静寂の弟子が英雄を手伝うのは間違っているだろうか 作:ダンまちにヘラファミリアを求める人
アルテリアは教会から出ると、一瞬チラリと背後を振り返った。
(結界を張りたいが…帰ってきたら張るか)
はあ、とため息を吐き、唱える。「———【轟け雷霆、咲き誇れ白き女神の花冠】【ヘラ・ヘレンシア】」
アルテリアの足元に豪雷が炸裂した。もう一つの効果により完璧に静寂を保つ(地面もすぐさま修復されていく)夜の街を省みることなく、弾丸のようにアルテリアの体は白亜の巨塔に吹き飛んだ。
一瞬の浮遊感の後、凄まじい速さで視界が移り変わるのを表情一つ変えず———トン、とアルテリアは地面に着地する。そのまま巨塔へ走り込み、始まりの道と一階層を瞬く間に駆け抜けた。
(ヘスティアの恩恵がなくなっていない。まだ生きてはいるだろうが…どこまで待つか)
護身用のナイフだけでは、少なからず武器はなくなる。刃物系あるいは金属系のドロップアイテムが発生しない限り素手で殴り合うのだ。レベル1の駆け出し冒険者が、モンスターと。
(ベルはメーテリア様の息子。性格的にも身体能力的にも、殴り合いが得意だとは思い難い…どうか無事で)
ゴブリンの群れを軽く手で仰ぐ、それだけで馬鹿げたスピードにより暴風が発生し『ギャッ?』という醜い雑音と共に即座に道が開けた。上層の雑魚モンスターはアルテリアの姿など見えもしない。当然追いかけるとか襲うとか、そんなことはできない。よって、アルテリアからすればただの障害物である。
前方に見える戦闘中の冒険者を確認、軽くし舌打ちし、迷うことなく冒険者ごと視界から強制排除する。戦闘音だけで通りすがりの冒険者を撃滅したとある魔女のように、ヘラとはすなわち暴虐不尽の権化である。
またたくまに一階層を踏破、二階層に差し掛かかるが———「邪魔だ」「えっ!?」
アルテリアにとって、モンスターだけでなく冒険者も増えると煩わしいことこの上ない。パーティーで休憩中らしい
後者に至っては、遥か何十mも先で生まれたばかりのモンスターである。
哀れなモンスターは、他の雑音と同じく、何も理解できないまま灰になる。
(埒があかない…使うか)
足を止めず平行詠唱———平行詠唱は彼女にとっては歩くのと同じ、魔法を持つものならできて当たり前の技術である———し、超短文詠唱からなる雷霆を足元に炸裂。一気に六階層までブチ抜いた。
本来なら、直下に冒険者にいる場合など考慮して、暗黙の了解で禁止されているのだが、今更だ。
(私はどうやら運が良いようだ。戦闘音…それにモンスターの大群)
よほど疲れているのか、取り忘れた魔石で強化種と化したモンスターまでもが大群を成して通路に殺到していた。とりあえず手刀で殲滅、ある程度数を減らしてからゆっくりと歩き寄る。余談だが、愚かなモンスターは視線の先にいる少年のみに集中し、背後のアルテリアにも、背後のモンスターがいつの間にかいなくなっていることにも全く気づかない。
通路の先は行き止まりで、正方形の広間になっているようだった。第一級冒険者の動体視力が、あそこで戦っているのは確かにベルだと告げる。
武器を持っていないなら、と危ぶんだアルテリアだが、ウォーシャドウの指刃を持っているのなら何の問題もない。
彼女自身レベルアップの為に、倒したモンスターを次のモンスターにあげ続けることで強化種を量産しまくっていたこともあって、微笑ましい思いでベルを観察した。
そう、初めは観察だけだったのだが…。
(少し、特訓とまではいかなくても訓練を…)と思ったのが運の尽き。
哀れな白兎は、
「あれ?」———少し下の階層のモンスター、七階層にいるキラーアントがやってきたり。
「フゥ…え?」———突然、大量の強化種がやってきたり。
「はあ!?」———倒した側から、モンスターの死体から魔石を取る前に別の強化種が魔石を食べやがったり。(でも、まだ何とか)
「ん!?」———強化版キラーアントの大群がやってきたり。(か、殻は硬くて切れないから、継ぎ目を…グハッ!?し、死ぬっ!?)
「ええっと…う、うわぁぁぁ!?」———突然地面にまるで真下から砲撃されたように大穴が開いて、六階層の天井に叩きつけられたと思ったら体が重力に従って落下。(落ちた時間から考えて…まさかの八階層!?本当に死んじゃう!?)
「き、今日運悪くない!?」———さらにさらに、体勢を崩すベルを狙うように新たなモンスター達がやってくる。もちろん強化済み。
「パ、パープルモス!?」たしかそれって、毒鱗粉を撒き散らすモンスター!?と極度の混乱に陥るベル。逃げ出そうとした瞬間、左右の通路から現れる大量のモンスター達。
———だから、そう。(もう、無理……)
彼が諦めてしまうのも、仕方ないかもしれない。もとより、ウォーシャドウの時点で限界突破していたのに、とどめのイレギュラー六連発。
無様に腰を落とし、強化種たちが同胞の魔石を求めて争うのを別世界のように見物。ほどなく争いが終わり、超強化されたモンスターに喰われるのは承知の上。まるでどこかのミノタウルスと出会った時のように蹲る。
冒険者の本能でさえ諦めるそんな絶対的な死地で、彼は走馬灯を見た。
ヘスティアの笑顔、父の笑い声、英雄に憧れた、身の程知らずの過去の自分。そして———あの少女。彼女なら。最強で麗しい、僕とは遥か別次元の高み。彼女なら、こんなのどうってことない。それに比べて自分はどうだ。
酒場の青年の言葉を脳裏に思い描く。不必要なほどに鮮明な映像。蘇る悔しさ、悲しさ、惨めな自分。
(それでも———僕は、あの人に追いつくって決めたんだ!)
だから。
立て、立てっ、立てよっっ! まだ手も足もある、まだ戦えるッ!
「ッッ———あああああああああ!」
もう限界などとうに超えた。この身に宿るのは、ただ一筋の意志。
勝利を。勝利を。白熱する。白熱する。こちらを見やるモンスターも、力を込めすぎて砕けた指刃も意に返さず、目の前にある二振りの氷の短剣を渾身の力で掴み取る。ちょうどモンスターの戦いが終わった。目の前にいる一匹のモンスターはオーク。本来十階層で、しかも強化種。それが何だ。それがどうした。あの人には遠く及ばない。なら———勝ってみせるッ!
目を見開き、極限まで、いや極限を超えて集中する。
そんなベルを、アルテリアは目を細めながら観察していた。
(すこし優しすぎたかもしれない…が、あの再起の仕方。自分で立った。あれほどまでに強い意志…生存本能ではない、ひたすらに一途な想い)
目の前で繰り広げられる熱い戦いを見ながら、彼女は確かにベルに感嘆した。
———余談だが、その後少年は二日間戦い続け、近付くモンスターや冒険者といった雑音はアルテリアが排除した。合計三日間徹夜し戦い続けた少年は、帰ってきてから一週間寝込み、そして起きた瞬間見知らぬ美少女が隣に立っていることに絶叫した。
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