【チラ裏】ムルタ・アズラエルは刻の涙を見る   作:d_chan

28 / 28
第25話 可能性の友達(カーディアス・ビスト)

 結局、僕たちはほとんど料理へ手を付けないまま、晩餐会を抜け出した。

 

 ハワードは遠くから僕らを見ていたが、止めなかった。相手が誰かをすでに調べているのだろう。護衛二人だけが一定の距離を保ち、僕たちの後ろをついてきた。

 

 向かった先は、船尾側の展望室だった。

 月はすでに遠く、窓の外には黒い宇宙と星の光だけが広がっている。カーディアスは窓の前へ立ち、しばらく何も言わなかった。

 

「グラナダは、どんな場所だった」

 

 やがて彼が尋ねた。

 

「報告書に書かれているとおりです」

 

 僕は少し考え、少女との会話を話した。

 地球へ行ってみたいかと尋ねたこと。

 旅行なら行きたいが、住みたくはないと答えたこと。

 ここが家だから、と言われたこと。

 カーディアスは黙って聞いていた。

 

「地球の人間は、宇宙に住む者を移民と呼ぶ」

 

 彼は静かに言った。

 

「だが、そこで生まれた者には、移ってきた覚えなどない」

 

 その通りだ。生まれた場所が、故郷である。

 

「財団の人間は、地球圏全体を俯瞰して考えると言う。けれど、俯瞰とは、高い場所から人間を小さく見ることなのかもしれないな」

 

「高い場所から見なければ、全体は分かりません」

 

「低い場所から見なければ、人間は分からない」

 

 その言葉に、僕はメラニーとの会話を思い出した。どちらも必要なのだろうね。

 

「君は意外と素直だな」

 

「相手が正しい場合は認めます」

 

「自分が間違っている場合は?」

 

「証明してください」

 

「面倒な奴だ」

 

 よく言われる。

 僕はカーディアスへ、アーサーのことを話した。

 静止軌道ステーションで出会った少年。

 詐欺に遭った母親。

 未来の友情へ投資すると言い、名前を呼び合ったこと。

 カーディアスは途中から笑いを堪えていた。

 

「名前を呼べば友達?」

 

 宇宙では、そうらしいよ?

 フォン・ブラウン市長も言っていたからな。

 

「随分安い友情だ」

 

「僕も最初はそう思いました」

 

「今は?」

 

「名前だけで始められるなら、悪くないと思っています」

 

 カーディアスは窓へ映る自分の顔を見た。

 

「なら、僕たちも友達か」

 

「まだカーディアスと呼んでいません」

 

「今呼んだ」

 

「説明のためです」

 

「細かい男だな、ムルタ」

 

 名前を呼ばれた。

 僕は少しだけ困った。

 

「何ですか、カーディアス」

 

「これで友達だ」

 

 勝手に決めないでおくれ。

 

「安い友情なのだろう」

 

「投資審査は厳格です」

 

「なら僕にも投資してみろ」

 

 何だいきなり。アーサーの時ほど優しくはしないぞ。

 

「ハハハ、厳格で良いさ。俺は自分の人生を、自分で決める。俺の人生に投資しろ」

 

 は? 利益の見込みが一切不明やろ。何そのハイリスクノーリターンはよ。

 

「損はさせない」

 

 だから根拠は何なのさ。

 

「僕だからだ」

 

 ひどく自信に満ちた答えだった。

 しかし、不思議と嫌ではなかった。

 サイド1へは、何をしに行くのか、と僕が尋ねると、カーディアスは懐から一通の招待状を取り出した。

 

「バジルール家の晩餐へ出ろと言われている」

 

「偶然ですね」

 

 僕も同じ紋章の入った招待状を端末に表示した。

 サイド1に影響力を持つ軍人名家、バジルール家からの招待だった。宇宙航路とコロニー防衛について意見を聞きたいとのことである。僕としても、サイド1の軍人社会と接点を持つ機会として断る理由はなかった。

 

「目的地は同じか」

 

 そうだね。

 

「なら、君についていく」

 

 なぜそうなるのか。

 

「財団の船へ戻りたくない」

 

 お前の随行員が困るだろうが。

 

「困らせればいい」

 

 僕の秘書も困るだろうが。

 

「慣れているように見える」

 

 その瞬間、背後からハワードの声がした。

 

「慣れてはおりますが、歓迎はしておりません」

 

 振り返ると、彼はいつもの冷静な表情で立っていた。

 

「坊ちゃま。今度は、人を拾われたのですか」

 

「拾っていません。勝手についてくるそうです」

 

 僕は荷物ではないぞ、とカーディアスが言うと、ハワードは優雅に一礼した。

 

「荷物であれば、輸送費だけで済むのですが」

 

「君の秘書は面白いな」

 

 上げませんよ?

 

「別に欲しくはない」

 

「カーディアス様の随行員から、すでに問い合わせが来ております」

 

 何と答えた、とカーディアス。

 

「ご本人がこちらにいる、と」

 

 余計なことを、とカーディアス。相変わらず尊大な態度を崩さない。僕を見習いたまえ。

 まあ、捜索させては迷惑だ。連絡がついてよかったよ。

 

 

 ほどなくして、ビスト家の随行員が展望室へ現れた。カーディアスへ財団の船へ戻るよう説得したが、本人は聞かなかった。サイド1までは、この船に乗ると繰り返す。

 

「旦那様の許可がありません」

 

「十八歳だ。旅行するのに父の許可はいらない」

 

「ビスト家の後継候補として――」

 

「その言葉を使うな」

 

