【チラ裏】ムルタ・アズラエルは刻の涙を見る 作:d_chan
ガンダムという兵器は、どの記録にも存在しなかった。
それでも僕は、検索条件が悪いのかもしれない、軍事機密として一般の情報網から除外されているのかもしれない。名称がまだ決まっていないだけかもしれない。
と、見つからないことを安心材料ではなく検索を続ける理由へ変え、端末の時計が午前一時を回り、二時を回り、三時を過ぎても、ジオン公国、地球連邦軍、ニュータイプ、コロニー落下事故、人型兵器といった言葉を組み合わせては該当なしという表示を眺め続けた。そのため、人工照明が朝の色へ切り替わった頃には、結局ほとんど眠れないまま一日を始めることになった。
「ムルタ、お前、昨日より顔色が悪くなってるぞ。政治家と話すとそんな顔になるのか、それとも、俺たちが寝たあとで一人だけ何か食べたら腹を壊したのか?」
朝食の席へ着くなり、ムウが遠慮なく僕の顔をのぞき込み、向かいに座ったラウも食事へ手をつける前に目を細め、レイに至っては僕の額へ小さな手を当てようと椅子の上で身を乗り出した。僕はその手を押し戻しながら、「熱はありませんし、腹も壊していません。十二歳の肌へ徹夜の影響がこれほど早く出るとは計算外でしたが、今日の予定を変更するほどではありませんよ」と説明した。
「徹夜したのかよ。何をしてたんだ?」
「調べ物です。世の中には、知らないまま眠ったほうがよいことと、眠れなくても調べなければならないことがありますからね」
「それで何か分かったの?」
「分からないことが増えました」
「じゃあ、調べる前より損してるじゃないか」
「分からないことが分かったのですから、一応は前進です。どこに穴があるかも知らず歩くより、穴があるかもしれないと警戒して歩くほうが安全でしょう」
「穴があるかどうか調べて、一晩中寝ないで、眠くて穴に落ちたら意味ないだろ」
ムウの指摘が正しかったため反論を考えていると、昨日から採用試験の資料を読み続けていたメアリーが、温めた飲み物を僕の前へ置き、「ムウ君の言うとおりです。勉強でも仕事でも、眠らずに続ければ間違いが増えますし、ムルタさんが昨日おっしゃったように、できることと、正しくできることは別なのでしょう」と穏やかに追い打ちをかけてきた。
「僕の言葉を僕への説教に利用するのは、想定外です」
「有効な基準は、誰に対しても同じように使うべきではありませんか」
「母さん、ムルタ相手だとずいぶん言うようになったな」
「この方には、遠慮していると何も伝わらないでしょう。今日は港の視察があるそうですけれど、少しでも具合が悪くなったら、途中で休んでくださいね」
「承知しました。もっとも、港湾設備は僕の体調に合わせて止まってくれませんから、こちらが予定どおり動くしかありません」
「止まってくれないはずの港湾設備が、今朝は止まっているそうです」
いつから部屋にいたのか、入口近くで端末を確認していたサザーランド少尉が、僕たちの会話へ平然と加わった。昨日と同じ濃紺の制服に乱れはなく、徹夜などという非効率な行為とは無縁に見える顔で、港の貨物区画に荷役停止が発生し、今日見学する予定だった生活設備の搬入も影響を受けていると告げた。
「原因は何ですか。事故、故障、人員不足、あるいは昨日の政治集会と関係する作業停止でしょうか」
「どれでもありません。地球側で発行された輸送認可と、サイド3自治行政局が発行した荷役許可の品目分類が一致せず、自動管理システムが貨物を保留しました。現場では双方の担当者が、自分の書類は正しいと言い張っているそうです」
「両方とも正しい書類が、正しく貨物を止めているわけですか。昨日ダイクン氏と話したばかりだというのに、制度同士が理解し合えない実例を見せてもらえるとは、実に教育的ですね」
「今日は未来ではなく、目の前の荷物を見てください。あなたが何を一晩中調べたのかは尋ねませんが、足元の貨物を放置して、まだ起きてもいない出来事ばかり考えないように」
「少尉も母さんみたいなこと言うんだな」
アーサーが感心したように言うと、ジンネマンは飲み終えたカップを集めながら、「兄貴を放っておくと余計なことをするから、周りの大人が似たことを言うようになるんだ」と答えた。
