「「「「「「……はいっ!?????」」」」」」
大広間に響き渡ったのは、完全にハモった衝撃の絶叫だった。
静まり返る室内。全員の目が点になり、時が止まったかのように凍りついている。
その中心で、当の詠春だけが大真面目な顔で頷いていた。
最初に再起動したのは風香だった。
「け、結婚だってーーーっ!? 明日菜と木乃香が結婚!?」
風香が目を丸くして頭を抱える。
「た、確かにあの二人って女子寮で同じ部屋に住んでるけどさ! 間違いが起こってもおかしくはない環境だけどさーっ!?」
「あ、明日菜さんと木乃香さんが結婚……!?」
あやかも呆然としながら、信じられないといった様子で呟いた。
「確かに……お二人とも大変仲がよろしくていらっしゃいましたが……まさかそこまでの関係に発展していましたとは……!」
「ひやぁ……明日菜と木乃香が……」
文香も隣で頬を赤くして目をパチパチさせている。
当事者として名前を挙げられた木乃香はというと――首を少し傾げ、いつものようにぽわぽわとした笑みを浮かべた。
「ふえ〜……うち、将来明日菜と結婚して刀太君のこと産むんか〜。なんか、すっごく不思議な気分やわ〜♪」
「受け入れるのが早すぎるわ!?」
刀太が思わずツッコミを入れたが、木乃香は「だって、お父様がそう仰るんやもん」とどこ吹く風だ。
そんな中――一人、大広間の隅でカチリと『スイッチ』が入った人物がいた。
人の恋愛話と修羅場が大好物の乙女脳クリエイター、早乙女はるなである。
はるなの瞳にギラリと妖しい炎が宿った。
「……ッ!! 待って……! 私のラブセンサーがビンビンに来てるわ…ッ!!」
はるなはガタッと膝立ちになると、興奮で鼻息を荒くしながら拳を握りしめた。
「女同士……! 時代と社会の常識に引き裂かれる、あまりにも禁断の恋……!
片や歴史ある京都の陰陽名家・近衛家の令嬢!
跡取りとして厳格に育てられた木乃香ちゃんに対し、跡取りを産めない同性同士の結婚なんて、親族たちが許すはずがないわ……っ!」
「パ、パル…? なに急に一人で燃え上がって――」
刀太が引き気味に声をかけるが、はるなにはもう何も聞こえていない。頭の中の妄想ノートが猛スピードでページをめくっている。
「『ごめんなさい明日菜……私、お家を捨てられないの』……『バカね木乃香、そんなお家なら私が壊してあげるわ!』……押し寄せる反対の嵐! 引き裂かれそうになる二人! だがその逆境こそが二人の愛をより激しく燃え上がらせ、ついに二人は夜陰に紛れて駆け落ちを――ッ!!」
「ぬぅ……! なんという壮絶で甘美な物語でござるか……!」
楓が腕を組み、「いやー、実に熱い関係でござるなー!」と深く深く頷いている。
あやかも妄想の世界に毒されたのか、拳をギシッと握りしめてぷりぷりと怒り始めた。
「まあ……! 明日菜さんったら、駆け落ちをするくらい追い詰められていらしたのなら、どうしてこの私を頼ってくださらなかったのかしら!
雪広財閥の力を以てすれば、高飛びの手配くらいお安い御用でしたのに……!」
「そっちじゃないだろあやかーっ! 妄想の中の明日菜に怒るなよ!」
刀太の必死のツッコミも、すっかりカオスと化した大広間の熱気の中へ消えていく。
やいのやいのと大騒ぎする面々。
はるなが「これが運命の愛……! 切なさの極み……!」と一人で涙ぐみ、楓とあやかが納得顔で頷くというカオスな空間の中で――。
ふと、一人だけ腕を組み、真剣な顔で考え込んでいた四葉五月が、ぽんと小さく手を打った。
(……待って。木乃香さんと明日菜さんが結ばれるっていう前提……そもそも何かがおかしいような……?)
五月は一人、静かに思考を整理し始めた。
(詠春さんは『近衛』という苗字と、明日菜さんの『魔法無効化能力』から、お二人が親だと推測された……。
でも、木乃香さんがお母さんだと仮定された理由は、単に刀太くんの苗字が『近衛』だから……よね?)
