【書籍化】3S探索者の叛逆無双譚 災厄前の世界に帰還した天才少年探索者は、最強魔法使いと共に剣と魔法で無双する(11月20日発売予定)旧名:3S探索者の代理人 作:かんだ★
秋人と薫は並んでぽっくりぽっくりと歩いていた。
東都新聞の用意したスタジオから家まで徒歩圏内だったのだ。こんなふうにのんびり秋人と歩くのも久しぶりで、薫は少し懐かしいような気持ちになった。
一緒に暮らし始めた頃はよくぶらぶら散歩に行ったりしてみたものだ。秋人の表情がどうやったら動くのか確認するために、色々なことをやったことを思い出した。
そういえば、秋人が甘いものが好きだと言うことに気がついたのも、散歩の時だった。オープンカーで売ってたアイスを買って食べた時に、やたらと可愛かったのを思い出してクスリと笑った。
「なに?」
秋人が不思議そうな顔をしたので、薫は「なんでもない」と誤魔化した。最近は薫も年頃の少年に対して言ってはならない言葉を学んでいるので「アイスを食べてる姿がリスみたいで可愛かった」などと思ったことは胸にしまえるようになった。
それでも、何やら薫がよからぬことを思っていることは伝わったのか、若干不審げな秋人を誤魔化すように薫は笑った。
「結構ぶっちゃけたな」
薫の言葉に秋人もふっと笑う。
「まあね。あれでもだいぶソフトにしてるけどね。あんまり楽しくないでしょ、そういう話」
と達観したように秋人が告げる。薫はさっきまでのご機嫌な様子を引っ込めて眉を寄せた。
「赤城と坂田は生きてたら絶対にぶちのめしたのに」
薫が拳を握りしめる。
「もう死んじゃったからね」
意外なことに秋人は赤城も坂田も恨んでいない。若干トラウマではあることは、先日赤城に化けたレオとかいう男の出現で分かったが、それだけだ。あの時は不覚をとったが、今度は絶対に大丈夫な自信があった。
「なんていうか、ぼんやりしてるんだ」
秋人は首を捻りながら言う。
「あの当時の記憶って割と曖昧で、あっという間だった気がする。赤城さんたちのことも人が話してるのを聞いて、あー、そういえばそんなこともあったなぁとか思い出す感じだし。それになんと言うか、こんなこと言ったら申し訳ないんだけど」
秋人は躊躇いながら
「なんか、こう…割とどうでもいい人たちっていう感じ。最近顔もなんかぼんやりしてきた」
「秋人はもしかしたら辛い記憶を忘れるようにしてるのかもしれないな」
薫が心配そうに呟く。カウンセラーに相談した方がいいのだろうか。
「辛いかなぁ」
「それは間違いないよ。誰だって意味なく蔑まれて殴られて蹴られるのは辛い。慣れた、平気だって思うのはそう思うわないとやっていけないからだ」
「そうなの?」
秋人が不思議そうに薫に尋ねる。
「まあ、世間一般ではそういうことになってる」
薫はふっと笑った。
「俺だって、実はもう佐代子の顔がぼんやりしてる」
「え!」
秋人が驚いて声を上げた。
「いや、たぶん思い出そうとしたらできるとは思うんだが。なんというか脳が拒む感じ」
「まだ結構引きずってるんだ」
秋人が心配そうな顔になった。
「うーん、引きずってるのかなぁ。なんか最近は腹立たしいに変わってきてるよ。まあ、結構蔑ろにされてたのも分かったし、聞いた話によると周囲の女性に対してマウントとって嫌味言ったり嫌がらせしたりしてたみたいだからな」
薫も最近麗美や楠本、さらにビルの店子たちに聞いて驚いたのだ。
「僕、前々からすっごく気になってたんだけどさ」
秋人は少し遠慮がちに薫に尋ねた。
「なんで、そんな人が好きだったの?薫のそばにならもっといい人いっぱいいたでしょ」
「耳が痛いな」
薫はぼやいて天を仰いだ。佐代子との事件以来彼女との関係を知っていた人から聞かれなかったことがない質問である。とうとう秋人にまで聞かれてしまった。
「出会った頃はもっと普通の女の子だったんだよ。入学式の日でさ、雨が降ってて、傘を貸そうかどうしようか俺は迷ってて、でも彼女の綺麗な桜色のスーツが濡れたら可哀想だなって思って」
思い切って声を掛けたのだ。彼女が自分を見てどんな反応をするのかと若干腰がひけていたのだが、彼女は笑って普通に話し出した。
思えば、あの日薫はおそらく佐代子に一目惚れというやつをしたのだ。遅い遅い初恋だった。
「まあ、俺もさあ、あんまり普通の男女関係ってそれまで築いてこなかったから、彼女の言うままにプレゼントとかして、貢ぐだけ貢いでたからなぁ。そういうので佐代子はたぶん俺には何をやってもいいって思っちゃったんだろうなぁ」
薫の思いは苦い。もしも、あの時もっとちゃんとお互いに向き合っていればこんな結果にはならなかっただろう。
「あの人今はどうしてるの?」
秋人の質問に薫は肩をすくめた。
「もちろん牢屋に入ってるよ」
「そっか、そうだよね」
「まあ、もう会うこともないだろう」
薫は初恋の苦い思い出を記憶の箪笥に押し込んだ。
今はもう薫には霧崎桜子という素敵な婚約者がいる。彼女は一方的に薫に求めてくることはない。当たり前のようにお互い対等な関係を築こうとしてくれている。それが薫には新鮮だ。
しかし、ふっと薫は秋人が気になった。
秋人も薫と変わらず尽くすタイプなのだ。美香は佐代子のような俗物ではないので、彼に無茶なおねだりなどはしないが、その分秋人の方の財布の紐がゆるゆるである。
「指輪、貰ってもらえてよかったな」
薫の突然の話の変換に秋人は少し驚いたが、おそらく貢ぐのどうのこうのから美香に繋がったのだろうと秋人は見当がついた。
「でも、マリッジリングはなしだって釘刺されちゃった」
しゅんと秋人が肩を落とす。
「それと、誕生日プレゼントは材料費はともかく、まるっと買うなら探索者で稼いだお金以外にしてねって言われた」
しっかり者の恋人にすっかり手綱を握られているようである。
「『神崎先生のお小遣いも禁止です』って先回りされた」
恨めしげに薫を見る。薫は、彼女の手回しのよさに感心した。思わず
「じゃあ、俺がお小遣いをあげよう」
と言うところだった。すっかり読まれている。
「うーん、工藤さんのお誕生日は何月?」
「十月」
もう二ヶ月しかない。
「それでね、薫、僕アルバイトしようかと思うんだ」
「どこで?」
「ここ」
秋人が指差した先には、彼が今いちばん気に入ってるケーキ屋『パティスリー・アルフレド』の入り口があった。
秋人「美香の誕生日っていつ?」
美香「10月の15日。プレゼントは要らないからね」
秋人「え!?なんで!?そんな…」
美香「そんな上目遣いしてもダメです」
秋人「美香の誕生日、すごく楽しみにしてたのに」
美香「ダメです」
秋人「・・・・ぐすん」
美香「ごく一般の高校生らしいものに限定します」
秋人「わかった!」
美香「(負けた)」