星穹列車に乗車してから早数日。
俺なりに中々上手くやれてると思う。
あれからもう一度壁をすり抜けて元の世界に帰れないか試したが、残念ながら硬い壁に体を打ちつけただけで何も起こらなかった。
俺が元の世界に帰るには元の世界に帰るための選択肢が視界に現れるのを待つしかないみたいだ。
と言うわけで、俺は今の所元の世界には帰れない。
しかし、今の俺は星穹列車のナナシビト。
異世界転移物ではこれ以上無いくらいの滑り出しじゃないだろうか?
あの星穹列車に乗っているのだ。
一応様々な世界を旅する関係上絶対に安全とは言い難いが、それでも開拓の加護があるだけで十分儲けもんだ。
これから俺の順風満帆なナナシビト生活が幕を開くのだ!
「巡、コーヒーを淹れたの。良かったらどう?」
「⋯。」
俺のナナシビト生活は今ここで幕を下ろすのかもしれない。
姫子さんが持ってきたこの劇ぶっ⋯コーヒーはたった一滴でアフリカ象を昏倒させてしまうほどに不味⋯独創的な味をしている。
ここ数日で何度も口にしてきたが、一向に慣れる気がしない。
姫子さんはいつもコーヒーの淹れ方を変えているようで、毎回違ったベクトルの不味さのコーヒーをご提供さなってくれやがる。
その上⋯。
選択肢
1:飲む
2:飲む
3:飲む
選択肢もこの有様である。
飲む以外に選択肢が無い。
だから飲むしかない。
選択肢が浮かび上がっている時は俺の体は硬直状態に入り、自由に動かせなくなる。
更に選択肢の中から一つの選択を選ぶと今度はその選択に従って体が勝手に動く。
故に、俺は絶対に姫子さんのコーヒーから逃れられないのだ。
「⋯いただきます。」
俺は勝手に動く体に従ってコーヒーを口に入れる。
ここからが地獄だ。
この選択肢何をトチ狂ったのかしっかり味わってゆっくりコーヒーを飲ませてくるのだ。
何時ぞやプレイした同行クエストでヴェルトが姫子さんのコーヒーを飲んだ時の感想を「食道が張り裂けるような激痛が走った」と言っていたが、正にその通りだ。
とんでも無く不味く、とんでも無く痛い。
食道が張り裂けるような激痛が俺の胃袋を襲う。
おまけにゆっくりと味わっているせいでその痛みがじわじわとゆっくり襲ってくるのだ。
あまりの苦痛に意識が飛びそうだ。
「んぐ⋯んぐ⋯ぷはっ!」
やっと俺の体がコーヒーを完全に飲み干し、地獄の時間から解放された。
「どうだったかしら?今回は自信作なの。」
「⋯。」
選択肢
1:とても独創的な味だった。
2:世界一美味しかったよ!(好感度+5加えて姫子が調子に乗る)
3:馬鹿不味かった!(あなたは氏にます)
「⋯とても独創的な味でございました。」
「あんた昨日も一昨日も同じ事言ってたわよね?ボキャブラリーがないのかしら?」
それ以外に無難な感想がねえんだよ!
それ以外選んだら、俺の開拓が終末を迎えるんだよ。
⋯だが、しかし確かに感想のレパートリーが少ないのは考えものかもしれない。
これからずっと同じ感想ばかり言って誤魔化すわけにもいくまいし、姫子さんを褒め過ぎて調子に乗らせないかつ、怒りを買わずに上手く乗り切れるように語彙力を身に着けたほうが良いかも知れん。
なら、そんな時の頼れるお供スマホの出番だな。
俺はポケットからスマホを取り出して電源を入れる。
しかし⋯。
「あれ?」
「どうかしたの?」
「スマホの電源が入らない。」
おかしいな。
昨日までは普通に使えたのだが⋯。
毎晩寝る前に充電してる為、充電不足と言う線は薄い。
それに決して古いスマホという訳でもないので故障する筈もないのたが⋯。
だとするとこの世界とは別の世界の物故に不具合が生じたと考えるのが妥当か?
いや、でもだとしたら昨日まで使えた事に説明が⋯。
まあ、何でも良いや。
取り敢えずスマホの事は諦めよう。
スマホが無くても調べ物は出来る。
「姫子さん資料室を使わせてもらっても良いですか?」
「ええ、構わないわよ。でも、スマホは大丈夫なの?」
「大丈夫じゃ無さそうですけど、別に良いっすよ。スマホが無いと生きていけないわけでも無いし、不便があったらどっかのタイミングで買い換えればいい話です。」
そう言って、俺はその場を後にし、資料室へと向かう。
資料室と言えば、あの丹恒が自室としている部屋だ。
まだ列車には丹恒はいないし、そもそも資料室は部屋では無く学校で言う図書館の様な公共の為の施設なのだが、ゲームでの丹恒はそこに布団敷きっぱの状態で入り浸っていた。
それもゲーム⋯引いては今から少し未来の話なので、資料室には誰もいない。
なので俺はノック無しに資料室の扉を開けて中に入る。
「だっ誰じゃ!資料室は今オレが使っておる!オマエも利用したければちゃんとノックくらいしろ!」
「あっ!すみません!誰もいなと思ってたのでつい⋯。」
誰も使ってないと思われた資料室の中に入るや否や、そこには兎の様な長い耳をもつ珍妙な見た目の喋る小動物がいた。
「オマエ!名はなんと申す。」
「えっと⋯城藤巡です。」
「そうか、オマエが今の列車の乗員なんじゃな。オレの名はパム。この星穹列車の車掌じゃ!」
パム⋯。
パムってもしかしてあのパムか!
