近衛刀太inネギま   作:けるるんくっく

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風を舞う1枚の情熱

木々の葉が赤や黄色に染まり、冷たい風が学園内を吹き抜ける11月中旬。

刀太がこの麻帆良学園にやってきて、早いもので二週間が経とうとしていた。

片腕での生活や用務員の仕事にもすっかり慣れ、超包子での夜のアルバイトも板についてきた頃。そんなある日の朝、中等部校舎へと続く並木道でのことだった。

 

「ハルナ、急いでください! あと三分で予鈴が鳴りますよ!」

「は、はひーっ! 待って夕映、のどか! 昨日の夜、原稿のペン入れがどうしても終わらなくてぇ……!」

 

ドタバタと騒がしい足音とともに、刀太の前を三人の女子生徒が走り抜けていった。

その中央にいるのは、膝まで届く見事な超ロングヘアを風になびかせた、特徴的な眼鏡をかけた少女。寝不足なのか目の下にうっすらとクマを作りながら、カバンを抱えて必死に走っている。

 

あまりに必死な様子に刀太が呆然と見送った、その時だった。

フワリ、と風に煽られ、彼女が抱えていたカバンの隙間から、一枚の紙がヒラヒラと舞い落ちた。

 

「おっと」

 

刀太は鋭い反射神経で、地面に落ちる前にその紙を右手でキャッチした。

それは、真っ白な厚手の原稿用紙だった。そこには、黒いインクで緻密な絵が描かれている。

 

「……なんだこれ? アニメの絵か?」

 

刀太には、描かれているキャラクターや、それがどういう状況なのかはさっぱり分からなかった。ただ、男の子と女の子が、何とも言えない切ない表情でお互いを見つめ合っている、恋愛の一場面のようだった。

しかし、刀太はその絵から、目を離せなくなった。

 

(……すげぇな、これ)

 

髪の毛一本一本に込められた、気が遠くなるほどの細かな描き込み。

キャラクターの視線の交差に込められた、息が詰まるほどの圧倒的な筆圧。

何度も何度も線を引き直し、最も美しい一本の線を生み出そうとした、執念とも言える情熱。

意味は分からなくても、その一枚の紙から、描き手の「魂」や「熱意」が熱い塊となって、刀太の胸にダイレクトに伝わってきたのだ。

 

「これだけのもん描くのに、どんだけ魂削ったんだよ……格好いいじゃねぇか」

 

刀太は心の底から深く感動した。

用紙の裏を返してみると、そこには小さく『パル』というサインが書かれている。

顔を上げると、先ほどの緑の長い髪の後ろ姿は、すでに女子中等部校舎の奥へと消えていた。

その日の昼休み。中等部2年A組の教室は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

「いやあああああぁぁぁーーーっ!! ない! ないのよ! 私の、あの会心のトーン貼りと表情の描き込みを凝縮した、神が舞い降りた渾身の1ページがどこにもないのよォォォーッ!!」

 

机に突っ伏して髪を振り乱し、ジタバタと暴れ狂っているのはハルナだった。

 

「ハ、ハルナ、落ち着いて……! ほら、お茶を飲んで、深呼吸して!」

隣でのどかが、涙目でオロオロしながらハルナの背中を優しくさすっている。

 

「ハルナ、諦めが肝心です。……まぁ、あの少し大人向けの恋愛シーンを描いた原稿を誰かに拾われ、学園の掲示板にでも貼られていないことを祈るばかりですが」

 

夕映が、本を片手にいつもの平坦な声でボソリと不吉なことを言う。

 

「夕映ぇぇ! 冗談でもそんなこと言わないで! 描き直しなんて地獄だし、何よりあんな恋愛シーンの原稿を誰かに見られるなんて、恥ずかし死にしちゃうからぁぁーー!!」

 

ハルナはさらに激しく机を叩き、二人に止められながら、消えた会心の原稿に頭を抱え続けるのだった。

 

 

 

そして放課後。

一日の仕事を終えた刀太は、女子中等部の校門の前で、朝の彼女たちが出てくるのを待っていた。

しかし、女子校の門の前に男の子がぽつんと立っているのだ。下校する女生徒たちからの注目度は、いやが上にも高くなる。

 

「ねぇ、あの子……男の子だよね? 誰か待ってるのかな?」

「用務員のツナギを着てるけど……何の用事だろう?」

「……っていうか、あの子、もしかして小学生?」

 

コソコソという囁き声が、刀太の鋭い耳に届いた。

 

「しょ、小学生……!?」

 

刀太はガタッとショックを受け、思わず自分の体を右手で見つめた。

 

(お、俺……小学生に見えるのか!? そういえば俺、記憶がないけど……もしかして俺、本当に小学生だったのか!? 自分の年齢すら知らねぇけど、実は10歳そこらだったのかよぉぉ!?)

