アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
また、今回から他の艦娘たちがちょいちょい登場するかも。
ある朝の栗東寮。アグネスタキオンとアグネスデジタルが使用している部屋にも柔らかな光が差し込んでいた。部屋の片隅では、デジタルが丁寧に乾いた二人分の洗濯物を畳んでいる。その手付きは手慣れたものであったが、ふと手を止めてタキオンへと視線を向けた。
「タキオンさん。次に参加する即売会の開催が近づいてきてまして。これからしばらくの間、夜遅くまで作業したり原稿したりで、ちょっとお部屋がやかましくなっちゃうかもしれません」
「ふむ?構わないよ」
タキオンは鏡の前で白衣に袖を通しながら軽やかに答えた。以前は同人活動についてひたすら隠そうとしていたデジタルだが、既に学園のそこら中でバレていることもあり、今ではあまり事情を隠さなくなっていた。
「君の創作活動に口を差し挟むつもりはないからね。お互い己の探求に没頭する身だ、遠慮はいらないよ。それに、私も今日は新作の栄養剤の開発に取り掛かるんだ。研究室で忙しくしているから、私の目を気にせず存分に作業したまえ」
「助かります~!」
感謝の言葉を口にするデジタルを横目に、旧理科準備室へ向かうべく身支度を整えるタキオン。
タキオンが部屋の出口へと向かおうとしたその時、後ろからデジタルのぶつぶつと呟く独り言が耳に届いた。
「……栄養剤と言えば、あのドリンクって大丈夫なんですかねぇ……印刷会社の娘としては極道入稿は避けてほしいけど、多分何かしら事情が……それ以前にあの人の体が心配というか……」
「おや、デジタル君。何か気になることでも?」
タキオンが振り返って尋ねると、デジタルは跳ね上がるように驚いた。
「ひゃぁっ!?あ、あたしの独り言!聞こえてましたか!?」
「お互いウマ娘なんだからあれくらいの独り言は普通に聞こえるだろう。それはともかく、何を気にしていたんだい?」
デジタルはどうにか呼吸を整えると、心配事の説明を始めた。
「……実は、あたしの知り合いの同人作家さんがいまして。お盆と年末の年2回ある大きな即売会の直前になるといつも修羅場……印刷会社の締切の直前になって原稿を進めることですが、その時に得体の知れない栄養ドリンクみたいなものをガブ飲みしながらやっていらっしゃるみたいで」
「得体の知れない栄養ドリンク、ねぇ」
「はい。あたしも趣味の繋がりと実家の仕事で、色んな作家さんが修羅場になってるのを見てきました。頼み込まれてその作家さんの本を刷ったこともありますが、即売会でお見かけすると凄い隈で。エナジードリンクとかで眠気を飛ばして、徹夜で作業を進めるのはよくあることですが……あのドリンクだけは市販されているのを一度も見たことがないんです。体に変な影響が出ないか、見ていてちょっと心配で……」
事情を事細かに話しながら、デジタルはスマートフォンを取り出し、画面をタキオンに見せた。
「これなんですけど。その作家さんが修羅場の時にUmatterに投稿した、液晶タブレットを直撮りした進捗報告の写真なんです」
画面には、描きかけの原稿が映し出された液晶タブレットと、その周囲に転がる何本もの茶色の小瓶が映っていた。
「お盆と年末の即売会前はいつもこうで……他の即売会には参加なさってないくらいなので、リアルの生活が忙しい方なのかもしれません」
タキオンの視線は液晶タブレットではなく、その小瓶のラベルへと吸い寄せられた。深緑色の地に、鮮やかな赤丸と雷を思わせる黄色い電撃の模様。現代の一般的な清涼飲料水や医薬品とは一線を画す異質なデザインであった。
「……ふむ、ラベルに文字が書かれていない。市販されているのを見たことが無いと言ったが、これは本当に流通していない物かもしれないねぇ」
タキオンの目が鋭く細められる。
「デジタル君。この画像だけ、私のスマートフォンに送ってくれたまえ」
「え?あ、はい!分かりました!」
画像の転送を確認すると、タキオンは一言礼を言い、興味深そうに口元を歪めながら部屋を後にした。
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トレーナー室。今日もTと冬月が業務を進めている。そこへ入ってきたタキオンは、挨拶もそこそこにスマートフォンの画面をTと冬月の目の前へと突きつけた。
「トレーナー君、冬月君。少々面白いものを見つけてね。これを見てもらいたい」
