リアンがワートリ世界に行ったらってだけ   作:teoto1303

3 / 3
会話の間の描写を増やしてみたらすごい文字数増えちゃった
追記:一話 二話加筆しました。話の内容は変わってません


3話

ai3

 

3

 

夕食の席に着いてしばらく経った頃、小南がカレーを口へ運ぶ手を止めた。

 

何かを尋ねたそうにこちらを見ていたが、すぐには口を開かない。視線だけが私の顔と皿の間を何度か往復した後、ようやく意を決したように身を乗り出してきた

 

「そういえば、聞いていいか分からなかったから今聞くんだけど、その仮面って何なの? リアンさん」

 

小南はスプーンを握っていない方の手を持ち上げ、私の顔の半分を覆った白い仮面を指差す。

 

会ってからずっと気になっていたのだろう。質問を口にした今も、その目は仮面へ釘付けになっている。

 

「そうだな……私には娘がいるんだが。その娘との思い出といったところだろうか」

 

簡潔にそう答える

 

正確に説明しようとすれば、あまりにも長くなる。何より、食事の席で語るような内容でもない

 

小南は数秒ほど黙り込んだ。私の答えと目の前の仮面がうまく結びつかなかったらしく、眉を寄せながら首を傾げている

 

だが、深く追及することはしなかった

 

代わりに、今度は実用面の方が気になったらしい

 

「すっっっごい不便そうに見えるけど、外さないの?」

 

片目を手で覆い、私の視界を再現するような仕草をしながら尋ねてくる

 

「外すことはないだろうな。私がこれを外す時は、余程のことが起きたときだろう」

 

そう答え、仮面の縁を指先で軽くなぞる。

 

仮面を外すということは、あの傷を露わにするということだ

 

普通の人間にはあまりにも刺激が強いことを自覚しているし、見せびらかしたいものでもない

 

それに、もはやこれは傷を隠すだけの道具でもなかった

 

私が捨てたものと、捨てきれなかったもの。その両方を忘れないための戒めに近い

 

「はい、リアンさんの分です」

 

思考を遮るように、京介が湯気の立つ皿を私の前へ置いた

 

香辛料の匂いが鼻をくすぐる。皿の上には茶色いソースと白い米が盛られ、簡素ながらも食欲をそそる見た目をしていた

 

京介は自分の席へ戻ろうとして、ふと何かを思い出したように足を止める

 

「そういえば、聞いてなかったので聞くんですけど、リアンさんの元いた世界ってどんなとこなんですか?」

 

その言葉を聞いた瞬間、小南の肩が大きく跳ねた

 

手にしていたスプーンを皿の上へ落としそうになりながら、勢いよくこちらを振り向く

 

「えぇ〜! リアンさんって近界民なの⁈」

 

先ほどまで仮面に向けられていた興味が、一瞬にして別のものへ切り替わる

 

反応が忙しいやつだ

 

「ここでの近界民の定義を聞く限りでは、そうだろう。だが、私はこの玄界という存在を前の世界で聞いたことはなかった。故に、近界から来たという保証もできない」

 

口にしながら、京介の用意したカレーを一口食べる

 

舌に触れた瞬間、ほどよい辛味と甘味が広がった。素朴な味だが、悪くない

 

「じゃあ、どうやってきたのよ?」

 

小南はすっかり食事の手を止め、こちらの返答を待っている

 

「分からない。気づけばここにいた」

 

肩をわずかにすくめて答える

 

隠しているわけでも、はぐらかしているわけでもない。これが事実なのだから、自分のことながら本当に困ったものだ

 

もっとも、死んだはずの人間が別の世界で目を覚ましたなどと正直に話したところで、余計に説明が難しくなるだけだろう

 

「はえ〜、なんか大変そうね」

 

小南は一応納得したのか、再びカレーを口へ運ぶ

 

しかし、すぐに次の疑問が浮かんだらしく、頬を動かしながら再びこちらを見た

 

