ナデシコっぽい何か   作:夜叉五郎

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シンクロ

やることねーな。

家に籠もってダラダラ過ごす日々。

今日も今日とてゲーム三昧だ。

 

まぁ昔のゲームがオンラインで安く遊べる現在。

数だけは揃ってるので適当にチョイスしてプレイだ。

クソゲーなら、それはそれで暇つぶしにはなる。

 

今日はどれにしましょうかね。

機動戦艦ナデシコ?

アニメ原作のゲームか。

まあいいやこれにしよう。

 

キャラメイクか。

性別は男。

容姿は細々調整するのはめんどくさいのでデフォルトのままで次へ。

年齢は適当に22歳。

能力値も選べるのか。

無双プレイがしたいので全項目マックス。

スキルは特にチェックもせず取れるのは全部オン。

 

相性は良くわからん。

メーターの右端の0が連合宇宙軍で左端の100が木星陣営。

針のデフォルト位置は真ん中の50だ。

このメーター、右上に数値が表示されてて小数点9桁まで設定出来る。

やたら細かい。

 

キャラクターのバストショットと名前が記載されてるアイコンがメーター上に散らばってる。

針の置き場でシナリオとかキャラクターたちとの友好度の上がり幅が変わってくる感じか?

どっちにも転べるように真ん中のままにするか。

近くに色っぽい若い巨乳のねーちゃんのアイコンがあるな。

ハルカ・ミナト?

バリバリ胸元が開いており、お水系女子かと思うほど化粧やアクセサリーが派手だ。

深く考えずにそのアイコンにタップしたらアイコンが光り、メーターの左上にその座標の数字が表示された。

その状態で適当に針を移動させてみたら、光るアイコンに重なったタイミングでカチリと針がロックされる。

右上と左上の数値が全く同じになった。

アイコンをタップし直すとロックが外れて、また針が移動可能になる。

どうやらお気に入りのキャラとの相性や距離感を決めるシステムらしい。

 

原作知識は皆無で調べるのも面倒。

試しプレイだし、とりあえずこのままでいいや。

巨乳ねーちゃんのアイコンに針をぴったりロックさせたままで次の画面に進む。

 

原作開始日時の何年前からプレイするか聞いてきた。

これも適当に10年くらいにしとこうか。

 

次が最後らしい。

名前か。

どうすっかな。

 

さっきのキャラなんだっけ。

確かハルカ・ミナトだったか。

それのアナグラムでいいや。

 

んーと。

ナカトミ・ハル。

いい感じじゃん。

 

ほい、スタート。

ボタンを押した瞬間にバツンッと視界が真っ暗になる。

あれ?あれれれ?

 

 

 

 

 

はい、こちら火星です。

ログアウト出来ません。

よくあるデスゲームってやつだな。

 

今は2186年らしい。

機動戦艦だけあってSF世界だ。

10年前スタート設定にしてたはずだから、つまり原作開始は2196年ってこと?

自分は12歳のようだ。

 

どうやら自分、次の年度から地球の学校に通うらしい。

朝起きて火星の宇宙港に向かう。

 

「同じ便が取れなくてすまんな。父さんたちは明日の便で行くから」

 

「ハル、地球の港でトウジさんが待っててくれるから心配ないわよ」

 

この二人、実感は全くないが俺の両親だった。

二人ともネルガルという巨大企業の研究者で、火星から地球への栄転が決まっていた。

ちなみにトウジさんは俺の叔父、つまり父の弟だそうだ。

 

我がナカトミ一族は結構な資産家だった。

トウジさんは地球でマンションオーナーを営みながら、併設された喫茶店でマスターとして、悠々自適な生活を送っているとか。

父親曰く趣味の人とのこと。

 

何の趣味かは教えてくれなかった。

喫茶店で趣味人?

喫茶店っていうと豆とか茶葉にこだわってるのかしら。

いやカップやソーサー?

それとも内装?