いや、スタレの世界に他にパムはいないし間違い無くこの人⋯いや、人じゃないな⋯。
この方が正真正銘本物のパム。
まさかこんなタイミングで出会えるなんて⋯。
「車掌さん、挨拶が遅れてしまい申し訳ありませんでした。改めてこの列車に同乗させていただいている城藤巡です。」
「そうかしこまらんでも良い。寧ろ挨拶が遅れたのはオレの方じゃ。少し復活に時間がかかっての。オマエ達の前に姿を現すのが少し遅くなってしまった。」
復活?
て事は一度死んだ⋯のか?
星穹列車は昔座礁して墜落したところを姫子さんによって修理されて再び開拓の軌道に乗った。
そして、姫子さんが開拓の旅を始めて暫くした頃に知らない内に列車にパムが現れたと言う話だった。
パムは星穹列車の妖精(?)見たいな存在らしいから一度列車が座礁してパムも消滅仕掛けて、そして姫子さんによって列車が修理された事で今復活した⋯と言うことなのだろうか?
「ところで巡、オマエは資料室に何の用で来たんじゃ?調べのもがあったのだろう?」
「あっはい。クソ不味いコーヒーを提供してくる同居人を上手くあしらう為の高度な処世術と語彙力を学びたくて。」
「そんなくだらん事の為に資料室へ来たのか⋯。」
「くだらなくありません。命にかかわります。何なら今から飲んでみますか?姫子さんのコーヒーを⋯。」
俺の苦悩をくだらんと一蹴するなんていくら車掌と言えど許せん。
パムには一度地獄を味わってもらう必要がある。
「いや、そこまで不味いならオレは遠慮する。」
「あれ?逃げるんですか?」
「⋯なんじゃと?」
「天下の星穹列車の車掌ともあろうお方がたかが"くだらん"コーヒーごときに怖じ気付いたんですか?」
「⋯良いだろう!ここまでコケにされては黙っておれん。オレもそのコーヒーを飲んでやる!」
「それでこそ車掌です!では参りましょう!」
俺はパムを連れて資料室を出て、姫子さんがいるラウンジへと向かう。
「姫子さんちょっと良いですか?」
「あら?もう調べ物が終わったの?」
「いえ、実はコチラに姫子さんのコーヒーをどうしても飲みたいと言う物好⋯ゲフンッ!お方がいまして。」
「お方?」
姫子さんは俺の含みのある言い方に疑問を覚えて俺の周りを注意深く注視する。
やがて、姫子さんの視線は俺の足元にいるパムに固定され遂にパムの存在を認知する。
「その珍妙な小動物は?」
「オレはパム。この星穹列車の車掌じゃ!」
「⋯ああ!車掌さんね。お会い出来て光栄だわ。私は姫子。星穹列車のナビゲーターをさせてもらっているわ。」
⋯かなりあっさり受け入れてるんだな。
まあ、姫子さんならある程度星穹列車に関する知識とか前もって履修してそうだしそんなに驚く事じゃ無いか。
「車掌さん、コーヒーを飲みたいと言う話だったわよね。今淹れるから待っててちょうだい。」
「⋯う、うむ。」
姫子さんはコーヒーポッドを取り出しコーヒーカップの中に禍々しいオーラを放つ真っ黒な液体を注ぐ。
「どうぞ。召し上がれ。」
「うっうむ⋯。」
パムは出されたコーヒーを前に絶句する。
しかし、あれだけ俺の前で大見栄言った手前、引く事は彼のプライドが許さないのだろう。
ゆっくりとカップを持って口に近付ける。
「っ!」
未だかつて味わったことのない衝撃。
本来普通のコーヒーからは放たれたないオーラと臭いが姫子さんのコーヒーから放たれている。
⋯あれ?この臭い⋯俺がさっき飲んだコーヒーと少し違う様な⋯。
「あれ?さっき俺が飲んだ物とちょっと違う?」
「あら?分かった?実は少しアレンジを加えてみたの。」
「アレンジ?」
「ええ。ほら。一見普通のコーヒーに見えるけれど⋯。」
姫子さんはもう一杯のカップにコーヒーを入れて、突然懐からライターを取り出し火をつけてコーヒーに近付ける。
すると次の瞬間、コーヒーに火が着いた。
「なんと可燃性なの!」
「パム!これは劇物だ!飲んじゃダメだ!」
「んぐっ!もう⋯遅い⋯。」
急いでパムがコーヒーを飲むのを阻止しようとするが、時既に遅し、パムが持っていたコーヒーカップは既に空っぽになっており、パムは泡を吹いて倒れていた。
「あら?どうしたのかしら?」
倒れたパムを前にして何が起きたのか全く理解していない姫子さん。
あんたのコーヒーが原因なんだよ!
と言ってやりたいが⋯。
そんな勇気は俺には無い。
頼む誰か助けて⋯!
そんな時、俺の前に例の選択肢が現れる。
選択肢
1:正直に姫子のコーヒーが激まずであると言う(姫子が悲しむ)
2:開拓者スラングを言って喧嘩を売る(好感度-10)
3:適当に誤魔化す
うーん⋯1を選びたいけど⋯。
姫子さんの悲しむ姿は見たくない。
なら⋯3しかないか⋯。
「⋯兎はカフェインを分解出来ないのでコーヒーは毒なんです。」
「あら、大変。どうしたらいいのかしら⋯。」
「安静にさせましょう。時間が⋯彼を癒やしてくれるまで⋯。」
取り敢えず何とか誤魔化せた。
今後は不要に誰かに姫子さんのコーヒーは飲まさないようにしよう。
「でもおかしいわね。ノンカフェインの豆を使ったのだけれど⋯。」
「⋯。可燃性が良くなかったのかな〜。」
姫子さんとの波乱万丈な開拓の旅はまだまだ続く。