「なんだ突然……」
Tと冬月が画面を覗き込み、そこに映る茶色の小瓶とラベルの模様を目にした瞬間、その表情が固まった。
「……タキオン、これは一体どこで手に入れた画像だ?」
「私の同室のデジタル君からの情報提供だよ。とある作家が愛飲している、市販されていない飲料のようだが……見覚えがないかい?以前、君から見せてもらった航空機の識別表に載っていた機体のマーキングに酷似していると思うのだがね」
鎮守府が開示している資料の中には、航空機の識別表がある。民間の船舶や航空機などが見知らぬ航空機と遭遇した時に、鎮守府の機体か深海棲艦の機体かを判別できるようにするためだ。そしてタキオンが指摘する通り、瓶のラベルは旧日本海軍の戦闘機で使用された塗装とマーキングによく似ていた。
「提督、これは……」
冬月が言うと、Tは深い溜め息を吐く。そして痛む頭を押さえるようにこめかみを押さえた。
「……局地戦闘機『雷電』で使用された塗装によく似たラベルの瓶。そしてこのタブレット端末。間違いない」
Tは椅子の向きを変えると、執務机の上に置かれた鎮守府直通の黒電話の受話器を取り上げ、迅速にダイヤルを回した。
「■■だ……大淀か?至急、秋雲を呼んでくれ」
しばらく経った。すると受話器の向こうからは慌ただしい足音と、どこか陽気な声が聞こえてきた。
<<もしもし~提督~?原稿中でさ、手伝ってもらってる巻雲と風雲にも迷惑かかるから手短に>>
「今は例の即売会の時期じゃないだろうが!どうせまたホーネットあたりを巻き込んでデッサンとかしてたろ!」
<<あ、バレた?>>
「……まぁそれは一旦置いておく。SNSの投稿についてなんだが、こっちのほうで……」
ふと、Tが口ごもる。デジタルからの情報提供であることは知っているが、彼女の作家としての名義を知らないので、情報提供元を伝えられないのだ。
「……タキオン。アグネスデジタルの作家としての名義って……」
「あぁ、『ももいろしっぽ』とか言ったような……」
小声でのやりとりを素早く済ませると、Tはすぐに秋雲との会話を再開した。
「……『ももいろしっぽ』という人が怪しい飲み物を飲んでて心配という話をしててな。それでUmatterの投稿の画像で、机の上に転がっている例の瓶が写り込んでたぞ」
<<げっ!?>>
短い叫び声が響くと、今度は電話越しでも顔が青ざめる様子がわかりそうなほどに静まり返った。
「所属や機密に関わるような物品の写り込みに気を付けろ。SNS自体を禁じはしないが、不用意な投稿は慎め。すぐに該当の投稿を削除するんだ」
<<あ、あはは……ごめん!すぐ消します!……というか、ももいろしっぽさんってそっちの学園の生徒か。レース出てるんだからそりゃそうか……>>
ガチャリと受話器を置いたTに、タキオンが身を乗り出すようにして詰め寄った。その瞳にはギラついた好奇心が宿っている。
「ほう……!トレーナー君、今の電話は実に興味深いねぇ。あの瓶と飲料について、随分と事情を知っているようじゃないか。あれは何なんだい?どのような成分が含まれているのかね?」
「水メタノール……いや、元気が出る栄養ドリンクみたいな、そういう物だ。だがな、あれはヒトやウマ娘が軽々しく口にしていいものじゃない」
Tがそれ以上追及させまいと突っぱねた、その時だった。横で静かに控えていた冬月が耳打ちした。
「……その言い方では、かえって誰が飲んでいるのかを察せられてしまうのではないか?『水メタノール』まで言ってしまったし……」
「あっ」
Tがしまったという顔をした瞬間には、すでに遅かった。ウマ娘の優れた聴力で、冬月の囁きまで一切逃さずに聞き取られていたのである。
「……ふふ、ふははは!」
タキオンが愉悦に満ちた笑い声をあげる。
「素晴らしいよ冬月君!大変参考になったよ!ヒトやウマ娘が飲むものではない、そして誰が飲んでいるのか……つまり、『艦娘専用』の飲料ということだね!?」
「……しまった」
冬月は自身の失言に気づき、静かに目を伏せた。
「艦娘の身体構造と代謝メカニズム、そしてあの特殊な飲料の成分……!研究者として見過ごすわけにはいかないな!さあ、詳細を教えてもらおう!ついでに艦娘の私生活のデータも欲しいな!即売会に参加したりと、冬月君とは違って随分と文化的な生活を送っているようじゃないか!」
墓穴を掘った冬月と頭を抱えるTの前に、瞳を輝かせたタキオンが楽しそうに立ちはだかるのだった。