近衛刀太inネギま   作:けるるんくっく

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嵐を呼ぶ壁新聞

「はぁ……。朝倉さん、本当に変なこと言い触らしてなきゃいいんだけどなぁ……」

 

麻帆良学園中等部の校舎へと続く並木道を歩きながら、四葉五月は小さくため息をついた。

すれ違う生徒たちが、心なしか自分を見てヒソヒソと囁き合っている気がする。

いつもなら、おっとりとしたマイペースな五月も、今日ばかりは背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。

昨日の夕方、超包子に現れた新聞部のエース・朝倉和美のニヤニヤとした企み顔が、嫌な予感とともに脳裏をよぎる。

 

(まさか、ね……。朝倉さんだって、冗談半分で言ってただけだよね……?)

 

自分にそう言い聞かせながら、2年A組の教室の前へとたどり着く。

心を落ち着かせるために一つ深呼吸をして、ガラガラと引き戸を開けた。

 

「おはようございま――」

 

その瞬間、教室内の全ての動きがピタリと止まった。

数十対の女子生徒の視線が一斉に、突き刺さるように五月へと集中する。

 

「あ、五月ちゃんが来た!!」

 

神楽坂明日菜が机を叩いて立ち上がったのを合図に、教室は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 

「ちょっと五月! これ本当なの!?」

「みんなのお母さんを自負するウチの五月が、いつの間に男の子なんて捕まえてたのぉ!?」

「しかも、数日前から一緒に暮らしてるって本当!?」

「え、ええっ……!? な、なに、みんなしてどうしたの……?」

 

怒涛の勢いで机を取り囲まれ、五月はお盆を抱えるようなポーズで身をすくめた。

おっとりとした彼女の思考回路が完全に追いつく前に、隣からすっと滑り込んできた朝倉和美が、一枚の刷りたてのプリントを彼女の目の前に突きつけた。

 

「はい、これ今日の『朝スポ(朝倉スポーツ)』の朝刊ね! 読者(クラスメイト)からの反響、ものすごいのよ!」

 

プリントの見出しには、デカデカと黒い太文字でこう書かれていた。

『衝撃スクープ! クラスのオアシス四葉五月、謎のイケメン片腕男子と同棲開始か!?』

その下には、昨日、刀太の隣で顔を真っ赤にして慌てている五月の写真が、これ以上ないほど鮮明に、かつ可愛らしく印刷されていた。

 

「ひゃ、ひゃうううっ……!!」

 

昨日お店で見せたのと同じ、およそ五月らしくない可愛らしい悲鳴が再び上がった。

いつもニコニコと穏やかな五月が、あっという間に耳の先までリンゴのように真っ赤に染まっていく。

 

「朝倉さん! な、なんでこんな……! うちはただ、行き倒れてたトータくんを、お部屋の余ってるところに泊めてあげただけで……っ」

「ほらほら! 本人の口から『トータくん』って名前が出たわよ!」

 

新体操部の佐々木まき絵が、目をキラキラさせて身を乗り出す。

 

「トータくんってどんな子!? カッコいい!? 優しい!? スポーツ万能系!?」

「ま、まき絵ちゃん、落ち着いて……! トータくんは、その、とっても元気で、裏表のない素直な子だよ? でも、本当にそんなやらしい関係じゃなくて……」

「へぇー、素直な男の子なぁ。五月ちゃん、そういう子がタイプやったん?」

 

近衛木乃香が、トロンとしたおっとり関西弁でニヤニヤと五月の脇腹をツンツンと突っついた。

 

「ち、違うよぉ……! 木乃香ちゃんまで、からかわないでよぉ……!」

 

クラスの女子全員からからかわれ、もみくちゃにされる五月。

普段はクラスの全員を優しく包み込む「みんなのお母さん」である彼女が、こうして一人の女の子として照れまくっている姿は、3-Aのメンバーにとっても新鮮で、面白くて仕方がなかった。

そこへ、教室の最前列から、凛とした、けれど少し怒気を含んだ声が響き渡った。

 

「そこまでですわ、みなさん!!」

 

人だかりを割って入ってきたのは、扇子を片手に持った、縦ロールの美しい金髪の少女――2年A組の委員長、雪広あやかだった。

 

