アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
国道14号線を西へ向かって猛スピードで突き進むのは、怪しげなパラボラアンテナと配線群を屋根に積み込んだ黒いワゴン車であった。強烈かつ広帯域な妨害電波を垂れ流しながら暴走するその車両は、周囲の通信やインフラを麻痺させ、周囲に混乱を巻き起こしていた。
それを追う追跡隊の先頭に立つのは、警視庁の小型パトカーである。赤色灯を旋回させ、サイレンを鳴らし、スピーカーで周囲の一般車に呼び掛けて退避させていく。その直後に猛然と続くのが、展示ブースから緊急出動した鎮守府のマーモン・ヘリントン装甲車であった。四輪の車体を軋ませ、乗車したTの指示のもと、力強いエンジン音を響かせて追走する。さらにその後方からは、警視庁機動救助隊の重厚な機動救助車が、巨体を揺らしながらぴったりと追従していた。時速およそ80キロメートル。都内の幹線道路における緊急走行としては、極めて危険かつ異例の高速カーチェイスであった。
当初、警察側からはウマ娘の警察官による追跡や足止めも案として浮上していた。だがその提案は却下され、そこへ車両での全速追跡をTが提案したのだった。ウマ娘の走力は脅威的ではあるものの、時速80キロメートルで逃走する自動車に追いつくのは厳しい。仮に並走できたとしても、相手は強力な電波を発する機器を車内に満載した車両で、逃走車両にしがみついて屋根にある機器だけをピンポイントで無力化することは難しい。緊急走行は車両でしかできないことや通信の麻痺による混乱を考慮しても、特殊車両と艦娘の能力を掛け合わせた追跡こそが、最も確実な手段だとTは判断したのである。
その作戦の要となる存在が、機動救助車の天面にいた。本来なら大型の機材や梯子を積載するためのフラットな資機材庫の上部。そこに、白い髪を激しくなびかせた冬月が立っていた。
本来、艦娘は元の軍艦へと変身し、ヒトよりも早い速度を発揮して海上で戦闘する存在で、ヒトとは比較にならない強い体幹と平行感覚を有している。とはいえ、少女の姿のまま、時速80キロメートルで走行する大型車両の屋根の上に立ち続けるのは、冬月にとっても決して容易なことではない。最大速力33ノットと設計された秋月型駆逐艦のため、時速60キロメートル程度までは耐えれても、それ以上は未知数である。
凄まじい風圧が全身を叩きつけ、車体が路面の継ぎ目を拾うたびに足元から激しい振動が押し寄せてくる。冬月は眉ひとつ動かさず、身体の重心をわずかに落として足裏を車体へ固定し、白い瞳で前方のターゲットだけを凝視していた。
(……自力では発揮できない速度で、重心も高いが……)
冬月は心の中で呟き、呼吸を整える。不快な雑音は、距離が縮まるにつれて再び強まりつつあった。集中力を研ぎ澄ますことで、雑音や風の音を意識から切り離す。
前方で先導する小型パトカーの助手席から、警視庁の現場指揮官が身を乗り出すようにして後方の機動救助車、その上に立つ冬月へと向けて叫んだ。
「準備はいいかお嬢さん!その拳銃は警察から貸与したものだ!」
冬月の手には、警察側から超法規的措置として特別に手渡されたリボルバー式の拳銃が握られていた。本来、提督の護衛役たる秘書艦であっても、艦娘が拳銃を所持することはできないとされている。いくら非常事態とはいえ、本来なら許されないことであった。
「後始末や法的な手続きは、こちらの責任で全部なんとかする!だから二次被害だけは絶対に抑えてくれ!周囲の建物や他の車両に当てるなよ!」
「わかった!」
風切り音の最中で冬月は短く応じた。すると機動救助車のすぐ前を走る装甲車のハッチから、Tが上半身を乗り出してきた。Tは前方のワゴン車の屋根を指差し、冬月へ向けて力強く叫んだ。
「冬月!狙うのはあのパラボラアンテナのコンバータ部分、反射鏡の根元から伸びてる棒の先の機器だ!一発で決めてくれ!」
「了解!」
冬月は静かに拳銃を両手で構えた。車両たちは高速で走行し、路面の凹凸で不規則に跳ね上がる。通常の人間の狙撃手であれば、照準を合わせることも難しい状況。
だが、秋月型駆逐艦としての高度な射撃管制能力が発揮される。風速、車の振動、目標との距離。全てが計算・補正される。両腕のブレが止まり、引き金にかけた指に力が込められる。
乾いた銃声が激しい風切り音の中で轟き、放たれた弾は正確無比な軌道を描いて逃走するワゴン車の屋根へと吸い込まれていく。
鋭い破壊音と共に、ワゴン車の屋根に設置されていたパラボラアンテナのコンバータユニットが弾け飛び、火花を散らす。弾丸はそのままパラボラアンテナの反射鏡に刺さって留まった。狙い通りの、二次被害も抑えた精密射撃であった。
直後、強烈な電波妨害が途絶えた。アンテナから飛び散る火花と銃撃の恐怖にひるんだワゴン車の運転手は、思わずブレーキを踏み込んで路肩へと急停車した。すかさず先導していた小型パトカーと追跡隊の後方に展開していた複数台のパトカーがワゴン車を取り囲み、車内から警察官たちが一斉に飛び出していく。ワゴン車の運転手は確保され、電波妨害による混乱は終息を迎えたのだった。
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数日後。中央トレセン学園のトレーナー室。午後の穏やかな光が差し込む部屋の中で、Tは執務机の上のパソコン画面に映し出されたニュース映像を眺めていた。その傍らでは、秘書艦の冬月が自身の机で淡々と書類の整理を進めている。
画面に映し出されているのは、今回の錦糸町と国道14号線での電波妨害事件に関する報道であった。逮捕された犯人は、自作したハイパワーの電波発信装置の性能を試していた、ただの悪質な無線マニアであったという。
「……警視庁も、後始末や各方面への釈明で随分と大変そうだな」
Tはほうじ茶の入った湯呑みを手に取った。
「でも、市井からの評判は良いようだ。事故や怪我人が出なかったこともあるが、機動救助車の屋根の上に立っていた冬月の姿がイベントの来場者に撮影されてて、その映像が『かっこいい』『まるで映画のワンシーンだ』と、ネット上でかなり話題になっている」
「……私はただ、指示されたことを遂行しただけだ」
冬月は表情ひとつ変えず、淡々と応じた。
「ともかく。鎮守府と行政の連携をアピールするイベントとしては、怪我の功名というか、結果的に宣伝にはなったのかもしれないな」
そう言って、Tが仕事に戻ろうとしていた時であった。音を立てて扉が開くと、入ってきたのは白衣の裾をなびかせたアグネスタキオンであった。
「やあやあ、トレーナー君、冬月君!お手柄だったようだねぇ!」
タキオンはTの執務机へと歩み寄ってきた。相変わらず怪しげな笑みが浮かんでいる。
「ニュースを見たよ。まさかあの場にあった特殊車両と冬月君の射撃能力を組み合わせて、機器だけを撃ち抜くとはね。トレーナー君のあの土壇場での閃き……実に興味深かったよ!」
「タキオンか。お前の『カーチェイスでもすればいい』という適当な冗談のおかげで思いついた作戦だからな。ある意味、お前も協力者だ」
「ふふ、そうだろうそうだろう! 感謝してくれてもいいんだよ?」
調子に乗って胸を張るタキオンであった。