「いまはムルタの話だろ。どうして俺が怒られてるんだよ」
「兄貴とムルタは、違うことをして同じように怒られるから、話が早い」
「一緒にしないでください。僕は調査のために徹夜したのであって、考えなしに騒ぎを起こしたことはありません」
「考えてから騒ぎを起こすほうが、たぶん困る」
「ジンネマン、あなたはアーサーの舎弟なのですから、もう少し兄貴を立ててはいかがですか」
「舎弟だから、兄貴がこれ以上恥をかかないように教えてるんです」
「お前ら二人とも、俺を使って仲良くなるなよ!」
朝から十分な声量で抗議できるなら、アーサーの体調には問題がなさそうだった。メアリーへ試験勉強を優先するよう念を押したあと、僕たちは港湾区画へ向かった。
貨物列車の停止は、駅へ着く前から分かった。普段なら数分間隔で工業区画へ送り出される貨車が何本も線路上へ並び、牽引車の警告灯だけが赤く点滅し、積み替え用の作業機械は荷物をつかんだ姿勢のまま停止していた。
作業員たちは休んでいるわけではなく、端末と書類を持って走り回っていたものの、誰も積み荷を動かせないため、忙しさだけが増えて作業は進んでいなかった。
問題になっていたのは、地球から運ばれてきた二十四基の二酸化炭素除去装置だった。
地球側の輸送認可では生命維持設備に分類され、優先貨物として主港へ直接搬入するよう指定されていたが、サイド3側では交換用フィルターを含む工業機器として申請され、危険物検査の設備がある副港へ回すよう許可が出ていた。
主港へ降ろせば自治行政局の規則に違反し、副港へ回せば地球側の認可条件から外れ、どちらを選んでも誰かが責任を問われるため、現場は貨物を動かさないという最も安全で、住民にとっては最も迷惑な判断を選んでいた。
「装置を動かせば、規則違反になります。こちらとしては自治行政局へ分類変更を申請しており、その回答を待っている状態ですから、勝手なことはできません」
「こちらの分類は提出された書類に基づいています。輸出元が完成品として申請したものを、現地の判断だけで部品扱いへ変更することはできませんし、仮に変更するなら、地球側の担当部局へ再申請してもらわなければなりません」
「その再申請に何日かかるのです」
「通常なら十四営業日です。緊急申請が認められれば、七日程度まで短縮できる可能性はあります」
「七日もここへ置いておくつもりですか。保管費だけでなく、入港待ちの船と後続の貨物列車まで止まりますよ」
「ですから、我々の書類には問題がないと申し上げています」
「こちらにも問題はありません」
「二人とも正しいのに、荷物だけが間違った場所で止まっているわけですか」
僕が尋ねると、二人の担当者はそろって黙り込み、互いに相手が答えるべきだという顔で視線を逸らした。どちらかが無能というより、自分の権限で例外を認めた場合の責任だけが明確で、何も決めず貨物を止めた場合の責任が曖昧なのだろう。担当者個人にとっては合理的な判断でも、組織全体では損失が増える、よくある失敗だった。
「主港の第四倉庫を、三日間だけ保税扱いへ変更しなさい。貨物はそこへ移し、箱を開封せず、自治行政局の検査官を倉庫へ呼べばよい。副港へ運んだことにはならないが、自治側の検査を受けるまでは正式な搬入にもならない。後続貨物の線路を空けることが先だ」
人垣の後ろから低い声が飛び、作業員たちが一斉に振り返った。声の主は肩幅の広い男で、上等ではあるものの飾り気のない上着を着ており、その後ろには数人の職員と、ムルタより少し幼く見える少年が立っていた。男は返事を待たず現場責任者の端末を借り、空いている倉庫と検査官の予定を確認すると、二人の担当者へそれぞれ指示を出した。
「地球側の認可条件については、貨物を正式搬入せず保税倉庫へ仮置きしたと記録し、輸送会社から補足書類を提出させる。自治行政局の規則については、検査官を副港から呼び、主港で同じ検査を実施する。倉庫の使用料と検査官の移動費、申請が却下された場合の再輸送費は、サイド3工業調整会が一時的に負担する。責任者の名が必要なら、私の名を書きなさい」
「しかし、倉庫の用途変更には管理局長の承認が必要ですし、工業調整会だけで決めることでは……」
