アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
ある日の昼前。トレーナー室の扉が、遠慮のない音を立てて開いた。
「やあトレーナー君!今日の実験を……おや?」
白衣を翻して部屋に足を踏み入れたタキオンであったが、すぐさま首を傾げた。部屋の奥にある執務机には誰も座っておらず、静まり返っている。そこに居たのは、自身の机で黙々と書類にペンを走らせている秘書艦の冬月だけであった。
「冬月君。トレーナー君はどうしたのかね?姿が見えないようだが」
タキオンが尋ねると、冬月はペンを止めずに淡々と応じた。
「提督なら急用で、横須賀鎮守府に出向いている。今日の夕方まではこちらに戻らない予定だ」
「……そうか、つまらないな」
あからさまにつまらなさそうな顔をしたタキオンは、そのまま帰るでもなく、暇を持て余して冬月のデスクへと歩み寄った。そして、何を思い立ったか白衣の袖を使って、冬月の背中や肩を後ろからぺしぺしとつつき始めた。
「冬月君。鎮守府とはどのような場所なんだい?興味深い研究施設でもあるのかね?」
「……静かにしてくれないか。作業の邪魔だ」
「冷たいなぁ。トレーナー君がいないのだから、君が私の話し相手になってくれてもいいだろう?そうだ、昨日の実験では新しいアプローチを試してみたんだが」
冬月がどれだけ素気無くあしらおうとも、タキオンは全く気に留める様子もなく、白衣の袖でつつきながら延々と自説を語り続けている。
(……早く戻ってきてくれ)
冬月は表情ひとつ変えずに書類整理を続けながら、静かに溜め息をつくのだった。
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同じ頃、横須賀鎮守府の敷地内にある甘味処。通常の食堂とは別に給糧艦の間宮たちが運営している施設で、様々な艦娘たちが普段とは違う食事を楽しむための場所であるが、今日は苦しんでいるTの姿があった。
事の発端は数時間前。鎮守府に戻ったTに対し、重巡洋艦の足柄が話しかけてきたことから始まる。
「提督!聞いたわよ!出向先の中央トレセン学園の食堂では、ウマ娘向けに驚異的な大盛り料理が振る舞われているそうじゃない!」
「ああ、まあ事実だが……」
「素晴らしいわ!私も一度その学園の食堂で、限界を超えるような大盛りカツ料理に挑んでみたいものね!」
「いや、冬月を学園に帯同させるだけでもかなり大変で、秘書艦だからなんとか許可は貰えたという感じだったんだ。それ以外の艦娘が学園の施設を自由に利用するのは厳しいと思うぞ」
Tとしては事実をありのままに伝えたつもりだったが、これが良くなかった。足柄の情熱に変な方向で火が点いてしまったのである。
「そうなの。学園の食堂が使えないのは非常に残念だけど……だったら、ここで学園と同じような特大トンカツを作ればいいだけの話よ!」
「は?いや、足柄。ちょっと」
艦娘は特殊な消化器官を持ち、ウマ娘と同様に摂食量が多い者も居る。だが、足柄が狂喜乱舞しながら甘味処の厨房で揚げて振る舞ったのは、厚さ数センチはあろうかという巨大なトンカツの山であった。あまりの量にとてもTと足柄だけでは消費しきれず、足柄と交流していることが多い霞、朝霜、清霜、杉、榧、樫といった駆逐艦たちを急遽呼び集めて協力してもらった。
「ちょっと、どうなってんのよこの量……!」
「あ、あたいのタービンが油にまみれちまう……」
とはいえ、艦娘であっても限度というものがある。6隻は胸焼けを起こし、テーブルに突っ伏してしまっていた。
「あ、足柄……すまん、俺はもう学園へ戻らなきゃならない……」
Tは息も絶え絶えになりながら、甘味処に駆けつけた大淀に丸投げするような形で託し、必要な書類を抱えると急いで横須賀鎮守府を後にしたのだった。
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夕刻近くのトレーナー室。タキオンによる白衣の袖攻撃と怒涛の実験トークは未だに続いていたが、冬月は完全にそれを受け流していた。そうしていると、静かに扉が開く。
「……戻った……」
入ってきたTは、片手で苦しそうに自分の胃を押さえていた。
「おかえりトレーナー君!随分と惨めな顔をしているじゃないか」
タキオンがようやく冬月に絡むのをやめ、Tの元へと歩み寄る。冬月も机から立ち上がり、心配そうにTへ歩み寄った。
「お疲れ様だ……何かあったのか?」
「足柄が……トレセン学園の食堂に対抗心を燃やしてトンカツを……胸焼けと胃もたれが酷くて……」
Tは力なく椅子に腰掛けると、藁にもすがるような目でタキオンを見上げた。
「タキオン……お前の作った薬の中に、この酷い胸焼けと胃もたれを一瞬で吹き飛ばすような、都合の良い薬品はないか……?」
その問いに、タキオンは呆れたような声で無慈悲な返答をした。
「やれやれ、何を聞かされるかと思えば。あいにくね、胃腸薬の類は無いよ。今から調合するのも時間がかかる」
「そうか……作っていないのか……」
一筋の希望を断たれたTは、深々と落胆の息を吐き出した。
「提督、無茶はいけない。薬は買ってこなかったのか?」
「……買ったよ。運転手に言って途中でドラッグストアに寄ってもらってな……」
Tは鞄から市販の胃腸薬タイプの栄養ドリンクを取り出すと、茶色い瓶を口に付け、胃の中へ流し込んだ。
「ふう……最初から大人しく市販のに頼るべきだったな……」
「当然だよトレーナー君。私が作っているのは試薬で、都合よくストックがあるとは限らないんだ。私を薬剤師か何かと間違えているんじゃないのかい?」
「いや、マッドサイエンティストだろ」
「酷いなぁ!」
タキオンは不満そうにむくれるのだった。