 

まぁいいや。

両親に別れを告げて一人宇宙船に乗り込む。

 

「アキトー、アキトー、うわーーーん」

 

「これ、ユリカ静かにしなさい!」

 

前の席に座ってる女の子が窓に顔くっ付けて泣き喚いている。

やたらうるさい。

 

離陸。

テイクオフ。

さらば火星。

 

 

 

 

 

「ハル君。じゃあこの部屋を使ってくれるか」

 

叔父さんにマンションの一室に案内される。

 

「夕食や学校が休みの日の昼食は下の喫茶店で出す。遠慮無く店に来てくれ」

 

「了解です」

 

火星を飛び立ったあの日。

俺の乗った宇宙船が火星の重力圏から離脱したタイミングで、宇宙港でテロが発生。

俺の両親は呆気なく亡くなってしまった。

自分の視点からすると会って数日の赤の他人だ。

落ち込む理由は無いのだが、まぁ凹むよね。

 

両親の資産はかなりの額で、更に二人とも生命保険にも入っていた。

おそらく一生食うに困らないであろうキャッシュが手元に残された。

ただ俺はこの世界ではまだ未成年だ。

叔父のトウジさんが俺の身元引き受け人と管財人になる。

俺の資産目当てに一族内で暗闘があったらしいのだが、トウジさんが頑として譲らなかったらしい。

 

トウジさん所有のマンション。

その最上階の自宅で一緒に住むことをトウジさんから提案される。

だが断った。

 

まだ独身のトウジさんには、彼の生活がある。

結構いろいろと女性を連れ込んでそうなので、その邪魔はしたくない。

妥協案でマンションの空いている一室を借りてそこに入居することなる。

 

早速マンション一階に併設されてる喫茶店に行ってみた。

 

「「おかえりなさいませ!ご主人様」」

 

げ、メイド喫茶かよ。

 

 

 

 

 

2186年にもなってメイド喫茶もないと思うが・・・。

 

「廃れて久しいメイド喫茶の文化を守り、後世に伝えることこそが私の使命なのだよ!!」

 

「きゃーカッコいいーオーナー!」

 

「一生ついていきますー」

 

叔父さんに熱く語られる。

メイドは近くの大学や女子大のコスプレ好きな学生を雇ってるとのこと。

中身はともかくメイドの衣装は金かかってそう。

 

道楽だわ。

しかしやたら高級な内装に比べ、マイクロミニなフレンチメイドは合っていないのでは?

 

「昼はヴィクトリアンメイド、夜はフレンチメイドの二毛作だよ。重厚さと浅薄さ。両方大事なメイド喫茶文化なのだから!」

 

「で、オーナーこの綺麗な子、どなたです」

 

「きゃー、かわいいー」

 

「うむ、甥のハルだ。今日からこのマンションで暮らすことになった。夕食を用意してくれ」

 

「じゃあ、おぼっちゃまですねー」

 

「えへへ、ぼく、コスプレしてみない?」

 

おぼっちゃまはやめてくれ。

コスプレは見る分にはいいけど、自分がやるなんて想像も出来んわ。

 

だけど。

この喫店、客いないな。

 

 

 

 

 

「まずいですね。このオムライス」

 

「うむ。それもまたメイド喫茶というものだ」

 

「ふざけないで頂きたい。それに何ですかこの値段設定。はっきり言って高すぎでしょう」

 

「うむ。それもまたメイド喫茶という・・・」

 

話にならないな。

服飾好きコスプレ好きな女子ばかりをバイトに雇い、肝心の調理もそのバイトらに任せてるので素人料理の域を出てない。

茶葉やスィーツは有名どころから取り寄せてあるみたいでマトモだが、肝心の値段は気軽に喫茶出来る範囲に収まってない。

これではこのマンションの住民自身でさえも使いづらいだろう。

ほんとにただの道楽だわこの店。

 

「ちょっと調理場借りますね」

 

有無を言わさず調理場に入って手を洗浄。

エプロンを借りる。

冷蔵庫の中身をチェックしてオムライスを作り直す。

 

「ハル君, 君は料理が出来るのかね」

 

「はい、まあそこそこには」

 

自分のステータスは確認出来ないが、スキルは全部マックスにしてたので調理技能も当然三つ星級だ。

手早く完璧なオムライスを作り上げる。

 

「「「こ、これは!?」」」

 

「あげませんよ。自分の夕食ですから」

 

「「「ひ、一口だけでも!」」」

 

「はぁー。もう仕方ないですね」

 

叔父さんとメイドたちがあまりにしつこいので譲ることにする。

調理場に戻ってもう一皿作り始める。

 

「「「う、うまいぞーーーーー!!」」」

 

あー、うっさい。

 

なにこれ。

中学生料理人が主人公の少年漫画ルートに入った?

