アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
トレセン学園の敷地内にあるトレーナー寮。日々ウマ娘たちを指導しているトレーナーたちが居住するための寮である。鎮守府から出向しているTもトレーナー寮の一室を借用しており、普段の生活はこちらで送っていた。
生徒となるウマ娘たちが居住する栗東寮ならびに美浦寮は、原則的に関係者以外立ち入り禁止でトレーナーたちもよほどの事情が無いと入れない。だが学生寮とは違い、トレーナー寮に生徒が訪れることについては制限規定が現状存在していない。そのせいで、Tの部屋には今日も担当ウマ娘が押しかけてきた。
「やあやあトレーナー君!提督としての過酷な任務の合間に、実に優雅なお食事時のようだねぇ!」
「勝手に入ってくるんじゃないといつも言ってるだろう!」
夕食の時間にいきなりやってきたアグネスタキオンは、当然のような顔をしてTの部屋のソファーに腰を下ろした。こうやってタキオンが来襲するのは日常茶飯事であり、Tの悩みの種のひとつとなっていた。
「それに優雅な食事とは言うがな、スーパーで買った総菜だぞ」
「おやおや、つれないねぇ」
タキオンはニヤニヤとした笑みを浮かべる。ふと、テーブルの上に並ぶ総菜類のうちのひとつに彼女の目が留まった。それはプラスチック製のトレーに盛り付けられた、脂の乗ったサーモン。鮭の刺身だった。
(ふぅン……なるほどねぇ)
タキオンは軽く思考を巡らせた。海上交通網や航空路を寸断し、沿岸に置かれた養殖施設の破壊といった行動も度々確認されている深海棲艦。提督が指揮する鎮守府や各国の軍隊が船団護衛や敵戦力の撃滅といった対処を行うことで、世界中の交通網や生産・加工施設が護られており、それによって様々な食品が人々の食卓に届いている。
「トレーナー君。その刺身なのだがね、実に美味しそうじゃないか」
「……美味しいよ。だが、やらんぞ」
タキオンのからかいを軽くあしらいつつ、Tが小皿の醤油に刺身をつけた。テーブルの上には総菜類のトレーの蓋が無造作に置かれている。透明なプラスチック製の蓋に貼られたラベルにはノルウェーサーモンという印字がある。それを見たタキオンは、あることを思い出した。
(ノルウェーか。そういえばあれは去年、2025年の秋頃のことだったね……)
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それは2025年の秋のこと。日本から見ればおおよそ地球の裏側、北海において、深海棲艦の大規模な戦力が確認された。要衝・ナルヴィクに対し侵攻が開始され、ノルウェー政府は戦時非常権限法を適用。ノルウェー郷土防衛隊を含む軍隊が初期対応のために動くこととなる。
ナルヴィクの近隣に国境線が存在するスウェーデン、地政学的な事情により北海の敵戦力を無視できないイギリス、更にEUの各国もノルウェーの防衛と敵戦力の撃滅を目的とし、行動を開始した。
鎮守府でも作戦を開始し、その一環で日本からも主力艦隊を含む戦力の派遣が決定。大規模な戦力の移動に伴う兵站の管理や現地での作戦指揮を執るために、Tはトレセン学園のトレーナーとしての業務を停止。秘書艦の冬月と共に鎮守府へ戻ることになった。
静まり返ったトレーナー室。タキオンは研究の合間に勝手に入り込んでは、ソファーの上でだらだらとしていた。Tからは出発の際、部屋に設置されているモニターや端末には絶対に触るな、と厳命されていたため、流石のタキオンもそこには触れなかった。だが不満は募っていく。
「……つまらない、実につまらない。お気に入りのモルモットが不在の学園というのは退屈だ。大規模侵攻の時は毎回こうだけれど、慣れないものだよ」
数週間が経過しても一向に戻る気配がなく、Tに対する実験の実施もちょっかいをかけることも出来ずにいるタキオンの知的好奇心と駄々っ子気質は限界を迎え、暴走を始めていた。溢れ返るエネルギーのやり場を無くしたマッドサイエンティストはあることを思いつくと、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「トレーナー君が居ないのであれば、別の実験体で最新の試薬の検証を進めるとしようじゃないか!」
タキオンは即座に行動を起こした。好物を用いた誘惑や強引な物理的アプローチを駆使し、マンハッタンカフェ、ジャングルポケット、ダンツフレームの同期3人を誘導。そして日頃の退屈への八つ当たりとでも言わんばかりに、新型の怪しげな薬や栄養剤を、それぞれの効果が干渉しない程度の間隔しか置かずに、何回も投与し続けたのである。
その行動が始まってから3日後の夕方。欧州での過酷な作戦と、途中で急遽発令された日本近海の防衛作戦を全うし、中央トレセン学園へと帰還したTと冬月。夕焼けに照らされているTの疲労した顔は、まるで真っ赤に染まったかのようである。鎮守府ではこのような状況を俗に「赤疲労」と呼ぶ。
そんな赤疲労状態のTが嫌な予感を抱きながら旧理科準備室の扉を開いた時、室内に広がっていたのは文字通りの地獄絵図だった。
「だ、誰か……助けて、ください……薬ではなく、コーヒーが飲みたいです……」
「オレの身体が勝手に光って止まんねぇぞ!?」
「わわ、世界がくるくる回ってるよぉ……」
薬品の投与を連続で受けたカフェ、ジャングルポケット、ダンツフレームがひっくり返っていた。気絶こそしていないものの全員ぐったりとしており、無残な姿を晒している。
「素晴らしい!今回は十分な研究成果が得られたよ!」
そしてタキオンは机の上にレポート用紙を広げ、実験体となった3人の状態をつらつらと記録していた。
当然、タキオンはトレーナー室に呼び出され、作戦帰りのTから大目玉を食らったのであった。
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「あの時のトレーナー君の形相は、流石の私でも少々怖かったよ」
一連の出来事を全て思い返したタキオンは、何食わぬ顔でソファーに座ったまま笑う。その間にTは食事を終えており、箸を静かに置くと、タキオンに呆れた目を向けた。
「当然だ。あの時は、被害者となった3人とそれぞれのトレーナーに何度も頭を下げて、菓子折りも送って、学園に陳情するならあまり大事にならない程度にと伝えて……俺が事後処理をしてなかったら、お前の実験に関する行動が長期間に渡って制限されててもおかしくなかったんだぞ」
「それについては感謝しているよ」
「それに、欧州から帰ってきたらすぐさま日本近海での作戦指揮をしなきゃならなかったんだ。不在にする期間が最初に伝えてたよりも長くなってしまったのは詫びるが、不可抗力だったことは言っておくぞ」
「なかなか融通の利かないものだねぇ」
アグネスタキオンはTの話を聞いてはいた。自分のせいで同期3人がどれほど無残な目に遭ったか、そしてTがどれほど激務の中で胃を痛めていたか。その全てを理解していながらも、悪びれる様子は全く無い。
「まぁいいさ!全ては過去のことだ。それよりも、出来合いの総菜類がメインの食事では栄養も偏るだろう。そこでこの栄養剤というわけだが」
「またそんなもの持ち込んでたのか!」