【チラ裏】ムルタ・アズラエルは刻の涙を見る 作:d_chan
扉が閉まると、部屋は再び換気装置の低い唸りに満たされ、私は初めて、十二歳の少年との会談で、自分が語る側ではなく答えを求められる側へ回っていたことを認めた。
ムルタ・アズラエルが座っていた椅子には、細い背中の形など残っているはずもないのに、そこだけが妙に整って見え、卓上には彼が口をつけた水のグラスと、こちらが渡した資料の一部、それから私自身の赤鉛筆が一本、置き去りにされた沈黙を測る目盛りのように並んでいる。
昨夜から続いた面会日程と演説原稿の確認で喉は掠れ、とうに冷めた茶は渋みばかりを増していたが、疲労よりも厄介だったのは、最後まで崩れなかった少年の礼儀正しい表情であり、とりわけ私がニュータイプという言葉を口にした瞬間、その青い目の奥を走ったものだった。
「先生、お疲れのところ申し訳ありません。広報へ回す会談結果を、十分以内に決めていただけますか。正午の便に間に合わせるなら、印刷所へ原稿を渡せるのはあと四十五分です」
入れ替わるように入ってきた若い書記は、私の返事を待つあいだにも机の空いた場所へ速記録と声明案を広げ、退出した客のグラスへ視線を向けてから、片づけるべきか保存すべきか迷ったらしく、結局そのままにした。
政治運動の事務所では、客人が残した水滴まで何かの証拠に見える時がある。今この部屋に人が尋ねてくれば、何かしら勘繰ることだろう。そして、誰が訪ねてきたか記録をたぐるはずだ。
「十分も必要ない。会談を行い、サイド3の生活基盤と自治について意見を交換し、アズラエル側は民生分野への投資を一定の条件のもとで継続する意向を示した、それだけでいい。支持を得たとも、合意へ達したとも書かないでくれ」
「ですが、少なくとも住民が生活に関わる決定へ参加する権利については、明確な理解を示したのでしょう。でしたら、『地球圏の大資本も自治権拡大を支持』とまとめても、事実から大きく外れてはいません。それに、相手はアズラエル家です。名前を見出しへ入れなければ、会談を公表する意味が半分なくなります」
「半分なくなるのではなく、我々が欲しがっていたもう半分が最初から手に入っていないんだ。彼が認めたのは、住民が自分たちの暮らしに関わる決定へ参加する権利であって、私でも、独立でも、君が今から書こうとしている見出しでもない。言葉を短くするなら、切り落とした部分にまで責任を持ちなさい」
若い書記は唇を引き結び、反論を飲み込む代わりに声明案の一行を指で叩いた。彼が功名心だけで文章を膨らませようとしているのではないことは分かっていた。
工場の休憩時間に政治記事へ目を通す労働者は長い議事録など読まないし、連邦寄りの報道は私たちの主張を、税を払いたくない辺境の我儘という一文へ縮めて配る。
短い言葉には短い言葉で対抗しなければ、正確さを守っているあいだに人の関心そのものを失うという焦りは、広報を預かる者として正しかった。
「正確であれば負けてもよい、と先生はおっしゃるのですか。私たちは講義録を編んでいるのではありません。昨日の集会に来なかった住民へ、今日の一枚でこちらを向いてもらわなければならないんです」
「負けてもよいとは言っていない。彼の名を一日借りて得る喝采より、彼の投資が十年残る方がサイド3には必要だと言っている。それに、自分たちの意思を地球に奪われていると訴える運動が、最初に会った地球の少年から発言の意味を奪ってどうする。そんな勝ち方を重ねれば、仮に自治を得た日に残るのは、遠くの支配者が近くの支配者へ替わったという事実だけだ」
彼はしばらく黙ってから、太い見出しの「支持」を二本線で消し、その上へ「民生投資の継続」と書いた。納得した顔ではなかったが、納得していない人間が命令に従う時の沈黙まで奪うつもりはない。
私自身、彼の案がもたらす即効性を計算しなかったわけではなく、ムルタ・アズラエルという名前が地球側の出資者に与える安心と、自治を求める住民へ与える興奮を同時に利用できれば、停滞しているいくつもの計画が動くことも知っていた。
だからこそ少年は、許可なく名を政治宣伝へ使わないことを条件に入れたのだろうし、その条件へ即座に同意した私が、扉の閉じた直後から抜け道を考えたなら、彼が私へ向けた警戒は一語残らず正しかったことになる。
