【チラ裏】ムルタ・アズラエルは刻の涙を見る 作:d_chan
その日の夕方、ラウ・ル・ルシエはエンデュミオン中央区の病院へ運ばれ、ムウ・ラ・ラメーとレイも同行した。
当初、行政側は三人を別々に扱おうとした。
ムウは窃盗歴のある要保護児童、ラウは治療を必要とする病児、レイは身元不明で人身売買組織との関係を調査すべき児童であり、制度上は、それぞれ別の担当部署へ送ることが最も効率的だという。
効率的。
便利な言葉である。
三人が互いを支えながら生き延びてきた事実を無視すれば、確かに書類は処理しやすい。
「分離には反対します。必要な支援が異なることと、生活を分けることは同じではありません」
僕が言うと、児童保護担当者は困った顔をした。
「お気持ちは理解いたします。しかし、三名は法的な兄弟ではなく、必要な保護内容も異なります。ムウ・ラ・ラメーには教育と生活指導、ラウ・ル・ルシエには医療、レイには心理的ケアと身元調査が必要です」
「法的な兄弟でなければ、家族ではないのですか。彼らは互いを支えながら生き延びており、その関係を壊せば、治療や保護へ悪影響が出る可能性があります」
「行政施設には定員と区分がございます。同じ施設で、すべての支援を提供することは困難です」
「では、僕が三人を同じ場所で保護できる施設を用意します。親権、身分、保護の妥当性を調査する間、僕の管理下へ置きます」
「アズラエル様個人が児童を引き取られると?」
「僕個人ではなく、アズラエル財団か、今回設立する保護法人を名義上の保護主体にします。担当職員、医師、教育者を配置し、三人が互いに会える環境を維持することを契約条件へ入れてください」
「そこまでなさる理由は何です」
「彼らを分けた方が、将来的な回復費用が高くなるからです。精神的安定、治療、教育、再犯防止のすべてで、一緒に保護する方が合理的です」
担当者は黙り、横でムウが信じられないものを見るように僕を見ていた。
「お前、そこまで金の話にするのか。普通に、かわいそうだから一緒にしろって言えばいいだろ」
「行政へ感情だけを訴えても、担当者が変われば終わります。三人を一緒に保護する方が、医療や教育の面で
も合理的だと示した方が、次の子供にも同じ制度を適用できます」
「やっぱり変な奴だな」
「よく言われます」
保護手続きを進める中で、三人には新しい身分登録が必要になることが分かった。
ムウ・ラ・ラメーの戸籍には不備が多く、ラウ・ル・ルシエは親族関係を証明する記録がほとんど残っておらず、レイに至っては正式な出生記録すら確認できなかった。
「既存の記録を修正するより、保護法人の管理下で新しい身分記録を作成する方が早いでしょう。安全上、過去の債権者や人身売買組織から追跡されにくい氏名へ変更することも可能ですが、本人たちの同意が必要です」
法務担当者が説明すると、ムウはすぐに警戒した。
「名前まで変えるのか。俺たちを別の人間にするつもりじゃないだろうな」
「嫌なら変えなくても構いません。しかし、ラメー家やルシエ家の記録を使い続ければ、親や債権者との関係から追跡される可能性があります。別の戸籍を作れば、少なくとも法的には彼らから離れやすくなります」
「お前が名前を決めるのか」
「候補を出すことはできます。最終的に選ぶのは本人です」
そこで、ふと思いついた。
ムウ。
ラウ。
金色の髪。
ずっと、ガンダムSEEDだよなあ、と思っていた。
ムウ・ラ・フラガ。
ラウ・ル・クルーゼ。
二人とも前世で好きなキャラクターだった。
もちろん、目の前の二人がその人物であるはずはない。
ここは宇宙世紀であり、SEEDの世界とは別なのだから、名前と髪の色が似ていることも単なる偶然にすぎない。
ならば、少しくらい趣味を入れてもよいのではないか。
「ムウ・ラ・フラガ」
僕が言うと、ムウは眉を寄せた。
「何だ、それ」
「新しい名前の候補です。ムウ・ラ・ラメーより、少し強そうでしょう。響きもよいと思います」
「理由はそれだけか。もっと、由緒とか意味とかないのか」
「響きは重要です。呼びやすく、覚えやすく、本人が気に入るなら十分でしょう」
「お前、自分の趣味で決めてるだろ」
鋭い。
「否定はしません」
「そこは否定しろよ!」
病室のベッドから、ラウが静かにこちらを見ている。
「僕は?」
「ラウ・ル・クルーゼ」
「クルーゼ」
ラウは、その響きを確かめるようにゆっくり繰り返した。
「どういう意味?」
「特にありません。響きがよく、君に似合いそうだからです」
「フラガより、もっと適当じゃねえか!」
ムウが怒鳴る。
正確には、SEED推しだからである。
しかし、それを説明することはできない。
