【チラ裏】ムルタ・アズラエルは刻の涙を見る   作:d_chan

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第49話 子供の値段  

 翌朝、僕はエンデュミオン中央区の病院に用意された会議室で、人身売買組織を名乗らずに人身売買を行っていた職業紹介会社の調査報告を受けていた。

 病院の窓からは人工湖と月を模した照明が見え、昨日までなら景観の維持費や周辺不動産の価格を考えていたはずだが、今は机の上へ並べられた契約書、債権記録、児童の身分情報、企業間の送金記録から目を離すことができなかった。

 

「正式な社名は、エンデュミオン生活職業支援社。表向きは、無登録移住者や低所得者へ住居と職業訓練を提供する民間支援企業です」

 

 ハワードが資料をめくりながら説明する。

 

「しかし実際には、住居費、食費、職業訓練費、紹介手数料を高額な債務として計上し、債務者本人だけでなく、その子供へまで返済義務を負わせております。契約書上は養育委託、就業準備、被扶養者教育といった表現を使用し、児童労働や売買であることを隠しております」

 

「行政は、本当に何も把握していなかったのですか」

 

「少なくとも、全く知らなかったとは考えにくい状況です。自治政府の福祉局から委託費が支払われ、警察へ保護された無登録児童の一部が、この会社へ送られております」

 

「保護された子供を、人身売買業者へ渡していた?」

 

「行政側は、適法な職業訓練機関であると説明しております」

 

「書類だけを見れば、そう読めるように作ってあるのでしょうね」

 

 違法なことをする者が、必ずしも法律を無視するとは限らない。

 むしろ、法律を知っているからこそ、言葉を置き換え、責任の所在を分散し、表面上は適法に見える構造を作ることができる。

 子供を売るのではない。養育を委託する。働かせるのではない。職業訓練を受けさせる。

 逃げた子供を連れ戻すのではない。契約違反者を保護する。言葉を変えるだけで、同じ行為が社会福祉に見える。

 

「債務額は、どのように計算されていますか」

 

「食費、寝具、部屋代、監督費、教育費などが毎月加算されますが、明確な価格基準はありません。働いて得た賃金から返済される契約になっているものの、利息と管理費が収入を上回るため、通常は完済できません」

 

「働けば働くほど、借金が増える?」

 

「正確には、生きている限り費用が増える仕組みです。さらに、逃亡防止費用や再教育費という項目もございます」

 

 僕は、思わず資料から顔を上げた。

 

「逃げたことに対して、さらに借金を負わせるのですか」

 

「はい。逃亡した児童を連れ戻すために要した交通費、人件費、警備費まで、本人の債務へ加算しております」

 

 ムウが言ったとおりだった。

 逃げても、書類を持った大人が連れ戻す。

 警察は、契約違反者の保護として協力する。

 子供本人が嫌だと言っても、契約書には保護者の署名がある。その保護者が、どれほど追い詰められていたのか、何を説明されて署名したのかは、誰も確認しない。

 

「レイの契約書は?」

 

「発見しました。ただし、本人の本名、出生地、両親の情報は空欄で、保護者欄には仲介業者の名が記載されております。法的には無効となる可能性が高いでしょう」

 

「可能性では困ります。無効にしてください」

 

「法務部門が手続きを進めております」

 

「ムウとラウの両親も、この会社と関係がありますか」

 

 ハワードは、一枚の資料を僕の前へ置いた。

 

「直接契約ではありませんが、関連する債権回収会社との接触記録がございます。ムウ・ラ・ラメーとラウ・ル・ルシエを、養育委託の対象として紹介しようとしていた可能性が高いと思われます」

 

 僕は、しばらくその紙を見つめた。

 ムウは、親はいないとだけ言った。

 正確には、存在しないのではなく、頼れる親がいないという意味だったのだろう。

 

「両親の所在は?」

 

「父親は旧居住区内におります。母親については、数か月前にサイド5を離れた可能性がありますが、現在調査中です」

 

「父親と会います」

 

「坊ちゃまご自身が?」

 

「子供を売ろうとした理由を、本人の口から聞きたい」

 

 ハワードは、すぐには賛成しなかった。

 

「事情を理解することと、行為を正当化することは別です。坊ちゃまが同情されれば、相手が責任を逃れるために利用する可能性もございます」

 

「同情するかどうかは、会ってから決めます。ただし、貧困が原因なら、その構造を直さなければ、別の親が同じことをします」

 

「承知しました。面会には法務担当者と護衛を同席させます」

 

「それから、この会社は買えますか」

 

「主要株主は、昨日の騒動を受けて保有株式を売却しようとしております。行政との契約停止や捜査が始まれば、企業価値が大幅に下がると予想しているのでしょう」

 

「では、逃げる前に買いましょう」

 

「買収後、負債と訴訟まで引き受けることになります」

 

「帳簿、人員、施設、顧客情報をまとめて押さえられます。解散させるより、証拠を確保しやすい」

 

「事業を継続されるおつもりですか」

 

「人身売買は継続しません。ただし、無登録移住者へ住居と仕事を紹介する本来の機能には需要があります。必要な部分だけ残し、債務奴隷を作らない仕組みへ変えます」

 

 ハワードは小さく頷いた。

 

「合法的に相手の経済基盤を奪い、そのまま自分の事業へ組み込まれるのですね」

 

「人聞きが悪いですね。再建です」

 

「昨日、ムウ様が悪い人のようだと評された理由が、少し分かった気がいたします」

 

 失礼である。

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