 

思わぬ「自らの年齢の疑惑」に刀太が本気で大混乱していると、校門の奥から、朝の三人組が歩いてくるのが見えた。

膝まで届く緑の長い髪。ハルナだ。

 

「おーーーい!!」

 

刀太は小学生疑惑を一旦頭から追い出し、右手を大きく振って大声を出した。

 

「緑の長い髪のお姉さん! 『パル』さん!! 朝、これ落としてたぞーー!!」

 

そう言って、刀太は右手で、例の「恋人たちが情熱的に見つめ合っている、制作途中の同人原稿」を、高い位置に掲げてピラピラと大きく左右に振った。

 

下校中の女生徒たちの視線が、一斉にその絵へと注がれる。

ハルナが漫画研究会でオタク趣味なのは学園内でも有名だが、だからこそ、オタク趣味ではない一般の生徒たちもたくさんいるこの校門前で、しかも「自分が描いた情熱的な恋愛シーン」を白日の下に晒されるのは、クリエイターとして耐え難い羞恥だった。

 

「――っ!!? ちょ、ちょっと待って! まだ背景もトーンも未完成の原稿を、そんな一般生徒のど真ん中で大っぴらに掲げるんじゃなーーい!!」

 

ハルナは文字通り、顔面を真っ赤に茹で上げて硬直した。

そして次の瞬間、まるで陸上の短距離選手のような爆発的なスタートダッシュを見せ、砂煙を上げながら刀太に向かって突進してきた。

 

「この大バカ野郎ーーーっ!!」

「うおっ!?」

 

ハルナは刀太の口を右手で力任せに塞ぐと、そのままツナギの首根っこをガシッと掴み、凄まじい怪力で刀太を引きずり回しながら、人気のない校舎の裏手へと猛スピードで連行していった。

その様子を、のどかと夕映はただ、呆然と見送るしかなかった――。

 

 

 

「いたた……。おい、引っ張るならもうちょっと優しくしてくれよ!」

 

女子中等部校舎の裏手。木陰に身を隠すようにして、トータは痛む首元をさすりながら苦笑いした。

ハルナは周囲に誰もいないことを確認すると、ようやくトータの首根っこから手を離し、肩で息をしながら彼を睨みつけた。

 

「あんたねぇ! まだトーンも背景も未完成の、一番人に見られたくない状態の原稿を、あんな大勢の前でピラピラ見せびらかすんじゃないわよ! 心臓が止まるかと思ったじゃない!」

「悪かったって! 別にからかうつもりはなかったんだ。朝、並木道で落としたのを拾ったから、早く返してやりたくてさ。……えっと、パルさんで合ってるか? ほら、これだろ?」

 

トータが右手でそっと差し出した原稿用紙を受け取り、ハルナはホッと胸を撫で下ろした。

そこへ、息を切らしたのどかと夕映が追いついてきた。

 

「はぁ、はぁ……。ハルナ、大丈夫……?」

「ハルナ、誘拐事件にならなくて良かったです。原稿も無事なようですね」

「のどか、夕映! うん、なんとか無事回収できたわ。……というか、あんた誰なのよ? 用務員のツナギを着てるけど」

 

ハルナに尋ねられ、トータはいつものようにニッと白い歯を見せて名乗った。

 

「俺はトータ! 少し前から、用務員室と『超包子』で働いてるんだ。よろしくな!」

「トータ……?」

 

三人は顔を見合わせた。学園の噂に敏感なハルナは、すぐにピンときた。

 

「あ、もしかして、少し前に学園長が特例で雇ったっていう、あの記憶喪失の片腕の用務員さん? ……へぇ、本当に左腕がないのね」

「うん、まぁな! で、お姉さんたちの名前は?」

「私は早乙女ハルナ。漫画研究会所属よ。ペンネームは『パル』って名乗ってるわ」

「私は宮崎のどか、です……」

「綾瀬夕映です。ハルナの同級生です」

 

それぞれが自己紹介を済ませたところで、ハルナが手元にある原稿を指差した。

 

「それで、さっき『パル』って呼んでたけど、それは裏のサインを見たのね。パルっていうのは、私のハルナから来ていて――」

「パルってもしかして、あの『パール(真珠)』から来てるのか! たしかに、キラキラしてて、宝石みたいだもんな!」

「……え?」

 

ハルナの言葉を遮るようにして、トータが他意もなく無邪気に言った。

その場に、なんとも言えない静かな空気が流れる。

 

トータはただ、朝に見たあの吸い込まれるような美しい絵の印象から「宝石」と言ったのだが、「宝石みたい」と言われたハルナは、その言葉が絵のことなのか、それとも自分自身のことなのか分からず、ほんのり頬を赤く染めて硬直してしまった。

後ろでは、のどかと夕映が身を寄せ合って、ひそひそと小声で話し始めた。

 

「……夕映、今の……」

「ええ。天然のタラシですね、のどか。宝石というのは作品のことでしょうか。それとも、ハルナ本人のことでしょうか。もし後者だとしたら、なかなかの殺し文句です」

「え、えええ……!? ほ, 本人だったら、ハルナ、すごく照れてます……!」

「ち、違うわよぉぉぉーーーっ!!」

 

ハルナは照れ隠しに、のどかたちとトータに向かって声を荒げた。

 