「神聖なる学び舎で、朝からゴシップまがいの噂話で大騒ぎするなど、見苦しいですわ! 朝倉さん、あなたもそんな風紀を乱す壁新聞、今すぐ回収しなさい!」

「えー、委員長。これ、ちゃんとした真実に基づいた報道よ?」

 

朝倉が肩をすくめる中、あやかは五月の前に立つと、フンと鼻を鳴らした。

 

「それに、四葉さん。あなたの口から直接、真実を聞かせてもらいましょう。いくら行き倒れとはいえ、思春期の男女が同じ屋根の下で暮らすなど、教育上、そして風紀上、極めて好ましくありませんわ! その『トータ』とかいう不届き者、一体どのような男なんですの!?」

 

あやかはキリッと五月を問い詰めた。

しかし、その目は「不順異性交遊を取り締まる委員長」としての義務感よりも、明らかに「四葉五月に男ができた」という特大のゴシップに対する、少女特有の強い興味で爛々と輝いていた。 

 

「四葉さん、うやむやにはさせませんわよ。放課後、この私自らが、その男を見極めに行ってさしあげますわ!」

「え、えええええっ……!? 委員長まで、お店に来るの……!?」

 

五月は真っ赤になった顔を手で覆いながら、心の中で、今頃学園の倉庫かどこかで暢気に机を運んでいるであろう刀太のことを思い、深く、深くため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

放課後の「超包子」は、お昼時とはまた違った賑わいを見せていた。

部活動前の腹ごしらえにやってくる生徒たち。その中に、ひときわ異様なオーラを放ちながら暖簾をくぐった一団がいた。

 

「失礼いたしますわ!」

 

パート2年A組の委員長、雪広あやかが美しい縦ロールの金髪を揺らして現れた。その後ろには、神楽坂明日菜、近衛木乃香といったクラスの面々が、好奇心に満ちたニヤニヤ顔でゾロゾロとついてきている。

 

「あ、委員長……。本当に来ちゃったんだね」

 

お盆を抱えた五月が、おっとりとハラハラした様子で出迎える。

 

「当然ですわ、四葉さん! 浮いた話のないあなたが、謎の男と同居しているなどと朝倉さんに書かれては、委員長として黙っていられません! その『トータ』とかいう不埒な男、どこにいらっしゃいますの!?」

「呼んだか?」

 

厨房の奥から、片手に大きな醤油の一升瓶を軽々と持った刀太がひょっこりと顔を出した。

ボロボロのシャツに、左肩の包帯。一見するとただの怪しい行き倒れだが、その目には濁りがなく、底抜けて明るい。

 

「あなたが、トータさん……!?」

 

あやかがその姿を見定め、お説教を始めようと息を吸い込んだ――その瞬間。

 

「あ、トータくんだ! 噂の片腕くん!」

「本当や、腕一本しかないのに、あの重い瓶を軽々と……。なぁなぁ、トータくん! お水のお代わり持ってきて!」

「トータくんトータくん、片手でお皿って何枚まで持てるの!?」

「おう! 水だな、すぐ行くぜ! お皿はそうだな、指の間に挟めば五枚は余裕だ!」

 

あやかの存在を完全にスルーして、明日菜や木乃香たちが一斉に刀太に無茶振りを始めた。

刀太は「よっと!」と片手でお盆をジャグリングのように回してみせたり、明日菜たちがおもしろがって投げたおしぼりを空中で神業のように片手キャッチしたりと、次々の無茶振りを120%の笑顔でクリアしていく。

 

「すごーい! 本当に片手で全部やってる!」

「おーっ! やるやん、トータくん!」

「おおーっ! だろ!? 俺、これでも結構器用なんだぜ!」

「「「オオォォォー!!」」」

 

わいわいと男の子のように盛り上がる刀太と明日菜たち。超包子の片隅は一瞬にして男子校の部室のようなやかましさに包まれた。

 

「……やかましいですわーーーっ!!!」

 

我慢の限界に達したあやかが、机を叩いて一喝した。

 

「明日菜さんたちも、面白がって遊ばせるのはおやめなさい! 私は、彼が四葉さんの同居人として相応しいかを見極めに来たのですわよ!」

「あ、悪い悪い。ええっと……委員長さん? 怒らせちゃったかな?」

 

