アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
秋晴れの朝。中央トレセン学園の駐車場に、独特の重低音を響かせながら1台のトラックが滑り込んできた。無骨なボンネットと、後部に備えられた木製アオリの荷台。現代の一般的なトラックとは明らかに異なるシルエットを持つ、旧日本軍の軍用トラック・九四式六輪自動貨車だ。
トラックが停車すると、運転席のドアが開いて一人の女性が降り立つ。ふわりと揺れる鮮やかなピンク色の髪に、作業用の上着。片手には重そうな工具箱を下げている。朝練に向かう途中のウマ娘たちが、トラックと女性の姿に足を止め、ヒソヒソと囁き合っていた。
「ねえ、あのお姉さん。どこの業者さんかな?」
「さあ……通信工事の人?でも、あんな古そうなトラックで来るなんて変わってるよね」
生徒たちの好奇の視線を背に受けながら、女性は慣れた足取りで校舎へと向かい、Tのトレーナー室を目指して歩き出した。
廊下を歩いていたアグネスタキオンは、前方から歩いてくるそのピンク色の髪の女性の姿を視界に捉えた。
「……おや?」
「おはようございます!」
女性はタキオンに気付くと、気さくな挨拶と共に会釈していった。タキオンはその背中をじっと見送りながら、白衣のポケットに手を突っ込む。
(ということは、今日は……ふむ。今日はトレーナー室に立ち入るのは止めておくとするかねぇ)
珍しく危機回避の判断を下したタキオンは、踵を返してロビーの方へと歩き出した。
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トレーナー室の扉がノックされ、開かれた。
「おはようございます!明石、修理と点検に参りました!」
執務机に向かっていたTと、机で書類を整えていた冬月が出迎えた。
「おはよう明石。助かるよ」
「お疲れさまだ」
「予定通り、きっちり診させていただきますね!」
今日は、トレーナー室に設置されているパソコンやモニター、電話機といった鎮守府側の機器類の点検を行う日であった。明石は手際よく工具箱を広げると、執務机の裏側に潜り込んで複雑に入り組んだ配線の確認を始めた。端子の緩みを締め直し、洗浄液を染み込ませたウエスで機器の埃や汚れを丁寧に拭き取っていく。
「端子の接触も良好。ケーブルの被覆にも傷みはありませんね。ホコリもそこまで多くないし……冬月さんの普段の掃除がしっかりしてるみたいですね」
「ああ。秘書艦として、そこはきちんとしているつもりだ」
冬月の言葉に、明石が少し笑い気味に返す。
「でも、年末の大掃除をすっぽかそうとしたことがあるんでしょう?」
「なっ……その話を誰から聞いたんだ」
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同じ頃、学園のロビー。吹き抜けの光が差し込む中で、タキオンは同じくロビーに来ていたエアシャカール、トランセンドと雑談を交わしていた。手元のスマートフォンであるものについて検索していたトランセンドが、顔を上げて目を輝かせた。
「やっぱり。あのトラック、映画で見るような古いのだとは思ってたけど、鎮守府が持ってるヤツなんだ。■■トレーナ―のトレーナー室にも鎮守府の設備が色々置いてあるし、興味湧いちゃうなー。いっそ見学に行く?」
「よしたまえ」
タキオンは即座に手を振り、珍しく真面目な顔で制止した。
「今あの部屋に近づくのは得策ではないよ。間違いなく痛い目を見る」
「なンだタキオン。らしくもねェな」
横からシャカールが、拍子抜けしたかのように声を上げる。
「過去のデータを学習した合理的な判断と言っておくれ。以前、今日みたいに点検が行われている時に、好奇心からトレーナー屋へ入ろうとしたことがあってね。一瞬で冬月君につまみ出された。君たちもこうなりたいかい?」
タキオンは白衣の襟首を二人に見せる。首の後ろ側にあたる部分が伸びてシワだらけになっていた。凄まじい腕力で掴まれ、引っ張られたことを物語っている。
「……艦娘が怪力ってのは聞いちゃいたが」
「これは体験したくないなー……」
シャカールは呆れ果て、トランセンドも苦笑いした。
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午後になり、点検と清掃が全て終了した。明石はドライバーを工具箱に収めて立ち上がる。
「これで完璧です!ただ、ソフトウェアのほうは今回特にアップデートは行ってませんからね。ソフト面は、私よりも夕張さんのほうが得意分野ですし……時折思うんでけど、夕張さんも一緒に呼んだほうがいいんじゃないですか?」
「うーん……それはそうかもしれんが」
Tは腕を組み、困ったように眉根を寄せた。
「鎮守府の人員や艦娘をこの学園に呼ぶとなると、理事長への申請やら立ち入り手続きやらで大変なんだよ。明石が定期的に来れるようにするだけでも一苦労だったんだ。もう何隻か呼ぶとなるとな……」
「なるほど。それじゃしょうがないですね」
明石はあっさりと理解を示して笑うと、工具箱を持ち上げた。
「それでは、私はこれで戻りますね!また何かあったら呼んでください!」
「ああ、ありがとう」
「道中も気を付けてな」
見送られた明石は駐車場に向かい、九四式に乗って学園を去っていった。
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夕暮れ時。夕陽に包まれる旧理科準備室では、タキオンがデータの整理を黙々と進めている。部屋の片隅では、遊びに来ていたジャングルポケットがマンハッタンカフェに小声で囁いていた。
「今日のタキオン、なんか随分と大人しくねぇか……?」
「……ええ。嵐の前の静けさ、でなければ良いのですけれど……」
二人の声に気づいているのか気づいていないのか、タキオンはキーボードから手を離さず、淡々と画面を見つめ続ける。結局のところ、その日はタキオンがトレーナー室へ足を踏み入れることは一度もなかったのだった。