「私の名前が『ハルナ』だから、縮めて『パル』なの! 宝石の名前なんて、自分で気恥ずかしくてつけるわけないでしょ! この天然バカ!」

「あはは, そうなのか! 勘違いしちまった。でも、いい名前だな!」

 

トータはそんな空気など微塵も気に留めず、一人で「なるほどなー」と納得している。

 

「じゃあ、俺もあんたのこと『パル』って呼んでいいか?」

「え、あ……。別にいいけど、何でよ?」

「だって、俺、この絵の『ファン』だからさ!」

 

トータは真っ直ぐに、ハルナの目を見つめて言った。

 

「朝、これ拾った時さ……何の絵かは全然わかんなかったんだ。でも、すっげぇと思った。髪の毛一本の描き込みとか、キャラクターの表情とか、なんかこう……この紙の中から、描いた奴の『魂』とか『感情』とか『熱量』が、めちゃくちゃ熱い塊になって伝わってきたんだよ。俺、これ描いた奴、本当にすげぇなって……心から尊敬するぜ、パル!」

 

「あ……」

 

ハルナは、言葉を失った。

 

漫画を「面白い」と褒められることはあっても、自分の描いた線から「魂」や「熱量」を感じ取り、それを「尊敬する」と真っ直ぐに伝えてくれたのは、この少年が初めてだった。

 

ハルナは少しだけ眼鏡の位置を直し、原稿用紙を見つめながら、少し真剣な表情を見せた。

 

「……あのね。この絵の原作の少女漫画、最近すごく人気なんだけどね」

「うん」

「……その中に出てくる男の子はね、失恋しちゃうの。その女の子とは、どうしてもくっつけないの。ストーリー上、仕方がないんだけど……私、それがどうしても耐えられなくて」

 

ハルナは原稿をぎゅっと抱きしめ、はにかむように微笑んだ。

 

「だからね。せめて私の中だけでも、この二人が一番幸せになれる瞬間を、綺麗に救ってあげたいな……って思って、魂を込めて描いたの」

「パル……」

「だから、あんたにその熱が伝わったなら……私、描き手として、これ以上嬉しいことはないわ。……原稿を拾ってくれて、ありがとね、トータ」

「おう! めちゃくちゃ伝わったぜ! こちらこそ、すげぇもん見せてくれて、ありがとな!」

 

二人が笑顔でお礼を言い合う姿を、のどかと夕映もどこか温かい目で見守っていた。

すると、ハルナはカバンをゴソゴソと探りながら、トータにニヤリと笑いかけた。

 

「ねぇ、トータ。あんた、この漫画の原作、読んだことないんでしょ?」

「ああ、全然知らねぇな」

「だったら、よかったら貸してあげましょうか? 私、全巻持ってるし!」

「え! 本当か!? 読んでみたい!」

 

トータが目を輝かせると、ハルナは人差し指をピッとトータの鼻先に突きつけ、少し偉そうに、けれど最高に楽しそうに告げた。

 

「ただし! 感想は絶対に言うこと! いい? 私たちオタクはね、人の感想を食って成長する生き物なんだから!」

「もちろん! せっかく貸してもらえるんだから、そのくらいお安いご用だぜ!

………あ、でもよ、パルのこの漫画も完成したら、そっちも感想を食わせに行ってやるからさ!完成したら、真っ先に俺に教えてくれよな!」

「――っ! あはは! 言うじゃない、トータ! よし、一本取られたわ!」

 

ハルナは驚いたように目を見張った後、嬉しそうにニカッと笑った。

 

「いいわよ、受けて立とうじゃない! じゃあ、毎週この裏庭のベンチで、少しずつ貸してあげるわ。ここで本の受け渡しをして、ついでに感想戦と行きましょう!」

「おう、そのベンチだな! 約束だぜ、パル!」

 

トータは元気よく手を振ると、夕暮れの校門へと戻っていった。

その翌日から。

毎週女子中等部の中等部2年A組の教室では、朝、紙袋を持ってロッカーに入れる早乙女ハルナの姿があった。中身はおそらく『大量の少女漫画の単行本』であろう。

 

「ハルナ……。貸すのはいいですが、なぜ一度にそんなに持ってきたのですか? 毎週あのベンチで少しずつ渡す約束でしょう。彼は片腕ですし、用務員のツナギのポケットには、せいぜい一度に二冊しか入りませんよ?」

 

夕映が冷静に突っ込むと、ハルナはフンスと豪快に胸を張った。

 

「ふふん、そんなの紙袋ごと貸すからだいじょーぶ!」

「えぇ……」

 

そのあまりにも豪快すぎる解決策に、のどかと夕映は顔を見合わせた。

そして、放課後にあの重たい紙袋をまるごと右手一つで手渡され、フラフラとベンチから家へ運ぶことになるであろうトータの姿を想像して――。

 

(……トータさん、かわいそうに……)

 

と、心の中でそっと深い同情を寄せる二人なのであった。

 




夕映?のどか?
ノン!!!パル!!!

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