アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
旧理科準備室に、二人のウマ娘が姿を見せていた。一人は、直線と最速を至高の価値とするカルストンライトオ。もう一人は、職人気質で落ち着いた性格のビリーヴ。どちらもアグネスタキオンの同期だが、短距離路線で活躍する彼女たちがこの部屋にやってくる頻度は高くない。
部屋の半分を占める研究室で、タキオンは先ほどTから……厳密にはタキオンのほうから見たいと言い出して貰った、ある冊子を興味深そうに眺めていた。それはかつては旧日本海軍の、現在は海上自衛隊の重要な拠点であり、そして秋月型駆逐艦8番艦・冬月が建造された地でもある、舞鶴の観光案内パンフレットだった。
「ふぅン……トレーナー君も本業で度々訪れているそうだが。おや、これは古い建物を転用した商業施設と」
「……その冊子、少し見せてもらっても?」
それまで殆ど口を開かないでいたビリーヴが、冊子に興味を向ける。彼女の目に留まったのは、誌面に大きく掲載された舞鶴の名物、赤レンガ倉庫だった。
「長い歴史の中で、数えきれないほど雨風に晒されて、それでもこうやって何かしらの形で使われ続けている……レンガの積み方も……知識としては知っている建物ではあるけど、いつか本物を、昔の職人の仕事で組み上げられたレンガ造りの構造を見に行きたい」
「そうだ。レンガは素敵だ」
ビリーヴが目を輝かせていると、ライトオが便乗するかのように語り始めた。
「四角い。曲線などという無駄なものを持たない、直線のみで構成された完璧な立方体。これぞ至高の造形です。レンガを組み合わせて造った丸っこい建物は気にいりませんが。それはそれとして『レンガ』というカタカナの表記も実に直線的で素晴らしい」
「……ライトオ君。カタカナでも書き方次第では曲線が多いと思うよ」
タキオンは呆れたように指摘した。
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ある日の昼下がり。学園の敷地内でライトオは急いでいた。商店街のパン屋の新商品として、猫の形をした菓子パンが売られているという情報を耳にしたのだ。無類の猫好きの彼女は売り切れる前に最速で買いに行かねばならないと、相当な速度で、しかも直線的な進路を強行している。
しかしその進路の先に、午後からの書類を抱えて並んで歩くTと冬月の姿があった。
「前方にタキオンのトレーナーさん!あっこれは無理ですね」
「え?ちょ、危な」
Tが気付いた時にはもう遅かった。目にも留まらぬ速さで突進してきたライトオは、冬月に衝突した。少女同士の接触とは思えない鈍い音が響き渡り、吹っ飛ぶライトオ。
「ぐあー!?痛い痛い!骨が軋むようなこの圧倒的な衝撃、まるで鋼鉄の壁に体当たりしたかのようです!」
ライトオは大げさにその場にひっくり返り、本気か演技かよく分からないほどの猛烈な勢いで痛がり始めた。
「大丈夫か!?冬月のほうも怪我は……って、冬月は無傷だな」
「私は平気だ。損傷は無い。それより、そちらの彼女は……」
「いえ大丈夫です。私は最速ゆえに立ち直りも早い。それではまた」
心配するTたちをよそに、ライトオは瞬時に起き上がると、何事もなかったかのように走り去っていってしまった。
しかし走りながらも、彼女の頭の中には小さな疑問が浮かんでいた。
(そういえば、さっきの白い女の人。ウマ娘である私と衝突して、微動だにしておらず平気そうでしたね。見た目からしてウマ娘ではない一般のヒトのはずなのに。というか、むしろ私のほうが盛大に吹き飛ばされていなかったか?)
ウマ娘の頑強な肉体と圧倒的な速度。それをフルに発揮した状態のライトオとの衝突をものともしない、あの少女の底知れない耐久力。走りながらその不思議な感覚に疑問を抱き、思考に気を取られた瞬間。
「ぐあー!?」
今度は敷地内の木に衝突し、ライトオは再び派手に転がるのだった。
同日の夕方、夕日に赤々と照らされる商店街。買い物をしていたビリーヴは、人混みの中で見覚えのある人影を見つける。同期のタキオンと、その担当トレーナーのT。そして冬月だった。ビリーヴにとっても冬月は、時折学園で見かけるが素性はよく知らない白い人、という扱いだった。
見れば、実験に使う消耗品や大量の角砂糖をタキオンが買い込んだせいで、Tの両手はすでに持ちきれないほどの荷物で完全に塞がっている。
「すまない冬月。あまりこういった場所で見せるものじゃないが……手伝ってくれ」
困り果てたTが申し訳なさそうに、冬月へ荷物持ちを頼んだ。指示されたのは、中身が詰まって物凄く重そうな、ひとつの大きな段ボール箱。だが、冬月はその箱に両手を添えると、重さを一切感じていない、というような平然した表情で抱えてみせた。
「流石だねぇ。だが周囲からの注目を集めるのも良くないのだろう?早いところ戻ろうか」
「お前が一度に買い込むからこんなことになるんだろうが!」
Tに突っ込まれるタキオン。一行は学園へ向けて歩き出した。
その一部始終を離れた場所から目撃していたビリーヴは、衝撃を受けていた。
左官職人の祖父の仕事を眺めるために作業の現場によく行っていた彼女は、周囲で行われる重い機械を用いた建設作業や資材の運搬の様子も見ており、ヒトの肉体的な限界や重量の感覚をよく知っている。あの段ボール箱は耐久と容積の限界ギリギリまで中身が入っており、ウマ娘でなければ持ち上げることができない状態だったのだ。
(あの腕力……ウマ娘に匹敵する身体能力を持つヒトは、少なからず存在すると言われているけれど。あの白い人もそうなんだろうか?いや、だとしてもあれは……)
ビリーヴは驚きを隠せなかったが、気を取り直して次の買い物先へ向かった。