アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
ある朝のトレーナー室。執務机に向かうTの横で、いつものように秘書艦の冬月が書類の整理を行っていた。しかし、今朝の彼女はどこか口数が少なく、その表情にもいつものキレが見られない。時折、胸元に手を当てて静かに浅い息を吐いている。
「トレーナー君!今日も素晴らしい朝……おや?」
扉を開けて軽やかに入ってきたアグネスタキオンは、すぐに冬月の異変に気づいた。怪しげに、ニヤニヤとしながら冬月の机へと歩み寄る。
「冬月君、なんだいその冴えない顔色は。普段の佇まいからは考えられないねぇ。もしやヒトやウマ娘には発生しない未知の症状かい?興味深い!ぜひともバイタルを測定させ」
「そこまでにしろ、タキオン」
執務机から立ち上がったTが、タキオンの前に立ち塞がって制止した。
「……大丈夫か?」
「……問題、ない。と言いたいところだが、少し機関の調子が悪いようだ」
「無理をするな。すぐに横須賀の鎮守府へ連絡して、ドックの手配をする。今日はもう休んで入渠してこい」
「……申し訳ない」
Tの判断により、冬月はそのまま横須賀鎮守府へと向かい、入渠手続きに入ることとなった。
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その日の夕方。トレーナー室でTが事務作業を進めていると、鎮守府と繋がっている黒電話が鳴った。工作艦の明石からの連絡だったが、報告を聞くうちにTは思わず苦い顔になった。
<<というわけでしてね。冬月さんを軍艦の姿でドックに入れて本格的な整備を始めてみたんですが……驚きましたよ。機関系統が煤塵だらけです>>
「煤塵……?なぜそんなことに?」
<<ここ最近、彼女はトレセン学園にずっと駐留していたでしょう?秋月型のボイラーは重油専焼缶ですから本来なら重油を燃料としたほうが良いところを、ヒトと同じ食べ物ばかりを燃料として摂取していたのが原因ですね。食事の消化エネルギーだけでは、どうしても機関内に不完全燃焼の煤が出てしまうんです>>
「そうか……」
<<しっかりと整備と清掃を行いますので、今回の入渠は少々お時間がかかりそうです。しばらくの間はドックから出せませんよ>>
電話を終えたTは、深く溜め息をついた。冬月の体調不良の原因が分かったのは幸いだったが、秘書艦が不在になるのは痛手だ。
「冬月君がしばらく戻れないのだね?」
いつの間にかトレーナー室に入り込んで、電話を盗み聞きしていたタキオンが歓喜している。
「いつもつまみ出してくる冬月君が居ないということは、このトレーナー室は私の自由な実験場というわけだ!」
「そういうわけにはいかんからな」
Tは湧き出る実験意欲に目を輝かせるタキオンを適当にあしらいつつ、スマートフォンを取り出して学園の理事長室へと電話をかけた。
「あ、秋川理事長でしょうか。■■です。秘書艦の冬月がメンテナンスでしばらく不在になりますので、代わりに別の艦娘を秘書艦代理として手配したく思います。学園内での自由な行動許可の手続きを……」
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数日後の朝。中央トレセン学園の校門前に一人の少女が佇んでいた。風に揺れる柔らかな白い髪、上品で落ち着いた立ち振る舞い。冬月とどこか雰囲気が似ている、秋月型駆逐艦3番艦の涼月だ。彼女は出迎えたTに向かって深々と一礼した。
「おはようございます、提督。本日からお冬さんの代わりに秘書艦を務めさせていただきます。よろしくお願いしますね」
「ああ、来てくれて助かったよ。学園内での行動許可も理事長から取ってある。さっそくだがトレーナー室へ」
Tが先導し、涼月を伴ってトレーナー室へと向かう。廊下を進み、トレーナー室の扉を開けると、そこには当然のようにソファーに深く腰掛けて、長机の上の本を眺めているタキオンの姿があった。
「おや、おかえりトレーナー君……ふむ?」
タキオンは本から顔を上げ、Tの後ろから入ってきた涼月に視線を止めた。
「やあ、君が噂の新しい秘書艦かい?ふむ……冬月君に似て、随分と真っ白いねぇ」
涼月は温和な笑みを浮かべ、丁寧にお辞儀をした。
「初めまして、アグネスタキオンさん。お冬さんから話は伺っています。とても自由で、研究熱心な方だと」
「『お冬さん』……あぁ、冬月君のことだね。彼女もたまには良いことを言うじゃないか。ま、仲良くしようじゃないか、涼月君」
挨拶もそこそこに、Tと涼月は執務に取りかかった。涼月は冬月が普段使っている机に座り、慣れた手付きで書類を仕分けしていく。タキオンはしばらくの間、ソファーで静かに座っていたり、室内をウロウロしながら様子を窺っていた。ところが昼前になり、一旦部屋を出たかと思うとまた戻ってきて、ニヤニヤと怪しげな笑みを浮かべた。
タキオンは研究室から試薬を持ち出してきていた。瓶の中には怪しげな緑色の液体が満ちており、それを見せながらTに歩み寄った。
「トレーナー君。秘書艦が居ない状態での業務や、新しい秘書艦を迎えるための準備で、ここ数日は大変だっただろう?そこで私が新しく開発した栄養剤をプレゼントしようじゃないか!さあ、一気に飲み干すといい!」
「えっ……あ、あの、アグネスタキオンさん……?」
タキオンのいきなりの行動に、涼月は目を丸くして困惑する。Tは間髪入れずに指示を出した。
「涼月。タキオンをつまみ出してくれ」
「えっ!?」
涼月はきょとんとした。
「つ、つまみ出すだなんて……そんな、アグネスタキオンさんはご親切に栄養剤を……」
「騙されるな、タキオンが用意する薬や栄養剤は自作の怪しいもので、どんな副作用が出るかわからない。だから飲むことを強要してきた時は部屋からつまみ出すようにしているんだ。冬月も毎回そうやっている。遠慮はいらないから、力づくで廊下に放り出して鍵を閉めてくれ」
「……お冬さんが、いつも……?」
涼月は戸惑いながらも、提督の毅然とした指示に従うべく、そっと立ち上がった。
「あの……アグネスタキオンさん。申し訳ありませんが、お引き取りを……」
「ちょっと、何を言っているんだい涼月君!私はトレーナー君の健康を思ってだね、おわっ!?」
次の瞬間、涼月はタキオンの白衣の首元をキュッと掴んだ。温和で控えめな態度とは裏腹に、その手に込められた力はまさに艦娘のそれであった。ウマ娘をも超える圧倒的な腕力が、タキオンの身体を軽々と持ち上げる。
「待ちたまえ涼月君!君まで冬月君みたいな力任せな真似を!あーっ!」
「ご、ごめんなさい!アグネスタキオンさん……っ!」
涼月は申し訳なさそうにしながら、バタバタと暴れるタキオンをズルズルと廊下へと引きずっていった。
「頼むから!栄養剤だけでも置いていかせてくれたまえよー!」
「すみませんっ!」
廊下へタキオンを送り出した涼月は、素早い動作でトレーナー室の内側へ戻ると、扉を閉めて施錠した。
「……これで、良かったのでしょうか……?」
罪悪感からか、涼月は少し眉を下げてTを振り返った。Tは満足そうに深く頷き、ほうじ茶の湯呑みを手に取った。
「完璧だ、涼月。ああやって強要を始めた時はその調子で頼むよ」
「は、はい……! お冬さんの代わりが務まるよう、がんばりますね」
扉の向こうから叫ぶタキオンの声をよそに、涼月は照れくさそうに笑い、秘書艦としての業務に戻った。