アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
Tとセントライトの会食が行われた後の翌朝。ゆこま旅館の玄関前に一台の車が滑り込んできた。重厚な威厳を車体から漂わせるリムジンである。
「大変お待たせいたしました、マイレディ。事前に連絡しました通り、渋滞に巻き込まれてしまいまして」
「大丈夫ですよ、そーちゃん。5分程度なら問題ありません」
セントライトを見送るべく、玄関先にはこの旅館の女将・保科健子と、現在ここで修業中の若女将でありトレセン学園のOG・ユノハナブルームが並んで立っていた。
開かれた後部座席の窓から、セントライトが穏やかな眼差しを向ける。
「この旅館での素晴らしい時間に感謝いたします」
「貴女にそう言っていただけるとは。光栄です」
「ありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております」
深々と頭を下げる女将たちに見送られ、リムジンはエンジン音を響かせながら出発する。窓越しにセントライトが女将たちに向けて手を振り、ゆっくりと敷地を後にした。
リムジンの見送りが終わり、一息ついた保科が振り返ると、ちょうど玄関の戸が開いて次の宿泊客たちが出てくるところだった。昨晩の提督としてのひと仕事を終えたT、秘書艦であり今回は護衛も務めていた冬月、そしてまだ眠そうなアグネスタキオンである。
「本日はご宿泊いただき、誠にありがとうございました」
保科は深々と頭を下げる。Tは苦笑いを浮かべながら手を軽く振った。
「ああ、保科さん。PR企画の時のこともありますし、そこまで堅苦しくしなくても……」
「いえ。あの時と違って、今回はお客様としてお越しいただいている以上、相応の対応をさせて頂くのがこちらの筋でございますから」
ぴしゃりと言い切る保科のプロ意識に感嘆するTの横で、ユノハナブルームは玄関から取り出したバインダーに目を落とし、送迎バスの運行スケジュールを確認していた。
「トレセン学園行きの送迎バスが出るまで、まだ少々お時間がございますが……学園へお帰りになるんですよね?それまでお茶でもいかがですか?」
「いや、別に迎えの車を手配してあるんだ。今回は都合で、送迎バスの時間よりも早く学園へ戻りたくてな」
冬月が淡々と事情を伝えた、まさにその瞬間。先程のリムジンとは全く違う、独特の走行音が聞こえてきた。自動車の音ではあるが、現代の乗用車が発するそれとは明らかに異なる。
現れたのは、現代の路上ではまず見かけることのない、まるで博物館からそのまま飛び出してきたかのようなクラシックカーだった。丁寧に磨き上げられた漆黒のボディが、朝の柔らかな光を反射して美しい輝きを放っている。
「お待たせいたしました」
車が滑り込むように停車し、降車した運転手によってドアが開けられる。
「それでは、お世話になりました」
一行が車内へと乗り込み、Tが挨拶を交わすと、クラシックカーはゴトゴトという音を立てて走り去っていった。
遠ざかる黒い車体を見送りながら、保科とユノハナブルームは抱いた疑問を口にし始めた。
「……■■トレーナーが提督だとは聞いちゃいたから、運転手が居るのは理解できるけど。だとしても、あんな時代がかった車を使うものかねぇ」
「そういうクラシックな趣味があったりするんじゃないんですか?」
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一方、出発した車内。現代的な自動車よりも少しばかり振動が強いシートの上で体を揺らしていたタキオンが、外を流れる景色から目を戻し、同乗するTへ視線を向けた。
「トレーナー君。鎮守府の公用車を使うとは聞いていたけれど、このやたらと古めかしい車はなんだい?乗り心地は許容できる範囲だが、いくら何でも時代錯誤が過ぎるんじゃないか?」
タキオンが興味深そうに車内を見回すと、Tは少しばつが悪そうに答えた。
「……鎮守府って、大体こうなんだよ」
艦娘という特殊な戦力を運用する鎮守府では、それに合わせた航空機や車両として、かつての大戦で使われていたものなどを再生産して運用している。だが前線で戦う兵器だけでなく、一部の公用車や施設・設備についても当時の古めかしい様式のものを使用していることもあった。一行が乗車しているクラシックカーも、旧海軍が将官向けに使っていたものを再生産し、鎮守府の公用車としているものであった。
「ふぅン……古き良き歴史の保存か、それとも単なる懐古趣味か」
タキオンは話を切り上げ、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべてTに顔を近づけた。
「まあ車の話はいいさ。それよりだ、トレーナー君。誰との会食だったのかを、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないのかい?昨夜は頑なに口を割らなかったがね。こうやって鎮守府の公用車を使用しているということは、トレーナーとしてではなく、提督としての仕事だったんだろう?」
Tは小さく溜め息をつき、隣で黙って座っている冬月へ一瞬だけ視線を送ってから腹を括った。
「……確かに、もう終わったことだしタキオンが手出しすることも無いから言っても大丈夫だな。昨夜の会食相手はセントライトさんだ」
「ええーっ!?あのセントライトと会食だって!?」
車内にタキオンの素っ頓狂な叫び声が響いた。セントライト。言わずと知れた、日本のレース史上初のクラシック三冠を達成した伝説的なウマ娘。そして現在は未来のウマ娘たちやレース界のために、多様な分野へ巨額の投資を行っている。レースと実業の両方で名を馳せる、超大物だ。
「あんな雲の上の存在と、ウマ娘を指導するトレーナーとしてではなく、軍事組織を指揮する提督という立場で会食をしたというのかい?」
落ち着きを取り戻すも、色々聞き続けるタキオン。Tの顔が曇り始める。
「タキオンだって家のこともあるし、そういう格式高い会食の経験くらいあるだろう。それに『Dream Fest』の企画をやっていた時に、彼女は何回かトレセン学園にもいらっしゃっていたから、顔くらいは見ただろう?」
「確かにそういう経験はあるにはあるし、企画の時に見かけたりはしたよ。だが、それとこれとは話が別だ。相手の規模と影響力が桁違いだし、一対一でのやりとりとなればなおさらだ。第一、彼女が投資や支援を行っているのはウマ娘に関する事業が大半だろう。軍事組織の指揮官たる提督という立場で会食するなど、一体どういう事情があるというんだい?」
「……こうやって根掘り葉掘り追及してくるから、本当は言いたくなかったんだよ」
Tが嫌そうに顔をそらすと、はぐらかされたタキオンはますます身を乗り出して詰め寄ろうとした。だがその時、タキオンは気付いた。冬月が静かにじっと見つめてきている。無言だが、下手にお小言を言われるよりも威圧感が強い。
「……っと。まあ、なんだ。君にも色々と立場というものがあるのだろうからね。これ以上は止めておくことにしようじゃないか」
タキオンはすっと背筋を伸ばして元の座席位置へと引き下がり、何事もなかったかのように大人しくなったのだった。