次々と現れるライバルを味バトルでなぎ倒していくやつ。

 

 

 

 

叔父たちに懇願されたこともあり、学校が終わってからメイド喫茶の調理を手伝うようになる。

まぁそんなに客は来ないし、賄いで自分の夕飯を作るついでである。

 

学校の中坊連中と連むのも今更キツいし、部活に入るつもりもなかった。

この体、オーバースペック過ぎて、何やっても目立ってしまうのだ。

スポーツとか、チートを使って一番になっても、ただただ虚しいだけだ。

 

あとこれは予想外だったが、俺の容姿はかなりの美形に認識されてしまっている。

性別だけ選択して、あとは全てデフォルトから弄ってなかったのがいけなかった。

以前に「人の顔の平均値を取ると美人になる」とチラッと聞いたことがあったが、図らずも自分の体で実証してしまう。

あまりにもバイトのメイドたちにチヤホヤされ、そこで得た危機感から変装して学校に通うようにしている。

これもスポーツと同じだが、チートな外見だけでモテててもウザったいだけ。

牛乳瓶の底みたいな伊達メガネと七三分けの髪で、わざと猫背になって通学してる。

 

この時期の俺は、自分のチートなスキルや能力で軽々出来てしまうため、あらゆる事柄への興味を失っていた。

その代わりに、自分の体一つでは決して出来ない仕事に興味が向く。

それが機械工学である。

 

取れるスキルをマックスにしている為か、俺の右手にはイメージフィードバックシステム通称IFSの紋章があった。

開拓を仕事の主とする火星在住者はほぼ全員がこのナノマシン処理を施しており、IFSを通せば重機などの操縦が容易に可能となる。

火星から送られて来た両親の遺品を整理していたら、彼らはネルガルでロボット兵器の開発に勤しんでいたことがわかった。

IFSを介した高度な兵器のコントロールが彼らの研究テーマだったようだ。

 

確かこのゲーム世界のタイトルは機動戦艦ナデシコ。

SFアニメだ。

当然ロボットも出てくるだろう。

まだ基礎研究の段階らしいが、操縦してみたい。

むしろその開発に携わりたい。

 

昼間は目立たぬよう中学に通って寝て過ごし、帰ってはメイド喫茶でコックの真似事。

朝方まで工学系書籍を読み明かす生活を継続する。

そして三年後に俺は、ネルガルと協同研究を進めている大学にストレートでの進学が可能な、オオイソシティの有名工科への進学を果たしていた。

 

 

 

 

 

この学校。

メガコングラマリットのネルガルが出資しているだけあって、規模が大きく施設も充実している。

大学に併設されており、大学側の施設も一部使用可能なのも嬉しい。

その分だけ学費も張るが、特待制度や奨学金制度もしっかり用意されているとのこと。

普通科から商科、農科、そして俺の通う工科、それにスポーツ科まである。

 

まあいろいろな学生が集まるわけで、青春の坩堝であった。

季節はもう青葉の頃。

もうすぐ夏だ。

 

「次のコマ、休講だってよ」

 

「じゃあプール見に行こうぜ!スポーツ科の連中、ちょうど水泳の授業らしいぞ」

 

「俺らと同じ一年で、やたら可愛い娘いるらしいな」

 

「知ってる。確か名前ってハルカちゃんだっけ」

 

「水泳部の特待生だけど胸かなりあるってな」

 

クラスメイトたちがバカ話をしてる。

そうか休講か。

その次のコマも取って無かったし、図書館でゆっくり出来そうだ。

 

「おい、お前も行かねぇか?」

 

「いや、やめとくよ」

 

