アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
多分そんな感じの回です。
朝の光が窓から差し込むトレーナー室。執務机に向かってパソコンの画面を眺めていたTの背後から、ぬっと白衣の影が伸びていた。
「トレーナー君。朝食は何を食べたんだい?私の新作栄養ドリンクの隠し味に、君の代謝データを取り入れたくてねぇ」
「朝から怪しげな実験に巻き込もうとするな。今は鎮守府の定時報告を確認している最中だ」
Tがあしらうと、アグネスタキオンは不満そうにしながら、室内にある打ち合わせ用テーブルのパイプ椅子に腰掛けた。ふと、思い出したかのようにタキオンが顎に手を当て、口元を歪める。
「そういえばトレーナー君。先日の、艦娘専用の飲料の件からどうにも好奇心が抑え込めなくてね。気になって鎮守府が一般向けに公表している識別表や資料を色々と閲覧させてもらったよ」
「識別表か……軍艦とか、飛行機とか、色々あっただろ?」
「ああ、その中に実に興味深い記述があったよ。『洋上で古い軍艦を見かけても、深海棲艦とは限りません。艦娘の可能性もありますので、通報すべきか迷った時は識別表も参考にしてください』とね」
タキオンは目を輝かせながら、身を乗り出すように語り始めた。
「ついでに、報道や過去の資料映像もいくつか見返してみたんだが、演習の映像で冬月君も映っていたよ。艦娘というのは洋上では軍艦の姿に変身して戦う、というのは以前からある程度聞き及んではいたが、あの映像の駆逐艦と今ここに居る冬月君が同じものというのは、なんとも不可思議だねぇ」
自分の名前を出しながら色々と喋るタキオンに冷ややかな視線を送る冬月。そろそろ苦言を呈したほうが良いかと考えたその時だった。執務机に置かれた、鎮守府直通の黒電話がベルの音を響かせた。
「私だ……大淀か。何かあったか?」
受話器から漏れ出る大淀の焦った声に耳を傾けるにつれ、Tの顔つきが真剣なものへと変わっていく。
「……何?秋津洲が……民間船とのトラブル!?」
メモ帳を取り出しつつパソコンでもメモ帳のソフトを開くTの言葉に、冬月も手を止めて視線を向けた。
「詳しく頼む……哨戒任務に就いていた飛行艇の支援作業を終え、帰投中だった秋津洲が、浦賀水道で民間のプレジャーボートと遭遇。驚いたプレジャーボートの所有者から『深海棲艦が出現した』『あの変な塗装は何だ』と、海上保安庁に通報と苦情が入った……?」
Tはこめかみを押さえ、眉間にしわを寄せた。
「……分かった。すぐに横須賀の鎮守府へ戻る。大淀、関係各所への第一報と事実確認を急いでくれ」
受話器を置いたTは、素早く上着を手に取って立ち上がった。
「冬月、トレーナー室の留守と、理事長へのトレーナー業務の一時停止に関する連絡を頼む。おおよそ聞こえていただろうが、急ぎで横須賀へ戻らねばならなくなった」
「了解だ。報告や連絡にはすぐ対応できるようにしておく」
冬月が短く答えると、Tは扉へと向かいながらタキオンに告げた。
「そういうわけだ。最悪の場合、報道陣への対応や謝罪会見などでしばらくこちらに戻れないかもしれない。大人しく待っていてくれ」
「おや……急な話だな。まあ事件なら仕方がないか」
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騒動の決着には、結局三日ほどの時間を要した。調査の結果、問題のプレジャーボート側が識別表を確認せず深海棲艦と断定して通報を行っていたことが判明。さらに安全な航路を航行していなかったことで、秋津洲に対し至近距離まで異常接近していたことが確認された。万が一の事態や安全面を考慮して誤った通報については不問とされたが、異常接近についてはプレジャーボート側に非があるという結論に至り、鎮守府側の不祥事という事態は回避されたのだった。
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昼頃。トレーナー室の扉が開かれ、疲弊した様子でTが戻ってきた。
「ただいま戻った……」
「提督。お疲れ様だ」
冬月はすぐさま湯呑みに淹れたてのほうじ茶を注ぎ、執務机に置いた。Tは短く感謝を述べると一口すすり、椅子に深く身を沈めた。
「こちらに落ち度が無かったのは幸いだったし、おかげで報道陣の動きも今回はかなりマシだったが……大変だったのは秋津洲だよ。塗装を馬鹿にされたってカンカンに怒ってしまっててな。なだめるのに骨が折れた」
「あの迷彩塗装に誇りを持っているんだ。事件当日の報道は相手側の主張を根拠にした飛ばしのものも多かったし、そのせいで塗装についてもとやかく言われていたようだったから、無理もないだろう」
Tが業務を再開しようとしていた、その時だった。扉が開き、待っていましたと言わんばかりにタキオンが姿を現した。
「やあトレーナー君!無事に帰還したようだね!」
「タキオン……ちゃんと大人しくしていたか?」
「勿論さ!それにしても災難だったねぇ。今回の騒動のニュースは既に見させてもらったよ。事故の当事者として君や件の艦娘が連日報道陣に追い回されているのを見ていたからね。まずは無事の収束、お疲れ様と言っておこうか」
「……珍しく素直な労いだな」
Tが眉をひそめると、タキオンの顔にニヤリと妖しい笑みが浮かんだ。
「……で、だ。労いの言葉はそれくらいにしておいて」
タキオンはTの執務机へと一気に詰め寄り、追求を始めた。
「事故の当事者としてニュースに映っていた秋津洲という艦娘。彼女は間違いなくヒトの少女の姿で画面に映っていた。だが、艦娘は軍艦そのものの姿に変身して航行するのだろう?」
「まあ、そうだが」
「やはりそうだ!少女の姿をした艦娘が、どのような物理的・力学的プロセスを経て軍艦へと姿を変えるのか……!質量保存の法則はどうなっている?構造変換のエネルギー源は?ぜひともその、軍艦に変身する瞬間を私にも見せてほしいよ!」
以前から知っていたことでも、今回の事件によって改めて好奇心に火が点いてしまったようだ。Tはほうじ茶をもう一口すすりながら、心の底から面倒くさそうな顔をする。
「はいはい、また今度な」
「誤魔化さないでおくれよトレーナー君!?」
食い下がろうとしたタキオンであったが、横からすっと差し出された冬月の手によって白衣の襟を掴まれ、そのままズルズルと扉の方へと引きずられていく。
「……あいにくだが、今の提督は対応できる状態ではない。研究の話はまた後日にしてもらおう」
「待たまえ冬月君!白衣が伸びる!伸びてしまうよー!」
トレーナー室の外へと連れ出されていく騒がしい声を聞きながら、Tは静かにほうじ茶を飲み干すのだった。