「もう一つだけ。会談相手の姓名と年齢は載せないでくれ。本人の許可がない以上、今回は『地球圏の民間投資家』で十分だ」
「名前まで伏せれば、会談の価値が分からないと批判されますよ。本人へ確認を取って、次の便まで待つことはできますが」
「返事を急がせれば、それも圧力になる。価値があると伝えるために価値ある相手との約束を破るのは、あまり賢い広報ではないよ」
書記はようやく苦笑し、修正した紙を抱えて出ていった。その足音が廊下の雑踏へ溶けるのを聞きながら、私は速記録を手元へ引き寄せ、会談の後半に記された一行を探した。記録係の几帳面な文字は、私がニュータイプと口にしたあとに生じた空白まで、「約三秒沈黙」と残していた。
淀みなく受け答えする彼にあって、あまりにも不自然であった。
三秒という時間は、知らない言葉の意味を考えるには短く、知っている言葉を知らないふりへ包み直すには、ひどく長い。
あの反応には驚きだけでなく、恐れも含まれていたように、私には見えた。
ただし、ニュータイプという思想そのものを恐れたというより、その言葉の先にある何かを、すでに一度見た人間のように見えた。あり得ない話を取り除けば、答えは多くない。
地球側の研究機関が宇宙生活者の心理的、身体的変化について似た概念へ到達しているのか、私的な研究会へ渡した草稿がどこかからアズラエル家へ流れたのか、あるいは彼が、言葉こそ知らずとも、思想がたどり得る危険を自分で考えていたのか。
最後の可能性が最も単純でありながら、あの少年の年齢を思うと最も信じ難かった。
「誰が新しい人間と古い人間を区別するのですか」
速記録の上に残る彼の問いを、私は声に出さず読み返した。理念へ反対する者なら、ニュータイプなど存在しないと笑えばよい。利益を求める者なら、その新しい人間を作る事業へ出資すると申し出ればよい。
だが彼は存在を否定も肯定もせず、最初に、それを誰が区別するのかと尋ねた。思想が誤っている可能性ではなく、正しい思想を運用する人間が誤る可能性を見たのである。
人は変われると私は信じているが、人が変わったと認定する権限を誰かへ渡した瞬間、私の言葉は未来への希望ではなく、現在の人間を選別する道具になる。
その穴を、長く私の話を聞いてきた同志より先に、遠い地球から来た十二歳の少年が見つけてしまった。
私は速記録の余白へ、赤鉛筆で小さく「分類するな」と書いた。ムルタ・アズラエルがニュータイプであるかもしれない、という考えが一瞬でも浮かんだ自分への注意だった。彼を新旧の物差しで理解するのは危険だ。
相手の心の動きを敏感に読み、こちらの理想と利害を同時に理解し、既存の境界を越えて考える少年なら、自分の説く可能性へ近いのではないか――そう名づけたくなる誘惑は確かにあったが、彼をニュータイプか否かと分類した瞬間、私は自分の思想を、彼が恐れた選別装置へ変えることになる。
ニュータイプは人へ貼る認定証ではなく、人間が向かい得る方向の名でなければならず、その方向へ歩く者が私に賛成するとは限らない。むしろ、理解したうえで反対できることこそ、誤解を越えた人間に許される最も誠実な態度なのかもしれなかった。
机上の通信端末が鳴り、今度は演説原稿を担当する男が、扉を半分だけ開けて顔をのぞかせた。
「先生、夕方の地区集会で使う草稿も見ていただけますか。先ほどの会談を受けて結びを強くしましたので、声明と表現を合わせるなら今のうちです」
「入りなさい。今日は、強くした文章ばかりが私のところへ来るようだ」
「弱い言葉なら、先生へ見せる前に捨てていますから」
彼は悪びれもせず答え、数枚の紙を声明案が消えたばかりの場所へ置いた。私は冷えた茶を一口飲み、同じ行を二度読んだところで自分の疲れを認め、目頭を押さえてから末尾へ進んだ。そこには、私が昨夜まで一度も書いた覚えのない一文が、演説の頂点として堂々と加えられていた。
『宇宙という新たな環境へ適応した人類は、地球の重力に魂まで縛られた古い人類を導き、全人類を次の時代へ連れていかなければならない』
「この一文は削ろう。少なくとも、私の名前で読むことはできない」
「どの部分でしょう。『魂まで』が宗教的すぎますか。それなら『思想を縛られた』に直しますが、地球と宇宙の違いを曖昧にすると、なぜサイド3が自分で決めなければならないのか、初めて来た人間には伝わりません」