「じゃあ、リアンさんが元いた場所はどんなとこだったの? 流石にそのくらい覚えてるでしょ?」

 

もっと事情を聞かれるか、あるいは警戒されるものだと思っていた

 

予想していた反応とは違い、少し戸惑う

 

だが、それを表情には出さず、スプーンを皿の端へ置いた

 

「私がいた場所は、外郭という壁に囲まれた都市と呼ばれている場所だった」

 

「都市……ですか?」

 

京介がわずかに眉を寄せる。

 

言葉そのものには聞き覚えがあるものの、私の語り方に違和感を覚えたらしい

 

「ああ。そして『頭』と呼ばれる組織がその全てを統治し、都市の人々はそれが定めた規則を守る義務があった」

 

口にした途端、食卓の空気がわずかに静かになった

 

小南と京介は、どちらも箸やスプーンを止めたまま私を見ている

 

「私たちの世界にも都市はあるけど、それとは全く別ものみたいね」

 

小南は難しい話を理解しようとするように、腕を組んで唸る

 

「ええ。意味が全く違うみたいです」

 

京介も頷きながら答える。

 

どうやら二人とも、私の世界についてそれなりに興味があるらしい

 

少なくとも、聞いたことを後悔している様子はない。もう少し話してもいいだろう

 

「そうだな。都市という言葉は、一つの固有のものを指しているという認識で間違いないだろう」

 

二人の反応を確かめながら、説明を続ける

 

「そして、その下にあるのが『翼』。都市の内部には二十六に分割された区域が存在し、その一つ一つを治める大企業を指す」

 

「企業が地域を治めてるの?」

 

小南の眉間に、さらに深いしわが刻まれる。

 

こちらの世界では、企業というものは統治者ではないらしい

 

「ああ。翼はそれぞれ独自の技術を保有し、その力によって区域を維持していた」

 

私の説明を聞きながら、京介は頭の中でこちらの世界の制度と照らし合わせているようだった

 

「そして人々は、翼の庇護を受けて暮らせる『巣』と、庇護を受けられず、殺人等の犯罪が横行する『裏路地』で暮らす者に分かれていた」

 

小南の表情から、先ほどまでの軽さが少し消える

 

京介も何も言わず、静かに続きを待っていた

 

「簡単に言えば、ここよりずっと治安が悪く、息苦しい場所ということだ」

 

それだけ言って、再びスプーンを手に取る。

 

会って間もない者にする話としては、少し重かったかもしれない

 

穏やかな食卓には、あまり似つかわしくない話題だ。二人を不必要に困らせてしまったかと、一人で反省してみる

 

「ふう〜ん。なんかすごいところにいたみたいねえ」

 

小南はしばらく考え込んだ後、思いのほか軽い調子でそう答えた

 

やはり、あまり反省する必要はなさそうだ。

 

対して京介は、先ほど聞いた情報を一つずつ咀嚼するように沈黙していた。

 

やがて皿へ視線を落としたまま、少し重い声で口を開く。

 

「俺らとは全く違う生活だったみたいですね。この世界は一応平和なんで」

 

その言葉には、単なる感想以上のものが含まれていた。

 

おそらく私を気遣っているのだろう。

 

裏路地で暮らしていた者の話を聞けば、多くの人間は哀れみを向ける。だが、京介の声音には、押しつけがましい同情は感じられなかった

 

「当然だが、同情の必要はない」

 

私はスプーンを置き、京介へ視線を向ける。

 

「私は都市の中ではそれなりの立場だったからな。思っているほどひどいものではなかったさ」

 

口にしてから、自分でも少し意外に思う

 

自らの地位や力を、このような形で他人に語ることは滅多になかった

 

あるいは、二人に余計な心配をさせたくなかったのかもしれない

 

「へえ〜、偉かったんだ?」

 

小南の表情から深刻さが消え、代わりに悪戯を思いついた子供のような笑みが浮かぶ

 

身を乗り出してきたかと思うと、指先で私の頬を軽くつついた

 