 カーディアスの声が低くなった。

 随行員は一瞬黙ったが、それでも引かなかった。財団の予定、警備上の問題、サイド1での面会日程。次々と理由を並べる。

 僕は聞きながら、カーディアスの言ったことを理解した。

 彼らはカーディアスへ仕えているのではない。

 ビスト家の将来を管理している。

 

「旅費はご本人に支払っていただきます」

 

 僕が口を挟むと、全員が僕を見た。

 

「ムルタ?」

 

「こちらの船へ同行するのであれば、客室の追加費用が発生します。ビスト財団へ請求するつもりはありません」

 

 なぜだ、とカーディアスは本気で不思議そうな顔をする。

 

「家から自由になりたい人間が、家の金で自由を買うのは矛盾しています」

 

 カーディアスはしばらく僕を見つめ、それから笑った。

 

「分かった。自分で払う」

 

 でもお前収入はあるのかよ。

 

「個人資産がある」

 

「それはビスト家から与えられたものでは?」

 

 ノーカンで。

 

「君はどこまで細かいんだ」

 

 そこんとこ重要だろうが。

 

「なら、サイド1へ着いたら働いて返す」

 

 ほーん、仕事の内容は?

 

「君の旅の案内役をする。バジルール家にも面識がある」

 

 それだけでは足らん。ワシの投資は安くないぞ。

 

「僕を安く見積もるな。サイド1の有力者、軍人、財団関係者、企業家の関係を教えてやる」

 

 ふーん。情報の正確性は?

 

「僕を誰だと思っている」

 

「財団ではないのでしょう?」

 

 カーディアスは一瞬言葉に詰まり、やがて声を立てて笑った。

 

「いいだろう。サイド1へ着くまでに、君が僕を友達として認める程度の利益を出してみせる」

 

「期待しています」

 

「言ったな、ムルタ」

 

「ええ、カーディアス」

 

 こうして、月を出たときにはいなかった旅の仲間が、一人増えた。

 

 ――カーディアス・ビスト

 

 後に巨大な財団の二代目当主となる男である。しかし、このときの僕にとっては、堅苦しい晩餐から勝手に逃げ出し、人の旅程へ当然のように入り込んできた、少し年上の変わり者にすぎなかった。

 

「ところで、ムルタ。サイド1へ着くまでに、操船区画を見学できないか」

 

 いや、乗客が入れる場所ではないぞ。

 

「船長とは顔見知りだ」

 

「それはビスト家の力では?」

 

「僕個人の人脈だ」

 

 同じだろう。違いが分からん。

 

「使えるものを捨てるのは、資源の無駄なのだろう?」

 

 自分の言葉を返され、僕は黙った。

 カーディアスは勝ち誇ったように笑った。

 どうやら今回の旅は、予定よりもずっと騒がしくなりそうだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

~転生したら奈良シカマルの双子の兄でした~(作者:ZAZAI)(原作:NARUTO)

奈良シカマルの双子の兄・カゲマルとして転生した主人公。アカデミーで仲間との絆を育みながら、未来を変えるため忍として歩み始める。


総合評価:1275/評価:7.76/連載:18話/更新日時:2026年08月08日(土) 14:41 小説情報

黒いガンダムの宇宙世紀(作者:いずりょう)(原作:ガンダム)

U.C.0070、地球。▼三歳のレン・イズミは、前世で三十五年間を生きた記憶を取り戻す。自分が生まれたのは、人類が宇宙へ進出した未来――宇宙世紀。▼そして九年後には、ジオン公国と地球連邦による一年戦争が始まる。▼レンは原作はある程度知っている。▼ジオン軍のモビルスーツ コロニー落とし サイド7への襲撃▼アムロ・レイがガンダムへ乗り、ホワイトベースの戦いが始ま…


総合評価:545/評価:6/連載:89話/更新日時:2026年08月10日(月) 18:00 小説情報

(魔界の)神様(に)転生!そして伝説へ…(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:ダイの大冒険)

※本作は作者が読みたい原作改変を自給自足する趣味作です。感想や考察はありがたく拝見しますが、展開は作者の予定と趣味を優先して進めます。▼ 大魔王バーンに転生した男は、魔界の惨状を見て理解した。▼ この世界には救いが必要だ。▼ ただし、地上を消し飛ばす必要はない。▼ 地上と魔界を繋ぐギアガの大穴。▼ 魔界を潤す水と光。▼ ロモス統治、ハドラー育成、バラン一家保…


総合評価:11766/評価:7.67/完結:30話/更新日時:2026年07月24日(金) 19:00 小説情報

忍の世界とか割と詰みである(作者:こうすけ増田劇場版)(原作:NARUTO)

面白いからを理由に転生させられる極々普通の転生者の話。▼それはそうとこの世界線、アニナルっぽいので割と手厳しいと言うかNARUTOの世界ってチートを貰ってようが普通に厳しくね?な話▼ヒロイン?最終回発情期とかあるし息子世代の話もあるし、まぁ、500話以上あるアニナルを見てどうすんか考えるっぺ。


総合評価:5968/評価:6.88/連載:58話/更新日時:2026年08月05日(水) 20:00 小説情報

科(化)学系チート持ち転生者のお話(作者:金属粘性生命体)(原作:多重クロスオーバー)

▼ 数百世紀先の技術と創作上の技術を持って転生した男の好き勝手生活。▼ ディストピアルート、闇堕ちルート、どちらから先に読んでも問題ないようになってます。作者の個人的には闇堕ちルートの方がおもろいと思う。▼(作者の架空科学なので一切整合性はとりません、雰囲気で読め)▼ オタクルートを外伝にしました。↓がリンクです▼ https://syosetu.org/n…


総合評価:3462/評価:7.52/連載:107話/更新日時:2026年05月06日(水) 10:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>