近衛刀太inネギま   作:けるるんくっく

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事務と共同

「トータくん、朝だよー。今日は私がご飯を作る日だからねぇ」

 

襖の向こうから聞こえる、四葉五月の穏やかで心地よい声。

その声が耳に届くと同時に、刀太は勢いよく布団を跳ね除けてガバッと起き上がった。

 

「おっしゃ、朝だッ!」

 

刀太が寝起きした部屋は、畳の香りが心地よい清潔な和室だ。

しかし、この部屋は普通ではない。

もし、この部屋の窓を開けて外を覗けば、そこにはレトロな移動式キッチンカー(三輪自動車)の、窮屈な運転席の後ろ側が見えるはずなのだ。

 

そう、彼らが暮らす中華料理店「超包子(チャオパオズ)」は、外から見れば単なる移動式のキッチンカー屋台でしかない。

だが、その厨房の奥にある小さな勝手口を開けると、なぜか外見の容積を完全に無視した、普通の家と変わらない広々とした居住スペース(和室やリビング、お風呂など)へと繋がっているのだ。

 

これは、この店の店長であり、五月の親友でもある少女・超鈴音(チャオ・リンシェン)が施した『空間拡張の魔法(物理法則を無視した超科学)』によるものだった。

 

「超(チャオ)ちゃんの便利技術って、本当にすごいよねぇ」

 

と、五月はいつもおっとり笑ってこの空間を使っている。

 

実は五月は、一般の生徒でありながら、店長の超から「世界には魔法や、それに類する不思議な技術が存在する」ということを、自身のバックグラウンドとして最初から教えられ、当たり前のように受け入れているのだ。

 

だからこそ、世界樹の下で行き倒れていた「片腕以外の身体が異常な速度で治っていく不気味な少年(刀太)」を発見した際も、五月はパニックにならず、

 

「あ、また超ちゃんの関係者、あるいは魔法的な何かかな?」

 

と、持ち前の包容力と肝の据わった態度で、この魔法の部屋へと快く迎え入れることができたのだった。

 

刀太自身は記憶を失っているため、「世の中にはこういう便利な仕掛けもあるんだな」と素直に納得して、この不思議な二重空間での生活を満喫していた。

 

まずは、片腕での身支度だ。

普通の人間なら片手でのボタン留めや着替えに四苦八苦するところだが、刀太の身体能力と器用さは規格外だった。

歯ブラシを口にくわえながら、右手だけでシーツを器用に折りたたみ、掛け布団を角がピシッと揃うように整えて押し入れに片付ける。

仕事着である事務員のツナギに袖を通すと、右手と口(歯)を使ってファスナーをスライダーごとくわえ、一気に引き上げる。

襟元を整え、顔を洗ってタオルでガシガシと拭うまで、ものの三分もかからない。

 

「お待たせ、五月!」

「ふふ、おはようトータくん。今日も起きるの早いねぇ」

 

超包子の居住スペースの端にある小さな食卓。

そこには、五月が作った、細切り生姜と鶏肉がたっぷり入った中華粥が、ほかほかと湯気を立てていた。

 

「うお、美味そう……! いただきます!」

 

刀太は右手だけでレンゲを使い、勢いよく粥を口に運ぶ。

 

「熱っ、美味っ! やっぱり五月の作る飯は、朝から体にパワーがみなぎるぜ!」

「ふふ、ありがとう。ちゃんと交代で作る約束、守ってくれて嬉しいな」

 

五月はトントンとネギを刻みながら、おっとりと目を細めて笑った。

 

実は、居候を始めた当初、二人の間でちょっとした「論争」があったのだ。

タダで泊めてもらい、怪我の手当てもしてもらい、さらに飯まで作ってもらうのは男として絶対に許せないと、刀太が「これからは俺が飯を作る!」と言い張った。

しかし、おもてなしが大好きな五月も「トータくんは怪我人だし、私は料理を作るのが好きだから、全部私がやるよ」と一歩も譲らない。

 

