アグネスタキオンと冬月、あと提督兼トレーナー 作:AIのタンクもどき
トレーナー室では警報音が鳴ると同時に壁のモニターに緊急情報が表示され、緊張感が走っていた。
「自衛隊の防空レーダー施設から緊急情報を受信。未確認の大型機が突如出現し、東京都上空を領空侵犯中の模様」
冬月の落ち着いた、それでいて鋭く張り詰めた声が室内に響く。執務机から立ち上がったTは、防空システムと連動したモニターに表示されている赤い光点を睨む。別のモニターでは、羽田空港や成田空港を発着する多数の民間機の飛行経路がことごとく乱れている様子が表示されていた。突如出現した未確認機と、それに伴う航空局からの退避命令により、民間空路は大混乱に陥っているのだ。
「レーダーの情報からおおよその機種を特定できるか?」
「……あった。機体の大きさは、旧アメリカ陸軍航空軍の爆撃機・B-29と同等。現在、百里基地から緊急発進した戦闘機2機が現地上空にて接触を試みて……航空自衛隊から通信。対応中の機の無線通信を共有する、だそうだ」
上空で対応しているのは、中部航空方面隊第7航空団、第3飛行隊に所属するF-2戦闘機だ。未確認機は東京都上空に前触れもなく出現していたことに加えて、民間機の退避完了の報告を待たねばならなかったため、スクランブル発進とはいえ対応は大幅に遅れてしまっていた。
<<こちらマンモス01、対象を目視で確認。機体形状はB-29に酷似。深海棲艦の爆撃機と思われるが、単機で飛行中。現在マンモス02が信号運動による誘導を試みている>>
2番機による信号運動が無視されると、対領空侵犯措置の手順に基づき退去勧告が行われる。
<<This is Japan Air Self-Defense Force.(こちらは航空自衛隊) You are violating Japanese airspace.(貴機は日本の領空を侵犯している) Change your course immediately and leave the airspace.(直ちに進路を変更し領空より退去せよ)>>
退去勧告に対する返答は無かった。最後の警告として、フレアの射出と機関砲の警告射撃が実施された。無線越しに機関砲の発砲音が響く。
<<フレア射出ならびに警告射撃を実施するも応答無し。撃墜の許可を乞う>>
---
一方、地上のトレセン学園。旧理科準備室には、同期の4人が一堂に会していた。実験器具の整理をしているアグネスタキオンと、マグカップを手入れしているマンハッタンカフェ。そして今日も遊びに来ていたジャングルポケットとダンツフレーム。
「そのイベントで出し物してたフジさんが手品でさ、すっげぇ数の鳩を同時に扱ってんの。マジ凄ぇわ」
「あはは。ポッケちゃん昨日からそればっかり」
「本当に、慕っていらっしゃるんですね……」
カフェは呆れたような、それでいて温かい目をジャングルポケットに向けている。タキオンは洗い終えた試験管を拭き取りながら、同期たちのやり取りを楽しげに眺めていた。
だが、その他愛のない日常の様子は突如として一変した。
部屋の中に居た4人がそれぞれ持ち歩いているスマートフォンから発せられたのは、不気味でけたたましい電子音。聞く人によっては不快感を抱くであろう音に、4人の耳がピンと立つ。それと同時に緊急事態を告げるエリアメールを受信し、画面が強制的に切り替わる。全国瞬時警報システム、通称・Jアラートだ。警報音の種類とエリアメールの内容は国民保護情報で、武力による攻撃が差し迫っていることを意味していた。
更に学園のスピーカーからもサイレンの音が鳴り響き、理事長秘書・駿川たづなによる放送音声が発せられた。
「学園内各員に通達。現在、東京都上空を未確認の飛行物体が飛行中。これは訓練ではありません。生徒および職員は、ただちに窓から離れるなどして安全を確保し、しゃがんで頭部を保護するなどして身構えてください。繰り返します……」
