ノーライフ•トゥ•ラブ〜幽閉された吸血鬼のお嬢様と、不死身と言われた人間について〜   作:おじぇ

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ヒャッハー!!


第三話 前途多難

「……サラ。本当にその格好で行くんだな。言っておくが、疲れたからって休憩しないからな」

 

 古い石造りの屋敷を背に、二人は街へと続く乾いた街道を進んでいた。吹き抜ける風が青臭い草の香りを運び、足元では踏み荒らされた砂利がかすかな音を立てて弾ける。ア歩くたびに揺れるフリルと豪奢な刺繍。およそ泥にまみれる旅路には不釣り合いなそのドレスを見つめ、アレンは深く息を吐き出した。

 

「大丈夫!! ニンゲンさんが倒れるくらい歩いても、疲れたりしないから!!」

 

「ずいぶんと便利な体だな」

 

「私の眷属になれば、アレンも似たようなこと出来るようになるよ。なってみる?」

 

「いいや、ごねんだね」

 

「えー、結構、楽しいよー?」

 

 次の瞬間、彼女の白い指先がにわかに輪郭を失い、どろりとした黒い霧へと融解した。その霧は羽音を立てる数匹の小さなコウモリへと形を変え、アレンの周囲を勢いよく飛び回り始める。バタバタと空気を打つ湿った羽音がアレンの耳元をかすめ、かすかな獣の生臭さと冷たい風がその頬を撫でた。

 

「……お前、そんな事もできるのか」

 

「うん。でもね、これも霧化する力なんだよー?」

 

 サラが手のひらを上に向けると、飛び回っていたコウモリたちが吸い込まれるように集い、再び何事もなかったかのような滑らかな白い手肌へと戻っていく。アレンは足を止めて、彼女の指先をまじまじと見つめた。そのまっすぐな視線に気づいたサラは、急にそわそわと両手の指を絡め合わせ、視線を足元の砂利へと落としながら、ほんのりと頬を朱に染める。

 

「他にもこんな事もできるよ!!」

 

 サラが背中を大きく反らせると、布地の擦れる鋭い音と共に、ドレスの背から一対の巨大な影が突き出た。それは夜の闇をそのまま切り取ったような、不気味で美しいコウモリの翼だった。血管のような細い筋が通った皮膜が、微かに小刻みに震えている。

 

 アレンはその硬質な黒い皮膜に手を伸ばしかけ、ふと動きを止めてサラの顔を見た。サラが小さく頷くのを確認してから、そっと指先でその冷たい翼に触れる。その瞬間、サラの肩がびくりと跳ね上がり、高いくつがえりのような短い声を漏らした。

 

「なんか、触り方がやらし〜」

 

「誰がお前みたいな餓鬼に欲情するか。寝言は寝てから言え」

 

「ちょっと、子ども扱いしないで!! 私はアレンより、ずっと年上なんだから!!」

 

「歳だけとっても、中身が成長してなけりゃあ、餓鬼と変わらん」

 

 そんな軽口を叩きながら歩みを進めていると、不意に前方の木々が激しくざわめいた。乾いた空気を遮るように、立ち上る不快な汗と安酒、そして錆びた鉄の臭いが鼻腔を突く。木々の間から、ぎらついた視線を這わせる男が這い出てきた。

 

「お前ら。そこで止まれぇ!!」

 

 大柄で薄汚れた男が、腰の片刃刀をがたつかせながら怒鳴り声をあげる。

 

「アレンの知り合い?」

 

「んな訳あるか。どう見ても野盗だ」

 

 その問いに、アレンは吐き捨てるように言い、鼻を鳴らした。視線は正面の男たちに固定されたままだ。サラは瞬きを繰り返し、男たちのボロい服とアレンを交互に見つめる。

 

「へー。野盗ってなに……?」

 

「そんなことも知らないのか--っと、そう言えば、ずっと幽閉されてたんだったか。まあ、俺みたいな奴らだ」

 

 アレンはふと視線を落とし、少女の細い手首に目を留めると、自嘲気味に口元を歪めた。

 

「アレンみたいな……? あれが?」

 

 少女は目を丸くし、男たちの汚れた顔とアレンの綺麗な横顔を何度も見比べた。

 