つれなく返事をしてさっさと退散だ。

 

俺の体は今まさに成長期の真っ只中で、有り余るエネルギーの処理に困っていた。

初期設定で全ステータスをマックスにした弊害か、身体能力だけでなく本能的な衝動や感受性も人一倍強い。毎日、自分の中の理性を保つので精一杯だった。

 

今朝だって、メイド喫茶のバイトのお姉さんたちに翻弄される妙にリアルな夢を見てしまい、朝から自己嫌悪に陥っていた。

うちの店のメイドたちは魅力的な人ばかりだし、距離感も近い。毎回の誘惑(からかい?)を理性でスルーするのも、日に日に限界が近づいている気がする。

 

ちなみに叔父さんのメイド喫茶。

料理のオペレートをメイドたちに仕込んで、料金の見直しを行ったことで、この三年間で結構経営が改善されている。

昼間は女性向け、夜間は男性向けでそこそこ人も入るようになっていた。

その結果バイトたちの容姿のグレードも年々上がっており、健全な男子高校生として精神の平穏を保つのも一苦労だ。

 

話が逸れたが、要するに自身の理性のコントロールがいつ効かなくなるか分からない状態なのだ。だから俺は、学校では極力女子生徒と関わらないようにしていた。

幸い工科には心揺さぶられる女子が少なくて助かっている。スポーツ科のきらきらした女子たちなんかと直面したら、目のやり場に困って心臓が破裂しかねない。

 

逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

 

図書館。

二十三世紀ももう少しというこの2190年現在。

全ての書籍はデータ化されており、文字通りARでどこでも読める。

その為、この時代の図書館の存在は、ある意味では骨董品置き場と類義語であった。

紙の本が残されているなんて、本当に貴重である。

 

俺がいた時代から、この二十二世紀末までの機械工学の発展の一連のチェーン。

その鎖の輪の一部は、紙の蔵書にしか残されていないことも多い。

最新の技術動向はもちろん面白いが、基礎部分の積み上げ方を体系立てて学ぶのはとてもためになった。

週に一回メイド喫茶が休みの日とかは必ず立ち寄るようにしている。

人はおらず、カビ臭い部屋の中で本を読み漁るのは、なによりも幸福な時間であった。

 

時を忘れて本を読み漁り、気がついたら日もだいぶ落ちてきている。

そろそろ帰宅しようと本を戻す為に書架の奥に赴いたら、誰かが書架に連れ立って入ってきた。

 

「センセ、ここなら誰もいないよ。カメラも死角になってるの」

 

「全くしょうがないな」

 

女生徒と若い男の先生のようだ。

 

「もう、もっとぎゅーってしてよー」

 

「こ、こうかな」

 

イチャイチャしてる。

ムカつく。

 

この角度からは女生徒は後ろ姿しか見えないが、男の方はバッチリ見えた。

三十になるかならないかくらいの、体格の良い爽やか系イケメンだ。

確か体育の先生で水泳部の顧問じゃなかったか。

 

何で一介の体育教師のことなどを覚えていたか。

その先生、数年前の水泳の世界大会のメダリストだった。

引退後にスポンサーのネルガルの斡旋でここの教員職に就いている。

 

手元の端末で録画開始。

 

「ね、センセ。夏休みの合宿先の近くに別荘があるってホントですか」

 

「誰から聞いたんだよ、そんな事」

 

「先輩方が噂してましたよ。連れてって欲しいなー」

 

「仕方ないなー。合宿が終わったらな。みんなにはナイショだぞ」

 

「嬉しい!ん、ちゅ」

 

亜麻色の髪をした女生徒が背伸びし、水泳教師とピタリと抱き合ってキスしてる。

 

その光景だけでもこちらは悶々としてきてしまう。

心の安静と明日以降のこの書架の静けさを守る為に、録画した動画をそのまま匿名で学校の事務局に送付する。

 

何をやってるんだろうか俺は。

こんなことなら前の学校でチート全開にして適当に青春を謳歌しておきゃよかったな、と今更ながらに後悔だ。

 

 

 

 

 

