営者の判断としては、少し足りないがね」
振り返った少年の目は、年齢に似合わず冷静だった。腹を立てるより先に、私を値踏みしている。面白い。彼は私がモルゲンレーテについて知っていると告げると、平然とした顔を保とうとした。
だが、わずかに呼吸が変わった。
十二歳だ。
どれほど頭が切れても、経験までは隠せない。私は情報が漏れていると忠告した。彼を脅すつもりはなかった。
優秀な若者が、くだらない内部抗争や情報管理の失敗で潰れるのは惜しい。それに、貸しは早いうちに作る方が高く売れる。私が精錬会社を買うつもりだと伝えると、彼はすぐに再建方法を尋ねた。
私は不採算部門を切り、優秀な技術者と有望な特許だけを残すと答えた。彼は反発した。
「僕なら、切らずに活用します」
その答えを聞いたとき、私は彼を慈善家だと考えた。しかし、違った。彼は従業員を可哀想だから残すのではない。熟練労働者という資産を手放すことが、経済的に惜しいのだ。
「守ることと利益を出すことが両立するなら、わざわざ分ける必要はありません」
なるほど。人間を数字として見る点では、私と同じ。だが私は、価値の低い部分を切り捨て、残った部分へ資本を集中する。
彼は、価値の低い部分を別の場所へ組み込み、新たな利益を生ませようとする。
私の方法は早い。
彼の方法は、成功すれば大きい。
同質であり、異質だった。
事故が起きたのは、その直後である。私は救助指揮所へ向かった。人命を軽視したわけではない。だが、事故は企業の本性が最もよく見える瞬間だ。
設備の配置。指揮命令系統。管理者の判断速度。隠されていた記録。平時の報告書では分からないものが、一度の事故で露出する。
アズラエル君は現場の機材と人員を組み替えた。
私は行政、病院、保険会社、隣接企業との権限を整理した。
相談したわけではない。
だが不思議なほど動きやすかった。
彼が前へ進めば、私は後ろを固める。
私が契約上の障害を除けば、彼は次の資源を配置する。
十二歳の子供と仕事をしている感覚はなかった。有能な経営者と、臨時の共同事業を行っているようだった。
救助された作業員の同僚が、アズラエル君へ怒りをぶつけた。地球の金持ちは事故が起きるまで安全へ金を払わない。事故が起きれば補償を申し出て、善人の顔をする。
痛烈だが、正しい。アズラエル君が高く評価した取締役が、安全検査を延期していたことも判明した。利益率改善の裏側で、作業員が危険を負わされていた。
私は彼がどう答えるかを見ていた。
言い訳をするか。
派遣した取締役へ責任を押しつけるか。
作業員を黙らせるか。
結果として、彼は最も厄介な答えを選んだ。
「知らなかったことも僕の責任です」
経営者がその言葉を軽々しく使うべきではない。企業が大きくなれば、知らないことは必ず増える。その全てを自分の責任として背負えば、いずれ押し潰される。
しかし、彼は本気だった。作業員代表を意思決定へ参加させ、安全報告を評価する制度を作り、短期的な利益が下がることまで受け入れた。
「利益が、誰かへ危険を押しつけ、その危険を数字の外へ追い出すことで生まれているなら、それは最初から僕の利益ではありません」
美しい答えだった。同時に、危険な答えだった。
利益とは、必ず誰かが費用を負担した結果である。安全を上げれば価格が上がる。雇用を守れば設備更新が遅れる。全てを救うことなどできない。
経営とは、誰に、どの痛みを負わせるか決める仕事でもある。そのことを指摘すると、彼は答えた。
「だから、決める側に痛みを負う人間を入れます」
私は彼を見誤っていた。
ムルタ・アズラエルは甘い。確かに甘い。
だが、その甘さを制度へ変える能力を持っている。普通の慈善家は、自分が善人であることへ満足する。金を配り、感謝され、後の運営は他人へ任せる。
彼は違う。
自分の善意が消えた後まで機能するよう、契約を作る。自分自身が権力を乱用する可能性まで考え、自分を解任できる仕組みを作ろうとする。
恐ろしい少年だった。
善意で作られた支配ほど、抵抗しにくいものはない。彼が雇用、医療、住宅、教育、水、食料を一つの事業網へ組み込めば、住民はその仕組みなしに生きられなくなる。
アズラエル君が望むかどうかにかかわらず、それは支配である。
そして本人も、それを否定しなかった。彼は金を使って人の選択肢を増やしたい。同時に、その金によって巨大な権力を持つことも望んでいる。
その矛盾を認識しながら、権力が腐敗する前に制度で縛ろうとしている。
理想的だ。だからこそ、いつか失敗する。
制度を作る者は、制度の外側から起きる出来事を予測できない。人間は契約書どおりには動かない。歴史は一人の経営者が設計できるほど単純ではない。
それでも、彼の試みがどこまで通用するのか、私は見てみたくなった。利用価値もある。アズラエル家の資本。モルゲンレーテの技術。彼が各地へ築く物流網と金融網。それらは、アナハイムを世界最大の企業へ押し上げるために使える。
もちろん、彼も私を利用するだろう。私の人脈。アナハイムの製造能力。カーバイン家とユダヤ系財界人が持つ政治的な影響力。
互いに利用し、互いに利用される。
想像するだけで楽しかった。
別れ際、私は古い万年筆を彼へ渡した。
「君は金を使う才能を持っている。しかし、金に使われる怖さはまだ知らない」
かつて、私は環境保護に関わる巨大な開発契約をまとめたことがある。
行政、企業、住民、労働者、金融機関。全ての利害を調整し、契約を成功させた。
成功だった。利益も出た。
だが契約の規模が大きくなりすぎた結果、途中から私は、自分が望む判断ではなく、資本と組織が要求する判断を選ぶようになった。私が金を動かしているのではない。動き始めた金を止められず、金が求める場所へ私が運ばれていた。
それが、金に使われるということだ。アズラエル君は、まだそれを知らなかった。