アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
東京都墨田区、錦糸町。錦糸公園の広い敷地は、朝から大勢の家族連れや地域住民、そして報道陣の熱気に包まれていた。
この日行われていたのは、万が一の深海棲艦による空爆や沿岸部への急襲に備えた避難誘導などの啓発、ならびに鎮守府・警視庁・行政機関による連携強化をPRする合同防災イベントであった。会場の広場には様々な特殊車両が所狭しと並べられている。警視庁から参加したパトカーや機動隊の警備車、更に鎮守府からは古めかしいトラックや、機銃を取り外した状態の四輪装甲車が展示されており、一般来場者たち、とりわけ子供たちの注目を集めていた。
Tが会場内を歩いていた。その斜め後ろには冬月が周囲への警戒を行いつつ着いてきている。
「やあやあ、トレーナー君!こんなところで油を売っているとは良いご身分だねぇ!」
誰かがTの背中をつつき、聞き覚えのある声が響いた。Tが振り返ると、そこにはニヤニヤと笑みを浮かべたアグネスタキオンが立っていた。
「……タキオン?なぜお前がここにいるんだ?」
「失礼だなあ!担当トレーナーがどこへ出かけているのかと思えば、公務と称して催し物に参加していると聞いてね。中央トレセン学園からわざわざ電車を乗り継いできたのさ!」
「ただの冷やかしじゃないか……来場者側じゃなくて開催側で来てるんだぞ」
Tは頭を抱え、隣の冬月に視線を送った。冬月もまた、呆れたように静かに息を吐き出している。
「まあいい。せっかく遠出してきたんだ、私に絡むくらいなら会場の展示ブースでも見て回ったらどうだ。避難訓練の展示や防災用の非常食の試食コーナーもあるぞ」
「相変わらずつれないなぁ。まあいいさ、少し探検してくるとしよう」
タキオンはひらひらと手を振りながら、人混みの中へと消えていった。
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騒がしいイベント会場で、異変が起き始めたのはそれから二十分ほどが経過した頃だった。
「……あれ?隊長、本部との連絡が途絶えました。送受信ともに全く応答がありません」
「こっちの車載無線もダメだ。ノイズが入って何も聞き取れん」
展示されているパトカーの周辺で、警察官たちが騒がしく無線機を操作し始めた。当初は機材の一時的な不具合かと思われたが、事態は一係員の機器不良にとどまらなかった。会場を訪れていた一般客からも、次々と困惑の声が上がり始める。
「え。こんなところでスマホが圏外?」
「あっちの店の決済端末も通信エラーで使えないってさ」
騒ぎは公園内だけに留まらず、錦糸町駅周辺の商業施設にまで波及しつつあった。警察の幹部が顔色を変えて集まり始める。現代社会において、無線通信や公衆電波が広域にわたって麻痺することは致命的だ。単なる通信障害ではなく、犯罪グループなどによる意図的な電波妨害の可能性が浮上したのである。警視庁側は二次被害を防ぐため、即座にイベントの新規入場を制限し、会場内の来場者の誘導と整理を開始した。
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「……うーん」
人混みから離れた樹木の木陰で、タキオンは圏外になったスマートフォンをタップしていた。
「なんだいこれは……事業者側の障害か?」
不満を漏らしながら周囲を見回すと、ざわめく関係者たちの中心で、険しい表情を浮かべて立つTと冬月の姿が目に飛び込んできた。
タキオンが遠目に覗くと、冬月の様子がどこかおかしいことに気がついた。冬月は片手をこめかみに当て、頭痛に耐えるような仕草をしている。
「大丈夫か、冬月」
「問題、ない……凄まじい雑音だな、これは」
「無線と電探に問題が出てるのか?艦娘だからその辺も受信できるだろうが、無理はするな」
「わかった……この公園の近くに電波妨害の発生源があるようだ」
Tの表情が鋭さを増す。
「無理はするなと言った手前悪いが。発生源の方向は?」
「……恐らく」
冬月がすっと腕を伸ばし、公園にほど近いコインパーキングの一角を指さした。そこには、自家用車に混じって1台の黒いワゴン車が駐車されていた。後部の窓には濃いスモークフィルムが貼られているが、屋根の上に小さなパラボラアンテナらしき機材と、車内から伸びる怪しげな配線群が見え隠れしている。
「あれか!」
Tはすぐさま近くにいた警視庁の幹部に声をかけ、冬月の探知結果を伝えた。直ちに警察官たちがパーキングへ向かい、ワゴン車へ近づいていった。
すると、激しいタイヤの摩擦音が駐車場に轟いた。警察官の接近を察知したのか、ワゴン車が猛烈な勢いでバックし、そのまま道路へと躍り出たのだ。
「逃げたぞ!」
ワゴン車は爆音を上げて急加速し、そのまま西に向かって国道14号線で暴走を始めた。
「……雑音が、少しだけよくなった。あの車両が電波妨害の発生源だろう」
冬月が深く息を吐き出しながら、こめかみから手を離した。しかし、事態はより深刻な局面を迎えていた。警察官が報告を上げる。
「JR錦糸町駅および周辺の路線で列車無線と信号システムに障害が発生、JR総武線が運転を見合わせています!警察無線は一部復旧しましたが、発生源はなおも暴走中の模様!」
Tは歯噛みした。発生源の車両が逃走したことで公園内の車載無線は使えるようになったが、墨田区や江東区、江戸川区の交通網の中で手配を回し、検問や道路封鎖を構築するには圧倒的に時間が足りない。かといって野放しにすれば、逃走経路上のあらゆる通信や交通インフラが次々と破壊されていくことになる。
「一刻も早く、あの車両を追跡して装置を無力化しなければ……だが、どうやって追いつく?警察のパトカーも無線の乱れで連携が取れずにいる……!」
Tが苦悩の表情で思考を巡らせていると、手荷物検査と誘導が一時解除されたエリアから、タキオンがひょっこりと顔を出した。
「やあトレーナー君。なんだか緊迫した事態になっているねぇ。すぐ近くに居たから事情は聞こえていたよ」
「タキオン……見物するつもりかもしれんが、危険だから離れていろ」
「まぁまぁ。電波の発生源が逃走したんだったら、パトカーで派手にカーチェイスでもしてみるかい?」
タキオンは相変わらずの様子で冗談を言った。ところが、その一言を聞いた瞬間にTが閃いた。
「……カーチェイスか」
「なんだいトレーナー君、本当にやるつもりかい?通信が乱れてパトカーも連携が取れないと言っていただろう」
「封鎖は無理でも……映画やドラマのようなやり方であれば……!」
Tはビシッと視線を上げると、広場の中央に展示されている鎮守府の四輪装甲車に目をやり、次いで隣に立つ冬月に指示を飛ばした。
「冬月、警視庁の現場指揮官に連絡を!こちらから至急、追跡・無力化作戦を提案する!」
「了解だ!」
「おや……おやおや?トレーナー君、なんだか私の想定を超えた怪しい目つきをしているねぇ……!一体何を企んでいるんだい!?」
タキオンに下がっているように伝えると、Tは決意に満ちた表情で装甲車へと走り出していく。