アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー   作:AIのタンクもどき

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まったく懲りないタキオンです。


第3話:タキオンと砂糖の力

 トレセン学園の旧理科準備室、その面積の半分を用いて構築された研究室。タキオンは机に突っ伏すようにして、膨大なデータが並ぶ画面を見ながらキーボードを叩いている。張り詰めた思考を潤すのは、彼女の栄養源であり、嗜好品でもある特製の紅茶だ。

 カチャ、と小気味よい音を立てて、タキオンは空になったティーカップをソーサーに戻した。まだ頭脳の要求する糖分には程遠いと、次の紅茶を用意するために角砂糖の容器に手を伸ばす。

「おや……?」

 指先が触れたのは容器の底だった。いつもなら山のように入っている角砂糖が完全に消費し尽くされている。溶解度の限界に挑むような飲み方を毎日続けていれば当然の帰結ではあったが、研究に没頭していた彼女にとっては不測の事態だった。

「これは由々しき事態だねぇ……。脳への糖分供給が途絶えては、思考速度も著しく低下してしまうよ」

 タキオンは白衣を翻し、研究室を飛び出してトレーナー室へと向かった。

 

「トレーナー君!緊急事態だよ!」

「なんだタキオン、騒々しいな……」

 勢いよく扉を開けたタキオンを、Tと冬月は比較的平穏に迎えた。もっとも、現在のトレーナー室は少しばかり慌ただしい。Tは複数のモニターを見比べながら端末に入力作業を行っており、その隣では冬月が鎮守府から送られてきた警戒海域の最新チャートを素早く分類しているところだった。

 だがそんな状況などタキオンにとっては知ったことではない。彼女はすたすたとTの執務机に歩み寄ると、堂々と要求を口にした。

「実はね、研究室の角砂糖が完全に底を突いてしまったのだよ。というわけで、今すぐ君の手で買ってきてはくれないかい?」

「……は?」

 Tはキーボードを叩く手を止め、呆れた目でタキオンを見上げた。見ての通り自分は提督としての実務で忙しい。そんなタイミングで、ただの我が儘による買い出しを要求してくる担当ウマ娘。

(……ああ、これはいつもの流れだねぇ)

 Tの視線、そしてその横で静かに佇む冬月の存在を感じ、タキオンは内心で身構えた。次の瞬間には、艦娘の恐るべき腕力が白衣の襟首を掴み、問答無用で廊下へつまみ出すに違いない、と。

 しかし、予想に反して冬月の手は動かなかった。冬月は手元の書類を綺麗に揃えて自分の机に置くと、ふぅ、と静かに息を吐いた。

「……ちょうどこちらの仕事は一段落ついたところだ。それに、ほうじ茶の茶葉も買い足したいと思っていた」

 冬月はタキオンを見据え、その凛とした声を響かせる。

「私が茶葉を買いに行くついでに、その角砂糖も買ってくる。いいだろう?提督」

「えっ、いいのか冬月?すまない、助かるよ」

「構わない……ただし」

 冬月の冷徹な視線が、タキオンを射抜く。

「私が居ない間、提督に向かっていつものような変な真似をするな。約束できるか?」

「おやおや心外だねぇ冬月君!私はただ純粋に糖分を求めているだけの無害な研究者だよ。約束しようとも。おとなしく待っているさ!」

 タキオンは胸を張って大げさに両手を挙げてみせた。その様子に冬月は小さく頷き、静かな足取りでトレーナー室を後にした。

 

 数時間後。買い物を終えた冬月がトレーナー室のドアを開けた。

「戻った。ほうじ茶と、角砂糖――」

 言いかけた冬月の言葉がぴたりと止まる。冬月の鋭い視線が捉えたのは、打ち合わせ用デスクの上に置かれた、怪しげな液体で満たされたガラス瓶だった。その傍らにはタキオンが何食わぬ顔で居座っている。

 冬月の瞳の奥に鋭い光が宿る。買い物袋を置くと、タキオンへと歩み寄った。

「……それは何だ。約束を破ったか」

「おっと、待ってくれたまえ冬月君!誤解だ!これは全くの誤解だよ!」

 つまみ出される寸前の気配を察知し、タキオンは慌てて両手を振って弁明を始めた。

「私はただね!このガラス瓶に実験薬を詰めて、時間の経過とともに成分がどう変化するかを確認したかっただけなのだよ!トレーナー君に飲ませるつもりなんて毛頭なかった!だから、約束はこれっぽっちも破っていないよ!」

 早口で捲し立てるタキオンの額には、うっすらと汗が浮かんでいる。Tは執務机からその様子を眺め、苦笑しながら冬月に目配せした。

 冬月はしばらくタキオンを無言で見つめていたが、やがて小さく肩の力を抜いた。

「……そうか。ならばいい。今回は許そう。頼まれていた角砂糖はこの袋に」

「あぁ助かるよ冬月君!やはり君は話が分かる!」

 角砂糖の袋が沢山入ったビニール袋を差し出されるとタキオンはひったくるように受け取り、自分の研究室へ持ち帰るべくそそくさと部屋を後にした。

 

 パタン、と扉を閉める。廊下に出たタキオンは、ビニール袋を持つのと反対の手で、白衣のポケットにそっと手を触れた。そこには先ほどデスクに置いていたものとは別種の試薬が入ったアンプルが隠されていた。

 タキオンは冬月との約束を守るつもりはなく、冬月が帰ってくるその瞬間まで、このアンプルの試薬をTに投与する機会を伺っていたのだ。、

(ふぅ……危ないところだったねぇ。トレーナー君が許してくれたから良かったが、ポケットの中身まで検閲されて、この本命の試薬がバレるところだったよ……)

 次はもっと気付かれないように投与する方法を考えなくては、などと考えるタキオン。背中に冷や汗を流しながらも、懲りずに不敵な笑みを浮かべていた。

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