「問題は比喩ではない。君は一つの文章で人類を新旧へ分け、その上下まで決めた。新しい者が古い者を導くのなら、導かれる側が拒んだ時にはどうする。愚かな選択だと退けるのか、理解できない者として口を塞ぐのか、それとも新しい人類だと名乗る我々が、古い人類のために正しい未来を決めてやるのか」
「そこまでは書いていません。けれど、地球の政治家は今まさに、宇宙で暮らす私たちを未熟だと決めつけ、こちらのためだと言って税も輸送も代表権も握っています。上下を作ったのは彼らであって、こちらが現実を言葉にしたから生まれたわけではありません」
「その通りだ。だから我々は、上下そのものが誤りだと訴えなければならない。向きを逆にしただけの階段を作るためではないよ」
男は原稿を引き寄せなかった。声明を直した書記とは違い、彼は私の思想を長く学び、自分なりに理解した末にこの一文を書いたのであり、それを削ることは単なる広報上の修正ではなく、彼が信じてきた理由の一部を否定することになる。
その痛みを軽く扱えば、言葉の上で平等を説きながら、実際には指導者の理解だけを正解にすることになるだろう。
「先生は、人類が宇宙へ出ることで変わるとおっしゃった。遠くを感じ、互いを理解し、地球にいた頃の狭い境界を越える新しい人間が生まれると。それなら、先に変わった者が、まだ変わっていない者へ道を示すのは当然ではありませんか」
「私は方向を示したつもりだったが、君には階級の名を渡してしまったらしい。ニュータイプは、今日ここにいる誰かが胸へ付ける徽章ではないし、宇宙で生まれたというだけで取得できる資格でもない。地球に生まれた者が他者を深く理解することもあれば、同じコロニーの隣室に住む者を生涯憎む宇宙移民もいる。環境は人を変える可能性を開くが、出生地が完成を保証するわけではないよ」
「では、誰がニュータイプなのかは、どうやって分かるのです」
「分からないままでいい、と今は答えるしかない。誰かが測定し、認定し、名簿を作れるものにした途端、その名簿を管理する者が最初の特権階級になる。曖昧すぎて政治運動には使えないと言うなら、それはむしろ健全なことだ。人間の可能性は、支持者と敵を色分けするために考えた標語ではない」
「しかし、敵を示さない言葉は届きません。工場で十二時間働き、帰れば空気税の請求を気にする人間へ、制度の距離が問題だと百頁かけて説明するより、地球の支配が原因だと一言で伝えた方が、明日の署名は増えます」
「増えるだろう。そして一度、敵の顔によって集めた人々は、問題が複雑だと分かったあとも、次の敵の顔を求めるようになる。怒りに追いつくため理念を走らせれば、最後には怒りの方が指導者になる。私は地球の住民を敵にしたいのではない。生活を知らない場所に決定が集まり、その決定へ異議を唱える道が閉ざされている仕組みを変えたいんだ」
男はなおも何か言おうとしたが、結局、原稿の端へ目を落とした。私は彼の書いた一文を赤鉛筆で消し、その上に別の結びを書こうとして、手を止めた。今ここで私が美しい答えを一行置けば、彼はそれを覚え、次の集会で繰り返し、いつか別の誰かがさらに短く削る。
ならば必要なのは完成した標語ではなく、何を削ってはならないかを共有することだった。
「この原稿は一緒に直そう。『地球の人間』ではなく、『暮らしから遠い決定』を問題にする。『宇宙に生きる者が導く』ではなく、『宇宙に生きる者が自ら決め、その結果へ責任を負う』とする。ただし、聞き心地がよいだけで意味の薄い文章になったら、君が止めてくれ。私も疲れているからね」
「私が先生を止めていいのですか」
「私が間違った時に止められない組織で、人類の相互理解を説くつもりか。もっとも、印刷の締切が迫ってから長い反論を始めるのは控えてもらいたいが」
初めて男の口元が緩み、彼は私の向かいへ腰を下ろした。二人で文章を削り、足し、また削るうち、卓上の赤鉛筆は指一本分ほど短くなり、正午便へ載せる声明の校正刷りが戻ってくる頃には、演説の結びから新しい人類も古い人類も消えていた。
残ったのは、空気、水、教育、労働、そしてそれらを支える制度について、決定を受ける住民自身が声と責任を持つべきだという、最初の案より地味で、私たちが本来求めていたものに近い文章だった。