その数日後。

メイド喫茶が定休日の火曜日。

放課後にいつものように図書館の書架で一人本を漁っていると、書架の扉が乱暴に開けられた。

バタバタとこれまた乱暴な足取りで一人の女生徒入室してきて、書架内を探索し始める。

当然すぐに見つかってしまう。

 

「あなたね!あの動画を撮ったの!」

 

泣き腫らした目をしている亜麻色のセミロングの女生徒。

水泳教師と緊密な関係にあった女子のようだ。

背は160cm台半ばくらいで、特筆すべきは抜群のスタイルだ。

目を引く美しさがある。

 

「どうしてくれるのよ!先生は謹慎になっちゃうし、私は停学よ!ひどいじゃない!」

 

戸惑っていると一方的に詰ってくる。

整った顔立ちだし、良い匂いだ。

もろ好み。

 

見惚れてたらキッと睨まれて、いきなり平手打ちが飛んできた。

回避は余裕だったが、喰らっておいた方がマウント取れそうなので甘んじて受ける。

 

パーンッ

 

衝撃で眼鏡が飛ぶ。

が、それどころではなかった。

打たれた瞬間、脳内にバチバチと火花が散るような強烈な衝撃が走った。

痛みとは全く違う、甘美で頭が痺れるような不思議な感覚が全身を駆け巡る。

 

「うぇ!?」

 

激しく戸惑う。

思わず変な声が出た。

 

「きゃっ!?」

 

女生徒の方も同じらしい。

ビックリして手を引っ込めてる。

 

「何だこれ」

 

「何、何なの?」

 

打たれた頬に手を当てる俺。

打った手をもう一方の手で抑えてる女生徒。

 

そのまま二人で、しばらく見つめ合う。

 

「・・・すまん。もう一回叩いてくれるか?」

 

「ふ、ふざけないで!?」

 

パンッ

 

またしても全身に走る、激しい電撃のような熱い高揚感。

 

「も、もう一回!」

 

「ああんっ、何なのよもう!」

 

パチーン。

 

暫く書架にビンタの音が鳴り響き続けた。

 

 

 

 

 

何度も頬を重ねるうちに、怒りよりもその不思議な高揚感に当てられたのだろう。

彼女の頬は真っ赤に染まり、大きな瞳を潤ませて呼吸を荒くしている。

俺の心臓もかつてない早さで脈打ち、全身の血が沸騰しそうなほどの熱気に包まれていた。

 

息が上がってる彼女に問う。

 

「・・・えーと、まず名前から聞こうか」

 

「はぁはぁ、ハルカ・ミナト、だけど」

 

何処かで聞いた名前だ。

って開始時に見たアイコンか!

 

この娘があのハルカ・ミナト?

アイコンに比べて大分若いし、遊んでる感も無い。

化粧も地味でスレてない。

今が原作の6年前に当たるなら、それも道理だろう。

 

「君が。そうか。ハルカ・ミナトか」

 

「人の名前を聞く前に、名乗るのが礼儀じゃない。あなたは誰よ」

 

「俺はナカトミ・ハル。工科生だ」

 

この俺の名前も彼女の名前のアナグラムだ。

水泳、美人、プロポーション。

キーワードが繋がる。

クラスメイトの間で噂になってたのも彼女か。

 

あ、そうか。

ゲーム開始時に相性の入力。

数値を彼女とピッタリ一緒にしてたよな。

接触時のこの異常な反応は、その相性値の影響か。

 

「すまん。ちょっと確かめさせてほしい。抱きしめるぞ」

 

「え、え、何?ヤダッ、ダメッ」

 

誰も来ない書架。

止める者は誰もいない。

ただ彼女も怯えているように見えて実際は期待している。

それがわかる。

小声で拒絶の声を発するも、単なる照れ隠しに過ぎなかった。

 

頭一つ低い彼女の体をすっぽりと抱き寄せる。

 

「おおう、凄いっ、くぅーーーーっ!」

 

「いやぁ、はぁあああーーーーーん!」

 

体の芯が激しく震える。まさに“共振”だ。

 