五月の頭の中で、パズルのピースが全く別の形に組み合わさっていく。
そこまで考え至った瞬間、五月の頭の上にピコンと電球が灯った。
(……あっ!)
五月の視線が、すーっと、とある人物の方へと向けられた。
みんなが騒ぎ続ける大広間で、五月は控えめに、けれど意を決したようにちょこんと手を挙げ、口を開いた――。
「あのー……」
大騒ぎする一同の中で、控えめながらも透き通った五月の声が響いた。
「木乃香さんがお相手だというのは、単に苗字が同じ『近衛』だから……ということですよね?
でも、いくら魔法の世界でも、女性同士でお子さんを授かるのは難しいと思うんです。
それよりも、その……それだったら同じ『近衛』の苗字を持つ、男性の方がおられるような……」
五月は申し訳なさそうに身を縮めると、そろっと、とある方向へ視線を向けた。
一同の視線が、五月の目の動きに誘われるように一斉に動く。
その視線の先――座布団の上に座っていたのは、他でもない近衛詠春だった。
「ん?……え?」
「「「「「「えええぇぇぇーーーーーッ!!???」」」」」」
この日何度目かわからない、割れんばかりの叫びが大広間を揺らした。
「た、確かに……! 言われてみればそうですわね!
先ほど明日菜さんとは昔、魔法世界で一緒に過ごしておられたとおっしゃっていましたわ!」
あやかがハッと目を見開き、自分の手で口元を覆う。
「そうじゃん! 明日菜って高畑先生とか、渋くて枯れたおじさん大好きじゃん!!」
はるながポンと手を打ち、叫んだ。
「はわわ……バッチリつながってしまったのです……!」
文香も青ざめた顔で両頬に手を当てて震えている。
「な……ッ!? ち、違う! 滅相もない! 私はただ純粋に推論を重ねただけで――」
冷や汗をダラダラと流して慌てて弁明しようとする詠春。
だが、その背後に――いつの間にか、恐ろしいほどの負のオーラが立ち込めていた。
「へー……」
静かな、けれど背筋が凍りつくような声。
振り向いた詠春の目に飛び込んできたのは、漆黒の笑みを浮かべた木乃香の姿だった。
顔はニコニコと笑っている。しかし、その瞳からは完全に光が消え去っていた。
そして何より恐ろしいことに、彼女の右手には、どこから取り出したのか重厚な金槌が握られていた。
「どこから出してきたんだよそれーーッ!?」
刀太が思わず飛び上がって絶叫する。
「木乃香ちゃん顔! 顔が笑ってないから! めっちゃ目が据わってるからーーっ!」
風香も叫びながらあやかの後ろへ避難した。
木乃香はトコ……トコ……と、金槌を手にゆらりゆらりと詠春へ近づいていく。
「へー、お父様……。うちとお母様のことを裏切って、新しい家庭を築こうと思ってるんや〜」
「ま、待ってくれ木乃香! 落ち着くんだ! これは純粋な論理的考察の誤りであって、私にそんな意図は一切――!」
「問答無用や〜〜〜ッ!!」
「ぐはッ!?」
振り下ろされた金槌を危機一髪で紙一重にかわした詠春は、羽織の裾を翻して一目散に大広間を逃げ回りはじめた。
「待ちなさいお父様ー! うちは許さへんでー!」
「木乃香、話を聞いてくれ! 私は誓って浮気などしていないー!」
バタバタと畳を叩く音と、金槌が柱や床を叩き割る恐ろしい破壊音が大広間に響き渡る。
屋敷の従者や部下たちが廊下からチラリと覗き込み、「まさか詠春様が……」「奥様というものがありながら……」「お可哀想に木乃香様……」とひそひそと蔑むような視線を投げかけていた。
だが――。
この地獄のような親子喧嘩と修羅場の渦中で、全く別のベクトルで目をギラギラと輝かせている悪魔が一人いた。
早乙女はるなである。
はるなはドタバタと繰り広げられる追いかけっこなど視界に入っていないかのように完全無視し、ニタリと妖しい笑みを浮かべながら、懐からお気に入りのスケッチブックとペンを取り出した。
「……ふふ……ふふふふ……見えたわ……! これこそが、真実のドラマ……ッ!」
はるなはスケッチブックに猛スピードでペンを走らせながら、ウットリとした表情で妄想を垂れ流し始めた。
「来年の修学旅行で訪れる、ここ京都!
