アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
ベトナム南部のビエンホア空軍基地。熱帯特有の重く湿った空気が漂う滑走路群のなかでも、滑走路の末端にほど近い基地の外れに、周囲の正規軍施設とは明らかに異質な空気を放つ一画が存在していた。厳重なフェンスに囲まれたその大型格納庫の重い扉が、鈍い音を立ててゆっくりと開け放たれる。
格納庫の内部から誘導路へと姿を現したのは、雑多極まりない戦闘機の群れであった。アメリカ製の傑作機・F-16、長い機首と無骨なシルエットを残す老兵・F-4E ファントムⅡ、東側の前線を飛び回る双発の雄・MiG-29、そして特徴的なデルタ翼を広げたフランス製の軽量マルチロール機・ミラージュ2000。
国籍も、設計思想も、世代すらもバラバラなそれらの機体群は、いずれも統一された正規軍のマーキングを持たず、尾翼には同一の民間軍事会社……PMCを示す独自のエンブレムが刻まれていた。
「おい嬢ちゃん!このファントム、さっきから右のエンジンが変な唸り声を上げてんぞ!本当に洋上まで保つんだろうな!?」
「大丈夫ですって、さっき私がしっかり見といたんですから!ほら文句言ってないで早く出てください!後ろがつかえちゃいますよ!」
「空中分解したら化けて出てやるからな!」
「『フォーギー』さんこそ機体をガタガタにしないでくださいよ!」
歳を食ったF-4Eのパイロットが、若いウマ娘の整備員と減らず口を叩き合っている。その横から、整備主任が怒号を上げた。
「無駄口叩いてねえでさっさと出な!サイドワインダーのシーカー冷却材も満タンだ!一発たりとも無駄撃ちすんじゃねえぞ、お前らの給料から天引きなんだからな!」
けたたましいジェットエンジンの始動音が、基地の外れに次々と響き渡る。高温の排気熱がアスファルトの地表を激しく揺らし、陽炎の向こうで機体たちが滑走路へと向けて進む。パイロンには空対空ミサイルが懸架されており、パイロットたちは離陸に向けて計器チェックを進めていく。
「あぁ?んだ……クソッ、ようやっと起動しやがった。おい、こいつの機器を最後に整備したの誰だ!」
離陸の直前でも、正規軍でない彼らは軽薄で乱暴な言葉を発する。MiG-29のパイロットが電子機器の不調に悩まされていると、無線から笑い声が聞こえてきた。ミラージュ2000のパイロットだ。
<<はっはっはっ!無理もないさ、『スクラッチ』。そのMiG-29は西側の機材を無理に組み込んでるんだ。君のTACネームにはお似合いだよ!>>
<<あぁ!?『バロン』め、後ろから撃たれたいか!?>>
スクラッチが怒ると、その上から一機の影が通り過ぎた。我慢できずに真っ先に飛び立って基地上空を旋回しているF-16だ。
<<バロンもスクラッチも喧嘩はその辺にして早く上がってよ!>>
<<『シェリフ』のやつ、ウマ娘でアメリカの機体に乗ってるからって保安官気取りかよ!>>
<<空中待機が長引くとその分燃料がもったいないから!ほら、バロンも準備できてるんでしょ!>>
<<先走っておいて燃料がもったいないは無いだろう……>>
3人のパイロットのごちゃごちゃとしたやり取りや勝手な行動に、管制塔の要員は呆れかえっていた。
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東京・府中市の中央トレセン学園、トレーナー室。秋の穏やかな風がカーテンを揺らしていた部屋の中は、突如として鳴り響いた軍用通信の鋭い警報音によって、一瞬にして戦時さながらの張り詰めた空気に包まれた。
「っ!」
ソファーの前の長机に肘をつき、怪しげな薬品の小瓶を弄んでいたタキオンは、耳をピクリと跳ね上げた。執務机の前に立つTの表情が一瞬にして軍の指揮官のものへと変わり、傍らの机に控えていた冬月が、無言のまま極めて鋭い眼光を放ちながら立ち上がる。その立ち振る舞いから発せられる尋常ならざる重圧を肌で察知したタキオンは、ここに居座り続けたりしようものなら、即座に冬月の手によって部屋の外へ力づくでつまみ出されると直感した。
「おっと……これはどうやら、長居は無用のようだねぇ」
タキオンは持参していた小瓶を素早く白衣のポケットにしまい込むと、軽やかな足取りで扉へと向かい、そそくさと廊下へ退避していった。
扉がバタンと閉まる。冬月が端末のディスプレイに視線を落としながら状況を報告した。
「南沙諸島近隣の洋上において、深海棲艦の航空隊が突如として出現。現在、ベトナム本土へ向けて侵攻中とのことだ」
「規模と構成は?」
「確認されたのは爆撃機と戦闘機。B-25系、P-40系、F4U系だそうだ。近隣海域に敵空母は確認されず。機動部隊から発進したものではなく、航空隊単独で洋上に直接出現したと推測される」
Tは執務机の上で腕を組み、険しい顔でディスプレイの地図データを睨みつけた。
「現在、あの海域周辺に展開している鎮守府の戦力は無いな……」
「今から送り込んで展開するとしても、距離があり過ぎる」
「となると……やむを得ん。現地のベトナム軍および近隣国の部隊に状況を即時共有し、初動対応を委ねるしかない」
Tがそう判断を下し、端末を操作して各国の防衛に関わる機関への連絡を行おうとした、まさにその時だった。鎮守府直通の黒電話ではなく、執務机の端に置かれた外線用の電話機が呼び出し音を響かせた。
「……はい。■■です」
<<突然の連絡を失礼する、■■提督。南沙諸島の深海棲艦航空隊の件だ>>
受話器の向こうから聞こえてきたのは、冷徹な事務口調の男の声であった。通信の背後からは微かに、ジェットエンジンの爆音と慌ただしい地上要員の怒号が混ざり合って漏れ聞こえてくる。
「……すみません。失礼ですがどちら様でいら」
<<ベトナムで戦闘機を飛ばしている企業の責任者だ。単刀直入に告げよう。政府からの依頼でビエンホアとブンタウから我々の迎撃部隊が既に上がっている。あれは我々の獲物だ。鎮守府の手出しは無用と心得てもらおう>>
「え?あの……」
Tが言葉を返そうとした瞬間、相手はそれ以上の応答を拒むように、一方的に通話を切断した。電子音が受話器から鳴り響く。
「ベトナム空軍からも連絡が届いた。空軍ではなく、民間軍事会社が対応するそうだが……」
パソコンを確認しながら冬月が言う。Tは苦い顔で受話器を置き、ベトナム沿岸部の地図情報を見つめた。