触れ合えば触れ合うほど、甘く強烈な波動が互いの体を駆け巡り、意識が溶けていく。気がついたときには、俺は彼女の細い腰を強く引き寄せ、彼女もまたすがるように俺の背中に手を回していた。

首元に彼女の華のような顔とその唇が近づく。

 

「「はぁはぁ」」

 

体の表面を触れ合わせるだけでこれだけの衝撃だ。粘膜同士の接触だとどうなるのか。

本能的に彼女の唇を求めてしまう。

ハルカ・ミナトも拒絶せず、顎を上げてその魅力的な唇を広げていた。

自然とキスを求めあう俺たち。

 

ちゅぷ。

 

「「んんんんんっ!?」」

 

互いの唇が触れ合った瞬間、世界がひっくり返った。

 

濃厚で情熱的なキス。

体を震わせながら、時を忘れて相手の温もりをむさぼり合う。

 

気がついたら閉館を告げるチャイムが鳴っていた。

都合一時間くらい無我夢中でキスしてたことになる。

 

凄まじい熱量に当てられた俺たちは、まるでマラソンでも走ったかのように肩で息をし、体温は上がりきっていた。ハルカはすっかり腰が抜けてしまい、足元がおぼつかない様子で震えている。

 

「ぷはぁ。閉館の時間だ。人が来る前に外に出よう」

 

「んちゅ、えっ!?もう、そんな時間なの?アンッ」

 

彼女の方が同調のレジスト値が低く、その分だけ受ける影響も大きかったらしい。完全に腰が抜けてしまっている。

 

「ダメっ、立てない」

 

肩を貸す。

それだけでもあの甘い波動が絶えず体に響き渡る。気を抜けば、またお互いを求めて抱きしめ合いそうになる。

互いに互いの気持ちがダイレクトに伝わってしまい、こらえるのがつらい。

 

ヨタヨタとした足取りの彼女を支えて書架から離れる。

これだと時間が掛かってしまい、誰かに見つかるな。お互い乱れた衣服や赤くなった顔は見られたくない。

彼女を放置していくわけにもいかないし、体力のある俺が何とかしないと。

 

「ちょっとごめん。よっと」

 

「きゃっ」

 

彼女のしなやかな脚を抱き上げ、お姫様抱っこだ。

50kg前後あるが、能力マックスの俺には羽毛のように軽い。

落ち着いて話せる場所を探して移動する。

 

「もう、下ろしてよっ」

 

「ダメだ。まともに歩けないだろ」

 

「・・・」

 

「替えの着替えとかないのか?」

 

「水泳部の部室にあるけど、行けるわけないじゃない」

 

「ああ、顧問教師を謹慎させたんだもんな」

 

「あなたのせいでしょ!もう最悪っ。このままじゃ私、退学一直線なんだからねっ」

 

罵られつつもピッタリと縋り付かれており、本心では頼りにされているのが明らかだ。

俺の方も着替えなどない。

結局、人目が付かないようにキャンパスの外に出て、無人タクシーを呼んで彼女のアパートに向かうことになった。

 

 

 

無人タクシーで移動中、どちらが言い出したわけでもなく、手は握り合ったままとなる。

それだけで心地よい波動が互いの体を伝わり、俺も彼女もこの安らぎに満ちた感覚を離したくなかった。

側から見ると完全に恋人同士であり、彼女の頬は赤く染まっている。

 

道すがら、彼女の置かれた複雑な事情を聞かされた。

 

「私、水泳の特待生で入学してるの。でももう水泳部には在籍出来ない。夏休み明けには普通科に転科しろですって。当然奨学金も取り消し」

 

「両親はなんて?」

 

「私、両親とは縁が切れてるんだ。お兄ちゃんが学費とか全部出してくれてて。その仕送りと奨学金で何とかなってたんだけど、それもご破算。これ以上はお兄ちゃんに迷惑掛けられないし」

 

「だから退学か。何でまた学園の看板教師、それも部活の顧問なんてそんなリスキーな男に手を出したんだ?」

 

「しょうがないじゃない。一目惚れしちゃったんだもの。それに、婚約者がいるなんて聞いてなかった」

 