『怪我なんてとっくに治ってるって! 飯くらい俺に作らせろ!』

『ダメだよぉ。ちゃんと美味しいものを食べて、休んでもらわないと困るんだから』

 

お互いに頑固で、一歩も引かない平行線の末、最終的に決まったのが「一日ずつの完全交代制(当番制)」というルールだった。

刀太も片手ながらに驚異的な包丁さばきを見せるため、五月も今では彼の作るご飯を楽しみにしている。そして、今日は「五月がご飯を作る日」だった。

 

「トータくんが無理に全部作ろうとするからさ、どうなるかと思ったけど。このルールにして、私はすごく楽しいよ。……はい、お茶ね」

 

五月はお茶を差し出し、お母さんのように温かい眼差しを向ける。刀太は「へへ、俺もだぜ!」と粥を平らげ、お茶を一気に飲み干した。

 

「よし、ごちそうさま! 今日も雑用、バリバリ片付けてくるぜ!」

「うん、いってらっしゃい。怪我だけはしないようにね」

 

五月に見送られ、勝手口の扉を開けて「超包子」のキッチンカーの外へと一歩踏み出すと、そこはいつもの麻帆良学園のさわやかな朝の空気だった。

 

出勤場所である用務員室に顔を出すと、机の上にはすでに何枚かのメモが置かれていた。

『高等部女子寮、3階洗面所で水漏れ』

『旧図書館校舎裏、突風で散らばった枯れ葉の清掃』

『武道場、雨漏りによる床板の点検』

 

広大な麻帆良学園では、日常のマイナートラブルが絶えない。

新入りのトータに与えられた仕事は、これらのトラブル現場を飛び回り、迅速に解決することだった。

 

「よーし、まずは女子寮の水漏れだな! 待ってろよ水道管!」

 

刀太は工具箱を肩に担ぐと、現場へと急行した。

――その手際は、まさに神業の一言だった。

高等部女子寮の洗面所。

蛇口の根元から、シューシューと激しく水が吹き出している。居合わせた女子生徒たちが「きゃーっ!」と騒ぐ中、刀太は動じず、水が吹き出す箇所へ右手一本で潜り込んだ。

 

「あー、パッキンが完全にイカれてんな。ちょっと待ってろ!」

 

工具箱からモンキーレンチを取り出すと、右手だけでサイズを合わせ、驚異的な握力でボルトをグッと締め上げる。片腕がないハンデなど1ミリも感じさせない速度で古いゴムを取り外し、新しいものに交換してレンチで固定した。

ものの数分で、吹き出していた水がピタリと止まる。

 

「はい、おしまい! もう大丈夫だぜ!」

「わ、すごーい……! ありがとうございます!」

 

女子生徒たちの感謝の声を背に、次は旧図書館校舎へと向かう。

ここでは、散らばった大量の枯れ葉の掃き掃除だ。

刀太は右手に竹箒(たけぼうき)を握ると、風のような速度で地面を掃き始めた。

片手にもかかわらず、竹箒が描く軌道は完璧で、風圧を利用して枯れ葉を一箇所に綺麗に集めていく。普通の人間が二時間はかかるであろう広範囲の敷地を、刀太はわずか十五分でピカピカに清掃して見せたのだった。

 

「よし、次は武道場の雨漏りだ!」 

 

だが、麻帆良学園はとにかく広い。

普通の事務員なら自転車や学園内バスを使う距離だが、刀太にはその必要はなかった。

何より、彼にとって「走って飛ぶこと」は、どんな乗り物よりも早くて心地よい移動手段だったからだ。

 

「よっと!」

 

敷地内の舗装された道路を、刀太はぐっと踏み込んだ。

純粋な筋力だけで爆発的な加速を生み出し、一気に風を置き去りにする。

前方に現れたのは、高さ三メートルほどのレンガ造りの塀。

普通なら回り道をするか梯子を使うところだが、刀太は歩調を緩めない。

タタッ、と塀を力強く二歩蹴り上がると、そのまま天を突くように跳躍した。

 

