アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
トレセン学園の芝トレーニングコースに心地よい風が吹き抜けている。段々と日が沈み始める中で、アグネスタキオンは軽やかな足取りでラストの直線へと滑り込み、ゴールを迎えた。額に浮かんだ一筋の汗を拭いながら、ゆっくりと歩調を緩めて息を整える。
現在のタキオンのトレーニングメニューは、一般的なウマ娘のそれに比べると負荷が控えめなものになっていた。脚部のコンディションが一定の落ち着きを見せているとはいえ、一度は破綻しかけた箇所であることに変わりはない。そのため、下半身への強い負荷を避けるために腕部や体幹の強化を中心とする筋力トレーニング、そして今回のような軽めのランニングが中心であった。
担当トレーナーであるTも、タキオンの繊細な脚部の事情を理解している。加えて、彼女自身が優れた研究者として自らの肉体のデータを把握・管理できていること、さらにはTが提督としての多忙な業務を並行して抱えているという背景もあり、Tは状態を入念に確認してメニューを作成しつつも、過度な追い込みや危険なアプローチを確実に避ける方針を貫いていた。またメニューについてはやり過ぎないよう管理するためだけでなく、Tが傍で監督していなくてもトレーニングを進められるように構築されており、Tが多忙な日はタキオンがひとりでこなしている日もある。
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「ふぅ……よし、こんなところかな」
タキオンはコース脇に立ち、呼吸を整えながら飲料のボトルを傾けた。ちょうどその時、コースからほど近いところにに人影が見えた。Tと冬月だ。手元に何らかの資料や仕様書らしきファイルを開き、二人は静かに言葉を交わしながら歩いている。
「提督。上から降りてきて工廠で今進められている、新型艦上戦闘機の仕様についてだが」
「例のヤツか。艦戦型震電の設計を基礎とし、新機軸の高速戦闘機として仕上げると。運用試験は飛龍が主に担当するんだったな」
「そうだ。30mm機関砲4門はそのままに、発動機をレシプロ機関から換装することで最高速度の大幅な向上を目指すとか」
「しかし最近になってようやく震電系列の生産が本格化してきたのに、そこから部品を割いて試験機を造ることになるからな……配備済みの機に影響が出そうだ」
会話を耳に挟みながら、タキオンはふと空を見上げた。
『最も速いウマ娘が勝つ』 レースの世界で語り継がれる言葉だ。クラシック三冠の初戦・皐月賞を評するその言葉の通り、タキオンは圧倒的な才能と速度で、無敗のまま皐月賞のゴールを駆け抜けた。
だが、その直後に訪れた脚部の限界。ウマ娘としての可能性を追求する道半ばで、トゥインクルシリーズからの電撃的な引退を余儀なくされた。
引退後、しばらくは脚部の治療と研究に専念する日々が続いた。体調や脚の状態が安定を取り戻したことで、やがてドリームトロフィーリーグへと移籍。今ではこうして、無理のない範囲でレースの舞台に再び立つことができている。
思い返せば、レースに出走すること自体を『肉体と可能性のデータを収集するための研究の一環』と思っていたし、引退についても割り切ろうとしていた側面は強く、周囲にもそのようなことを言いつつ平常心を保っているように見せていた。しかし本心を言えば、走りへの未練を捨てきれていなかったのもまた事実。本来なら日本ダービーに菊花賞、シニア期に入ってからも宝塚記念を走るはずだった。そして同世代のジャングルポケット、マンハッタンカフェ、ダンツフレームがそれらのG1レースを制して脚光を浴びていた時など、心の底に燻る感情を持て余して荒れていた時期さえあったのだから。
(……だが、今は)
タキオンは自らの手のひらを握り込み、それからゆっくりと解いた。身体の状態も、かつての棘立った感情も、今は驚くほど穏やかに落ち着いている。研究を第一に据えながらも、Tの手厚い管理のもとで大好きな走りとも付き合い続けられている。
(ウマ娘として、研究者として。今のこのバランスは、案外悪くないのかもしれないな)
小さく息を吐き出し、口元に微かな笑みを浮かべる。
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「おや、二人とも。随分と熱心のようだねぇ」
タキオンは話の区切りがついたタイミングを見計らい、二人の元へと歩み寄った。
「お疲れ様、タキオン。今日のメニューはこれで終了だ。息は整ったか?」
「ああ、大丈夫だよトレーナー君。それより……さっき冬月君と話をしていた『新機軸の高速戦闘機』とやらに、少々興味があってね」
ニヤリと怪しげな笑みを浮かべたタキオンは、Tの顔を覗き込むように身を乗り出した。
「どのようなエンジンを積み、どんな空力特性を目指しているんだい?新機軸というくらいだから、さぞかし速くて凄いのだろう。トレーナー室へ戻ったら、ぜひともその計画書をじっくり見せてもらおうじゃないか」
「おい、鎮守府の軍事機密に関わる部分もあるんだから、何でもかんでも見せるわけにはいかないぞ」
「硬いことを言わないでおくれよトレーナー君!私と君の仲じゃないか!」
「私とお前の仲だからこそ、お前が何かしでかしそうで怖いんだよ!」
ぎゃいぎゃいと騒がしい会話になる中で、冬月がタキオンを見ながら切り出す。
「提督、そろそろトレーナー室へ戻ろう。書類の整理が残っている。それと、それ以上追及するようだったら……」
「うっ……わかったよ。全く、冬月君には敵わないねぇ」
「ほらほらタキオン、戻るぞ」
呆れ顔のTと、淡々と帯同する冬月。その二人について行きながら、タキオンも戻っていくのだった。