しばらくの沈黙の後、秋人ががっくりと項垂れているので、智輝は焦った。
「いや、まあ悪かったって。そりゃあ確かにあんな美人の保護者に聞かれたい話じゃないよな、うん。ごめんごめん」
あははと笑って誤魔化そうとするも、秋人は動かない。さらに焦る。
「いや、でもあれだけ美人なら相手が男でも一回くらいお手合わせ願いたいもんだわ」
「は?」
秋人の地を這うような声も、智輝も焦っているのか聞いてない。
「いや、俺も男相手はないなと思ってたけど、あれっくらいの美形なら突っ込まれるのは無理だけど、やる方ならいけると…」
「なんで?」
秋人が思わず聞き返す。
「いや、俺もそっちの気はないけど、あれだけ美人なら…」
「ちょっと待って!薫は男だよ?」
秋人の真剣な顔に、智輝も顔を顰める。
「そんなの分かってる」
「じゃあ、なんで、そんな…え?」
秋人の本気で焦っている顔に対して智輝も嫌な予感を覚えた。
「そりゃぁ、普通に男同士でもやろうと思えばできるから…だけど…え?何?知らないの?」
とそこから智輝が言い訳のように同性同士のやり方を簡単に説明すると、秋人がガックリと床に手を着いて身動きしなくなった。
すっと何かの空気が変わる。秋人が消音の魔法を使ったのだが、智輝には分からなかった。
「智輝は、薫が好きなの?」
「は?え?いや、違うし」
「好きじゃないのに、そういうことってできるの?」
「え、あの、ゴメン。できると思うけど、しないです。はい、すいません」
智輝もだんだんと秋人の状態に気が付いてきた。
これはやばい地雷を踏んでいる。
「君に質問があるんだけど…」
秋人の質問が怖くて智輝は涙目である。
「異性の相手に合意を取らずに性行為をすることは犯罪なのはあってる?」
「合ってます」
「同性の相手に合意を取らずに性行為をすることは犯罪?」
「犯罪です」
智輝は苦い顔である。秋人は俯いたままで続ける。
「10歳から15歳くらいの相手に大人がそういうことをするのは男女関係なく犯罪?」
「超犯罪」
秋人は床に座りなおした。
「僕、この前変な女の子にキスされたんだ」
「自慢かよ」
智輝がぼやく。
「いや、変な薬飲まされて、しばらく動けなかった」
「犯罪ですぅ!!」
智輝の返事に小さく頷く。
「その時、薫がすごく怒って『秋人のファーストキスを台無しにした』って叫んでたんだけど」
「神崎さんはロマンチストだな」
思わず智輝は感心する。今時の高校生が、ましてやこの顔の秋人がこの歳でファーストキスはないだろうと思った。
「あんまりにも薫が悲しそうだったから、僕は昔されたことがあるから初めてじゃないよって言いました」
「まあ、だよな」
うんうんと智輝は頷く。「された」って事は相手からかな、このヤローなどと呑気な考えは次の言葉で吹き飛んだ。
「初めては変なおばさんにされて怖くなったから逃げた。その時の僕の保護者にそれですごく怒られたって言っちゃったんだ」
「・・・・・・・・・」
「薫はどう思ったと思う?」
縋るような目の秋人に智輝は目を反らす。
「お、重たすぎる…」
思わず声が漏れた。
「率直な意見を聞かせてほしいんだけど、今の話を聞いて智輝はどう予測した?」
「え、それ言わないとだめ?」
智輝は及び腰だ。
「お願い」
「えっと、もしかしたら秋人は他にも男か女か分からないけど、大人にそういう事をされたことがあるんじゃないかと思いました」
「…だよね」
秋人はがっくりと肩を落とした。
薫のここ最近の葛藤の原因がようやく分かった。おそらく、あの優しい人は秋人に聞くに聞けずにずっと悩んでいたのだろう。
「ちなみに、されたことあるのか?」
智輝は真剣だった。その目は剣呑で、ひどく憤っていることが分かった。事と次第によっては容赦しないと苛烈な瞳が言ってる。彼のこういうところは木下組の組長の血筋である。