「ほいさっと!」

 

片腕を大きく広げて完璧に空中でのバランスを取りながら、刀太は並木道の大きな木の枝にふわりと着地した。

その枝のしなりを利用して、さらに前方へ。

ト、ト, トントン、と小気味よいステップ。

木の枝から、古い校舎の平らな屋根へ。

そこからさらに隣の武道場の傾斜のきつい瓦屋根へと、重力を感じさせない身軽さで飛び移っていく。

 

「ふぅーーーっ! 気持ちいいな、これ!」

 

大気を切り裂き、屋根から屋根へと跳ね回る。

魔法なんて使えない。

気の練り方も分からない。

だが、この体に染み付いている圧倒的な「野生の身体能力」だけが、刀太を鳥のように自由な空へと解き放っていた。

風を浴びながら、トントンと小気味よい足音を屋根に響かせ、刀太は武道場の屋根へと着地した――。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

本日は、麻帆良本校女子中等部の創立記念日に伴う振替休日。

学生寮や校舎の多くは静まり返っており、本来なら佐倉愛衣にとっても、待ちに待ったお寝坊ができる最高の一日になるはずだった。

それなのに、彼女は今、武道場近くのうっそうとした木々の陰に身を潜めていた。

 

(……本当に、なんなのよあの男の子は)

 

愛衣は木の幹からそっと顔を出し、遠くに見えるツナギ姿の少年――刀太の姿を、鋭い「魔法生徒」の目で監視していた。

事の始まりは、昨夜、魔法教師たちから魔法生徒のネットワークに回ってきた一枚の通達だった。

 

『通達:麻帆良学園内に身元不明の少年「トータ」を保護。発見時は瀕死の重傷(左腕を欠損)であったが、異常な速度で自己再生。現在は記憶喪失を自称。害意は認められないが、未知の力の残滓あり。学園内の監視を継続する』

 

「魔法の秘匿」を守る魔法生徒として、そして憧れの高音お姉様のパートナーとして、こんな不審な「謎の男」を放っておけるはずがない。

愛衣は「私が高音お姉様の代わりに、この学園の平和を守らなきゃ!」と、使命感に燃えて尾行を開始したのだ。

 

しかし、朝から尾行を続けている愛衣は、完全に困惑していた。

女子寮の水漏れを右手一本とレンチであっという間に直し、突風で散らばった枯れ葉をまるで竜巻のような手際で片付ける。

そして、移動の際は道路を走るのではなく、塀を蹴り、木の枝をスプリングのように使い、古い校舎の屋根から屋根へとトントンと軽快に、小気味よく跳ねていくのだ。

 

(魔法の気配は……やっぱり、これっぽっちも感じられない。それなのに、あの重力を無視したような動きはなんなのよ!? まるで野生のケダモノじゃない……!)

 

ハラハラしながら、けれどどこかその無駄のない超人的な身体能力に目を奪われつつ、愛衣は息を潜めて追跡を続けていた。

 

一方、その頃。

木の枝から武道場の屋根へと着地した刀太は、作業用ツナギの襟元を右手でパタパタと仰ぎながら、心の中でくすりと笑っていた。

 

(……あいつ、まだついてきてんなぁ)

 

実は刀太は女子寮の水漏れを修理しているあたりから、ずっと自分をつけてくる「視線」に気づいていたのだ。

並木道の木の陰や、校舎の物陰から、一生懸命に気配を消しているつもりらしいが、刀太の野生の勘は、そのアマチュアな尾行を100%察知していた。

だが、刀太はその相手をスルーし続けていた。

なぜなら、背後から突き刺さる視線に、敵意や悪意が「これっぽっちも」混ざっていなかったからだ。むしろ、どこかハラハラした、純粋な好奇心と警戒心のようなものしか伝わってこない。