「それなりに名前は売れていたと思うぞ?」

 

何度目かの指を手の甲で軽く払いのけ、苦笑を浮かべながら答える

 

小南は怒られると思っていなかったのか、楽しそうに笑いながら自分の席へ戻った

 

嘘ではない

 

都市の星であり、人差し指の神託代行者

 

もっとも、名が知られていた理由が良い意味かどうかは、この際置いておこう

 

そうして、和やかな雰囲気の中――話題の中身については考えないことにして――夕食は進んでいった

 

都市の食卓とは違い、誰かが突然襲いかかってくる心配もなければ、会話の裏に隠された意図を探る必要もない

 

小南は話題を次々と変え、京介はそれを適当に受け流しながら食事を進めている

 

その光景を眺めていると、胸の奥にわずかな居心地の悪さを覚えた

 

不快なわけではない

 

むしろその逆だからこそ、どう扱えばいいのか分からないのだろう

 

一足先に食べ終え、空になった皿を持って席を立つ

 

「ああ、リアンさん。良ければお風呂、お先にどうぞ。着替えとバスタオルは適当に用意してあるんで」

 

皿を片づけようとした京介が、廊下の奥を指差しながら声をかけてくる

 

「分かった。何から何まですまないな、京介」

 

「気にしないでください。興味深い話も聞かせてもらったんで」

 

京介はそう言って、私から皿を受け取った

 

対価を求めている様子はない

 

私がボーダーに入ることで得られる利益を考えての行動――というよりは、単純に人が良いのだろう

 

今日会った三人とも

 

都市ではそう見られない善良な人だ

 

答えの出ないことを考えながら廊下を進み、脱衣所へ足を踏み入れようとする

 

その瞬間、懐から聞き慣れた電子音が響いた

 

(ピープ音)

 

反射的に足を止め、端末へ視線を落とす

 

【家から出るな。期限は日付の切り替わりまで】

 

短く、理由の記されていない指令

 

この家に留まるだけならば難しい内容ではない

 

もっとも、この指令が出された以上、何も起きないということはないのだろうが

 

「なんか今、変な音鳴んなかった? リアンさん?」

 

食卓から小南の声が飛んでくる

 

振り返れば、椅子の背もたれ越しにこちらを覗き込んでいた

 

「よく聞こえたな」

 

一瞬だけ端末を見る

 

指令の存在を説明したところで、理解を得られるとは思えない。下手に話せば、なぜ従うのかという問いまで続くだろう

 

それは私自身にも、まだ答えられそうにない

 

「ああ、お気に入りの音楽プレーヤーがあるんだが、最近調子が悪くてな。壊れたかのような音を出すんだ」

 

即興にしては悪くない言い訳だと思ったが、小南の目は露骨に細められた

 

「ふーん。そう」

 

声にも顔にも、まったく納得していないことが表れている

 

傍らの京介もこちらを見ていたが、何かを尋ねることはなかった

 

明らかに怪しまれているが、いちいち説明するのも面倒だ

 

小南の視線から逃げるように脱衣所へ入り、後ろ手で扉を閉める

 

服を脱ぎ、備え付けられていた籠へまとめて突っ込む

 

仮面は外さない

 

浴室へ入り、体を清めるため鏡の前に立つ

 

湯気に曇り始めた鏡の中に、一人の男が映っていた

 

傷、傷、傷

 

肩から胸へ走るもの

 

腹を横切るもの

 

腕や脚に刻まれた、細かなもの

 

数えるのも馬鹿らしくなってくるほどの傷を負った男が立っている

 

その一つ一つに理由があり、命令があり、失ったものがある

 

自らの意思を捨て、それを貫くために大切なものを二度手放した、馬鹿で救いようのない男だ

 

鏡の中の自分と目が合う

 

仮面に覆われていない片方の目が、まるで他人を見るかのようにこちらを見返していた

 

(私はどうすればいいんだろうな。娘)

 

