アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
ある午後のトレセン学園。トレーナーたちの会議が終わりを告げ、それぞれが資料を抱えて会議室を退出していく。そのうちのひとり、Tは小さく息をついていた。学園での指導方針や秋のレースに関する調整に加え、提督として鎮守府の指揮もしなければならない。まだ呉から帰ってきたばかりで、行きの在来線での長時間の移動もあり、確実に彼の体力は削り取られていた。
「……お疲れ様です」
丁寧な一礼とともに声をかけてきたのは桐生院葵だった。その隣には、資料のファイルを脇に挟んだ樫本理子が、厳格な眼差しを向けて立っている。
「桐生院さん、樫本さん……お疲れ様です」
「顔色が優れませんね。担当ウマ娘を導く立場にある者が倒れてしまっては……少しでも休養を挟んだほうが良いのでは?」
「私も心配です。ここ最近ずっとお忙しそうでしたし……ご無理はなさらないでくださいね?」
「……すみません。少し根を詰めすぎていたみたいです。ご忠告ありがとうございます」
二人に頭を下げたTは、重たい足取りでとぼとぼと廊下を歩き、トレーナー室へと戻っていった。
トレーナー室の扉を開けると、いつものように机に向かってペンを走らせていた冬月が、すっと顔を上げた。
「戻ったか。丁度、上からの通信が入っているぞ」
「ああ、わかった」
執務机に腰を下ろしたTは、パソコンのモニターを操作してビデオ通話を開いた。画面に映し出されたのは、メガネをかけた女性……鎮守府の職員であった。
<<お疲れ様です!お変わりはありませんか?近頃のトレセン学園でのご様子や、体調のほどはいかがでしょうか!>>
「なんとかやっていますよ……」
Tは近況報告を行うと、気まずそうな声で切り出す。
「前にも聞いたとは思いますが、トレセン学園への出向任務は一体いつまで続ければいいんです?」
すると職員は焦るような、それでいて申し訳なさそうな様子で視線を泳がせた。
<<あー……ええとですね。それについては『当面の間』とのことでして……具体的なことはわかりませんでした>>
「……やっぱりそうか」
<<申し訳ありません。あ、そうそう!もうすぐハロウィンですので、私のほうから差し入れのお菓子をトレーナー寮の部屋宛てで送っておきました。糖分を補給して、元気に駆け抜けて参りましょう!それでは失礼いたします!>>
通信はあっさりと切断され、通話ソフトの無機質な切断音を聞きながらTは深々と肩を落とした。
「何やら面白そうな話をしていたようだねぇ!」
ノックもなしに扉が開き、白衣を翻したタキオンがひょっこりと入ってきた。ソファーに腰掛けると、ニヤニヤと笑いかけてくる。
「どうしたんだい冴えない顔をして。私の新作栄養剤でも試してみるかい?」
「……断る。ちょっと疲れているだけだ」
Tが溜め息をつくと、傍らの机から冬月が静かに進言してきた。
「提督。この学園への出向について見直しを要請したほうが良いのではないか?提督としての仕事とトレーナー業務の並行は負担が大きすぎると私も思う」
「いや……恐らく無理だろう。何度聞いても『当面の間』だからな」
Tは首を横に振った。鎮守府としても簡単に引き揚げるわけにはいかない事情があるらしい。
「それに。担当ウマ娘がこれだから、余計に負担がな」
「いきなり何を言い出すんだい!?」
タキオンは唇を尖らせて不満そうに腕を組んだ。
「……モルモット君がそのまま担当を続けてくれていればよかったのだけれどねぇ」
ぼやくタキオンの横顔を見ながら、Tはふと出向してきた当初のことを思い出していた。
学園に着任した直後のTは、以前のタキオンの専任トレーナー……彼女が「モルモット君」と呼んでいた青年の元で、サブトレーナーとして働きながら指導ノウハウを学んでいたのだ。その頃のタキオンは、皐月賞を制した後に脚部の限界を悟り、トゥインクル・シリーズから身を引いて自らの研究に没頭していた時期だった。
やがて時が経ち、脚部の問題がある程度解決してドリームトロフィーリーグで活動を再開することになった際、そのトレーナーは別のウマ娘を担当することになり、結果としてTがタキオンの担当をそのまま引き継ぐことになったのである。
(……まあ、あの荒れ狂っていたタキオンに比べれば……)
相変わらず突拍子もない実験を繰り返してはやたらと駄々をこねるマッドサイエンティストではあるが、走ることを諦めていたあの頃に比べれば、今は随分と前を向いて生き生きとしている。
「……あの頃に比べれば、今はかなりマシか」
「何の話かわからないがマシとはなんだいマシとは!?」
タキオンは余計にむくれてしまったが、Tは気を取り直して書類の片付けを始めた。