アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
秋晴れの澄んだ青空が広がる、神奈川県横須賀市。海からの心地よい潮風が吹き抜けるこの日、海上自衛隊横須賀基地の一般公開イベントと連携する形で、横須賀鎮守府の敷地内でも一部区画を一般開放した広報イベントが催されていた。普段は一般人の立ち入りが厳しく制限されている鎮守府の敷地内には、見学に訪れた多くの家族連れやミリタリーファンが列をなし、穏やかな賑わいを見せている。
その雑踏の中に、アグネスタキオンの姿があった。
「ふむ……実に壮観だねぇ」
タキオンは興味深そうに展示エリアを見渡していた。広場の中央には海軍陸戦隊仕様を表す錨のマークが光る八九式中戦車や、前後に舟型のフロートを装着した特二式内火艇といった車両が鎮座している。その近くの駐機場には、大きなプロペラと4門の20㎜機銃が頼もしい艦上戦闘機・烈風や、2つのフロートの支柱に幾つかの穴が開いたダイブブレーキを備える水上機・瑞雲が来場者の注目を集めていた。
「過去の設計のまま再生産されたものを運用している……とトレーナー君は以前言っていたが。軍事には疎い私でも、これには古めかしさを感じるよ」
一人でぶつぶつと分析を呟きながら歩き回っていたタキオンであったが、ふと鼻腔をくすぐる香ばしいスパイスの匂いに足を止めた。気がつけば時刻はちょうど昼時を回っている。
「おや……良い匂いだね。少々腹ごしらえといくかな」
タキオンが足を向けたのは、海軍カレーの模擬店であった。大勢の来場者が並ぶその列の先頭で、エプロンをつけた茶髪の少女が元気に声を張り上げている。
「いらっしゃいませーっ!鎮守府特製の海軍カレーだよ!」
料金を払ったタキオンは、銀色の深皿に盛られた具沢山のカレーと紙パックの牛乳が載ったトレイを受け取った。テント脇の長机とベンチへ腰を下ろし、スプーンを口に運ぶ。
「ほう……学園の食堂とはまた一味違った味わいだねぇ」
そんなタキオンに、先程の茶髪の少女が親しげに話しかけてくる。
「お味はどう?美味しい?」
「ああ、実に美味だよ」
「よかったー!あ、もしかして……貴女がトレセン学園のアグネスタキオンさん?」
少女はパッと表情を明るくして笑いかけた。
「私、秋月型駆逐艦2番艦の照月!妹の冬月がいつもお世話になってます!」
「ふふ、お世話、ねぇ……」
タキオンが苦笑交じりに答えようとした、その時だった。
「世話をしているのは、完全にこちらのほうなんだがなぁ……」
聞き慣れた男性の声が背後から聞こえる。見回りの腕章をつけたTが、呆れ顔でやってきた。
「あっ、提督!見回りお疲れさま!」
「照月もご苦労。それにしてもタキオン、まさか横須賀まで本当に来るとは思わなかったぞ」
「やあトレーナー君!私を学園に置いていくから、探求の旅に出たまでさ」
「まったく……まあ、今回はいいとしよう。せっかくの一般公開だ、他の展示もしっかり見ていってくれ」
Tは見回りに戻ろうとしたが、タキオンはスプーンを置くとTを呼び止めた。
「ところで冬月君は?いつもなら君のそばに居るはずだが」
「冬月なら、一般公開されているドックにいるよ」
Tは海側にある施設の方向を指差し、淡々と答えた。
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カレーを食べ終えたタキオンは、Tに教えられた施設へと足を運んだ。潮の香りが色濃く漂う巨大な乾ドックの縁には安全用の黄色い規制線が張られており、大勢の来場者が身を乗り出すようにして底を見下ろしている。
「ほう……あれが……」
タキオンも他の来場者に混じり、手すりに両手を置いてドックの底を覗き込んだ。水を抜かれたドックに置かれていたのは、全長約134mの秋月型駆逐艦8番艦・冬月であった。
現在行われているのは、トレセン学園に長期滞在していた間に通常の食物を摂取し続けたことで機関系統に溜まった煤塵の除去作業であった。その作業の光景を、鎮守府は広報活動の一環として一般公開していたのだ。
煙突の周囲では工廠の作業員たちが防塵マスクをつけて煤を掻き出しており、高圧洗浄によって生じた汚水が流れ出ている様子も見える。
「なるほどねぇ……」
立ち入り禁止区域のため間近に触れることは叶わないが、タキオンはその鋭い観察眼で船体の隅々をじっくりと見つめた。普段はトレーナー室で机の前に座り、自分を軽々とつまみ出すあの白い髪の少女が、いま目の前にある巨大な鋼鉄の塊と同一の存在であるという事実。
「これだけの存在が少女の形に……どんな原理を使えばそんな芸当が可能になるのか……やはり、そそられる」
タキオンは満足そうに口元を歪めた。
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イベントは無事に終了し、横須賀は夜を迎えていた。タキオンは既に帰っていたが、Tと冬月はイベントの残務処理のため鎮守府で執務を続けており、翌朝にトレセン学園へ戻ることになっていた。
鎮守府の庁舎内。磨き上げられたリノリウムの廊下を、少女の姿に戻った冬月が歩いていた。機関の煤払いを終えて復調したこともあってか、その足取りは軽やかであった。
提督の執務室の前まで差し掛かったところで、前方からパタパタと小走りするような足音が響く。
「冬月!お疲れさまー!」
駆け寄ってきたのは、模擬店の片付けを終えた照月であった。
「お昼にね、提督がトレセン学園で担当してる娘に会ったよ!」
「……アグネスタキオンがここに来ていたのか」
冬月は僅かに眉をひそめる。
「うん。ドックで冬月のこと見ていくって言ってたよ。なんかずっとブツブツ難しいこと言ってて、ちょっと変わった雰囲気の娘だった」
照月の無邪気な感想を聞いた冬月は深々と溜め息をつくと、首をゆっくりと横に振った。
「……『ちょっと変わっている』どころじゃないぞ」
「えっ、そうなの?」
「隙あらば自作の怪しげな実験薬を提督に飲ませようとする。だから目を離すわけにもいかなくてな……」
「そ、そうなんだ……」
淡々と告げる冬月の言葉に、照月は苦笑いを浮かべた。