帰ってくるはずもない問いを投げかけてみる

 

浴室の中には、流れ続ける湯の音だけが響いていた

 

もし、あの時に戻れるのなら

 

指令など無視して――いや、全てを投げ捨てて、娘をあの蜘蛛の巣から出してやる。

 

人差し指も、神託も、都市の決まりも

 

何もかも置き去りにしてしまえばいい

 

そして二人で――いや、アラヤもいたな

 

では三人で、どこか遠くの、都市とも指令とも全く関係のない場所で暮らすのがいいだろう

 

小さな家があれば十分だ

 

豪華な食事も、地位も、力も必要ない

 

私が家に帰れば、いつも娘が出迎えてくれる

 

「お父さん。今日は帰りが早かったんじゃないか?」

 

そう言いながら、夕食の準備を進めるのだろう

 

アラヤはそれを手伝いながら、また小言でも言うのかもしれない

 

そして三人で食卓を囲む

 

他愛のない会話をしながら

 

今日あったことを話し、明日の予定を尋ね、何の意味もない話で笑う

 

指令の内容を確認する必要もない

 

いつ誰が死ぬのかを考える必要もない

 

明日も同じ日が続くと、疑いもせずに眠ることができる

 

そんな日々を――

 

「……」

 

気づけば、鏡の中の自分へ手を伸ばしていた

 

指先が冷たい鏡面に触れ、湯気を拭い取る

 

その向こうにいるのは、やはり傷だらけの男だけだった

 

あり得ない話だな

 

そうできなかったから、私はここにいるんだろうに

 

(娘。私は……私は……)

 

その先の言葉は、どうしても形にならなかった

 

謝罪を口にする資格があるのか

 

許しを請うことができるのか

 

それとも、今さら何を言っても遅いのか

 

答えを出せないまま俯く

 

やがて浴室を満たしていた湯気が、鏡に映る男の姿を再び覆い隠した

 

(私は一緒にいたかった。ただそれだけだった)

 

 

――ボーダー警戒区域内

 

人気のない夜道を、黒い外套を翻しながら駆ける者たちがいた

 

複数の足音が規則正しく地面を蹴る

 

隊員たちは互いに言葉を交わさず、それぞれが一定の距離を保ちながら暗い街並みを進んでいた

 

向かう先は玉狛支部

 

目的は、ブラックトリガーと思われるトリガーの回収

 

そして、その持ち主の排除だ

 

決して軽い任務ではない

 

そのために、本部はA級の中でも選りすぐりの精鋭を送り込んでいた

 

A級一位の太刀川隊

 

二位の冬島隊

 

三位の風間隊

 

七位の三輪隊

 

それに加えて、ある助っ人も隊単位ではなく個人で参戦している

 

いずれも遠征経験、あるいはそれに匹敵する実力を持つ者ばかりだ

 

しかし、その表情に余裕はない

 

未知のブラックトリガーを相手にする以上、どれほど戦力を揃えても十分とは言い切れなかった

 

そんな集団の先頭を走るのは、A級一位・太刀川隊の隊長

 

アタッカー一位にして、個人総合ポイント一位の怪物

 

太刀川慶

 

夜の冷たい空気を切り裂くように走りながら、太刀川はどこか楽しげに口を開く

 

「にしても、遠征直前にブラックトリガーと戦うことになるとはな。いい運動になりそうだ。ねえ?風間さん?」

 

声には緊張よりも期待が滲んでいた

 

これから対峙する未知の相手を想像し、自然と口元が緩んでいる

 

太刀川にとって強敵との戦闘は、恐れるものではない

 

己の剣がどこまで通じるのか確かめられる、極上の機会だった

 

「任務に集中しろ、太刀川。ブラックトリガー相手に生半可では勝てんぞ」

 

一つ後方を走る風間が、冷静な声で釘を刺す

 

その呼吸には乱れ一つない

 

小柄な体躯と幼くも見える容姿に反し、その視線は鋭く、周囲への警戒を一瞬たりとも緩めていなかった

 