そこでたまたま再会してしまう明日菜と詠春さん!
最愛の人との再会によって引き起こされる、姫としての封印された記憶……!
もう離すまいと熱烈なアプローチをかける明日菜!
最初は『いけない、私には妻も子も……』と断っていた詠春さんだけど、ピチピチな若い身体の誘惑には勝てず、一度だけならと手を出してしまって――ッ!」
「おい、そこの悪魔を誰か止めろーーーッ!!」
飛んでくる金槌をギリギリでかわしながら、詠春が涙目で絶叫した。
「木乃香、違うからな! そんな事実なんて無いからな! 私は誓ってそんな不貞など働いておらん!!」
「問答無用〜! お父様のバカー!」
振り回される金槌が畳を叩き割り、部屋の障子に大穴を開ける。
さらに悲惨なことに、廊下の影から様子を伺っていた従者たちのヒソヒソ声が追い打ちをかけた。
「……まさか、あの真面目な詠春様がそんなお若い方と……」
「奥様と木乃香様が可哀想すぎる……」
「見損ないましたわ、お坊ちゃま……」
(マズい、このままでは娘に殴り殺される上に、屋敷内での私の威厳が完全に崩壊する……ッ!)
絶体絶命の危機に瀕した詠春は、冷や汗を滝のように流しながら頭をフル回転させた。
そして――起死回生の一手を思いつき、ある人物をビシッと指差した!
「そ、そうだ! 木乃香、落ち着いて聞いてくれ! ここにはもう一人、『近衛』という苗字の男性がいるじゃないか!!」
「む、婿殿ーーーッ!?」
お茶を飲んでいた近衛近右衛門が、思わず素頓狂な声を上げた。
「木乃香、よく考えてごらん!
彼は学園長であり、僕なんかよりもずっと明日菜ちゃんの近くにいる! 交流の機会だって山ほどあるはずだ!
ある時、明日菜ちゃんの『枯れた男性好き』の癖が、学園長にドンピシャで刺さってしまって――!」
「待て待て待つのじゃ婿殿ーーーッ!!」
学園長は立ち上がり、髭を激しく揺らして必死に反論した。
「わしはもう、渋いおじさんとかいうレベルを超えておるじゃろうが! 枯れすぎてシワシワじゃぞ!? 熟しすぎてドライフルーツじゃぞ! なぜわしに火の粉を飛ばすのじゃ!!」
しかし、すでに怒りの渦中にいる木乃香に、そんな弁明は届かなかった。
「……お爺様?」
トコ……トコ……と、木乃香が金槌を手に、首をカクリと傾けて学園長の方へと振り向いた。その笑顔は、相変わらず完璧に光が消えている。
「ひょ、ひょええええええーーーッ!?」
学園長は情けない悲鳴を上げると、着物の裾をまくり上げて猛ダッシュで大広間を飛び出した。
「お父様も、お祖父様も、何を考えとるの~~~ッ!!」
金槌を振り上げた木乃香が、二人まとめて天罰を下すべく、恐ろしい速度で追いかけていく。
「待ってくれ木乃香ー! 僕じゃない、お義父様だー!」
「婿殿、ワシを巻き込むでないわー!」
深夜の近衛家のお屋敷に、情けない男二人の悲鳴と、少女の怒号、そして破壊音がどこまでも響き渡るのだった。
――そして、夜が明けた。
朝の光が差し込む大広間。
そこに広がるのは、見事に障子やらふすまやらが破壊し尽くされた凄惨な光景。
そしてその中央で、頭に立派なタンコブを作った二人の男――近衛詠春と近衛近右衛門が、しょんぼりと肩を落として並んで正座をしていた。
「……本当に、申し訳なかった……」
「…ワシ、なにかしたかのぅ…いや、冗談じゃ!