「まあ、奪うものが命か、金目の物かって違いはあるがな」

 

「おい!! さっきからコソコソ、なに話してやがる!!」

 

 正面の男が痺れを切らしたように怒鳴り、手に持った錆びた斧を無造作に肩へ担ぎ上げた。それと同時に、左右の草むらからガサガサと音を立てて、さらに四人の男たちが這い出てくる。彼らはじりじりと距離を詰めながら、アレンの身につけている上質な燕尾服と、少女の白い肌に値踏みするような視線を走らせた。

 

「ハハハ、ずいぶん身なりの良いじゃねえか」

 

「あの餓鬼も、ずいぶん可愛らしいな。アニキ。奴隷商に連れてけば、良い値で売れるんじゃねえですかい?」

 

 男たちは下卑た笑みを浮かべ、ねっとりとした視線でサラのドレスと細い手足を見つめ回す。サラは不快そうに眉間を寄せ、ドレスの裾をきつく握りしめて男たちから視線をそらした。

 

「あれ、本当にニンゲンなの? 人語を話すゴブリンじゃなくてー?」

 

「まあ、言いたいことはわかるが。そういうことは口に出すな」

 

 小さく溜息をついたアレンは、頭を軽く振ってサラの細い肩をそっと掴みむ。そして自分の背中の後ろへと緩やかに引き寄せた。その間も、彼の足元はしっかりと地面を捉え、いつでも地を蹴れる体勢を崩さない。

 

「てめーら、聞こえてるんだよ!?」

 

 真ん中の男が顔を真っ赤に染め、青筋を立てて怒鳴り散らした。唾沫が飛び散り、男が踏み出した拍子に、足元の枯れ葉がバリバリと荒々しい音を立てて砕ける。

 

「おっと、耳はいいようだな」

 

 アレンは口元だけで薄く笑い、肩をすくめてみせた。その間も視線は男の持つ錆びた斧の刃先から、その背後の草むらへと、滑らかに動いている。

 

「野生の動物って、耳がいいって爺やが言ってたな〜……やっぱり、野生 のゴブリン?」

 

 サラはアレンの背中からひょっこりと顔を覗かせ、無邪気に小首を傾げた。木々の隙間から差し込む陽光が彼女の瞳をきらりと輝かせ、緊迫した空気のなかで、その言葉だけが妙に軽く響く。

 

「この……黙って聞いてれば。死んでも後悔するなよ!! 野郎ども。男は殺していい。餓鬼だけボコって捕まえろ。顔は傷つけるんじゃねえぞ」

 

 リーダーの男が太い腕を振り下ろすと同時に、四人の男たちが二人を取り囲むように散った。そのうちの一人が、ニヤけ面を浮かべながらアレンの胸ぐらを掴もうと飛びかかる。

 

 そんな野盗の動きに合わせるように、アレンは半歩だけ身を引いて、男の手首を掴むと、その勢いを利用して地面へと引きずり下ろした。鈍い音と共に男の顔面が硬い土へと叩きつけられ、木の葉が激しく舞い散る。ピクリとも動かなくなった泥だらけの背中を見下ろし、周囲の男たちの足がピタリと止まった。引きつった呼吸の音だけが辺りに響く。アレンは衣服に付いた埃を軽く払いながら、サラへと視線を向けた。

 

「サラ。お前、俺の仕事を手伝うと言っていたな」

 

「うん、言ったけど。それがどうした?」

 

「俺は標的以外を極力、殺さないようにしている。お前にそれが出来るか?」

 

「このゴブリンたちを倒せばいいの? 分かった、やってみる!!」

 

 返事を返すや否や、サラは足元に転がる大男の襟元を掴み、その巨体を軽々と持ち上げた。そして、背後で硬直していたもう一人の男めがけて、まるで丸太でも放るように投げつける。凄まじい衝撃音と、肉と骨がぶつかり合う重苦しい音が森に響き渡り、二人の男は重なり合ったまま地面を転がって動かなくなった。

 

「な、なんだよ。あの餓鬼は!?」

 

「あ、アニキ!!」

 

「慌てるんじゃねえ!! ちょっと力が強えくらいで、狼狽えんな!!」

 