刀太は頭を掻きながら、あやかの前にすっと歩み寄った。何と呼べばいいか分からず、少し気まずそうに尋ねる刀太に、あやかはふんと鼻を鳴らす。

 

「委員長さん、ではありませんわ! 私は雪広あやか。このクラスの委員長ですわよ。……まぁ、よそ者ですし、私の呼び方なんて何でもいいですけれども」

 

 

「ゆきひろ、あやか……」

 

 

刀太は、あやかの口から紡がれたその名を聞いた瞬間、動きをピタリと止めた。

脳裏の奥底、深い霧の向こう側から、聞き慣れた生意気で、けれどどこか愛らしい少女の声がエコーのように響いた気がしたのだ。

 

(――私は雪広みぞれ! 刀太様、覚悟なさい!)

(雪広……? 雪広、みぞれ……?)

「……トータさん? なんですの、人の顔をじっと見つめて」

 

不思議そうに眉をひそめるあやか。刀太はハッと我に返り、自分のこめかみを右手でトントンと叩いた。

 

「あ、いや。何でもねぇんだ。ただ……なんか聞いたことある苗字だな、と思ってさ。気のせい、気のせい!」

 

刀太はすぐにいつもの屈託のない笑顔に戻り、あやかに笑いかけた。

 

「――じゃあ、あやかだな!」

「なっ……! よ、呼び捨て!? 馴れ馴れしいですわよ!」

 

あやかが顔を真っ赤にして抗議するのも気にせず、刀太はカウンターから淹れたての温かいジャスミン茶の湯呑みを右手で持ち上げると、あやかの前のテーブルへと差し出した。

 

「怒ると体に悪いぜ、あやか。これ、五月が淹れてくれたお茶。どうぞ」

 

その瞬間、再びあやかの動きが止まった。

お茶を置く指先の角度、力加減、そして引く時の余韻に至るまで、寸分の無駄も雑さもない。置かれた湯呑みは、水面を一瞬たりとも揺らしていなかった。

さらに、刀太はあやかに対して、流れるように自然で気品に満ちた一礼をして見せたのだ。

 

(な、何ですの……この所作は……!?)

 

あやかは息を呑んだ。

お作法に厳しい上流階級で育った彼女だからこそ、一瞬で理解してしまった。

記憶を失い、片腕で薄汚れた格好をしてはいるが、この男の体に染み付いている立ち振る舞いは、間違いなく「超一流の血筋」のそれだった。

 

(悔しいですが……そこらのお嬢様学校の生徒よりも、よっぽど美しい礼儀作法ですわ。この男、本当にただの行き倒れ……?)

 

動揺を隠すように、あやかはコホンとわざとらしい咳払いをした。

お茶を一口すすり、なんとか委員長としての威厳を取り戻して立ち上がる。

 

「……コホン。まあ、お茶の出し方の最低限のマナーだけは合格点を差し上げますわ。ですが、所作が美しいからといって、素性の知れない不審者であることには変わりありません! そもそも、あなたのような男を、我がクラスメートのそばに――」

 

その時だった。

 

「わっ、とととと!?」

 

刀太に調子に乗ってお皿を積み上げさせていた明日菜が、バランスを崩してよろめいた。

明日菜の手が、隣のテーブルに置かれていた、並々とスープが注がれた出来立ての激熱ラーメンの丼に引っかかる。

 

「あ、危ない……!」

 

傾く丼。あやかのすぐ横で、数リットルの熱湯同然のスープが、あやかの美しい金髪と制服に向かって一気にこぼれ落ちた。

あやかは恐怖に目を見張り、動けない。

次の瞬間。

視界が、一瞬でブレた。

 

「おっと」

 

あやかの耳元で、驚くほど低く、落ち着いた声が響く。

気づいた時には、あやかの体は、刀太の太くたくましい右腕によって力強く、けれど驚くほど優しく引き寄せられ、彼の胸の中にすっぽりと収まっていた。

 

「熱っつ……。間一髪だな」

 

刀太の右手には、こぼれ落ちるはずだったラーメンの丼が、一滴のスープすらこぼされることなく、吸い付くように収まっていた。

重力を無視したかのような、圧倒的な身体能力と超人的な反射神経。

 