ワシらのような年寄りが、軽率な妄想を口にするべきではなかったわい……」
「わかればよろしい」
プイッとそっぽを向く木乃香。その傍らには、仕事(?)を終えた金槌が静かに置かれていた。
「いやー、すげぇお家騒動だったな!」
「いいんちょの家でこの金槌引き取って封印しておいた方がいいよ……」
「……ええ。雪広の財力で厳重な金庫へと封印させていただきますわ」
刀太がケラケラと笑い、風香とあやかが本気で怯えた様子でヒソヒソと囁き合っている。
こうして、波乱に満ちた(一部の大人にとっては地獄のような)京都の夜は、騒がしくも無事に幕を閉じたのであった。
美味しい京風の朝食をいただき、帰りの支度を整えた一行は、近衛家の車で京都駅まで送ってもらった。
「皆さん、今回は色々とご不便やご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした」
駅のロータリーで、詠春が申し訳なさそうに頭を下げる。タンコブはまだ少し赤く腫れていた。
「いいっていいって!
最後はドタバタだったけど、観光もできたしメシも美味かったし、最高の旅行だったぜ!」
刀太がニシシと笑ってサムズアップする。
「お世話になりましたわ、詠春様。……お怪我、お大事になさってくださいね」
あやかが気を遣うようにタンコブへ視線を送ると、詠春は苦笑して「ありがとう」と頷いた。
「じゃあな、木乃香! 学園長も! またなー!」
「みんな、気をつけて帰るんよー! また遊びにおいでなー!」
大きく手を振る木乃香と学園長、そして詠春に見送られながら、刀太たちは新幹線の改札を抜けた。
「ふぁぁ……疲れたぁ……。でも、なんだかんだ言ってすっごく面白かったわね」
はるなが大きなあくびをしながら、ホームに滑り込んできた新幹線に乗り込む。
「うん! あやかちゃんの気功ドーンも、刀太のパーンって消しちゃうやつも、木乃香ちゃんのお父さんが金槌で追っかけ回されるのも、全部すごかったー!」
風香が楽しそうに座席に飛び乗った。
「風香、最後のやつは凄いというより恐ろしいの間違いですわ……」
あやかが呆れたようにため息をつく。
新幹線の車内では、各々が向かい合わせにした座席で駅弁をつついたり、トランプをしたりしながら、今回の京都での非日常的な体験を楽しそうに語り合っていた。
窓の外には、冬の澄んだ空と、流れていく景色が広がっている。
「いやー、にしてもさ。俺の苗字が近衛で、なんかすげぇ魔法を消す力を持ってるってことはわかったけどよ。
結局、俺の本当の正体については何もわからずじまいだったな!」
刀太がケロリとした顔でお茶のペットボトルを煽る。
「……あ、あのね刀太さん。もしかして、本当に木乃香さんと明日菜さんの……」
「んー、どうなんだろうなあ。なんか違う気もするけど」
五月の恐る恐るの質問を、刀太はなんとなく否定した。
みんなでワイワイと笑い合う中。
ふと、五月だけが、窓の外を眺める刀太の横顔を、どこかホッとしたような、それでいて申し訳なさそうな、複雑な瞳で見つめていた。
新幹線を乗り継ぎ、すっかり夕闇に包まれた麻帆良学園の正門前に到着した。
「ふぁ~あ! 無事に着いた~! やっぱり麻帆良は落ち着くわねぇ」
はるなが大きく伸びをする。
「みなさん、今回は本当にお疲れ様でしたわ。また学校で会いましょう」
あやかが優雅にお辞儀をし、風香、文香、楓たち寮組の面々も「また明日ね~!」「気をつけて帰るでござるよ~!」と手を振りながら、それぞれの帰路へと散っていった。
「じゃあな、みんなー!」
刀太も元気に手を振り返すと、隣に立つ五月に向き直った。
「よし、俺たちも超包子に帰ろうぜ、五月!」
「うん……!」
二人は並んで、夕闇が溶け込み始めた馴染みの街道を歩き出した。
街灯がぽつぽつと灯り始める静かな帰り道。
刀太は後頭部で両手を組みながら、ふぅと息を吐き出した。