 

(五月のところの居候になってから、あやかだの朝倉だの、変わったやつばっかり会うしな。まあ、減るもんじゃないし、好きにさせとくか)

 

刀太はそう結論づけると、次の任務である「武道場裏の清掃作業」に取り掛かることにした。

昨日の風で荒れた武道場裏の広場には、古い木の枝や、捨てられたペットボトルなどのゴミが散乱している。

刀太は用務員室から持ってきた大きなゴミ袋を右手で広げ、地面にぽんと置いた。それから、落ちているペットボトルや空き缶を、右手だけで放り投げるようにゴミ袋の中へと放り込んでいく。

それ自体は、普通の掃除だった。

 

しかし、その様子を木の陰から見ていた少女は、ついに我慢ができなくなったようで、小さくため息をつきながら歩み出てきた。

 

「――あの、ちょっとよろしいですか、あなた」

「ん?」

 

声をかけてきたのは、ショートヘアの可憐な少女だった。

制服ではなく清楚な私服だが、その立ち姿には凛とした、とても真面目でお淑やかな雰囲気が漂っている。

 

「何ですか、そのゴミの分別は。ペットボトルを捨てる時は、ちゃんとキャップとラベルを剥がしてから袋に入れてください。それに、そんな風上にゴミ袋を置いたら、風で袋が飛ばされて、せっかく集めたゴミがまた散らばってしまいますよ?」

 

少女はトカトカと刀太の前に歩み寄ると、困ったように眉を下げつつも、とても丁寧な口調でお説教を始めた。

そう、彼女は学園の「美化委員」なのだ。

 

魔法生徒としての監視任務よりも、目の前で繰り広げられる「雑な清掃作業」に対する美化委員としてのプロ意識と親切心が、どうしても勝ってしまったのだ。

 

「え……? ああ、そうなのか。いや、悪ぃ! 記憶がなくてさ、ゴミの捨て方なんて全然知らなくてよ!」

 

刀太は怒られるどころか、感心したようにぽんと手を叩き、素直に謝った。

 

「教えてくれてありがとな! えっと……誰だっけ?」

「私は佐倉愛衣と申します。本校中等部の美化委員を務めているのですよ。……それで、あなたが噂の『トータ』さん、ですね」

 

愛衣は、刀太のその濁りのない真っ直ぐな瞳に毒気を抜かれ、少し微笑みながらお辞儀をした。

 

「そう! 俺はトータ! 五月のところで居候しながら、ここで事務員やってるんだ。よろしくな、愛衣!」

「呼び、捨てですか……!? ま、まあ、構いませんけれど。……というか、トータさん、本当に片手だけで全部の仕事をやっていらっしゃるのですね」

 

愛衣は、刀太の包帯が巻かれた左肩をそっと見つめた。

魔法教師たちから「瀕死の傷から急に再生した不気味な少年」と聞かされていたが、目の前にいるトータは、そんな不気味さとは程遠い、バカみたいに素直で人懐っこい男の子にしか見えなかった。

 

「おう! 片手でも全然平気だぜ! でも、分別ってのはちょっと難しいな……」

 

刀太が右手だけでゴミ袋を不器用に掴み直そうとするのを見て、愛衣はふふ、と優しく微笑んだ。

 

「見ていられませんね。私、今日は学校が休みで特に用事もありませんし、美化委員としてこの雑な分別を見過ごすわけにはいきません。――お手伝いします」

「え、いいのか!? ありがてぇ!」

「勘違いしないでくださいね。あなたの監視……ではなくて、美化委員としてのボランティアなのですから。ほら、まずはそのペットボトルのラベルを剥がしてください」

「おう! こうか! よし、やるぜ!」

こうして、休日で誰もいない武道場の裏で、記憶喪失の超人少年と、生真面目で優しい美化委員の少女による、奇妙に穏やかな共同作業がスタートするのだった。

 

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