ああ、恋は盲目と言うが、まだ若いし騙された口か。

相手の男は同僚の女教師と婚約中だったらしく、その女教師が学長の親族だったせいで騒ぎが余計に大きくなっていた。

 

 

 

 

 

偶然だがハルカ・ミナトのアパートは、俺の住むマンションのすぐ裏手にあった。

俺の部屋からよく見える位置にある。

この開発された近代的な区画の中で、よく残っているなと感心するほどの、どこかノスタルジックなアパートだった。

 

無人タクシーのシートで、俺たちは並んで座り、どちらからともなく手を繋いだままだった。

繋いだ手のひらから伝わってくるのは、じっとりとした熱と、互いの脈拍がシンクロしていく妙な感覚。

手を握り合っているだけで、皮膚の表面から微弱な電流が流れて脳を直接刺激されているかのような、そんな心地よい錯覚すら覚える。

 

正直に言えば、俺も彼女も、すでに次の展開を期待してしまっていた。

あの図書館でのキスの衝撃が、あまりにも強すぎたのだ。

ただ唇を重ねただけで、全身の神経系が一瞬でショートしかけるほどの、とんでもない電気信号が駆け巡ったのだ。だとしたら、その先にあるはずの――肉体同士の完全な結合はどうなってしまうのか。

もっと凄まじくて、もっと抗えない領域が待ち受けている。

それは容易に想像がついたし、想像するだけで、互いの下腹部がジリジリと熱くなっていくのが分かった。

拒む理由など、最初からどこにもなかった。

 

タクシーがマンションの前に滑り込む。

窓の外のボロアパートと、自分の住む高層マンションを交互に見つめ、俺は隣のミナトに向き直った。

 

「うち、寄ってくか?」

 

「え……?」

 

ハルカ・ミナトが驚いたように顔を上げる。

だが、その瞳には拒絶の色など微塵もなかった。ただ、ずっと予感していた瞬間が訪れたことに、気恥ずかしそうに視線を彷徨わせているだけだ。

 

「すぐそこだし。それに、シャワーでも浴びて、落ち着いた方がいいだろ」

 

「……」

 

彼女はしばらくもじもじと自分の足元を見つめていたが、やがて小さく、コクンと頷いた。

 

俺の部屋は、トウジさんの住むの最上階のすぐ下の10階。

中に入ると、彼女は緊張した様子で玄関に立ち尽くしていたが、広々とした室内を見渡してぽつりと言った。

 

「……ずいぶんいい部屋じゃない」

 

「叔父さんがここのマンションのオーナーなんだ。その関係で、この部屋を使わせてもらってる」

 

「へぇ、そうなんだ……」

 

「先にシャワー使えよ。適当に俺のTシャツでも置いておくから」

 

「……ありがと」

 

借りてきた猫のように大人しく、彼女は脱衣所へと消えていった。

 

しばらくして、シャワーの音が止まる。

ガラリと扉が開き、俺のオーバーサイズのTシャツ一枚を身にまとった彼女が現れた。

裾から伸びる引き締まった脚と、濡れて少し束になった亜麻色の髪。

さっきまでの制服姿とはがらりと雰囲気が変わり、彼女の姿はとてつもなく眩しく見えた。

 

「……交代だ。ちょっと浴びてくる」

 

「うん」

 

俺も素早くシャワーを浴び、熱くなった体を冷ましてリビングに戻る。

ハルカ・ミナトはベッドの端にちょこんと座り、膝を抱えていた。

目が合う。

それだけで、あの図書館での「共振」が再び始まろうとしているのが分かった。

 

俺はゆっくりと彼女の隣に腰を下ろす。

触れた肩から、甘く痺れるような熱が波紋のように広がっていく。

 

「ハル……」

 

「ミナト」

 

どちらからともなく、引き寄せられるように腕を回した。

 

