近衛刀太inネギま   作:けるるんくっく

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ブン屋襲来(喉に拡声器を添えて)

麻帆良学園都市の朝は早い。

特に、世界中の知的エリートや多様な生徒たちが集まるこの超巨大な学園は、日の出とともに活気に包まれる。

 

「――よし、これで最後っと!」

 

ガシャ、と小気味よい金属音を立てて、スチール製の頑丈な折りたたみ机が、倉庫の壁際に寸分の狂いもなく整然と積み上げられた。

普通なら大人の男が二人係で運ぶような重量の机だ。それを、まだ中学生ほどの体格の少年が、右腕一本だけで軽々と持ち上げ、パズルのピースをはめるように正確に積み上げていく。

 

「お見事。……いやはや、本当に大助かりだよ、トータくん」

 

倉庫の入り口で、学園の用務員のおじさんが、感心したように何度も頷いていた。

 

「片腕しかないと聞いたときは、どんな雑用を任せたらいいか悩んだんだが……。君のその体力と器用さは、大人の職人顔負けだねぇ。台車のバランス取りなんて、私よりよっぽど上手いじゃないか」

「へへ、そう言ってもらえると嬉しいよ! なんか分かんねぇけど、体が勝手に動くっていうかさ。このくらい、軽い軽い!」

 

刀太は額の汗を、袖で不器用に拭いながらニカッと笑った。

記憶を失い、左腕を失った刀太が「学園の臨時事務員」として働き始めてから、今日で三日が経つ。

高畑先生や学園長からは「監視」の意味も含めて与えられた仕事だったが、刀太はそんな裏の事情などどこ吹く風で、毎日を全力で駆け抜けていた。

 

何より、自分でも驚くほどに「体が動く」のだ。

物理的な力の強さはもちろん、驚くべきはその「器用さ」だった。

例えば、書類の整理。片手だけで紙の束を信じられない速度で数え、正確にホチキスを留めていく。

例えば、学園内の備品の修繕。壊れた椅子の脚を、片手と足を器用に使いながら、日曜大工レベルを超えた手際の良さで直してしまう。

体の中に染み付いた「重心の取り方」や「空間の把握能力」が、記憶のない頭の代わりに、刀太の体を完璧にコントロールしていた。

 

「よし、午前中の雑用はこれでおしまい! 午後からは超包子(チャオパオズ)の手伝いだな!」

「ああ、五月ちゃんが待ってるよ。気をつけて行きなさい、トータくん」

「おう! ありがとな、おっちゃん!」

 

刀太は弾けるような笑顔で手を振り、倉庫を後にした。

麻帆良学園都市の一角にある中華料理店「超包子」。

ここは、学園祭が近づくにつれて凄まじい忙しさを見せる、学園内でも屈指の超人気店だ。

お昼時を少し過ぎた厨房では、凄まじい熱気と、油の弾ける心地よい音が響き渡っていた。

 

「トータくん、そっちのネギ、みじん切りお願いできる?」

 

厨房の奥から、おっとりとした、けれどよく通る五月の声が聞こえる。

 

「任せとけって!」

 

刀太はまな板の前に立つと、右手だけで包丁を握った。

トントントントントントン――!

目にも留まらぬ速さで、ネギが極小のみじん切りにされていく。左手で食材を押さえる代わりに、刀太は包丁の腹とまな板の傾斜を器用に使い、食材を一切逃がさずに刻んでみせるのだ。

 

「……本当にすごいやねぇ」

 

その手際の良さを横目で見ながら、五月は特大の中華鍋を振りつつ、感心したように息を吐いた。

彼女のまとう空気は、どんなに厨房が忙しく、注文の伝票が山積みになっていても、決してトゲトゲしない。まるで春の陽だまりのような温かさで、そこにいるだけで周囲の焦りを消し去ってしまう不思議な包容力があった。

 

「トータくんが来てくれてから、仕込みの時間が半分になっちゃった。あんた、本当に料理をしたことがなかったの?」

「うーん……全然覚えてねぇんだけどさ。でも、包丁を持つと、なんかこう……『これくらい簡単だろ』って、体が勝手に納得しちまうんだよな」

 

刀太は照れくさそうに笑いながら、刻み終えたネギをボウルに綺麗に移した。

 

「ふふ、きっと体にいい習慣が染み付いてるんだね。はい、これは頑張って働いてくれたトータくんへの、うちからの特別ご褒美」

 