「いやー……結局、俺の正体とか記憶については、なーんも分かんなくてうやむやになっちゃったな!」
カラッとした声で言う刀太に、五月は歩幅を合わせながら「うん……」と小さくうなずいた。
そこから、しばらくの静寂が流れた。
風が心地よく二人の頬を撫でていく。
ふと、五月が足を緩め、刀太の少し後ろから静かに口を開いた。
「私ね……今、人生の中でとても……ううん、一番幸せなの」
「え?」
刀太が足を止め、振り返る。
五月は自分の胸の前でそっと手を重ね、どこか恥ずかしそうに目を細めていた。
「クラスのみんなのことも大好きだし、超包子で過ごす時間も大好き。……それに、刀太くんが来てくれたし」
「俺?」
「うん。刀太くんが来てくれたおかげでね、私、自分でも少し変われた気がするんだ。
自分から積極的に声を出したり、メニューの提案をしてみたり……笑う回数も、すごく増えた気がするの」
「へへッ、なんだよそれ。それは俺のおかげじゃなくて、五月自身が頑張ったからだろ?」
刀太が気恥ずかしそうに頭をかくと、五月は愛おしそうに首を横に振った。
「ううん。私一人だったら、こんなに変われなかったと思う。
……だからね、刀太くんにはとっても感謝しているの」
感謝の言葉。けれど――刀太はふと違和感を覚えた。
五月は微笑んでいるはずなのに、その瞳の奥はどこか哀しげに陰り、曇っているように見えたからだ。
「五月……? どうしたんだ? 嬉しいこと言ってくれてるのに、なんだか辛そうな顔してさ」
刀太に気遣わしげに見つめられ、五月はキュッと唇を結んだ。
そして、ずっと胸の奥底に溜め込んでいた秘密を吐き出すように、消え入りそうな声で絞り出した。
「……でもね。この幸せな時間って……なんだか、すぐに終わっちゃう気がして……」
「え……?」
「刀太くんが記憶を取り戻したら……大切なことを思い出して、私なんか忘れて、どこか遠くに行っちゃうような気がして……それが、すごく怖いの」
五月の瞳に、小さな涙が浮かんでいた。
今回の京都の旅。
刀太の記憶の手がかりを探す旅だというのに、五月の心の中には、ずっと恐ろしいエゴが渦巻いていた。
『何も見つかりませんように』『記憶なんて戻りませんように』――刀太の記憶が戻らなかったと知った時、誰よりもホッとしてしまった自分。
そんな自分が卑しくて、申し訳なくて、そして何より刀太がいなくなる未来が恐ろしかった。
胸の内を全て吐露し、俯いて身を縮める五月。
刀太は一瞬ぽかんとした後、呆れたような、けれどどこまでも温かい苦笑いを浮かべた。
「なーんだ……! そんなこと気にしてたのかよ!」
「……え?」
五月がハッと顔を上げると、刀太は胸をドンと叩き、太陽のように屈託のない笑顔を弾けさせた。
「記憶が戻ろうが戻るまいが、俺は俺だぞ!
五月と超包子で過ごした時間が消えてなくなるわけじゃねぇだろ!
記憶が戻ったって、俺は五月を置いてどこにも行ったりしねぇよ。……約束するさ!」
「刀太くん……」
力強いその言葉。何の疑いもなく自分に差し伸べられた言葉に、五月の胸が温かいもので満たされていく。
「よしッ、じゃあ帰ろうぜ! 俺、腹減っちゃってさ! 今日の五月のご飯、すっげぇ楽しみにしてんだからな!」
刀太はそう言うと、ニシシと笑って「ほら、早く!」と先に走っていった。
「あ……うん!」
本当は分かっている。
もしも彼が本来いるべき場所を思い出した時、引き留めることなんてできないかもしれない。
未来への不安が完全に消え去ったわけではない。
それでも――。
五月は溢れそうになる涙を指先でぬぐうと、不安を隠すように精一杯の笑顔を作った。
「うん! 一生懸命作るからね……ッ!」
夕闇の残る帰り道。
前を走る少年の背中を追いかけて、少女は弾むような足取りで駆け出していったのだった。
次回から1月に入ります。
ネギ君が来るのは2月です。