ノーライフ•トゥ•ラブ〜幽閉された吸血鬼のお嬢様と、不死身と言われた人間について〜   作:おじぇ

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たとえ、その先に救いが無かったとしても、二人の歩みは止まらない。


第一話 人生に意味などない

「ねえ、ニンゲンさん。貴方はどうして、抵抗しないの?」

 

 拘束具をはめられた黒髪の男は、頑丈な石の壁に背を預けたまま、首筋に押し当てられた冷たい爪の感覚をじっと見つめていた。その瞳には、迫る死への恐怖も、生への執着も映っていない。爪の主である少女は、小首をかしげ、男の顔を覗き込んだ。長いまつ毛の奥で、真紅の瞳が純粋な好奇心に揺れている。

 

「……俺の命に、そこまでの価値が無いからさ」

 

 男は視線を動かさず、ただ静かに息を吐き出した。その肩は微動だにしない男に、少女はさらに顔を近づけた。男の瞳に映る自分の顔を確かめるように、じっと、瞬きもせずに見つめる。

 

「じゃあ、私が怖くないの?」

 

「怖いも何も、俺の目には、人形の様な、綺麗な金髪のお嬢さんしか見えないからな。怖がることなんて、なにもないだろう」

 

 男の言葉を聞いた瞬間、少女は押し当てていた爪をすっと引き、大袈裟に肩をすくめてみせた。そして、部屋の隅にある豪奢な、しかし色褪せた椅子の背もたれに飛び乗り、器用にバランスを取りながら座る。

 

「普通、これから死ぬとわかったら『キャー、助けてー』とか、『お願いだー何でもするから、許してくれー』って言うんだけどなー……」

 

 つまらなそうに細い脚をぶらぶらと揺らす少女を見上げ、男は自らの縛られた両手首に視線を落とした。

 

「死ぬのが怖い奴は、自分の人生に意味を見出している」

 

 少女の足がピタリと止まる。彼女は椅子の背から飛び降りると、無音で男の目の前に着地した。その影が、男の全身を覆い隠す。

 

「じゃあ、ニンゲンさんは、自分の人生に意味がないと思ってるってこと?」

 

 男は自嘲気味に口元をわずかに歪め、目を閉じた。

 

「ああ、俺の人生に意味なんて無い」

 

「ふーん。変なの」

 

 少女は男の頬を指先でツンと突いた。男は鬱陶しそうに顔を背け、再び少女を睨み据える。

 

「……殺すんじゃなかったのか?」

 

「ん〜。殺さないよ?」

 

 少女はパッと両手を広げ、いたずらが成功した子供のように満面の笑みを浮かべた。

 

「いや、お前は、さっき自分で『死ぬとわかったら』と言っていたろう」

 

「うん。ニンゲンは私と違って、すぐに死んじゃうでしょ? それに私は、殺すとは言って無いよ。びっくりした?」

 

 男は深くため息をつき、首をがっくりと項垂れさせた。期待外れだと言わんばかりに、緊張の解けた身体が壁に沈む。

 

「どちらかと言えば、失望だな」

 

 少女の笑みがふっと消えた。彼女は自分の胸元に手を当て、小刻みに首を傾げる。

 

「やっぱり、あなたって変だよ。みんなは喜んでたんだけどなー……」

 

「……」

 

 男は沈黙を貫いた。少女は構わず、部屋の隅にある鏡の前に歩み寄り、自分の尖った犬歯を指で触りながら、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「私ね。死のうと思ってるんだ。普通の吸血鬼って水とか、肉とか食べなくても生きていけるの。でもね。血を飲まないと、すぐ餓死しちゃうんだってー」

 

 鏡に映る少女の背中を見つめながら、男の眉がわずかに動く。彼は少女の衣服の擦り切れ具合と、部屋の荒廃ぶりに視線を走らせた。

 

「その口ぶりだと、お前は普通の吸血鬼じゃないのか?」

 

 少女は振り返り、ドレスの裾を掴んで優雅にお辞儀をしてみせた。しかし、その瞳の奥の赤みは、月光を吸って異常なほどに輝いている。

 

「うん。私って先祖返り?ってのみたいで。普通の吸血鬼よりもすごぉ〜く、強いんだって。お母さんも、私を生むために、命が吸われちゃって、死んじゃったらしいし」

 

「吸血鬼にしてはジメジメした場所にいると思ったら、幽閉されているのか?」

 