五月が差し出してきたのは、せいろから取り出したばかりの、ほかほかと湯気を立てる大きな肉まんだった。

 

「わあ、美味そう……! いただきます!」

 

刀太は大きく口を開けて、肉まんにかぶりついた。

皮はもちもちで、中からはじゅわっと濃厚な肉汁が溢れ出す。

 

「うっ、美味えええ! なんだこれ、五月の作るもんは、スープも肉まんも全部、体の中にじわーって元気が広がる感じがする!」

「ふふ、よかった。そうやって美味しそうに食べてくれるのが、料理人として一番嬉しいな」

 

五月は自身の頬を少し緩め、刀太の口元についた肉まんのクズを、自分の指先で優しく拭ってあげた。

 

「あ……悪い。自分で拭くよ!」

「いいのいいの。トータくんは片手なんだから、甘えられるところは、うちにいっぱーい甘えていいんだよ?」

 

そう言って、五月は聖母のような、どこまでも穏やかで優しい笑みを浮かべる。

刀太はその温かさに胸がトクンと跳ねるのを感じ、誤魔化すように残りの肉まんを口に放り込んだ。

記憶がなくても、腕が一本なくても。

この優しい少女の隣にいられるだけで、今の刀太にとっては、それだけで世界が満たされているような気がしていた。

 

しかし、夕暮れ時。

この「超包子」に、学園の少し風変わりな常連客たちが、お腹を空かせてやってくる時間へと、物語は移り変わっていく――。

 

 

 

 

麻帆良の空が、ゆっくりと茜色から濃い紫へと溶けていく時間帯。

「超包子」の店内には、授業や部活動を終えた学園の生徒たちが、その安くて美味しい料理を求めて次々と暖簾をくぐり始めていた。

 

「はーい、お待たせしました。五目チャーハンと焼き餃子だよ」

 

おっとりと、けれど無駄のない足取りで客席の間を縫うように歩く五月。

そしてその少し後ろを、刀太が忙しなく、けれど驚くほどスムーズについて回っていた。

 

「五月、あっちの4番テーブルの片付け終わったぜ! 次は何を運べばいい?」

「ありがとう、トータくん。じゃあ、あそこの2番テーブルに、この特製杏仁豆腐を届けてもらえる?」

「おう、任せとけ!」

 

刀太は右手だけで、大きめのトレイを驚くほどのバランス感覚で水平に保ち、テーブルの間をすり抜けていく。

片腕がない。その事実だけで周囲の客は一瞬ハッとした表情を浮かべるが、刀太の淀みのない、むしろ五体満足の人間よりも軽やかな身のこなしを見るうちに、誰もが感心の眼差しへと変わっていく。

 

そんな刀太の姿を、店の特等席――入り口近くのカウンターの端から、じっと見つめる鋭い視線があった。

カシャ、カシャッ、と小さな、けれど鋭い機械音が響く。

 

「……やっぱり、ちょっと面白すぎるんじゃない、これ」

 

呟いたのは、カウンター席でラーメンをすすっていた少女だ。

短めの茶髪に、活動的な私服。そして、手元にはプロ仕様のデジタルカメラ。

麻帆良学園中等部2年A組のパパラッチにして、学園新聞部のエース、朝倉和美だった。

朝倉はラーメンのレンゲを置くと、カメラの液晶画面を素早くスクロールした。

 

画面に映っているのは、片手で重いトレイを平然と持ち上げ、満面の笑みをお客さんに向けている刀太の姿。どのカットも、ブレ一つなく完璧に刀太の「超人的なバランス感覚」と「人懐っこい表情」を捉えている。

 

「麻帆良の新しい雑用係、ねぇ。片腕がないのに、その辺の運動部よりよっぽど動ける。おまけに高畑先生や学園長が裏でコソコソ動いてるってなれば……これは特ダネの匂いしかしないわ」

 

朝倉はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、カメラをバッグに滑り込ませると、ちょうど通りかかった刀太に声をかけた。

 

「ねえ、そこの君。ちょっといい?」

「ん? 俺に用か?」

 

刀太が足を止め、不思議そうに朝倉を見つめる。

朝倉はカウンターに肘をつき、刀太の顔を至近距離からまじまじと観察した。

 

「君、名前はなんていうの? 聞き慣れない顔だけど、新しく入ったバイト君?」

「ああ! 俺はトータ。記憶喪失でさ、自分の名前くらいしか分かんねぇんだけど、今は五月のところに居候させてもらってんだ!」

「――ぶっ!!」

 