「戦闘状態にすら入っていなかったのに、明らかに只者ではなかった。いくらお前でも、その慢心では一瞬で足元を掬われるぞ」

 

風間の脳裏には、昼間に目にした仮面の男の姿が浮かんでいた

 

ただ立っているだけで、隙がない

 

こちらを見ていないようで、すべてを把握しているような気配

 

トリガーを起動していない状態ですら、迂闊に踏み込むことを躊躇わせる何かがあった

 

「もちろん。慢心なんかしちゃ楽しめない。油断なんて毛ほどもしませんよ」

 

太刀川は軽い調子で答える

 

だが、腰に下げた孤月へ添えられた手は、いつでも抜刀できる位置にある

 

言葉とは裏腹に、その意識は既に戦闘へと切り替わっていた

 

その時だった

 

太刀川の目が、道の先に立つ一つの人影を捉える

 

街灯の届かない薄暗がりの中

 

一人の男が、こちらを待ち構えるように立っていた

 

太刀川の表情から笑みが消える

 

「止まれ!」

 

短い号令とともに、片手を上げる

 

後続の隊員たちは即座に足を止め、それぞれが散開した

 

誰一人として味方と射線を重ねることなく、ほんの数秒で戦闘態勢に近い陣形を作り上げる

 

音の消えた夜道に、張り詰めた空気だけが残った

 

そこに立っていたのは、太刀川のよく知る好敵手だった

 

「太刀川さん。それに他の方々も、皆さんお揃いでどちらまで?」

 

迅悠一は、街中で偶然知人と出会ったかのような軽い調子で声をかける

 

口元には普段通りの笑みが浮かんでいた

 

しかし、その立ち位置には一切の隙がない

 

そして、未来をも見通すその目は、太刀川たちの僅かな動きすら見逃すまいと静かにこちらを見据えている

 

「ふ……お前がここで待っていたということは、俺たちの目的も分かってるんだろう? 無駄な問答はよそう」

 

太刀川はさして驚く様子もなく、迅を見据える

 

迅がこの場に現れる可能性は、最初から考えていた

 

むしろ、姿を見せなければそちらの方が不気味だっただろう

 

後方では、風間隊と三輪隊が無言で武器へ手を伸ばしている

 

出水も周囲へ視線を走らせ、迅以外の伏兵がいないかを探っていた

 

だが、空気は既に戦闘開始の一歩手前まで張り詰めている

 

「まあね。俺の友達にちょっかい出しに来たんだろう? その場合は……仕方ない」

 

迅は困ったように肩をすくめる

 

その仕草だけを見れば、面倒な頼み事を断ろうとしているだけにも見えた

 

だが、次の瞬間には、手にしていたトリガーを静かに起動する

 

「実力派エリートとして、ここを譲るわけにはいかないな」

 

迅の手に、一振りの剣が形成される

 

見た目だけなら、一般的なブレード型トリガーと大きな違いはない

 

しかし、その根元から伸びる複数の光の帯を見た瞬間、隊員たちの間に明確な緊張が走った

 

ブラックトリガー 風刃

 

過去にその力を知る者たちは、無意識のうちに迅から距離を取る

 

「無駄な抵抗はよせ、迅。お前と争っても仕方がない」

 

風間が一歩前へ出る

 

感情を交えない淡々とした声だったが、迅を軽視しているわけではない

 

むしろ、その実力を十分に理解しているからこそ、戦闘を避けようとしている

 

迅は答えず、ただ風間の言葉を待っていた

 

「お前の実力は確かだ。だが、ブラックトリガーに対抗できると判断された遠征部隊が三隊。そこに七位の三輪隊までもが加わっている」

 

風間は周囲の隊員へ一瞬だけ視線を向ける

 

既に全員が迅を包囲できる位置へ移動していた

 

正面には太刀川

 

側面に風間隊と三輪隊

 

後方からは出水をはじめとするシューターとガンナーが射線を通している

 