 男の問いに、少女は一瞬だけ顔をしかめ、自分の腕を強く抱きしめた。爪が皮膚に食い込む。

 

「そうだよ。お父様がね。『お前は生まれてきちゃだめなんだー!!』って……この間もスッゴい顔で怒ってたんだよ!」

 

 少女の声が次第に震えを帯びていく。彼女は頭を抱え、床に視線を彷徨わせた。その呼吸は荒く、足元が小刻みに震えている。

 

「だから私は死ななきゃだめなの。お母様も殺して、お手伝いさんも殺して、お姉様も、お父様も……みーんな、それで……それで――」

 

 少女は突然、男の前に膝をついた。祈るように両手を組み、すがるような目で男を見上げる。その瞳からは、一滴の涙も流れていない。ただ、暗い深淵のような渇きだけがあった。

 

「ねえ、あなたは私を、殺して(救って)くれますか?」

 

 男は少女の視線を真っ向から受け止めた。そして、縛られた手を強引に動かし、指先で自分の懐をトントンと叩いてみせた。

 

「――俺は、タダで仕事をしない主義だ。人を殺すなら金貨10枚。バケモノ退治は最低でも金貨100枚。今回は人殺しの依頼しか受けてなかったが、お前を見た感じだと、今回の依頼は無効だな」

 

 少女の顔がパッと輝いた。弾かれたように立ち上がり、男の手を握りしめる。

 

「じゃあ、ちょうどよかった!!」

 

「ちょうどいい?」

 

「うん。だって私のお家って、元々大金持ちなの。公爵家?って爵位だったらしいし。だから私を殺したら、好きなだけ――」

 

 男は少女の細い手を冷たく振り払った。そして、自分の首を左右に振る。

 

「金は前払いだ。それに依頼も予約は、既に埋まっている」

 

「えー……。お金なら一杯あるよ?」

 

 少女は頬を膨らませ、床をドンと踏み鳴らした。

 

「そういう問題じゃない」

 

「ニンゲンさんって面倒くさいね」

 

 少女は腰に手を当て、男を睨みつける。男は、ふっと視線を逸らし、わざとらしく首筋を差し出してみせた。

 

「なら俺を殺すか?」

 

「ん〜」

 

 少女は人差し指を顎に当て、天井を見上げて考え込む。やがて、名案を思いついたように、ぽんと手を叩いた。

 

「予約がすべて終わったら、私を殺してくれる?」

 

「……終わったらな。だが少なくとも数年――「じゃあ、私が手伝ってあげる!!」

 

「……は?」

 

 男の身体が強張った。眠たげだった彼の目が、初めて大きく見開かれる。

 

「お前は何を言っているんだ?」

 

 少女はふふん、と胸を張り、楽しそうにステップを踏み始めた。

 

「何って、待ってても時間かかっちゃうんでしょ? だったら私がみんな殺してあげる!!」

 

 男は顔を手で覆い、深いため息をついた。頭痛を堪えるように、指先でこめかみを押さえる。

 

「いや、そういう事を聞きたいんじゃなくて――」

 

 少女はステップを止め、男の目の前にしゃがみ込んだ。男の顔を覗き込み、片方の眉を吊り上げる。

 

「あっ!? もしかして私が弱いと思ってる!?」

 

 少女は不満げに頬を膨らませると、すぐ横にある分厚い石壁に、ぽんと軽くだけ手のひらを当てた。――その瞬間、轟音が鳴り響く。まるで砲弾が直撃したかのように、何層にも積み上げられていた頑丈な石壁が、一瞬で粉々に弾け飛んだのだ。衝撃波が埃と強烈な風を巻き起こし、男の髪を激しく揺らす。凄まじい砂煙が引いていくと、そこには隣の監禁部屋までが完全に貫通し、一つの巨大な空間と化した光景が広がっていた。

 

 少女は何事もなかったかのように手を引っ込め、衣服についた小さな埃を「ぱんぱん」と払っている。

 

「コホッ、コホッ、あー、煙たかった!!」

 

「こりゃあ、参ったな……」

 

 男は、自分のすぐ横で完全に消失した壁の断面と、可愛らしく咳き込む少女の姿を、乾いた声を漏らした。額を流れる冷たい汗が、月光に濡れて光っている。

 

「ふっふーん!! 私ねー。お父様にも負けないくらい、力も傷の治りも早いんだ〜。凄いでしょ!!」

 