 青ざめた野盗たちが武器を握り直す中、サラは足元に転がっていた拳ほどの石ころを拾い上げた。彼女が小さな指先に力を込めると、ミシミシ、ゴリゴリと不気味な異音が響き渡る。隙間から細かな砂がこぼれ落ちるのをものともせず、サラは楽しげに右腕を大きく後ろへ振りかぶった。

 

「よーし、いっくよ〜。えいっ!!」

 

 空気を切り裂く鋭い風切り音の直後、激しい打撃音が連続して響く。

 

「痛ッッッ!?」

 

「目があぁっ!?」

 

 石つぶて入りの砂を顔面にたたきつけられた男たちが、血を吹き流しながらその場に転がり、悶絶する。サラは満足げに両手を叩いて手の砂を払うと、期待に満ちた目でアレンの顔を覗き込んだ。

 

「アレン。アレン!! 私の活躍、どうだった!?」

 

「なかなか、やるじゃねえかよ……」

 

「えへへー」

 

 二人がそんな会話を交わしていると、生き残ったリーダーの男が、がたがたと膝を震わせながら後退りした。

 

「バケモノが……。しゃあねえ、本当は使いたくなかったが、仕方ねえか」

 

 そう言いながら男が腰の鞘からゆっくりと、一本の長剣を引き抜く。その刃の表面には、まるで生き物の血管のように赤黒い紋様が不気味に蠢き、そこから立ち上る死臭のような澱んだ気配が鼻を突く。

 

「それは、遺物か?」

 

「ああ、数年前に襲った商団が、何故か持っていてな。降参するなら今のうち「それって魔剣? 私も持ってるよ!!」

 

 サラは男の言葉を遮るように、自分の足元に伸びる影へと手を伸ばした。指先が影の表面に触れた瞬間、水面に波紋が広がるように闇が揺らめく。そして、星のない夜空をそのまま鋭利な刃へと結晶化させたような、平坦で冷徹な漆黒の刃が複数、影の中から音もなく天に向かって垂直に伸び上がった。

 

「!?」

 

「サラ……それは……」

 

「お父様が持ってたのを、貰ってきたの!!確か名前は--【影喰らいの魔剣】だったかなー?」

 

 突き出したサラの小さな手が、正面の男をに向けられる。その瞬間、天に向かって伸びていた刃の一つが、静かに地中へと倒れて影となった。直後、背後から強烈な光を当てられたかのように、地面を這う影が歪み、目にも留まらない黒い雷光のような軌跡が、野党の腕の影を正確に一文字に切り裂いた。

 

「は?」

 

 リーダーの右腕が、手にした魔剣ごと宙を舞い、草むらへとドサリと落ちる。だが、肉が裂ける音も、血が噴き出す音もしない。男の右肩の断面は、最初から腕など存在しなかったかのように、滑らかな皮膚で完全に塞がっていた。

 

「お見事……」

 

「どう!? これで私も、アレンの仕事を手伝えるってわかったよね!!」

 

 男は自分の右肩と、草むらに転がる自らの腕を交互に見つめ、声にならない悲鳴を上げて白目を剥きかけている。背後で這い起きた野盗の一人も、その異様な光景に完全に腰を抜かし、ガタガタと歯を鳴らしながら後退りした。

 

「降参するなら、今のうちだぞ。これ以上は、容赦しない」

 

「わ、わかった……許してくれ」

 

 リーダーは残された左手で地面を何度も叩き、涙と鼻水にまみれた顔で平伏した。サラは誇らしげに胸を張り、伸ばしていた影の刃を再び足元の闇へと溶け込ませる。そして、いたずらっぽく笑いながら、呆れ顔のアレンを見上げた。吸血鬼を舐めないでね、とでも言いたげなその表情を、アレンは手で遮る。

 

「面倒なことになるから、余計な事は言わないでいい」

 

「はーい。じゃあね、野盗のニンゲンさん!!」

 

 不満そうに頬を膨らませつつも、サラはアレンの隣へと歩幅を合わせた。二人はそのまま、本体の目的である、サラ殺害の依頼主の元へと歩みを進める。

 

 静まり返った街道には、乾いた風の音だけが吹き抜け、残された野盗たちは泥人形のように放心したまま、遠ざかる二人の背中をただ見送っていた。




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