そこからは、驚くほど自然だった。

あの開始時に設定した、小数点9桁までロックされた相性メーター。

あれは伊達じゃなかったらしい。

彼女の肌に触れるたび、俺たちの細胞の一つ一つが完璧な周波数で同調していくのが解る。

互いの精神と肉体が呼び合う、同調(シンクロ)の極限とも言える、完璧な肉体的融和。

唇を重ねると、まるで神経系が一本の回路で繋がったかのような、脳を直接揺さぶる快感が全身を支配した。

痛烈なほどに甘く、ロマンティックな調和。

お互いの鼓動が、呼吸が、完全に一つに溶けていく。

快感の渦の中で、俺たちはただお互いを求め、止めどなく深くへと溺れていった。

 

……。

 

静まり返った部屋。

ミナトは俺の腕の中にすっぽりと収まり、規則正しい寝息を立てていた。

いや、起きてるな。まつ毛が小さく震えている。

 

「……なぁ。その……初めて、だったんだな」

 

俺の腕の中で、彼女がびくっと肩を揺らした。

 

「……いじわる。今更そんなこと聞くなんて、デリカシーなさすぎ。不満だった?」

 

少し拗ねたように、彼女はぽかぽかと俺の胸を叩いた。

 

「まさか。最高だったよ。ただ、あの体育教師とあんなに密着してたから、てっきりもう経験済みなんだとばかり思い込んでたんだ」

 

「バカ。あんなの、ただ背伸びしてただけだし。……まぁ、ハルが邪魔しなければ、本当にどうなってたか分かんないけどね」

 

「俺が?」

 

「そうだよ! 水泳部の夏合宿のあとにね、コーチの別荘で……って、計画してたんだから。初めては、あの先生にするんだって決めてたのに。でも、あんたが送ったあの告発動画のせいで、全部めちゃくちゃになったんだからね!」

 

ぷう、と頬を膨らせて少し恨めしそうに俺を見つめる。

なるほど, あのタイミングだったのか。

 

「そりゃ……なんか悪かったな」

 

「……でも、もういいや。どうでもよくなっちゃった、そんなこと」

 

ミナトはふっと力を抜いて、俺の首筋に腕を回した。

 

本当に、今となってはどうでもいいことだった。

たった一回、こうして深く繋がっただけで、俺たちは確信してしまった。

俺たちの身体は、脳や神経の領域まで含めて、あまりにも完璧に適合しすぎている。

この世の快感の極限、相性の究極点を、俺たちは味わってしまったのだ。

もうこの先、これ以上のものは世界のどこを探しても存在しない。

俺も、彼女も、もう一生、お互い以外の相手と繋がって満足することなど不可能なのだ。

最高の伴侶に、こんな人生の極初期に出会ってしまった。

それはあまりにも至上の幸福であり、と同時に、他への興味を一切奪い去るという意味で、恐ろしいほどの絶望でもあった。

だが、その事実に俺たちは不思議と満ち足りた気分でいた。

 

「……まぁ、そういうわけだからさ。責任は取るよ」

 

「責任……? どういうこと?」

 

ミナトが首を傾げる。

 

「ミナト、奨学金が取り消されて退学の危機なんだろ?」

 

「うん……お兄ちゃんにこれ以上迷惑かけられないし」

 

「このマンションの一階、うちの叔父が経営してるメイド喫茶なんだ。そこで働きなよ」

 

「あそこのお店、知ってるけど……まさか、私がメイド服を着るの?」

 

「そう。俺がメニューのテコ入れをしてから、そこそこ繁盛してる。バイトの容姿のレベルも高いから、ミナトなら即戦力だ。俺の口添えがあれば時給も融通してもらえるし、失った奨学金分くらいなら軽く稼げる」

 

ミナトはパチパチと瞬きをして、しばらく考え込んでいたが、やがて呆れたように、でも嬉そうに小さく吹き出した。

 

「ふふ、何それ。……でも、ハルの近くにいられるなら、悪くないかもね」

 

「決定だな。明日、叔父さんに紹介するよ」

 

「うん。よろしくね、ハル」

 

そう言って、ミナトはもう一度、俺の唇にそっと自分の唇を重ねてきた。

あの激しい共鳴とは違う、ひどく優しくて甘い、約束のような口づけだった。

 

 

 

 




思いついたのでさらっと書いてみた。
続きはまだない。
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