 少女は自慢げに自分の細い腕を曲げて見せる。男は呆れ果てたように首を横に振った。

 

「ああ、すげえよ。いや、マジで……」

 

「そうでしょー!! それで、お金はどれくらい渡せばいい?!」

 

 少女が身を乗り出してくる。その勢いに押されるように、男はわずかに上体を引いた。彼はしばらく少女の顔を見つめていたが、やがて諦めたように息を吐き出す。

 

「……いや、やっぱ後でいい。金ならあるんだろう。さっきのはお前に、依頼を諦めさせるために言った嘘だ」

 

「え、じゃあ依頼ってのも?」

 

「それは本当だ。依頼は完全予約制で――」

 

「もー、わかったよー。じゃあ、さっさと殺しに行こー?」

 

 少女は男の腕を掴み、強引に立ち上がらせようとする。男は足を踏ん張り、その場を動こうとしない。

 

「依頼は受けるが、連れて行くとは言ってない」

 

 少女はピタリと動きを止め、ジト目で男を睨みつけた。その小さな唇が不満げに尖る。

 

「騙そうたって、そうはいかないよ!! 一度でも嘘をついたニンゲンは、何度だって嘘をつくって、お姉様がお父様と話してたもん!!」

 

 少女は男の胸元に人差し指を突き立て、ぐいぐいと押し込んだ。

 

「それにね。ニンゲンさんは、依頼を軽く見てるよね?」

 

 男の目が一瞬で冷徹な殺し屋のそれに変わった。突き立てられた少女の指を静かに見つめる。

 

「失礼な。俺は依頼を破らない」

 

「そう。なら良かった!!」

 

 少女は再び無邪気な笑顔に戻り、男の首筋にそっと両手を回した。冷たい吐息が男の耳元をくすぐる。その瞬間、少女の真紅の瞳が、妖しく怪物の輝きを放った。

 

「良かった? 何がだ」

 

吸血鬼(悪魔の子)の依頼《けいやく》を反故にすれば、死ぬよりも苦しい結末を向かえるしね〜。一応、確認しておこうと思ったの!!」

 

 男は首筋に触れる冷たい手のひらの感触を味わいながら、今度は苦笑いを浮かべた。観念したように、男の全身から力が抜けていく。

 

「……今回ばかりは、本当に参ったな」

 

 少女はパッと手を離すと、一歩後ろに跳び下がり、スカートの裾を摘まんで優雅に一礼した。月光が、その金色の髪を銀色に縁取っている。

 

「それじゃあ、改めまして。私はセラフィーナ・ヴァン・クロイツェル。セラって呼んでほしいな!」

 

 男は壁にもたれたまま、疲れ切った目で少女を見上げた。縛られた手首をわずかに動かし、ため息混じりに口を開く。

 

「……アレンだ。アレン・グレイブ。まあ、殺し屋だ」

 

「アレン! アレンね!!」

 

 セラは嬉しそうに何度もその名前を口にすると、ぴょんぴょんとその場で跳ねた。まるで新しい玩具を手に入れた子供のように、瞳をキラキラと輝かせている。

 

「よろしくね、アレン! これからいっぱい、一緒に殺そうね!!」

 

「……物騒な挨拶だな」

 

 アレンは深く息を吐き、ずるずると壁を背に立ち上がった。拘束具がじゃらじゃらと冷たい音を立てる。

 

「とりあえず、この拘束具を外してくれ。それと、一つだけ聞いておきたい」

 

「ん? なぁに?」

 

 小首をかしげる少女に、アレンは真っ直ぐな視線を向けた。疲れの滲む声で、しかしはっきりとした口調で問う。

 

「お前は、なぜそんな、俺に殺される事へ拘る?」

 

 セラは一瞬きょとんとした顔をしたあと、くすくすと笑い声を漏らした。彼女はアレンに近づき、背伸びをして耳元に唇を寄せる。

 

「そんなの決まってるよ」

 

 熱い吐息が、再びアレンの肌を撫でる。

 

「あなたは、私は、とぉーっても、() ()() ()() から……!」

 

 セラはそう言いながら、拘束具を乱暴に引きちぎると同時に、鉄格子の向こうから、夜明けを告げる鐘の音が遠くの村から響いてきた。長い夜が終わりを告げ、誰も知らない二人だけの殺戮の朝が、今、静かに幕を開けるのであった。

 

 




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