「わっ、わわ、何が起きてるの!?」
「おいタキオン、これって……!」
動揺するダンツフレームと、鋭い目で窓の外を見るジャングルポケット。タキオンは拭き取りが終わった試験管を棚に戻すと、ジャングルポケットと同じ方向を見た。
(……この不穏な空気。Jアラートや学園の緊急放送というのもあるが……なるほどねぇ、どうやらこれはトレーナー君の仕事が始まるようだ)
タキオンはパニックを起こすこともなく、極めて冷静に状況を分析すると、すぐに同期たちへと声をかけた。
「さて、ポッケ君とダンツ君は先に学園の指示に従いたまえ。カフェ、君はマグカップをしまい込んだら二人に続くんだ。私もこの試験管やフラスコを全て棚に納め次第続くよ。砕けて飛散してはいけないからねぇ」
タキオンは手際よく実験器具を片付けると、窓際から距離があり棚が倒れてこない位置の壁際に身を寄せていた3人に合流、全員で大人しく姿勢を低くしてその場にしゃがみ込んだ。
---
「単独での飛行かつ現時点で爆弾を投下するような挙動は見受けられず。流石にフライアブルの動態保存機が誤って飛来したとも思えない。だとすると、B-29というよりはその派生型のF-13……偵察機だ。冬月、航空自衛隊に連絡。当該機を深海棲艦の偵察機と認定。撃墜するよう伝えてくれ」
冬月からの通信が航空自衛隊の司令部に届くと、直ちに撃墜せよとの指令がスクランブル機に送られた。
<<コピー、撃墜する。ミサイルロック……FOX2>>
防空レーダーから偵察機の反応が消え、モニター上の赤い光点も消滅した。
「目標の撃墜を確認、機体の破片も消滅したとのことだ」
Tは深く息を吐き出すと、ヘッドセットを外して執務机に置いた。
「よし……念のため、鎮守府の警戒態勢はあと2時間は維持する。自衛隊にもその旨を連絡してくれ」
「了解」
---
それから数時間が経過し、警報が解除された夕方。学園内はすっかりと落ち着きを取り戻し、旧理科準備室でも4人の同期たちがそれぞれの日常を再開していた。
今日のように深海棲艦の航空機によってJアラートが鳴り響くような事態は、以前にも数回ほど起きている。そのため、彼女たちにとっても驚きはあれど、過度な混乱を引きずることはなかった。
ジャングルポケットはスマートフォンの画面を指先でなぞりながら、実験器具の整理を再開しているタキオンへと視線を向けた。
「なぁ、タキオン」
「なんだいポッケ君。この磨きぬいたフラスコの輝きに見惚れているのかい?」
「ちげーよ!さっき警報が鳴った時さ、てっきりお前のことだから『実に興味深い!』とか何とか言って、警報なんか無視して実験を始めるんじゃねぇかとか思ってたんだよ。それが案外、俺たちの中で真っ先に動いて、そんで大人しくしゃがみこんでたじゃねえか。なんかお前らしくなくて意外だったっつーか」
ジャングルポケットの素直な指摘に、横でマグカップや焙煎機の整理を終えたカフェも静かに頷いて同意を示す。タキオンは手に持っていたフラスコを棚へと収めると、ふっと口角を吊り上げた。
「ポッケ君。科学者たるもの、自身の安全を最優先に確保するのは基本中の基本なのだよ。それに」
タキオンは自分の椅子にどかっと座り込むと、夕陽が眩しい窓の外へ目を向けた。
「万が一にも私がここで無謀な真似をして、窓やフラスコが割れて飛散したガラス片によって怪我でもしようものなら、トレーナー君から怒られてしまうからね。身の安全を守っていれば、トレーナー君からのお叱りを受けなくて済むということさ」
「あー、お前のトレーナー、普段は優しそうだけど、マジで怒ったらヤバそうだもんな」
タキオンが眺める窓の外には、何事もなかったかのように穏やかで美しい夕焼け空が広がっていた。