「それでもまだ、勝ち目があると思うのか?」

 

風間の問いに、迅は少しだけ目を伏せる

 

自分が置かれている状況を確認するように、周囲へ視線を巡らせた

 

数でも、駒の質でも、圧倒的に不利

 

未来が見えるからといって、体が増えるわけではない

 

一つの攻撃を避けた先に別の攻撃が待っていれば、いずれは追い詰められる

 

それでも迅は、ゆっくりと顔を上げた

 

「勝ち目がどうこうじゃないだろう、風間さん」

 

先ほどまでの軽い笑みが、わずかに薄れる

 

「ここに来たばかりで、右も左も分からないような友達が命を狙われているんだ。勝ち目がないからって、逃げるわけにはいかない」

 

その言葉には、普段の迅からは珍しいほどの真っ直ぐな熱が込められていた

 

三輪は不快そうに眉をひそめる

 

太刀川は何も言わず、迅の表情を観察している

 

風間もまた、説得が通じないことを悟ったように僅かに目を細めた

 

その沈黙を破るように、風間隊の後方から気だるげな声が響く

 

「やだねー。そうやって熱くなっちゃってさ」

 

菊地原が、うんざりしたように肩をすくめる。

 

その口調にはいつも通りの棘があり、この緊張した状況でも遠慮する様子はない

 

「この人数に勝てるわけないんだから、さっさと諦めちゃえばいいのに」

 

歌川が横目で菊地原を見るが、止めることはしなかった

 

迅も菊地原の言葉を気に留めた様子はなく、剣を握ったまま静かに立っている

 

むしろ、その表情には僅かな余裕すら残っていた

 

「言っとくが、俺は本気だ」

 

迅は風刃を下げたまま、一同を順番に見渡す

 

「本気で君たち全員を相手にして、勝つつもりでいる」

 

言葉が途切れる

 

夜風が道路の上を吹き抜け、迅の上着と隊員たちの黒い外套を揺らした

 

何かがおかしい

 

風間の中に、僅かな違和感が生まれる

 

迅は確かに不利な状況にいる

 

それにもかかわらず、こちらと会話を続けながら時間を稼ごうとしている様子がない

 

焦りもない

 

援軍を待っているようにも見えない

 

まるで――既に自分の準備は終わっているかのような

 

「だから……悪いな?」

 

迅がニヤリと笑う

 

その笑みを見た瞬間、風間が何かを察する

 

「散開――」

 

指示が最後まで発せられるより早く、周囲の壁と地面から光が迸った

 

「え?」

 

菊地原の視界が、不自然に傾く

 

見えていたはずの迅の姿が、斜めへとずれていく

 

自分の体が倒れているのではない

 

頭部だけが、胴体から切り離されていた

 

菊地原の首が落とされる

 

ほぼ同時に、別方向から伸びた斬撃が出水の片脚を切断する

 

出水が反応するより早く、失われた脚がトリオンの煙へ変わった

 

さらに地面を裂いて飛び出した刃が、米屋の右腕を貫く

 

咄嗟に身を捻った歌川と三輪の頬を、別の斬撃が薄く掠めていった

 

一瞬遅れて、複数の斬撃が建物の壁と道路を深く切り裂く音が響く

 

それらすべてが、ほぼ同時に起きた

 

「くっ――!」

 

風間は迫る斬撃の軌道を察し、短刀を割り込ませる

 

刃同士が衝突し、鋭い音と火花が散った

 

太刀川もまた、振り抜かれた孤月で正面から斬撃を受け止める

 

衝撃に靴底が地面を滑るが、体勢までは崩されない

 

初撃を辛うじて防いだのは、太刀川と風間だけだった

 

倒れた菊地原の体がトリオンの粒子へ変わり始める

 

『緊急脱出』

 

無機質な音声とともに、その姿が戦場から消えた

 

出水は片脚を失いながらも、即座にバランスを取り直して弾を形成する

 

