アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー   作:AIのタンクもどき

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提督としての仕事の回です。


第4話:タキオンの敗走

 その日、トレーナー室は緊張感に包まれていた。壁のモニターにはベンガル湾の海図と、いくつもの航空ルートを示す光の線がせわしなく明滅している。Tはヘッドセットを装着したまま、執務机の端末へキー入力を繰り返していた。

「……はい。政府の連絡調整窓口ですね。こちらは■■提督です。ええ、サトノ家の機体に関する事後処理の件ですが……航空局ならびに外務省への連絡は先ほど完了しました。はい、了解です。引き続き現地政府との連絡を維持します」

 受話器を置くとすぐに執務机の端末へ手を伸ばすT。その横では冬月が引き締まった表情で、届いた連絡の分類や暗号通信の解読を手慣れたように素早くこなしていた。

「政府関係者からの確認要求だ。航空局の航跡記録と、現地に展開していた敵軽空母の索敵範囲の照合データをそちらの端末に送る。確認を頼む」

「助かる。すぐに目を通す」

 

 今回の緊急事態。それはベンガル湾において突如確認された、軽空母1隻を含む深海棲艦の小規模艦隊の出現に端を発していた。事態を極めて緊迫させたのは、その空母より艦載機の発艦が確認される中で、偶然にもベンガル湾沿岸地域の上空を1機の民間機が通過していたという事実だった。フランスからの帰路についていた、サトノ家のプライベートジェットである。

 その小規模艦隊が発見されたタイミングにより、地上からの進路変更連絡が間に合わないという不可抗力による事態であった。幸いにも、プライベートジェットの航路自体は敵航空隊の展開空域からある程度離れた位置だったことが確認され、撃墜の危険性は極めて低かったとされる。現に、サトノ家のプライベートジェットは数時間前に何事もなく日本へ無事帰国・着陸しており、事後調査を含め、責任問題に発展するような要素は認められなかった。

 しかし、いくら無事という結果であったとしても、政府、航空関係各所、そして政財界への影響力を持つサトノ家への事実確認と状況説明、さらに現地での深海棲艦への警戒態勢強化など、事後処理と連絡調整の仕事量は膨大であった。Tと冬月は、その渦中にあったのである 。

「ふぅ……とにかく無事で何よりだったが、各方面への説明文書の作成だけで日が暮れそうだな」

「全くだ。だが油断は禁物だ。敵艦隊を撃滅するまでは不測の事態がいつ起きてもおかしくない」

 

 武力と外交、民間航空の安全が複雑に絡み合う大人たちの戦場。そんな緊迫した部屋の前に、一歩、また一歩と近づいてくる影があった。

「ふぅン……」

 廊下を歩きながら、タキオンはスマートフォンの画面に表示されたニュース記事を眺めていた。『サトノグループのプライベートジェット、無事帰国』そんな短い報道を見つめながら、独特なため息をついていた。

「何やら世間が騒がしいねぇ。サトノ家の飛行機が少々スリリングな空の旅を楽しんだようだが……詳しい事情はこれには書かれていない。おや、ということは……」

 首を傾げていたタキオンの脳裏に、楽しげな悪巧みが浮かぶ。この手の情報に滅法強いあの部屋に行けば、もっと面白い真実が転がっているのではないか。ついでに、忙しそうにしているであろうトレーナー君に新作の栄養剤の被験者になってもらおう。そう考えたタキオンは、いつものようにトレーナー室の扉へと手をかけた。

 

 だが、扉を引こうとした指先が、ぴたりと止まった。

「……?」

 いつもなら『やぁやぁ!』などと声をかけながら勢いよく扉を開くところだったが、扉越しに漏れ聞こえてくる室内の空気が、明らかに異質だった。

「いや、その連絡ルートなら外務省を挟むべきだ。手続きに不備を残すわけにはいかない」

「了解。すぐに構築しなおす。それから、敵艦隊に接近しつつあったスリランカ海軍の哨戒艦の退避は完了したと報告が入った」

「あとは鎮守府の長門や大淀たちにも情報が適切に共有されているか確認を」

 静かでありながら一刻の猶予も許さない、といった雰囲気のTたちの声。その口調、漂う緊張感、そして絶え間なく鳴り響く電話や通信機器のコール音。

 タキオンは一度扉から静かに手を離した。そして再び手をかけると、音を立てないように慎重に、ほんの少しだけ扉を開けて中を覗き込んだ。

 隙間から見えたのは、いつもタキオンの我が儘に付き合って苦笑している、トレーナーとしての姿ではなかった。それは、ひとつの軍事組織を束ねる者として的確に指示を飛ばす、提督としての姿だった。

 その横で様々な事務を処理する冬月の横顔も、普段の物静かな秘書艦ではなく、少女の姿でありながら海を駆けて敵と戦う艦娘としての厳しさを湛えていて、以前見せてもらった資料で見た駆逐艦のような威圧感さえ兼ね備えていた。

 

「……あぁ。なるほどねぇ」

 タキオンは、静かに扉を閉めた。常識外れの行動を繰り返す彼女だが、愚かなわけではない。今のあの部屋は、ウマ娘と担当トレーナーの、トレセン学園としての領域ではない。彼らがこの学園にいる真の理由。すなわち、深海棲艦を含む様々な怪異と戦い排除する、鎮守府の領域なのだ 。

「流石にこの状況でいつものように踏み込んで『モルモット君!』などと騒ぎ立てたら……冬月君につまみ出されるだけでは済まないねぇ。どんなに恐ろしいお仕置きが待っているやら」

 タキオンはスマートフォンを白衣のポケットに放り込んだ。

「今日のところは大人しく、研究室でデータをこねくり回すとしよう。命は大切にするものだからねぇ」

 タキオンはおどけつつも、どこか少しだけ寂しそうな足取りで廊下を歩き、静かに引き返していくのだった。

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