あまりにもあっけらかんと、しかも大声で「記憶喪失」と「居候」というウルトラ級の個人情報を開陳した刀太に、朝倉は食べていたラーメンを吹きそうになった。

 

「き、きき、記憶喪失!? いや、それ以上に……いま何て言った!? 『五月のところに居候してる』だってぇ!?」

 

ガタタッ! と朝倉は勢いよく椅子から立ち上がった。

その瞬間、彼女の瞳の奥で「パパラッチ・センサー」が怪しく、そして最高出力でギラリと輝く。

 

「ちょっとちょっとちょっとォ! それって、あの麻帆良中等部きっての良妻賢母にして、男子生徒全員の精神的オアシス、『みんなのお母さん』こと四葉五月ちゃんに、まさかの春が来た!?ってことじゃないの!?」

「え? はる……? 桜が咲く季節のことか?」

 

状況が1ミリも理解できていない刀太が首を傾げる中、朝倉は「シャッターチャンス!!」とばかりにデジカメラを構え、刀太にレンズを突きつけた。

 

「違うわよ! 浮いた話がミリオンセラー並みにゼロだった五月が、怪しげな年下のイケメン片腕男子を自宅に囲い込んでるのよ!? これ、新聞の一面どころか、号外もののビッグスクープよ!!」

「ちょ、ちょっと、朝倉さんっ……! 声が大きいよぉっ!」

 

奥の厨房から、お盆を胸に抱えた五月が慌ててパタパタと飛んできた。

いつもはおっとりと、どんなに忙しくてもニコニコ穏やかな五月が、今はりんごのように頬を真っ赤に染めて、涙目で朝倉を引き止めている。

 

「ち、違うの! 誤解だよぉ。トータくんは怪我をして行き倒れていたから、うちの部屋の余ってるところに置いてもらってるだけで……その、囲い込んでるだなんて、そんなやらしいこと、全然してないよぉ……!」

「あはは! 五月がそんなに慌てるなんて、余計に怪しいわねぇ!」

 

お盆で真っ赤な顔を隠そうとする五月のキュートなリアクションに、朝倉はカメラを構えたまま大はしゃぎだ。

 

「いい? 五月。男女の同居はね、それだけで十分ゴシップなの! ほらトータくん、もっと五月に近寄って! ツーショット撮るから!」

「おう? こうか?」

 

刀太が素直に五月の隣に並んでピースサインを作ると、五月は「ひゃ、ひゃうっ……」と見たこともないような可愛い悲鳴を上げて一歩後退りした。

 

「も、もう! 朝倉さん、面白がらないで! トータくんも、朝倉さんのペースに乗っちゃだめだよ?」

 

五月は恥ずかしさのあまり耳まで赤くしながら、刀太の右袖を優しくぎゅっと引っ張った。その怒り方も、全くトゲがなくて、ただただ可愛らしくて守ってあげたくなるような「おっとりした戸惑い」に満ちている。

 

「あはは、ごめんごめん! でも、トータくん、あんた最高に面白いわ!」

 

朝倉はひとしきり写真を撮り終えると、カメラを収めて、いたずらっぽくウインクした。

 

「記憶喪失の片腕事務員。おまけに四葉五月の居候男子。決定ね、あんたは今日から、私――朝倉和美の『マーク対象第一号』に認定します!」

「まーくたいしょう? よく分かんねぇけど、お前、面白いやつだな!」

「ふふ、あんたもね。それじゃ五月、ラーメン代はここに置いとくね。ごちそうさま!」

 

朝倉はチャリン、と小銭をカウンターに置くと、ニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、足取り軽く店を出て行った。明日の学校でどんな噂(あるいは壁新聞)が飛び出すか、想像するだけで五月は目眩がしそうだった。

 

「はぁ……。朝倉さん、明日学校で変なこと言い触らさなきゃいいんだけどなぁ……」

 

五月は小さくため息をつき、お盆を抱え直した。

 

「五月、大丈夫か? 顔、すげぇ赤いぞ? 風邪か?」

 

刀太が心配そうに覗き込んでくると、五月はさらに顔を赤くして、おっとりと微笑んだ。

 

「風邪じゃないよ……。もう、トータくんのせいなんだからね?」

「えっ、俺!? なんでだよ!?」

 

理不尽そうに叫ぶ刀太の姿に、超包子の店内からは、他のお客さんたちからの温かい笑い声が湧き起こるのだった。

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