米屋も右腕の損傷を確認しながら、残った手で槍を構え直した

 

突然の奇襲を受けても、隊列が完全に崩れない

 

それがA級上位部隊たる所以だった

 

太刀川は受け止めた斬撃を弾き返し、道路と建物に刻まれた複数の傷跡を眺める

 

そして、迅へ向けて獰猛な笑みを浮かべた

 

「なるほど……なかなか狡い手を使ってくるじゃないか、迅」

 

その声音には非難よりも喜びが込められていた

 

正面から斬り合うだけではない

 

準備も、地形も、能力も、使えるものはすべて使う

 

迅が本気であることを理解し、太刀川の戦意はさらに高まっていた

 

迅はこの場所で、ただ待っていたのではない

 

策を埋め込んでいたのだ

 

あらかじめ風刃を起動し、建物の壁や地中へ斬撃を伝播させておく

 

敵が射程へ入った瞬間、死角から一斉に放つ

 

何の前触れもなく壁や地面から刃が飛び出すことを、未来視を持たない人間が事前に察知することは困難だろう

 

風間は迅の手元へ視線を向ける

 

風刃の根元から伸びる光の帯

 

残された本数と、先ほど放たれた斬撃の数

 

それらを見比べた太刀川が、一つの結論へ辿り着く

 

「しかもこの弾数……二回仕込んだな?」

 

風刃の斬撃の残弾数は、刀身の根元から伸びる光の帯によって判別できる

 

すべて使い切れば、再び使用可能になるまで僅かな時間が必要となる

 

迅は彼らが到着するより前に一度目の斬撃を設置し、再装填を待った

 

そして二度目の斬撃も同じ場所へ仕込んだ上で、残りを温存していたのだ

 

会話を始めた時点で、既に周囲は迅の攻撃範囲そのものだった

 

「なりふり構ってる余裕はないんでね」

 

迅は風刃を肩へ担ぎ、警戒を強めた隊員たちを見渡す

 

「でも思ったよりは削れなかったな。さすがはA級の遠征部隊だ」

 

先ほどの奇襲によって一人を脱落させ、複数人へ損傷を与えた

 

それでも、敵の主力はほとんど健在だ

 

太刀川と風間は無傷

 

出水も片脚を失った程度では戦闘能力を失わない

 

三輪隊と冬島隊も、まだ十分に機能している

 

迅の未来には、ここから先に待つ無数の攻防が映し出されていた

 

どの未来も容易ではない

 

一手でも選択を誤れば、玉狛へ向かう道を開けてしまう

 

保険は用意してあるがここで全員倒すに越したことはない

 

「これでも、贔屓目に見ていいとこ五分って感じだろう」

 

迅の軽口に、太刀川は孤月を構え直すことで応じる

 

その目には、先ほどまで以上に強い闘志が宿っていた

 

風間も短刀を両手に構え、重心を低く落とす

 

生き残った隊員たちが散開し、今度こそ完全な戦闘陣形を作る

 

出水の周囲には無数の弾丸が浮かび上がり、三輪は銃口を迅へ向ける

 

米屋の槍が伸び、歌川の姿が夜の闇へ溶けるように揺らいだ

 

迅はそんな彼らを前に、風刃の切っ先をゆっくりと持ち上げる。

 

「じゃあ――」

 

静まり返った夜道に、迅の声が響く

 

「今度こそ始めようか」




リアンの戦闘をどうするかまだ決まってないんで次の投稿は遅くなるかも?
あと1、2話の心情描写の加筆もするかもしれないです
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雁夜おじさんwith時計頭(作者:れんこんもどき)(原作:Fate/Zero)

間桐雁夜は英霊を召喚した。だが、英霊はどう見ても円卓の騎士ではなかった。▼赤いロングコートに赤いネクタイ、黒いズボンに黒いシャツを着た人間。▼そしてなによりも、頭部が時計であった。


総合評価:583/評価:8.1/連載:8話/更新日時:2026年06月16日(火) 01:18 小説情報


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