「…大丈夫、ないよ」
秋人の言葉に智輝はほっと息をつく。
「嘘じゃないな」
「うん。嘘じゃない」
秋人はこくりと頷き、智輝は大量の息を吐いた。
「お前、まじでやばい人生送ってたんだな」
智輝はしみじみと言った。
彼を前に自分が可哀相だなんてよく言えたもんだと思う。おまけに、彼は自分を可哀相だとは言わないと言っていたのだ。穴があったら入りたいというのはこういう気持ちなんだろう。
「うん。10歳の時に両親が亡くなってから、当時の僕の保護者は両親の遺産を横領して、そのあと僕を色々とこき使ってたわけ」
淡々と秋人が語る。智輝はげんなりした顔になった。
「その容姿でよくまあ無事に過ごせたな。幼児趣味の変態とかガキ専門のAVとかに売り飛ばされたりしても不思議じゃなかっただろう。」
智輝の言葉に秋人はうーんと唸った。
「僕、中学三年の夏くらいまでそんな調子だったから、ご飯もろくに食べてなくてチビでガリガリで、着る物も適当で、髪も伸びっぱなしで自分で切ってたし、風呂もあんまり入れなかったしで、たぶん智輝が想像しているような姿じゃなかったと思うよ」
「不幸中の幸いか」
「まあ、たぶんね」
薫は自分のことを運がすごく良いと自慢するが、秋人は自分の方がもっと運がいいと思っている。だって自分は薫に出会うことができたのだ。これ以上の幸運はないだろう。
「薫が僕を助けてくれたんだ。たくさん問題を解決してくれて、住むとこがなかった僕を一緒に住まわせてくれて、勉強も見てくれて。あの人は僕に何にでもなれる、どこへだって行けるって言ってくれた」
ぽつりと秋人が言う。
「僕にとって薫は何より大切な人なんだ、だから」
「え?」
「本気じゃなかったら、手を出すなよ。殺すよ」
凄みのある顔で言われて智輝は首の関節が外れるのではないかというくらい頷いた。
◆◆◆
夕飯はかなりの豪華メニューだった。
「薫、これは作りすぎの領域を超えてると思うよ」
テーブルに所せましと並んだ料理の数々を見て秋人は言う。
「え?そうかな?ちょっと張り切っちゃった」
よく見ると寝てないのだろう、薫のテンションは明らかにおかしい。秋人は智輝が帰ったらすぐに薫の心配していることは何もなかった件を伝えなければと思った。
「さあ、智輝君。遠慮せずに食べて」
にこやかに美人に促されて、智輝は上機嫌に席に着いた。料理は完璧で何を食べても美味しかった。こんなにおいしい手料理は生まれて初めて食べたと言い、薫と秋人を喜ばせた。
おもむろに智輝が言う。
「秋人、俺から忠告がある」
「何?」
美味しい料理の前で、とりあえず諸問題を後回しにしていた秋人は智輝を促した。
「お前の眼鏡巨乳先輩に、神崎さんと同じレベルの家事能力を求めると爆死するから気をつけろよ」
言った途端に秋人は智輝の足を蹴り上げた。
「いてえ!!」
智輝が叫ぶ。
「工藤先輩をそういう名前で呼ばないように」
「折れたらどうするんだよ、未来の甲子園のスターが大打撃だぞ!」
「知るか」
二人のやりとりを薫は楽しそうに笑って見守っていた。
今日の料理は秋人の『ろくでもない友達』が、薫の心配の半分を解決してくれた、そのわずかばかりのお礼だった。
そして薫は「秋人がプロ野球チームを買収する時は、俺も一口のせてもらおう」と誓ったのだった。
智輝「俺、母親が逃げたからこういう家庭の味って飯ほとんど食ったことないんだけど、ほんとマジ美味い。」
薫「いつもご飯はどうしてるんだい?お父さんが?」
智輝「まさか!東都ホテルの人気シェフが女で失敗したところスカウトしてうちで飯作ってます」
薫「それはそれは」
智輝「因みに、女はうちの組に借金のある女でした」
薫「シェフさんには厳しい社会勉強だったね」
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