【チラ裏】ムルタ・アズラエルは刻の涙を見る 作:d_chan
港へ戻ると、朝に止まっていた二酸化炭素除去装置は保税扱いへ変更した第四倉庫へ移され、自治行政局の検査官が開封確認を進めていた。
後続の貨物列車も動き出していたが、予定より遅れて交替時間を越えた荷役班が残り、空になった線路の脇では、遅延費用を誰へ請求するかをめぐって別の議論が始まっている。
私が現れたことへ気づいた現場責任者は、ザビ代表のおかげで助かりましたと頭を下げたが、その言葉を受け取る気にはなれなかった。
「今日の私を褒めるのは構わんが、次も私が来るまで貨物を止めるつもりなら、それは褒め言葉ではなく、ここの手続きが人一人に依存しているという報告だ。倉庫の仮使用、費用負担、事後審査、通常手続きへ戻す期限をまとめ、同じ分類の不一致が起きた時には当直責任者が開始できるようにしなさい」
「しかし、当直責任者にそこまでの権限を与えれば、誤った判断で倉庫を使われる恐れがあります。今回も、代表が費用と罰金を負担するとおっしゃったから動かせたのであって、現場の者には同じ責任を負えません」
「責任を負えない者へ無制限の権限を渡せとは言っていない。対象は生命維持に関わる優先貨物へ限れ。仮置きの期限、報告先、事後審査の方法は、今日中に現場から案を出しなさい。私がしたことを誰にでも許すのではなく、貨物を動かすために本当に必要だった権限だけを手順へ移すんだ。臨時費用も個人へ負わせず、工業調整会と港湾管理側で基金を作ればいい」
「規則を作るための会議で、また貨物が止まりそうですね」
「それなら期限も付けよう。三日以内に草案、七日以内に試行し、その間に同じ問題が起きたら、今日の手続きを暫定利用する。決められないことへ時間をかけるなら、決めないままでいてよい時間も先に決めておけばいい」
現場責任者は頷き、近くの職員へ指示を出した。朝の私は倉庫代と罰金を自分の名で引き受けたから、止まっていた人間へ動けと言えたが、繰り返せば港は規則ではなく私の到着を待ち、やがて誰も判断へ異議を唱えなくなる。
手順が人命より遅い場合はある。
それでも必要な時だけ強い権限を使い、終われば元へ戻し、後から検査できる形へ残さなければ、責任を引き受ける者と、それを口実に力を集める者の違いは、本人の善意しかなくなる。
港の確認を終えた夕方、私は事務所からジオン・ズム・ダイクンへ通信をつないだ。
朝の貨物が動いたこと、アズラエル君と予定外の会食を持ったこと、企業連合への参加を検討してもらう代わりに示された条件を受け入れたことを報告すると、ダイクンは、こちらでも同じ条件を事業委員会へ提案したと答えた。話したのはそれだけであり、ムルタがギレンの名へ見せた反応も、息子の関心も伝えなかった。事実の形を持たないものまで同志へ報告すれば、自分の推測を相手にも背負わせることになる。
通信が終わり、暗くなった画面へ今日一日の報告を保存していると、隣の机で資料を整理していたギレンが、不意に顔を上げた。
「父上は、なぜダイクン氏を支えているのですか。あの人がいなくても、父上は今日の貨物を動かせましたし、工業調整会も企業連合の計画を作れます」
「ダイクン氏がサイド3へ来る前から、貨物は何度も止まっていたし、私も何度か動かした。だが住民の多くは、そのたびに地球から遠いのだから仕方がない、宇宙で暮らすなら我慢するしかないと考えていた。彼は、苦しみが自然現象ではなく人の決めた制度から生まれたのなら、別の決定で変えられると教えたんだ。私が貨物を動かすことと、人々が貨物は動かせるものだと知ることは、同じではない」
「人々に、変えられると信じさせることが必要なのですか」
「必要だ。工場と船を用意しても、それを自分たちの未来のために使えると信じる者がいなければ、古い命令を効率よく実行するだけの組織になる。反対に、信じるだけで設備が動くわけでもない。だから彼と私では、仕事が違う」
「ダイクン氏が間違った方向を示した場合にも、父上は支えるのですか」
「その時は止める。まず本人へ間違いだと言い、聞かなければ、聞くまで言う。支えるというのは、自分の判断を相手へ預けることではない。黙って従うだけなら、盟友ではなく、責任から逃げた部下だよ」
ギレンは、私の答えを文字へ残すべきか迷ったらしく、端末へ伸ばしかけた手を止めた。私は記録して構わないと伝え、ただし父親の発言だから正しいという注釈は付けるなと加えると、彼は「そのような無意味な注釈は付けません」と、わずかに不満そうな声で答えた。
