アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー   作:AIのタンクもどき

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渋滞って怖いですよね。


第13話:よろしく入渠ドック

「やあやあトレーナー君!今日も良い天気で実験日和……」

 トレーナー室の扉を開けて勢いよく滑り込んできたアグネスタキオンは、そのまま片足を上げた姿勢でピタリと動きを止めた。部屋の中がやたらと静かだ。Tが執務机でパソコンに向かって事務作業を進めているが、普段なら冷ややかな目でタキオンのことを見る秘書艦の姿がない。彼女が使っている机の上には、整然と揃えられた書類の山だけが置かれていた。

「……トレーナー君。冬月君はどうしたんだい?」

「それがな、冬月は鎮守府で入渠中……ドック入りしてるんだ」

 Tは執務机から顔を上げ、キーボードを打つ手を止めて答えた。

「こっちでの仕事が続いてしばらく鎮守府に戻ってなかったから、整備を受けることになってな、各部の点検に修理、あと機関部とかの清掃もしてるんだよ。煙突に煤とか溜まるから」

「ふぅン……点検に修理、ね」

 その言葉を聞いた瞬間、タキオンの瞳に妖しい光が宿った。口元がぐにゃりと歪み、獲物を前にした肉食獣のような悪い笑みが浮かぶ。天敵である冬月がいない。つまり、今のトレーナー室は無防備な実験場も同然ということだ。

「そうかそうか!それは実に素晴らしい!」

「タキオン、その顔はまさか良からぬことを考え……おい待て!」

「さあトレーナー君、新作の超濃厚栄養剤だ!身体の細胞ひとつひとつが覚醒する感覚を味わいたまえよ!」

「ぐおっ!?んごっ、ごくごく。ぶはっ……!お前な、力づくでそういうことをやるんじゃない!」

 

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一方その頃、神奈川県横浜市・新保土ヶ谷インターチェンジ付近。夕方が迫っていることで交通量が増え、各所では工事も行われている。そのため渋滞が発生しており、そこら中でブレーキランプが赤く光っていた。

(……これは、不味い)

 漆黒のクラシックカーの後部座席で、冬月は静かに眉をひそめた。横須賀鎮守府での整備を終えた冬月は、鎮守府から預かった大量の書類や報告書を抱えつつ、トレセン学園へと戻る途中だった。だが、この渋滞によって足止めを喰らっている。

(私が留守にしているということは、あのアグネスタキオンを抑える者がいないということだ。提督がいくら注意したところで素直に従うとは思えない。やるとしたらトレーナー室だろうから、他の生徒たちが静止してくれるとも限らず……いや、そもそも同期たちの言葉も響かないだろうな)

 

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 幸いにもタキオンが投与した栄養剤に害はなく、むしろTの疲労が吹き飛ぶほどの効果を発揮した。しかし。

「……というわけだ。いくら副作用が出なかったからといって、同意も無しに無理矢理に薬を飲ませていい理由にはならん!」

「そんなことを言うなよトレーナー君!現に君の体調はすこぶる良好だろう?疲労回復効果は劇的だったはずだ!」

「結果論だ!結構な頻度で変な副作用が出るから、お前の薬とやり方にある程度慣れてる俺でも怖いんだぞ!?」

 冬月がいない隙を突いて力尽くで投薬してきたタキオンに対し、Tは厳しくお説教を続けていた。

 

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 焦りを覚えた冬月は、鞄からスマートフォンを取り出した。提督に状況を報告しようと電話をかけるが、渋滞のせいで電波状況が悪く、一向に繋がる気配がない。酷いときは圏外という表示も出ていた。

(電話が無理なら、LANEでメッセージを送るしかないか。内容もそれほど機密性の高いものではないだろう)

 画面を操作し、アプリにメッセージを打ち込んで送信ボタンを押す。しかし、読み込みマークがぐるぐると回り続けるだけで、送信完了という表示が出ない。

 そうこうしているうちに、スマートフォンの画面が暗転して『シャットダウンします』と表示され、そして電源が落ちた。バッテリー切れである。

(しまった……!)

 渋滞のことを想定していなかったので、モバイルバッテリーは持ってきていない。今時の乗用車であればダッシュボードに充電ケーブルを繋ぐ設備があるだろうが、この車にはUSBポートはおろかシガーソケットすら装備されていない。以前ゆこま温泉郷からの帰路で使用した公用車と同型の、旧海軍の将官用車両を再生産した自動車だからだ。

(参ったな……)

 静かに溜め息をついた冬月は、窓の外でまったく動けずにいる車たちを無力感と共に見つめるしかなかった。

 

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 ふと、Tは壁の時計に目をやった。

「……それにしても冬月の帰りが遅いな。横須賀からの戻りなら、そろそろ着いててもおかしくない時間なんだが」

「案外、あっちで美味しいものでも食べて羽根を伸ばしているんじゃないのかい?」

「冬月に限ってそれはない。何かトラブルでもあったか……連絡も来ないしな」

 Tが心配そうに携帯電話を確認していたまさにその時、パタンと音を立ててトレーナー室の扉が開いた。

「すまない、今戻った」

 冷静沈着な様子は普段通りのままだが、少し冷や汗をかいている冬月が駆け込んできた。書類が沢山入った鞄を手にしている。

「帰ったか。随分遅かったが、何かあったのか?」

「それが、道中で大規模な渋滞に巻き込まれてな……電波が悪くて連絡が上手くいかず、携帯電話も充電切れを起こしてしまっていたんだ」

 事情を説明する冬月に、Tはにこりと笑顔で返す。

「そうだったのか。無事なら何よりだ。入渠でも問題は無かったのか?」

「あぁ。大きな問題も無かったし、煤も綺麗に掃除してもらったよ」

 

 冬月は連絡を終えると、チラリと視線を横に向けた。そこには、ソファーで魂が抜けたようにぐったりとしているタキオンの姿があった。

「……様子を見るに、私が不在の間に何かあったようだ。今からでもつまみ出すか?」

 冬月がすっと目を細め、静かな威圧感を漂わせながらタキオンに近づく。しかし、Tは苦笑しながら手を振って制した。

「大丈夫だ。この通り、もう十分に説教した後だからな。投与された薬も今回はただの栄養剤で副作用もなかったし。これで懲りるとも思えんが、今日のところはこのままにしてやってくれ」

「わかった」

 冬月が自分の机に戻って書類の整理を始めると、ソファーの上で伸びていたタキオンが小さく安堵の息を漏らした。

「冬月君につまみ出されなくて済んだのは幸いだが、トレーナー君の説教があれほど精神に響くものとはね……次回からはもう少し投与のシチュエーションを考えさせてもらうよ」

「やっぱり反省してないじゃないか。次は冬月に容赦なく対応してもらうからな」

「勘弁しておくれよー!」

 ソファーに座ったまま天井を仰ぎつつ、タキオンはこぼした。

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