「……え、あ……」

 

あやかは、刀太の胸の中で完全に硬直していた。

至近距離にある、男らしく広い胸板。片腕しかないはずなのに、自分を軽々と、しかし絶対に傷つけないという強い意志で抱き寄せているその腕の力強さ。

そして見上げた先にある、刀太の、ガラスのように透き通った、嘘偽りのない真っ直ぐな瞳。

ドクン、とあやかの心臓が、今まで経験したことのないほど大きく跳ね上がった。

 

「な、何をしてますの不届き者っ!!」

 

あやかは顔を真っ赤にして、慌てて刀太の胸から飛び退いた。あまりの照れと混乱で、声が裏返りそうになる。

 

「ああ、ごめんごめん! でも、怪我がなくてよかったぜ」

 

刀太は何事もなかったかのように、丼をテーブルに戻してニカッと笑った。その屈託のない笑顔が、余計にあやかの心拍数を狂わせる。

あやかは肩を震わせ、真っ赤になった顔を両手で覆いながら、なんとか声を振り絞った。

 

「と、と、とにかく! あなたのような……身元も知れない、怪しい野蛮な方を、四葉さんのような心優しい女の子のそばに置いておくわけにはいきませんわ! 何かあったらどうするんですの!?」

 

あやかの、必死の防衛本能によるお説教。

だが、それを聞いた刀太は、おちゃらけた態度を一瞬で消し去った。

刀太は一歩前に出ると、あやかの瞳を、真っ直ぐに射抜くように見つめた。その目には、先ほどまでのバカっぽさは微塵もなく、魂の奥から湧き出るような強い光が宿っていた。

 

「……そりゃ、あんたの言う通りだ」

「え……?」

「俺は、自分が誰かも分かんねぇ記憶喪失の居候だ。怪しいし、信用しろって方が無理なのも分かってる。だけどな――」

 

刀太は、横で心配そうに自分を見つめている五月へと視線を向け、それからもう一度あやかを見据えた。

 

「五月は、片腕がなくて血まみれだった俺を、一番に信じて、温かいスープをくれた命の恩人んだ。この学園で、最初に俺を人間扱いしてくれた。だから――俺は、五月を絶対に悲しませねぇ」

 

あやかは、言葉を失って立ち尽くした。

 

「もし、五月を傷つけたり、泣かせるような奴がいたらさ。……俺がこの命に代えても、そいつを地の果てまで追い詰めてぶっ飛ばす。それだけは、絶対に約束する。だからさ、あやか」

 

刀太はふっと表情を和らげ、いつもの無垢な笑顔に戻って頭を下げた。

 

「五月の友達のあんたに、認めてもらえるように、俺、これから全力で働くよ。だから、大目に見てくれたら嬉しいな!」

「あ……、う、美しい……じゃなくて、う、うう……」

 

あまりにも真っ直ぐで、1ミリの打算も嘘もない、ダイヤモンドのような言葉。

お嬢様として「裏表のある大人」を嫌というほど見てきたあやかだからこそ、刀太のその言葉が「心の底からの真実」であることを瞬時に見抜いてしまった。

 

「――っ、そこまで覚悟があると言うのなら、一度だけ、様子を見て差し上げますわ!!」

 

あやかはこれ以上ないほど顔を真っ赤にしながら、扇子で顔を隠し、ふいっとそっぽを向いた。

 

「四葉さん、私は……私はもう帰りますわ! 明日菜さん、木乃香さん、行きますわよ!」

「あ、待ってよ委員長ー!」

「ふふ、あやかちゃん、顔真っ赤やなぁ」

 

嵐のように去っていくあやかたち。

去り際、あやかは一度だけ振り返り、刀太の姿を目に焼き付けるように見つめた後、逃げるように店を飛び出して行った。

 

「……なんか、怒らせちゃったか?」

 

刀太が不思議そうに首を傾げると、横で見ていた五月が、おっとりとクスクス笑った。

 

「ううん、怒ってないよ。……トータくん、あやかちゃんにも合格点をもらえて、本当によかったね」

 

五月はそっと刀太の服の袖を引き寄せ、心底嬉そうに微笑むのだった。

 

 

 

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