そもそも、なぜ宇宙世紀でSEEDの人物名を付けるのかと聞かれても、趣味としか答えられない。
「気に入らなければ、別の名前を考えましょう。名前は、本人が使い続けるものですから」
僕が言うと、ラウは少し考えた。
「クルーゼでいい」
「クルーゼがよい、ではなく?」
レイへ尋ねた時と同じように聞くと、ラウは僕を見つめ、小さく息を吐いた。
「ラウ・ル・クルーゼがいい。前の名前より、少し強くなった感じがする」
ムウは頭をかき、ラウと僕を交互に見た。
「俺だけ嫌って言ったら、ラウだけ苗字が変えられるのか」
「もともと別です。法的な兄弟関係も、現時点では完全に証明できません」
「そういう意味じゃねえよ。名前が違っても、俺たちは一緒にいるってことだ」
三人は血のつながった兄弟ではなく、ムウとラウも現在の記録では兄弟関係を完全には証明できず、レイに至っては何のつながりも分からない。
それでも三人は、互いを家族として生きてきた。
「では、同じ姓にしますか。三人で一つの姓を選ぶこともできます」
僕が尋ねると、ムウはラウとレイを見た後、首を横へ振った。
「いや。名前が同じじゃなくても、一緒にいる。家族って、そういうもんだろ」
よい答えだった。
「では、ムウ・ラ・フラガで?」
「その名前を選ばないと、お前が面倒そうな顔してるからな」
「僕は公平です。本人が嫌だと言うなら、別の候補を考えます」
「嘘つけ。絶対それがいいって顔してる」
そうかもしれない。
「分かった。ムウ・ラ・フラガでいい」
「フラガがよい、ではなく?」
「細かいな! ムウ・ラ・フラガがいい! これで満足か!」
「ええ」
法務担当者が端末へ入力していく。
ムウ・ラ・ラメーは、ムウ・ラ・フラガへ。
ラウ・ル・ルシエは、ラウ・ル・クルーゼへ。
ただの偶然から始まった改名であり、僕がSEEDの名前を少し気に入っていたという、それだけの理由だった。
彼らが成長した後、前世の記憶にある人物と驚くほどよく似た姿になることなど、この時の僕は知るはずもなく、妙な偶然もあるものだと考えただけである。
「レイは、どうしますか。名だけではなく姓を新しく登録することもできます」
法務担当者が尋ねると、レイは僕とムウとラウを順番に見た。
「レイがいい。姓は、まだ分からない」
「今すぐ決める必要はありません。名前は、誰かに急かされて決めるものではないでしょう。必要だと思った時に、自分で選べばよい」
レイは少し考え、頷いた。
「分かった」
まあ、僕としては何も思い浮かばなければ、レイ・ザ・バレルにする気満々だったけどね。
その日の終わり、僕たちは三人を一時的に保護する契約書へ署名した。
僕、保護法人の代表者、行政担当者、医療担当者、そして本人たちが順番に内容を確認し、ムウは分からない言葉をすべて質問し、ラウは静かに説明を聞き、レイは自分の名前を書く練習から始めた。
人身売買組織の調査、児童保護制度の見直し、旧居住区の医療、身分登録支援、住宅、教育、職業紹介業者と行政の癒着。
一つの問題へ触れただけで、仕事が次々と増えていく。
「坊ちゃま、エンデュミオン到着後に発生した投資案件は、現在二十七件です。人身売買組織の関連企業、児童医療、旧居住区再開発、身分登録支援、保護法人設立を追加いたしました」
ハワードが端末を確認しながら静かに言った。
「今、それを数える必要がありますか。まだ投資すると決めていない案件も含まれています」
「フォン・ブラウンでも、グラナダでも、サイド1でも、坊ちゃまは同じことをおっしゃいました。その後、ほとんどが具体的な検討へ進んでおります」
ムウ・ラ・フラガが、僕を見た。
「お前、本当に街ごと買うつもりなのか。会社を買うとか、施設を作るとか、さっきから言ってることが大きすぎるぞ」
「街は買いません。問題がある場所には需要があり、需要があるなら利益を生む仕組みを作れる可能性があります」
「やっぱり意味が分からねえ。普通は、助けるか、商売するか、どっちかだろ」
「両方できる形を探します。助けるだけでは続かず、儲けるだけでは人が壊れます」
「やっぱり、変な金持ちだな」
よく言われる。
ラウ・ル・クルーゼは病室の窓から人工の月を眺め、レイはその隣で新しい身分証を見つめていた。
同じ光が、高級住宅の窓にも、壊れかけた倉庫の壁にも差し込んでいる。
月に愛された街。
その名を持つコロニーで、誰にも愛されていないと思っていた子供たちと出会った。
ここから先は、物見遊山では済まない。
エンデュミオンへ来たことが正しかったのか、まだ答えは分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
僕のスペース・グランドツアーは、今回も予定どおりには進まなくなった。