アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
昇った太陽の光が、トレセン学園の広大な敷地を照らしている。昼時を迎えた学園の食堂は、無数の生徒たちやトレーナーを含む学園関係者たちの熱気と賑やかな話し声で満ちていた。一般的にヒトよりも食事量が多いウマ娘たちのために提供される山盛りの定食や特大のスイーツ。それらの食事が置かれたテーブルを囲んで、賑やかに談笑している。
喧騒の最中、窓際のテーブル席に、静かにスプーンを運ぶ一人の少女の姿があった。Tの秘書艦として鎮守府から帯同している冬月である。
彼女は中央トレセン学園の生徒でもなければ、職員の籍を置いているわけでもない。出向してきた提督であるTの業務を支える者として、学園への往来や敷地内の自由な移動、各施設の利用を特別に許可されているだけの、完全な部外者であった。
しかし、真面目にTの傍らに付き従い、時に書類の束を抱えて廊下を歩くその神秘的な姿は、学園内でもほんの少しだけ噂になっていた。
「……あ、あそこに座ってるのって確か」
「うん、例の白い人だよね。名前は知らないけど、あのアグネスタキオンのトレーナーさんが連れてるっていう。綺麗だよねー」
シニカルなウマ娘と朗らかなウマ娘が小声で言う。彼女らに限らず、周囲のテーブル席に座るウマ娘たちの何人かが、カレーライスを淡々と口に運ぶ冬月に向けて、興味深そうに視線を送っていた。
ウマ娘という種は容姿端麗な者ばかりとされる。だが、そのウマ娘たちのみが生徒として多数在籍するトレセン学園という環境の中にあっても、冬月の持つ独特の佇まいはどこか異質だった。腰の下まで美しく伸びる純白の長い髪、透き通るような白い肌。その容姿はウマ娘たちと比較しても遜色ないと思えるほどに可憐であり、同時にミステリアスな気配を放っていた。
「二人ともどうしたの~。あっ、あの白い髪の人かぁ」
「ミラ子こっちこっち……また凄い量のお好み焼きだ」
「それ言ったらあんたも白い髪じゃん。葦毛なんだし」
だが噂といっても、そういう人が居る、くらいのものである。冬月が学園から得ている許可について知っているのは学園の関係者の中でも一部のみで、報道関係者を含め部外者が学園にやってくることもよくあること。きっとあの白い人もそういう人なのだろう、ということで、追求しようとするものは居なかった。シニカルなウマ娘と朗らかなウマ娘も、のんびりとしたウマ娘がやってくると友人同士の会話に花を咲かせ、白い人への興味はいつの間にか無くなっていた。
その冬月はというと、周囲からの視線など一切気にする風もなく、ただカレーライスを口へと運び続けている。そこへ、カチャ、とトレーを置く静かな音が響いた。
「あの。ここ、相席しても大丈夫かな……?」
おっとりとした優しい声をかけてきたのは、にんじんハンバーグ定食が載せられたトレーを両手で抱えたウマ娘、ダンツフレームだった。冬月はスプーンを止め、その瞳を向けると、短い言葉で了承して小さく頷いた。
それからは言葉が交わされることはなかった。ただ、スプーンが皿に当たる音と、ハンバーグに箸を入れる音だけが、机を挟んで交互に響き合う。しかし胸の内では、互いに目の前の相手に関する認識について静かに考えていた。
(アグネスタキオンの同期の生徒だ。確か先日も、アグネスタキオンの暴走に巻き込まれていた。今日は静かに食事を楽しんでいるようで何よりだ)
冬月がそう思いながらお茶をすする一方で、ダンツフレームもまた、マイ粉チーズをかけたにんじんハンバーグをモグモグと食べながら、目の前の白い髪の少女を見つめていた。
(この人……いつもつまみ出してくるって、タキオンちゃんがよく話してる人だよね。近くで見るとすごく綺麗だけど……不思議な雰囲気の人だなぁ)
言葉なき相互理解。アグネスタキオンというマッドサイエンティストを共通のハブに持つ二人の間には、気まずさとは異なる、どこか穏やかな沈黙が保たれていた。
そんな中、トレーを抱えて歩いてくるウマ娘が居る。ジャングルポケットだ。彼女もまたダンツフレームと同じで、タキオンの同期である。どの席に座ろうかと考えていたところ、遠くからダンツフレームの姿を見つけた。
「お、ダンツじゃん!ちょうどいいところに」
嬉しそうに声をかけ、そのまま相席しようとして近づこうとしたジャングルポケットだったが、ダンツフレームの対面に座る人物を捉えた瞬間、凍りついた。
「っ!?」
マンハッタンカフェのように明確に霊や怪異を認識できるわけでは無いし、そういったものに対しオバケは駄目だと言って怖がる。そんな彼女が持つ霊感が、冬月の奥底に眠る、底知れない何かを感じ取ったのだ。
(あの真っ白な奴……!?まるでオバケに遭った時みたいな……なんでダンツは普通にメシ食ってんだよ!?)
接近しただけで背筋に走る、理屈を超えた寒気。ジャングルポケットは、まだ冬月が自分の方に視線を向けてもいないのにガタガタと震え、ダンツフレームに声をかけるのを諦めた。
「……あ、いや。オレ、今日はあっちの、めちゃくちゃ遠い端っこの席で食う気分だったわ。そうだったわ……」
ジャングルポケットは引き攣った笑顔のまま、冬月に気付かれないようにその場で向きを変える。そして冬月の居るテーブルから最も離れた空席へと向かって、逃げるように去っていってしまった。
「あれ?ポッケちゃん、どうしたんだろう……?」
遠ざかっていく同期の背中を、ダンツフレームはハンバーグを頬張ったまま不思議そうに見送る。冬月は、自身の存在によって逃げて行ったウマ娘に気付いていない。そして、この食堂のカレーライスはよく出来ていると、心の中で密かに評価しながら完食するのだった。