「局長には私から話す。承認されなければ、私が倉庫の使用料と罰金を払う。君が背負う必要はないが、私が背負うと決めた責任まで、君が親切に守ってくれる必要もない。積み替えを始めなさい」
「検査官が主港まで来る保証はありません」
「先ほど本人へ連絡した。四十分後に到着する。君がいまから副港へ走って連れてくるより速いし、彼も移動時間を勤務として申請できる。これ以上、誰かが損をしなければ動けない理由があるなら聞こう」
担当者は端末を確認し、検査官の派遣予定が本当に登録されたことを知ると、ようやく作業員へ貨物の移動を指示した。警告灯が赤から黄色へ変わり、止まっていた作業機械が二酸化炭素除去装置の収納箱を持ち上げ、線路の脇に待機していた運搬車へ載せていく。
最初の一台が動くと、その後ろで止まっていた貨物列車も順番に動き始め、三十分近く続いていた議論が、責任と費用を引き受ける人物が現れた途端に終わった。
「最初から、ああすればよかったんじゃないのか?」
ムウが素朴な疑問を口にすると、近くにいた作業員が苦笑した。
「誰だって方法くらいは思いつくさ。問題は、倉庫代と検査官の移動費を誰が払い、申請が通らなかったとき誰が怒られるかだ。正しいことを言うだけなら簡単だが、自分の名前で決めるのは簡単じゃない」
「じゃあ、あの人は金を払って怒られる係なのか」
「ずいぶん嫌な係だな」
「それができるから、ザビさんは偉いんだよ」
ザビ。
その姓を聞いた瞬間、昨夜と同じように記憶のどこかがわずかに揺れた。しかし、ジオンやニュータイプほど明瞭な像にはならず、聞いたことがあるような気がする、という程度で止まった。
男はこちらへ気づくと、職員へ残りの指示を任せて歩み寄り、僕の前で足を止めた。
「お待たせして申し訳ない、ムルタ・アズラエル君。予定にはなかったが、現場へ来たところで問題が起きていると聞き、放っておけなかった。私はデギン・ソド・ザビ、サイド3工業調整会の代表を務めている」
「僕のことをご存じなのですか」
「この数年でサイド3へ最も多くの民間資本を入れた人物の顔を、工業調整会の代表が知らなければ職務怠慢だろう。もっとも、報告書では君の年齢も読んでいたが、実際に会うまで半分も信じていなかった。十二歳の子どもが大人の名義を借りているのだと思っていたよ」
「先ほどの指示を聞くまで、僕も工業調整会の代表とは、会議で調整を続ける人のことだと思っていました。実際に貨物を動かすこともあるのですね」
「耳の痛い皮肉だが、否定できない。会議で動かない貨物は、現場へ来ても動かないままだからな。それに、今日は君が視察へ来ると聞いていた。地球から来た出資者へ、サイド3では書類の分類一つ決められないと思われるのも困る」
「残念ながら、すでに見てしまいました。ただし、問題を隠す場所より、問題が起きたとき誰が責任を負うか分かる場所のほうが、投資先としては信用できます」
「では、失った点数を少しは取り戻せたと思ってよいのかな」
「倉庫代と検査費を実際に支払ったあとで、もう一度採点します。約束だけなら原価はかかりませんからね」
デギンは太い眉を上げたあと、愉快そうに笑った。
「噂以上に厳しいな。実は昼に工業調整会の役員と会う予定だったのだが、半分はこの騒ぎの処理へ回すことになった。席が二つ空いたので、君とサザーランド少尉に加わってもらえないだろうか。昨日ダイクン氏と会ったばかりで、今日は政治の話など聞きたくないかもしれないが、こちらは工場と港の話だ」
「政治の話ではないと言って近づいてくる人ほど、最後には政治的な返事を求めるものです。昨日学んだばかりですよ」
「それなら、政治と産業を分けられるふりはしない。サイド3の産業をどう育てるかは政治であり、誰の資金を受け入れるかも政治だ。そのうえで、工場と港の話をしたい」
「最初から認めていただけるなら、無駄なやり取りが一つ減ります。昼食の内容も、こちらで確認できますか」
「食事まで契約条件に入れるのかね」
「昨日から豆の煮込みが続いていますので、同じ献立なら先に覚悟しておこうと思いまして」
「安心してくれ。豆は出るが、煮込みではない」
「それは大きな違いですね。参加しましょう」