その表情は、昼食の席でムルタと互いの矛盾を指摘する約束を結んだ時より、年齢相応に見えた。
「もう一つだけ質問があります。先ほどの会食で、父上がアズラエルさんへ置く信用は増えましたか」
「信用すると決めるには早い。だが、次に何を確かめればよいかは分かった。私は三日以内に正しい資料を送り、彼がそれをどう扱うかを見る。何でも引き受ける者より、何をしないかを明確にする者の方が、約束を確かめやすいからな」
「では、まだ金額はゼロです」
「そうだ。だが、悪くない最初の取引だろう」
その夜の工業調整会では、アズラエル側から示された条件を、企業連合の規則へどう落とし込むかが議題になった。
参加企業の一人は、地球側との交渉窓口をザビ家へ一本化し、技術、資金、輸送契約をまとめて管理すれば、公開会計も軍事転用の監視も容易になると提案した。効率だけを見れば合理的であり、窓口を握るザビ家へ大きな力が集まることも、彼は隠そうとしなかった。
「窓口が複数あれば、アズラエル側は条件のよい企業だけを選び、我々を競わせます。個別の事業者が直接契約すれば、情報も技術もばらばらに入り、統一規格を作れません。ザビ家が交渉を引き受け、企業連合を通じて配分する方が、サイド3全体の利益になります」
「交渉資料と規格は共有する。しかし、契約窓口は複数残し、労働者と技術者、自治行政局の代表を含む監督部門を別に置く。ザビ家を通さなければ空気も水も買えないサイド3を作り、それを地球からの自立と呼ぶつもりはない」
「ですが、誰かが統一しなければ、企業は自社の利益を優先します。責任の所在も曖昧になります」
「だから共通規格と公開された責任分担を作るのであって、すべての利益を一つの家へ集める理由にはならん。まとめるべきなのは輸送と規格だ。住民の首ではない」
別の役員からは、地球側の資本が撤退した時に備え、提供された設備と技術を企業連合の判断で引き継げる条項を入れるべきだという意見が出た。
私は、契約違反を前提に契約を求める相手はいないと退け、交換部品の現地生産、技術者の育成、三社以上から調達できる共通規格を、こちらの交渉条件として提案した。
信頼することと、自分の喉を預けることは違う。ムルタの資本を受け入れるとしても、彼がいなければ設備を維持できない状態では、対等な契約とは呼べなかった。
「民生用という条件については、どこまで厳密に扱いますか。建設機械も輸送船も、使い方によっては自衛へ転用できます。将来、連邦側が圧力を強めた場合まで、アズラエル家の許可を待つのですか」
「将来、自衛のために別の設備が必要になったなら、別の資金と帳簿を用意し、住民へ目的と費用を説明したうえで決めればよい。民生用という名で受け取った金を、分類だけ変えて別の目的へ流すことは認めない。抜け道を見つけた者は賢いと思うかもしれんが、その穴を一度通れば、一度の利益と引き換えに、アズラエルだけでなく、その経緯を知った次の出資者まで失う」
会議は日付が変わる前まで続き、決まったのは、ザビ家の独占窓口を作らないこと、民生投資の帳簿を他の事業から分離すること、調達と雇用の基準を公開すること、ムルタやアズラエル家の名を対外発表へ使う場合には本人側の書面許可を得ること、そして技術を一社へ依存させないことだった。
細部に異論のある者には三日以内に書面で出すよう求め、全員が納得するまで待つつもりはない、七日目には暫定案を私が決め、その責任も私が負うと告げた。決めないことで増える損失まで慎重さと呼ぶ気はなかったが、私が自分で決める期限を設定した瞬間、会議室に安堵した者と眉を寄せた者が同時に現れたことは見逃せなかった。金はまだ一ドルも届いていない。
それでも、条件を受け取っただけで、企業連合の形は当初案から変わり始めていた。
私は端末を閉じ、まだ帰る気配を見せない息子から港湾計画を取り上げた。抗議される前に、続きは明日の倉庫で確かめればよい、数字は一晩冷えても変わらないが、お前まで冷えて動かなくなれば予定が遅れると告げると、ギレンは昼と同じ注意を受けたことに気づき、今度は反論せず立ち上がった。
息子の賢さを褒める者なら、これからいくらでも現れるだろう。しかし、正しい答えへ早く着くことより、その答えの外へ数え残した人間がいないか確かめるよう教えられるのは、まだ父親である私だけだった。